美しき日々 作:少年
道より来たる。
「彼」は読唇術なんてものを持っていなかった。
しかし、少女の紡いだ最後の言葉は理解できた。
あれはきっと、「行ってらっしゃい」だった。
「彼」は応える。
「行ってきます」と。
言われた事の無い言葉に、「彼」は自然に応えた。
自身の人生には無縁の言葉だった。
目覚める。
「彼」は自身に問う。
死んだのではないか?と。
しかし、現実はそう認識する余地を与えない。
自らのいる空間に充満する死の香りと、
泣き声に怒声。
ああ、愛してやまない現実だ。
「彼」は起き上がる。
「彼」は、赤子から奪い取った運命に呪われていた。
そうやすやすと死なせてくれないのだと理解させられる。
自由を追い求め、後に
「彼」は考えていた。
自らを回収し、病院へと運んだ駐屯兵の言葉を噛み砕いていた。
シガンシナ区、ウォールマリア陥落。
超大型巨人によりシガンシナ区外門が破壊され、
鎧の巨人によりウォール・ローゼ接続門が破壊された。
そして、多くの巨人が現れ、住民は避難を余儀なくされた。
人類の生存圏が狭まり、ウォール・ローゼには避難民が溢れ、
重篤な食料不足に陥っていた。
毎日誰かが数少ない配給を奪い合い、その度に駐屯兵や憲兵により制圧される。
ここはある一種の地獄だった。
本来は3つ壁それぞれ独立した社会構造を持ち、
一つが陥落しても問題ないはずだった。
しかし、100年続いた平和は毒として世界を蝕んだ。
マリア、ローゼ、シーナ。
それぞれの壁は相互に援助し合い、いつからか、
一つでも欠けると決壊するようになっていた。
そう、既に決壊していたのだ。
人民の心が、社会が、兵団の士気が。
恐怖とは毒だ。
怒りに、悲しみに、不安に、
全ての負の感情を生み出す。
そして、それらの負の感情もまた、恐怖を生むのだ。
では、今はどうか?
もはや、人類の敵は巨人では無かった。
たとえ、1秒後に壁が崩れ去るとしても、それまでは同胞に矛先を向けるのだ。
ああ、やはり。
人類は、人類を抱え切ることに失敗した。
ではどうするか?
「領土奪還作戦」
短絡的かつ効果的だ。
曰く、失われた領土を圧倒的物量をもってして奪還する作戦だそうだ。
選抜された
実質上の口減らしである事は明白であったが、誰もそれを口にしなかった。
決行。
多くの命が失われた。
壁の中で死んでいくだけの命は、ひと時の自由を得る。
鳥籠の外には、鳥籠の内側と変わらない地獄が広がっていた。