「水月さんって結構強いですよね」
「なんだ急に」
「いえその、さっきの訓練で手も足も出ませんでしたし、素振りもとっても綺麗で…見惚れちゃいました」
ぴたり、と足を止めた水月は嫌そうな顔をしながらベルを見た。
「……お前、ホモなのか?」
「ホモ?」
「いやなんでもない。どーでもいいや」
きょとんとした顔をするベルを見て肩の力を抜いた水月は、再び歩き出す。
水月とベルは、先ほどまで朝食の調達と朝練を兼ねてオラリオの外壁に登っていた。
当然ズブの素人であるベル相手の訓練で水月が満足するはずもなく、ひとしきりベルをしごいた水月は一人で朝日に向かって素振りをしていた。
…普段うんこみたいな性格なくせに、強さに対する真面目さだけはいっちょ前。
まぁ、世界最強の称号は戦いに対して不真面目な人間に取れるほど安くはないということだ。
朝練を終えて、朝食を購入して。
そんな帰り道ゆえに水月の手には木刀が握られており、程よく肌を艶めかせる汗と、半脱ぎになった着流しから見える鍛え上げられたその身体に、思わずベルはつばを飲み込んだ。
「て、ちょっと待ってくださいよ!朝ごはんほんとにこれでイイんですか!?」
「あ?」
「や、だってこれ、【神も死ぬ!激辛MAXスープカレー】って書いてありますよ!?」
「だから神連中が好んで食ってんだろ。俺は食わねぇーけど」
水月は朝日が照らすオラリオの街を抜けながら、一つ伸びをする。
「や、やっぱり神様って凄いんだなぁ…」
「ちなみにヘスティアは寝てる最中に鼻に流しこまれる食い方が一番好きだ。むしろそれがなきゃ起きないしキレるくらいだから、明日からの買い出し頼むな」
「へ、ぇ!?嘘ですよね!?」
「神をてめーの常識で語んなお上りさんめ」
結果として、ヘスティアは死んだ。
水月は復活したヘスティアに怒られた。
そんなヘスティア・ファミリアの日常に、一晩一緒に寝泊まりしただけのベルは慣れつつあった。
恐ろしい適応力である。
「そういや水月さんって魔法とかスキルってあるんですか?」
「うんこみてーな魔法とスキルがあるな」
「いいなぁ…」
「欲しけりゃくれてやるよ」
「いいんですか!?」
「こら!ベルくんに変なものを与えようとするんじゃなーい!ベルくんが君みたいになったらどうするんだ!」
「おいおい、そもそもスキルと魔法の譲渡ができねーってツッコミをすっ飛ばしていい度胸だなうんこの女神」
「ふん!うんこ剣士の水月くんに凄まれても怖くなんかないね!」
「…いい度胸だ表出ろ。決着つけてやる。負けたら今日の洗い物当番な」
「ふっ、人の身で僕に勝てると思わないことだ」
「え、ちょ、2人共!?」
「「じゃん、けん───」」
「迫真のじゃんけんとかいいから早くご飯食べましょうよ!」
●
2週間後。
ベルは命からがら走っていた。
ベル・クラネルは出会いを求めてオラリオに来た。
子供からちょっと成長して、英雄の冒険譚に憧れる男が考えそうなこと。
可愛い女の子と仲良くしたい。綺麗な異種族の女性と交流したい。
ダンジョンに出会いを、訂正、ハーレムを求めるのは間違っているだろうか?
「ほぁああああああああああああああああああああああああああっ!?」
『ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「ひいいいいいい!?僕が間違ってましたすみませんんんんんんんんっ!」
ベルはオラリオに来て、いろんなファミリアから門前払いされていた。
日々目減りしていく懐に恐怖と断られ続けることによってまるで自分の存在そのものを否定されたような苦しさと人恋しさを覚え、田舎へ帰ろうかなんて思っていた矢先、ベルはとある男に捕まった。
その男は兎のような(これを本人に言ったらデコピンでぶっ飛ばされた)長い耳と、赤い羽織が特徴的な侍冒険者。
たぶんめちゃくちゃ強いのだろうけど、今のベルにはそれがどれくらいの強さなのかはわからない。
あとなぜかダンジョンを出禁になっているヤバい人。
借金は実質的に1ヶ月後には解決するらしいから問題ないとか、貯金は潤沢だとか嘘くさい言葉が詐欺ではなかったのは幸運だった。
ベルの主神になってくれたヘスティア様も神格者そうだったし。
だからせめて、ダンジョンに入れない先輩と拾ってくれた神様のためにも頑張ろう。
そう思って意気揚々とダンジョンの奥まで進んだのが不味かった。
ミノタウロス。
十五階層よりも下で出現するとされるモンスター。
そんな存在にベルは追われていた。
「と、とりあえず連絡───っ!?」
ベルは走りながら、時折躓きそうになりながらもお守り代わりに持ち歩いていたそれを取り出す。
緊急時にはこれで連絡しろ。なーに盗んできたやつだけど性能は保証するぜ、なんて言葉とともに水月に渡された水晶のようなものに、必死で話しかけた。
「もしもし水月さん!?ミノタウロスに襲われてて…!助けてほしくてぇっ!?」
『もう動けなくってェってなるまで走れば?』
「疲労以外で動けなくなりますが!?」
『あむ、はふ。あふっ。んぐ、え、味?あーどうだろ。ちょっと塩が効きすぎてんじゃねーか?』
「何の話!?」
『なにって、ジャガ丸くんだよ』
「僕の命がジャガ丸くん以下!」
『んぐ、あむ。……そうだなぁ〜、お前が今居るの音の反響とその水の音的に五階層だろ?お、気配みっけ。五階層のそこかぁ…』
「見えてるんですか!?」
『舐めんなよゆーだ。…あー、で?そんなとこにミノっちがいんならたぶんあいつらの不始末だろーしなぁ。そのうち金色がぶっ飛んでくるからあと一分逃げろ。あ、次右な。左行くと行き止まり』
「一分!?あ、道案内ありがとうございます!」
『いいけどお前が死んだらあとで勇者に金請求しよーっと。お金色が来てる来てる。がんばれー』
「ちょ、そんな適当な!」
『つーか俺言ったよな?とりあえず行ってもいいのは3階層までだって』
「うぐっ」
『後悔
ぶちっ、と切れる連絡手段。
無慈悲に沈黙するその水晶を恨めしげに見つめる暇もなくベルは逃走を継続する。
そう、ベルは会話をしながらも逃走していた。
会話で乱れた息をマイナスとみるか、一筋の光明をプラスとみるか。
「あの……大丈夫、ですか?」
───結論から言えば、プラスとかマイナスとかどうでもよくなる出会いをベルはすることになる。
目を瞑った瞬間に消えた牛の怪物に代わって現れたのは、女神様と見紛うような少女。
細身でしなやかな肢体は眩しいくらい美しいが、その手に握られたサーベルからは多くの強敵を屠ってきたであろう
金色。
水月がそう呼ぶのも納得だ、とベルは思う。
彼女は金色と呼ぶにふさわしい輝きと美しさだと。
水月は普通に髪の色で適当に呼んでるだけだけど。
【ロキ・ファミリア】に所属する第一級冒険者。
【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。
大丈夫じゃない。
全然大丈夫じゃない。
ベルは自分に初めて生まれた盛大な恋心を自覚し、天地がひっくり返ったかのような心地だった。
ベルの心は、この時この金色の姫に奪われた。
ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?
再結論。
間違えてなんかいなかった。
●
「なーにが再結論だボケ。頭ハーレム野郎がぶっ殺すぞ」
「痛い痛いです水月さんごめんなさい!」
再再結論…じゃなくて痛い痛い痛い!
ベルは、ダンジョンを出て早々、入り口で待ち構えていた水月からアームロックをかけられていた。
たぶん手加減されているのだろうけど、レベル1のベルからすればモンスターにボコされるよりも痛く感じる。
水月と一緒にベルを待ち構えていたヘスティアが、しょうがないなぁって顔で水月の肩を叩けば、ベルはようやく解放された。
「ちっ、心配して損したぜ…」
「いてて…え、心配?」
離される瞬間にぼそっと呟かれたその言葉にベルが顔を上げれば、水月を押しのけるようにヘスティアが満面の笑顔を浮かべてサムズアップする。
「ふっふっふ、ベルくん。実はこの男、連絡が来てすぐバイトを速攻抜け出して僕を連れてここまで来たんだぜ?しかも君が出てくるまでそわそわいらいら熊みたいに歩き回ってたんだよ!」
「水月さん…!」
「は?違うが?」
「意外と情に厚いからねぇ〜この子は!」
「全然違うんだが!?やめろ!ニヤニヤすんな!俺はただ借金減額のための金の卵が失われると思って苛ついてただけだ!バーカ!死ね!うんこたれ!」
わかりやすく狼狽する水月の、そのひねくれた優しさがあったかくて、嬉しくて。
ベルは思わず声を上げて笑ってしまった。
「あはははは!」
「いやー!新しい子を入れるのってどうかなーと思ってたけど、いいじゃないか!楽しいね!」
「はい、神様!僕このファミリアに入れて良かったです!」
「水月くんみたいな子をなんていうか知ってるかい!?ツンデレっていうのさ!」
「ツンデレ先輩…!」
「……そうか、ならついでにその優しい先輩がお前らの汚れ、落としてやるよ」
すん、と目の前に振り下ろされた黒い刀。
笑い合うベルとヘスティアの間に振り下ろされたその刀は、明確な怒りが伝わってくるほどに震えていた。
2人が恐る恐る見上げれば、見たことないくらいの笑顔を浮かべた水月がそこにいた。
「人に心配かけたくせに恋に落ちる発情兎も、俺の嫌いな弄り方を分かったうえで調子乗った女神も」
「あは、はは…」
「まままままつんだ水月くん!神殺しの罪は子どもには重すぎるぜ!?」
「全部俺の刀の錆にしてやるよおおおおおおお───っ!」
「「うわー!?ごめんなさい調子乗りました許してください!?」」
「逃げんなそこに直れ!ぶっ殺してやる!!!!」
(水月さんは怒らせないようにしよう…)
バベルの上層から飛び降りてきためちゃくちゃ強そうな猪の獣人やら槍を持った猫人やら、その他ダンジョンの入り口付近にいた多くの止めようとした冒険者たちを一撃で吹き飛ばす水月さんの姿を見て、ベルはそう心に誓うのだった。
●
「だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
全速力で、その場から逃げ出したその少年を呆然と見送る金色。
もとい、アイズ。
「……っ、……っっ、……くくっ!」
笑い声が聞こえ、後ろを振り返れば案の定自分の後ろを走ってきていたベートが腹を抱えていた。
「と、トマト…!トマトになってやがった…!だはは!お前あれわざとやったのか!?そうだよな!そう言ってくれ!」
「違う…」
「くくっ」
歳相応の少女のように。
きっ、とベートを睨みつけるアイズは、首をゆるゆると振った。
「それに、そもそも私じゃない」
「あ?」
アイズはすっと、自分の
ベートが見たのは、ダンジョンの天井に生まれたわずかに見える切れ込み。
獣人で一級冒険者であるベートの瞳は、そこにありえないものを見た。
───陽の光だ。
「………………は?」
剃刀でつけたかのようなほんの僅かな薄い隙間。
その傷はあっという間に修復されていく。
示された解答は、その実力差。
誰がやったのか、疑問に思うまでもない。
埒外の剣士。
誰もが認めたくないのに認めざるを得ない世界最強。
水月がやってのけたのは、地上からのモンスター討伐。
他の階層の冒険者を避け、種類や厚さの違う地下に斬撃を完璧に通す神業。
「…ァんの野郎ォ…!」
ギリぃ、とその隔絶した実力差に歯噛みするベートの押し殺したような声を聞きながら、アイズはそっと地面に残った切れ込みに触れる。
「…水月さん」
目指す先が見えているのは幸福なのか、不幸なのか。
剣士としての究極到達点のその一刀を、アイズは目に焼き付けた。
●
地上からベルを見つけ、頭に入っている地図から行き先を誘導し、斬撃を通せる位置に来た瞬間にミノタウロスを殺害。
ダンジョンの大規模破壊に当たらないようにごく薄い傷をつけるだけに留める配慮。
挙げ句自分が助けたと思われないために、アイズにヒーロー役を押し付ける。
なんてめんどくさい性格をしているのだろう。
血を落とすためシャワーを浴びるように言われて走っていくベルの背中を見つめながら、ヘスティアは呆れたように肩をすくめた。
「言わなくていいのかい?君が助けたって」
「いいんだよ、いつでも助けてもらえるなんて思ったら冒険者は死ぬからな」
「冒険者は冒険しないと死ぬ、だっけ?」
「実力が足りなくても死ぬけどな。心構えの話だよ心構え」
「ふふっ、まさか恋に落ちるなんて思わなかったけどね!……もしかしてベルくんってば意外と問題児?」
「知らね。俺達うんこの女神とうんこの剣士だぜ?うんこの兎が加わったところでなんも変わんねーよ」
世はなべてこともなし。
赤い驢馬は迷宮喰らう。
それを知らずに兎は跳ねる。
兎の手は金に輝く月に届くのか。
それは誰も知らない。
必要なイベントを挟みつつ、主人公に介入させる。
ダンまちの原作側は結構綱渡りなので、その辺ぶち壊さずに変えていけたらなと思います。
こんなうんこ小説ですが、もしよろしければ評価と感想をください。
皆様のお慈悲をいつでもこのうんこ小説は募集しています。