彼女が生まれたのは、暗黒期。
3歳の頃に物心がつき、初めに覚えたのは神酒に溺れた親のための物乞いのやり方だった。
やがて神酒を求めて無謀なダンジョンアタックを続けた両親は死に、それでも彼女はそれ以外の生き方を知らない故に物乞いを続け、時には野良犬のように塵をあさりながら苦しい日々を凌いだ。
「はぁー、ここがオラリオか。やっと着いたのはいいけど金がねえぞ。…よし、とりあえずそのへんのやつしばきに行くか」
「おいおい、あんまり問題は起こさないでくれよ?なんかオラリオ入る時もやけにピリピリしてたし結構この街危なそうだぜ?」
「むしろ問題起こしまくってたのお前だろ!モンスターの巣穴を興味本位で覗き込んで落ちたり、あからさまな罠に引っかかって盗賊にさらわれたり!ミミックに食われたこともあったな!挙句は意味わかんねーヤンデレ王子に一目惚れされやがって!なんで俺がお前のために決闘しなきゃなんねーんだこの駄女神!」
「ふっ、そんな僕を見捨てられない君のこと、僕は愛してるよ!」
「クソが!」
「それに波乱万丈な旅だったからこそレベル2になれたわけだし感謝してほしいなあ」
「なんでダンジョンに辿り着く前にランクアップしてんだよおかしくね?」
「おかしいのはダンジョンの外の弱い竜種とは言え、勝っちゃう君だと思う。あ、でも僕を守ってくれてありがとね」
「お前が遺跡の罠踏まなきゃ目覚めなかったらしいけどな。世間様にごめんなさいしとけ一回。わぁとかあぁとか言ってみろよ!」
「わぁー、見てご覧美味しそうなものがいっぱいだよ!」
「……………はぁ、クソ。俺はなんでこいつのこと嫌いになれねーんだ?」
時折オラリオに希望を持ってやってくる人間がいたが、その少女には関係なかった。
なにより、その少女は両親と同じように神酒の味を覚え、それどころではなくなっていった。
───飲みたい!
───もう一度、あれが飲みたい!
───何が何でも!!
獣に成り果てた彼女は何でもやった。
なんでもやったが、才能がなかった。
結局サポーターへの転向を余儀なくされ、搾取される日々が始まった。
次のような言葉をどこかで聞いたことがある。
曰く、良きサポーターに恵まれなければ冒険者は真価を発揮できない。
曰く、サポーターの働きがあってこそ冒険者はダンジョンにもぐれる。
曰く、彼等は縁の下の力持ちである。
ずいぶん綺麗にラッピングされた言葉だ、とその少女は仄暗い笑みで諳んじる。
サポーターのありがたみを認識してくれるような殊勝な冒険者が、一体どこにいるのだろうか。
きちんと正面から必要としてくれる存在など、自分の前には現れない。
屈辱と絶望と諦観が胸の中で渦を巻く。
涙が頰を濡らさない日はなかった。
専門職のサポーター。
蔑視の対象。
自分がそんな存在であることが、何よりも嫌だった。
「あー、サポーター欲しいなそろそろ。いねーかなどっかに都合のいいヤツ。自分で荷物持ち歩くのめんどくせーよ」
「こんな時期に冒険者に素直に協力してくれるフリーのサポーターなんて怪しすぎるよ。うーんでもなぁ、確かに君もそろそろパートナー作るべきなのかなぁ」
「新人いれるのはお断りだぞ」
「ま、僕も秘密を知ってる子は少ないほうがいいと思うけどさ。誰かいないのかい?他のファミリアの友達とか」
「いるわけなくね?俺ってばこないだレベル7倒したのに都市一番の嫌われ者になった男だぜ?」
「……ううっ、なんて悲しい存在なんだ君は…!」
「やっぱ魔法ってクソだなー!」
「クソなのは君の口の悪さだよ」
搾取される日々に耐え切れなくなり、その少女はある日、とうとう逃げ出した。
冒険者であることをやめ、魔法で顔を変えて。
ただの一般人としてささやかな毎日を送れたらいい、そう思っていた。
「なぁじいさんこれ花束にしたらいくら?」
「そうだなぁ、ざっと5500ヴァリスってとこかな」
「えーじゃあいらね。なんで雑草にそんな高い金払わなきゃなんねーんだよ」
「君情緒が死んでるのかい?花屋で雑草て」
「や、そろそろファミリア結成記念日なんだけどさ。毎度手料理ってのも味気ねーかなと思ってさ」
「その感性があるのに雑草呼ばわり?」
「えーこれなんか有名な花?黄色いしたんぽぽ?綿毛になるやつ?」
「もう帰れ!」
だが、そんなささやかな願いすら冒険者は許さなかった。
ある日、買い物から帰ったリリは見た。
ぼろぼろになった
その壊滅した集団の上であぐらをかく一人の少年。
彼の持つ刀身が死んだ黒い刀は、鈍らだと言うのに刃物に対する根源的な恐怖を想起させる。
そんな風に怯える少女の方を見ることなく、少年は刀を鞘にしまいこんだ。
「おいじじい。これで花代タダな」
花束を受け取り、のっそりと立ち去るその男の背を、リリは気づけば追いかけていた。
強くならないと幸せをつかめない。
そんな現実を知ってしまったから。
この男が助けてくれなければ、自分の幸せはぐちゃぐちゃにされていたという未来を確信してしまったから。
だが、少女の追い詰められた精神状態は、最悪な頼み方に繋がった。
「どうか私を連れてってください…!おじいさんたちのためなら何でもします…!」
「おい、俺別に人さらいじゃねーんだけど!花代(意味深)とかじゃないから!」
「ほんとになんでもします!サポーターでも奴隷でも、なんでも!だからどうか捨てないでください!」
「やめ、やめろー!この、離せ!これ以上世間様からの俺の好感度を下げるな!こないだクソババアぶっ飛ばしてから嫌われ者になったんだよこっちは!まだ1年もたってねんだから大人しくさせろ!ギリギリで評価保ってんだよ!」
「あなた以前サポーター欲しいってぼやいてた冒険者様ですよね!?なら、私を使ってください!夜の相手だってしますから!リリの体は貧相ですが、魔法であなたの好みに───!」
「わぁーった!よーくわかった!お前が俺を社会的に殺しに来た凄腕の暗殺者なのはもうわかったから黙ってくれ頼むから!いやもうほんとお願いします許してください!何でも言う事聞きますから!何がほしい!?命以外ならくれてやるぞ!?サポーター!?するする!全然するから!よろしくなぁ!」
当時九歳だった自分を、6年たって改めて振り返る少女は言う。
「いや、感謝はしてます。してるんですよ?ええ、現に私は今レベル3です。ザニスもぶっ飛ばしました。だからって私をダンジョンの深層につれていくのはちがくないですか?あそこは駆け出しにとってただの地獄なんですよ!死にたくないから頼ったのに、殺されるのかと思いましたねほんと!私に言わせれば頭のおかしさも世界最強ですよあの男は!」
灰かぶり。
男の背後で数多のモンスターが散っていった灰にまみれていたことからそんな二つ名をもらった少女の名前は、リリルカ・アーデ。
現ソーマ・ファミリアの副団長である。
●
「えっと…」
怖い。
ベルは、目の前でいきなり興奮しぜぇぜぇと息を切らせるその少女から一歩離れた。
あ、お前そろそろソロ卒業な、と朝食後に師匠である水月に言われ、連れてこられた花屋。
後ろで微笑む老夫婦は慣れたものなのか、特に気にする素振りもなく花の水やりを行っている。
「くっ、普段ズボラなソーマ様のお世話と経理と調合に追われている私の貴重な癒しタイムに来るとは言い度胸ですねそこの!そこ!後ろには他に誰もいないんですよあなたですあなた!水月さんですよ!」
「おいおい久しぶりだってのにキレすぎだろ。なに?あんま構ってなかったから拗ねてんの?」
「別に拗ねてませんが!?」
「あそう?なら早速本題なんだけどさ」
「もっと情緒を学んできてくださいよ!」
「えーめんどくさ」
むきゃー!と水月に対して鬼の形相で地団駄を踏む少女は、果たして本当にさっきまで店頭で実に花屋らしい可愛らしい笑顔で接客していた店員さんと同一人物なのだろうか。
「あ、あの…師匠、この方は?」
「深層から上層まで、どんな場所でもついてきてくれる都市一番のサポーター」
「いえ。私はただの花屋です」
「副業が?」
「本業が花屋です!」
「あ、じゃあそれで」
「じゃあってなんですかじゃあって!まるで私がめんどくさい女みたいじゃないですか!」
えーやだ何この子めんどくさーい、とげんなりする水月とは裏腹に、水月にかみつく少女は楽しそうだ。
少なくとも仲は悪くないらしい。
ひとしきり少女と戯れたあと、じゃあ俺借金減らすために人助けしてくっからあとよろしく、の一言でベルの訓練を投げられたリリは、深い。
それはそれは長年の疲れのこもった深いため息をついた。
「……あの人は本当に…。おじいさん、おばあさん。それでは少し行ってきます。彼は新人のようなので、夜には帰れますから」
「ああ、いってらっしゃい」
「今日の夜ごはんはミートパイを焼いておくからね。お腹すかせて帰っておいで!」
「はい!」
そして、エプロンを着た可愛らしい少女は一度店の奥に引っ込むと、上等な革鎧とそれを覆うようにすっぽりと被る形のローブ、そしてその小さな体の3倍ほどはある探索用のリュックを背負って出てくる。
腰に吊るした小太刀の位置を整え、最後に腕に装備したボウガンの調子を確かめるように引き金を引くと、ようやくその少女はベルへと微笑みかけた。
「自己紹介がまだでしたね。私の名前はリリルカ・アーデ。サポーター専門の冒険者です。呼び方はリリでいいですよ。敬語も不要です」
「あ、あの!ベル・クラネルです!レベルは1で…えっと、その!今日はよろしくお願いします!!」
「はい、ベル様。元気で大変素晴らしいですね。水月さんの弟子とは思えないほど純真で汚れた私には眩しすぎて灰になりそうです」
「えっと」
「とりあえずダンジョンに向かいましょうか。今日は大型の敵との戦闘経験と、複数に囲まれた時の経験。そのへんをやっていきましょうか」
「よろしくお願いします!」
まともな人だ!と目を輝かせるベルは、数分後そんな評価をした自分をぶん殴りたくなった。
水月の知り合いで、サポーターを専門とするレベル3。
そんな属性の人がまともなわけなかった。
「まずはオークから行きましょう。大きさに惑わされてはいけませんよ?ぶっちゃけシルバー・バックを倒せたベル様なら余裕なはずです!」
「……はい!」
「ちなみに3回目までは天然武器の事前破壊を許しますが、4回目から壊さずにオークとやってもらいます」
「えっ」
聞き間違いかな?と思って振り返るベルに向かってリリは無邪気に手を振るばかりだ。
たらり、と頬を流れる冷や汗を拭う暇もなくオークたちは襲いかかってくる。
「くっ、やってやる───!」
その光景に腹をくくる覚悟を決めたベルは、オークに向かって踊りかかった。
●
「はぁ…はぁ…ほんとに死ぬかと思った…!」
「……はい、お疲れ様です!いい感じですねー!ベル様おつよーい!ではそろそろ帰りましょうか。はい、ポーションです」
「うっ、んぐ、ふぅ…ぜぇ…」
あのあと、ベルはモンスターをおびき寄せる罠を使った強制エンカウントによるオークとの複数戦から、死にかけると仲間を呼ぶという習性のあるキラーアントを使った物量に押しつぶされそうになりながら戦い抜く訓練等、実に過酷な1日を過ごすことになっていた。
確実に成長した自覚はあるけれど。
神様のナイフ一本で複数戦を繰り返したことで無駄な動きもなくなったけど。
なんだろう。
魔法とか使えるようになってからするイベントじゃないこれ?みたいな釈然としない気持ちがベルにはあった。
実際水月に初手深層探索に連れて行かれたリリは、新人に対するハードルの高さがかなりおかしくなっている、というのはもちろんある。
だが、このメニューは基本新人が途中で投げ出すことを前提としていて、どちらかというと初心者の伸びた鼻をへし折るためのものなのだ。
それを瀕死寸前とはいえ、やり遂げたベルは間違いなく下級冒険者の中でも上澄みだった。
そんな疲労困憊な帰り道。
ベルは話の流れで、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「ねぇどうしてリリはサポーター専門なの?レベル3なんだよね…?」
「うーん、そうですね。やっぱり水月さんのせいですかね」
一度、リリは水月に尋ねたことがある。
自分以外のサポーターを探す気はないのか、と。
自己肯定感の低さから来るその卑屈な質問に、男は笑った。
────ま、お前より優秀なやつなんてそうそういないし探すのめんどくせーからな
───卑屈になる必要はねーよ。俺はお前を守るけど、お前も俺を守ってんだ。お前がいるから俺は全力でたたかえんだ。頼りにしてるぜサポーター
別にその言葉が嬉しかったからとか、そんな理由でサポーター専門の冒険者をやっているわけではないけれど。
単に私があの人と冒険したいんです、絶対本人には言わないですけど!なんて笑うリリのことがベルは羨ましかった。
「まだまだ遠いなぁ…」
「そうですか?案外ベル様ならあっさりリリを追い抜いていっちゃう気がしてますよ」
「あはは、そうなれるように頑張るよ」
その日の夜。
ベルは魔法を手に入れる。
「ただまぁー。あ、ベル。お土産」
「お土産?」
「なんかどうかイチモツは切らないでほしいっていう猪が土下座しながら渡してきたからあげる」
「猪?イチモツ?本?」
「まぁたぶん読んで損はねーよ。寝る前にうんこは出してスッキリしとけよ。腹に溜めとくとどうなるかわかんないから」
「あ、水月くんおかえり!どこまでいってたんだい?」
「中層。きしょい怪人みたいなの2体ほど倒してきた。でも急に現れた三体目の怪人には逃げられたんだよなぁー。人助け優先しちゃったから」
「何言ってるの?」
「とりあえず飯。腹減った」
「ご飯の前に手洗ってきてね!」
ファイア・ボルト。
速攻魔法。
うんこ。
実質速攻魔法。
水月はベルに発現した魔法と自分の魔法を比較して朝からふて寝した。
2巻の終了をここに宣言します。
リリの過去を読み返してたら、暗黒期に生まれてたことを知り、原作までリリの横でヘスティアたちをわちゃわちゃさせようと思ってたら、話が終わってました。
なんだこの主人公。