その男には、赤色がよく似合う。
朱の羽織。
錆色の髪。
───頬についた鮮血。
その剣の鬼を前に、リザードマンのリドはつばを飲み込んだ。
オラリオで一番人を殺した男、と言われる冒険者。
もちろんそれは闇派閥や犯罪者といった悪人のみで、無闇矢鱈に刃を振り下ろして誰かを殺して回るような男ではない。
その手で滅ぼした悪とモンスターの数は他の追随を許さないからこその世界最強。
最新の英雄とされているのだ。
まぁ性格が終わっていて、誰彼構わず喧嘩をふっかけてはぶちのめす悪名高き冒険者でもあるわけだが。
オラリオで一番人を殺していて、オラリオで一番人を救っていて、オラリオで一番殺したい男ランキング殿堂入り。
時代が違えばただの犯罪者である。
だから時々、リドは初対面の時からなぜか気さくなこの男のことが無性に怖くなるのだ。
モンスターでありながら心を持った自分たちもまた、彼によって殺されてきた多数の悪と同じように簡単に消されてしまうのではないか、と。
「【
…オレっちの考えすぎだわ、うん。
リドは自分の先ほどまでの思考を打ち切って、その人物に向かって歩み寄った。
どうやら久しぶりに会うからと柄にもなく緊張していたらしい。
でも、それも仕方ないことなのだ。
リドたちは何度も裏切られてきた。
信じて裏切られて、傷ついてきたのだから。
「おう遅かったな。お前ら罰金二千万だから」
「…オレっちたち、約束よりも早く来たと思うんだけど」
「俺が久しぶりのダンジョンにはしゃいで早く来るのくらい予測しとけよ」
「理不尽ノ王デすカ?」
「ウンコノ王ダロ」
「よーしお前らぼこぼこにするからそこに並べ」
「…に、にしてもなんでこんなに殺してんだ?」
肩をぐるぐると回して、意気揚々と鈍ら刀を構える水月と、悪態をついたグロスたちの間に慌てて入ったリドは、話題の矛先を変える。
目線の先にあるのは、物言わぬ躯たち。
その数は総数40に近いだろうか。
全員が一撃で絶命したのが明白な刀傷が刻まれている。
だが、それを成した男は全く気にした様子もなく、団子を食いながらぐちゃりと血の池を踏みしめた。
「や、襲ってきたから。自爆されてびっくりしたわ」
「えぇ…」
「まぁちょうどいい肩慣らしにはなったかなぁ。目的しらんけど、モンスターより狩りやすくて助かる」
「人間ってそんな簡単に同族殺せたっけ…」
「いけるいける。ようは気持ちの問題だから。あと極東出身のやつはだいたいいけっから。みんなやってっから」
「修羅の国すぎる…」
「極東の島国って恩恵なし英雄まだいたりするからなぁ。首刈って喝采、ドクロ酒で乾杯、切り捨ては御免で済ます。極東いいとこ一度はおいで!」
「行きたくねぇよそんなとこ!」
鮮血の上で平時と変わらぬ様子で笑う水月を前に、リドは先ほど飲み込んだはずの疑問が頭をもたげ思わず口をついた。
「…なぁ、そいつらとオレっちたちの違いはなんなんだ?人間でも殺すのに、オレっちたちを殺さないのはなんでなんだ?」
「俺を襲ってこないかどーか」
「シンプル」
「頭単純」
「バカ」
「おい最後!…はぁ、たく…そんなにビビんなよ。それに世界最強様が保証してやる。お前らはモンスターじゃねえよ」
「………」
「中身がちがうから。俺の目の良さ信じろ」
「中身…」
即答。
全てを見透かすような、そして他の冒険者が夜に浮かぶ月のようだと言っていたその瞳を、リドは真っ直ぐ見つめ返した。
その真っ直ぐな目線に、水月はらしくもない優しい笑みを浮かべ。
「じゃ、今日も賑やかしよろしくなぁ!カスども!戦力は俺だけで十分だから!!」
「感動したと思えばこれだよ!」
「殴ラセロ!」
一転して中指を立てゲス笑いを浮かべる水月に、気の短いグロスが襲いかかった。
「残念お前らじゃ俺にかすり傷1つつけれませぇーん!ママの子宮から出直してきな!ばぁぁぁあああか!ぉんぎゃあ!おんぎゃああああ!ひゃーはっはっはっは!」
「久しぶりのダンジョンだからってはしゃぎすぎだろ!?」
───で。
久しぶりのダンジョンにテンションの抑えが効かない水月は、白髪のおじさんをうんこで殺した。
断末魔は『な、ばっ』。
多く見積もって4文字という短さであっさりと退場した。
開幕の大斬撃ブッパによる初手広範囲殲滅。
頭の悪い水月の考えた最高に頭のいい作戦である。
もちろん素の身体能力で斬撃が放てるとは言え、ダンジョンを破壊したり、地上からモンスターを殺したりするのはさすがに魔法なしでは水月も難しい。
だがうんこならできる。
ちなみに、水月が今回使用したというか、普段一番使ううんこはアホ面うんこではない。
切なげなうんこだ。
元々はただ貫通力のある風を前方に放出する魔法でしかなかったのだが、できるだけ魔法の使用回数を抑えて最大効率を出そうという水月の涙ぐましい努力の結果、斬撃の拡張という形の運用方法が確立されていた。
「なんだったんだあいつ。体の中に魔石あったけど…まぁいいか。呼び方は怪人とかで」
片手で30階層の食料庫の主柱に寄生していた宝玉を弄ぶ水月の周りには、一撃で全て消し飛ばされた新種のモンスターたちが残した灰の山と闇派閥たちの死体がうず高く積み上がっている。
水月が片手に持ってしげしげ眺めるのは緑色の宝玉。
薄い透明の膜に包まれているのは液体と不気味な胎児だ。
明らかに触れてはいけないもの臭がプンプンするそれを水月は普通に懐にしまいこんだ。
「グッ、実力ダケハ本物ナノガタチ悪イナ」
「やハり、理不尽の王デす」
「ウンコノ王ナ」
「ほんとにオレっちたちいらなかったな…」
「まぁフェルズ的に久しぶりのダンジョンではしゃいだ俺が暴走しないか見張り役が欲しかったんだろ」
「言いたくないけど普通逆じゃないか?」
「いいだろ世界最強だぞ俺は。あとグロス、お前かんちょーするから。お前をウンコノ王にしてやるよ」
「エッ」
●
十八階層。
アイズにヒリュテ姉妹、レフィーヤにフィン、リヴェリアは、怪物祭りの際に壊した武器の弁償をするため、あるいは軽い息抜きの一環としてダンジョンへと足を運んでいた。
そこで見たのは、女性を蹴り飛ばす水月と、追い打ちをかける冒険者たち。
「おいボールス!そっちいたぞ撃て撃て撃て!」
「あいよりょーかい!」
「クソ!冒険者ドモメ!」
「さぁ、お前ら!人狩り行こうぜ!!」
「うわぁ…」
「なんか幻滅〜」
水月の弾ける笑顔とわかりやすいリンチの現場に思わず閉口するレフィーヤやティオナといった少女たちと違って、フィンとリヴェリアの判断は早かった。
「リヴェリア」
「ああ」
リヴェリアは、紫の外套、そして不気味な紋様の仮面を被ったその人物に向かって杖を構える。
仮面の隙間から溢れてたなびく長髪と、丸みを帯びた体格がかろうじてその人物の性別を確定させていた。
「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬───我が名はアールヴ】」
「お、ボールスこっちだこっち!俺がゴール決めてやる!」
「コレモエニュオノタメダ…!デモツライ…!ナゲダシタイ…!」
「神によりゃあボールは友達、らしいぜ!だからお前も友達だなよろしくぅ!」
「フザケロ!!!」
魔法を使ってないとはいえ、デバフから解き放たれた最強の蹴りが紫の人物に突き刺さり、大きく跳ね上げられる。
そして。
「【ウィン・フィンブルヴェトル】」
氷の檻につかまった。
「あーバカ!それしたら消えるだろうが!」
あとに残ったのは、外套と仮面のみ。
その光景を見て、水月は頭を抱えて蹲った。
●
「それで、どういうことか教えてくれるんだろうね?」
「んー、なんか怪しかったから?」
「おいおい…」
「まぁ正確にいうと、誰かの悪巧みぶっ壊したんだよ。で、その戦果を変装して見せびらかしてたら襲ってきたから仲間かなーって」
「悪巧み?」
「そ。闇派閥とかきもちわりー芋虫とか、花のやつとか、これとか」
ぽい、とフィンが手渡されたその宝玉の胎児を前にした途端、アイズは目眩に襲われ、次の瞬間耐え切れず膝を折った。
その様子を横目に見ながら、それ以上アイズが苦しまないように水月はフィンからそれを奪い返し懐にしまい直す。
「お前らなんか知らねーの?特に闇派閥。あいつらうっとおしいんだよな。早めに潰しておきたい」
「…それは僕も同じさ」
「とりあえず戦況の見極め頼むな勇者。俺はそういうのできないから」
水月にできるのは、後出しじゃんけんで必ず勝つこと。
相手の奥の手を必殺すること。
ようは兵器であり、頭ではないのだ。
「君の力をいつでも借りれるというのは心強いね」
「皮肉か?」
「本音さ。君ほど冒険者の理想を詰め込んだ存在を僕は知らない」
「…やっぱ皮肉だろ!理想の存在うんこみたいな魔法なんて持ってねーよ!」
「うんこ?」
「ちょっと団長に褒められたんだからもっと喜びなさいよ!妬ましいわね…!なんでこんなチンゲ頭の死んだ目の男が最強なのよ!」
「うるせーな好きな男に振り向いてもらえねー負け女が!褒められたかったら俺より強くなればいーんじゃないですかぁ!?できねーだろーけどなぁ!」
「はん!万年独り身男がよく言うわね!相手してくれる誰かもいないくせに!」
「あ?」
「は?」
「…喧嘩をやめろみっともない」
「うるせーな。あんなわかりやすく魔法で作られた存在なのに見てわかんねーポンコツ魔法素人は黙ってろ。分身の性能測るために追い詰めて底を暴こうとしてたのに。逃げられなくなったら消えるだろバカがよ」
ティオネと水月を諌めるべく間に入ったリヴェリアは、水月のムカつく笑顔と首を切るジェスチャーを前に大木の心を忘れて思わず拳を握りしめた。
ちなみにリヴェリアは魔法のプロだし、そのプロをしても見抜けない分身魔法を見抜ける水月の目の性能がおかしいということは明記しておこう。
「このクソガキが…!」
「王族がクソとか言うなよ獣人差別か?かーっ!これだからエルフ様はよぉ!他の種族は全部下等ってか!下賤な獣でどーもすいやせん!足舐めたほうがよろしいですかぁー!?」
「…!リヴェリア様を馬鹿にしないでください!それにあなたが舐めるくらいならリヴェリア様の御御足は私が舐めます!」
「俺はこの世の全てを舐めて馬鹿にしてんだよ!つまり俺が舐めるのが一番正しいってことだ!」
「くっ…!一理ありますね…!悔しいですが、リヴェリア様の足を舐めるに相応しいのはあなたなのかもしれません…」
「お前たち、私を置いて話を進めるな」
「リヴェリア様なんで私から距離取るんですか!?」
「やーい引かれてやんの」
雑談タイムに移行する一級冒険者たちは、しかし次の瞬間息を呑んだ。
「襲撃───っ!」
「芋虫!?」
「新種か…!」
リヴィラの街を、緑の津波が飲み込んだ。
●
「なるほどあの芋虫ってこうやって使うんだ頭いい〜」
リヴィラの街は現在、階層の出入り口
もちろん水月なら簡単に全滅させられる。
だが、その芋虫の強みはその戦闘力ではない。
彼ら自身が一級冒険者の武器すら溶かす酸の爆弾であるというところだ。
逃げ遅れた冒険者や、街の設備のことを考えると気軽に斬撃ブッパというお手軽戦術にして最強戦術(笑)を封じられたといってもいいだろう。
とはいえ、芋虫が仮に起爆し人質の命が失われた場合水月は全ての人命を無視してモンスターの統率者であろう新たな怪人を殺すので、水月のわずかにある良心を使ったギリギリの均衡だった。
「感心している場合かい?」
「ま、どうにでもできるわな。お前はいいのか?ジャガ丸女分断されたけど」
「んー…大丈夫だと思うよ。リヴェリアも向かってるし」
「お前も向かえよ」
「すぐに向かうさ。…にしても明らかに君をピンポイントで対策してきてるね。…おそらくさっきの仮面の誰かも君の目を引き付けるための囮だったんだろうさ」
水月の目を釘付けにし、その間に十八階層にモンスターを仕込ませる。
水月が30階層から戻ってきてからすぐなことを考えると、明らかに独自のモンスター搬入口がある素早さであり、怪物祭りの際に都市に新種のモンスターがいた理由にダンジョンの入り口が複数あるという推測をしていたフィンにとって悪くない情報だ。
もちろん、敵が事前に18階層にモンスターを潜ませていたという線も捨てきれないが、水月の行動を考えると、どちらかといえば焦って動いた線のほうが色濃かいと言えるだろう。
「あーあ、やってらんねーな」
「じゃ、下手を打てば連鎖爆発するであろう芋虫たちの暗殺クエスト頑張ってくれ。魔石を一撃で貫けば灰になるから」
「あーくそめんどくせー!あいつら助けたらぜってー金巻き上げてやる!」
結果として、人命を優先した水月は一人の怪人を取り逃す。
「【
───確実に18階層のどこかから水月の魔法を見ていた分身の本体を。
だが、成長させた宝玉を奪い、分身魔法という情報アドバンテージも消え、事前に体内に魔石があることを教えられていたアイズによって怪人の一人は普通にモンスターとして倒され、アイズはその経験値でレベル6へ。
さらには十八階層に敵の入り口の一つがあるという予想の補強、ギルド側とロキ・ファミリアとの協力体制が敷かれるという…お前らRTAでもしてるんか?という勢いでとある神の悪巧みは半壊した。
あと、黒い風を使ったアイズはリヴェリアにめっちゃ説教された。
だが同時にギルド側の奥の手であるフェルズという存在を黙認するのと引き換えに水月に鍛えてもらえることになったので、ご満悦になった。
水月は水月で、フェルズのことを黙秘した恩を着せに着せて借金返済を完遂したのだった。
「なんか弟子が増えたけどとりあえず借金返済ヨシ!悪党に感謝感謝!美味しい闇〜!リドには絶対俺がやったってバレるから本気の斬撃はやめたほうがいいって怒られたけど、結果として相手が焦ってミスしたんだから俺の作戦勝ちだぜ!」
「お前の結果オーライ主義を反省させたくて借金と新人教育ってペナルティ与えたのに!意味なかった!変わらない…!こいつはもう更生不可です!」
「おいおいフェルズ。キャラ崩壊してるぞ落ち着けよ。おまえのひ・み・つ、俺が守っといたぜ(イケボ)」
「耳元で囁くな!」
とりあえず、オラリオは平和だった。
そろそろこのタイトルにも目新しさはなくなり一発ネタとしては落ち目なので、あと数回で終わります。
お手軽経験値アイテム水月。
飛ばしたイベントは大体こいつで代用できるなと気がついた作者です。