うんこみたいな魔法。   作:ひつまぶし太郎

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まずは一歩目、という話です。


超える話。

 

 

「と、言うわけでだな」

 

「どういうわけなんですかね…」

 

「お前の妹弟子になるヴァレン某さんだ。仲良くするように」

 

「ヴァレン某です。よろしくお願いします。必殺技はジャガ丸くんの早食いです」

 

「いえーい拍手〜」

 

気のない水月の拍手に促されるようにぺこりと綺麗な一礼をするその少女の仕草に合わせて、錦糸のような金髪が耳から溢れ頬にかかる。

それを耳にかけ直す仕草だけで、ベルは死んだ。

 

「……?」

 

「ちっ、雑魚め」

 

その初心な反応を前に、典型的な駄目師匠である水月は、あらかじめ用意していた水入りのバケツの上にベルの顔を持っていき沈める。

 

「ゴボゴボゴボゴボ!?」

 

「おら寝てんじゃねーぞバカ弟子。挨拶しろ挨拶」

 

「ぶはっ!?…げほっ!ぐぅ、なにするんですかクソ師匠!?そんなんだから師匠のお気に入りのカレー屋さんに二度と来ないでくださいって頭下げられるんですよ!」

 

「……今その話は関係ないだろ!それに!そんなこと言って良いのか!?お?お前の発情相手連れてきたのは誰だ?感謝してくれてもいいんだぜ?あーはん?」

 

「……!ありがとうございますうんこ師匠」

 

「そっか!みたいな顔で放たれるこの暴言よ。お前もたいがい図太くなってきたよな」

 

「いい師匠がいたので」

 

「お前今日の鍛錬厳しさ2倍な」

 

「よろしくお願いします!今日もびしばし鍛えてください!」

 

「なんでそこは純粋なんだよ。なに?口が悪いのは俺が悪いの?俺の悪影響なのか?水月菌とかある感じ?」

 

「あの…」

 

そんな師弟の心温まるじゃれ合いに困惑したアイズが、おずおずと話しかけてきたことでいよいよベルも腹をくくったらしい。

最初は恐る恐る、でも口にする言葉を後悔しないように。

ベルはその金色をまっすぐに見据えて、言葉を紡いだ。

 

「ベル・クラネル。僕の名前はベル・クラネルです!僕はいつか、あなたを超えて、最強の冒険者になってみせます!」

 

「───そっか。よろしくベル。私のことはアイズでいいよ」

 

アイズはベルのその決意に共感を覚え、その決意を歓迎するようにほほ笑んだ。

その笑顔に照れる少年と、まるで自分の原点を思い返さしてくれる宝物のような純粋さの少年に癒される張り詰めた少女。

見つめ合い、互いにはにかむ。

二人だけならいいシーンになったかも知れないが、ここにはうんこがいる。

うんこはてぇてぇの空気を読まずに、ベルの首を絞め上げた。

 

「おうおうおう、生意気言うじゃねーかクソ弟子が。下剋上する気満々とは恐れ入った!その気合に免じて切り刻んでやるよ!!!」

 

「あ、嘘ですごめんなさい調子乗りましたすみません!」

 

「もう遅え〜!月まで届けてやるよ!感謝しな!お前が人類初の宇宙飛行士だ!」

 

「ひぃ!?助けてアイズさん!」

 

「水月さん。いじめるのは…よくない」

 

「いじめるのがうちの方針なんでぇ。ちょっとクレームとかやめてもらえます?ていうかそもそもこれはパワハラじゃないんでぇ!」

 

「パワハラですよパワハラ!自分でいじめるのがって言ったくせに!僕にも発言の自由を!言論統制反対!」

 

「うるせー!うちに弟子入りした以上俺に従ってもらいまーす!嫌なら剣を取れ雑魚ども!このまま朝練開始だオラァ!これから一時間、俺を一歩も動かせなかったら1週間ジャガ丸くん抜きだから!」

 

「……!本気でやるよベル。負けられないね」

 

「はい、アイズさん!…へへっ、下の名前で呼んじゃっへぶぅ!?」

 

「はい隙ありぃ!つーか好きありぃ!」

 

「拳の風圧でベルが吹き飛んだ…すごい」

 

「感心してねーでお前も一回飛んどけ!」

 

「!?」

 

レベル6がおもちゃのように吹き飛ばされる、そんな悪夢のような光景がオラリオの片隅で繰り広げられる、そんな朝。

 

「まだまだ気合が足りねーな!そんなんだから親の名前が出ただけで動揺すんだよ。てめーに流れてる血とか過去とか関係ねぇ!目の前の相手に全力で喰らいつけ!」

 

「はい…!」

 

「おら、何へばってんだバカ弟子1号!俺を超えたかったら!全部やれ!」

 

「ぐぅ、まだまだ…!」

 

「ジャガ丸女ぁ!もしお前の前に心があって喋るモンスターが出てきたらどうする!」

 

「…斬る!」

 

「はい不正解!正解はお前のジャガ丸を食わせてやる、だ!剣を向ける相手をちゃんと見定めろ!中身()を即見抜けるようになれ!お前ならできる!風に聞くでも目を鍛えるでもなんでもいいから、もっと知覚を広げろ!広げりゃ俺みたいに仲間ごとぶった切っても敵だけ斬るとかできるようになるからな!」

 

「ファイアボルトォ!」

 

「隙だと思った?バカが!そんなもんねえよ!駆け引き成立しない相手の対処は攻めて攻めて攻めまくることだ!知能を捨てろ!」

 

「リル・ラファーガ!」

 

「そんな隙だらけの技使ってんじゃねーよ、格下にしか通じねえぞ直線攻撃なんてよぉ!」

 

そして、一時間微動だもしなかった水月を前に、二人の男女が崩れ落ちた。

 

「はぁ…はぁ…僕だけならともかくなんでレベル6のアイズさんがいるのに平気なんだこの師匠…!化け物すぎる!」

 

「ベル。駆け引きは、必要だよ。水月さん相手でもそれを忘れちゃ駄目。例えば水月さんがわざと作ってる2つの隙。見分けついてる?」

 

「えっと…まだそこが見えてきてなくて…。師匠は基本自分で気づけの方針で、正解の一歩手前までしか教えてくれないので。とりあえず体で覚えようかなって…」

 

「うん。痛みに慣れてるんだね、君…。なら、ちょっとだけ。止めの一撃は、油断に最も近い……私はそう教わった。追い込まれたその先が、一番の好機にもなる。忘れないで」

 

「お前ヒント出すの下手くそかよ」

 

「えっ」

 

「そうか…!最後まで諦めなければピンチもチャンスに…!それにわざと止めをさされるような誘導の仕方も…!」

 

「はぁ…まぁもういいや」

 

「あと右腕が浮く癖があるね?」

 

「おしゃべりさんかよお前。なに?ジャガ丸くん禁止した恨みか?」

 

「さすがアイズさん!もっと僕にいろいろ教えてください!」

 

「はいはい休憩終わりー!雑談も禁止〜!別に俺より教えるの上手いことに嫉妬したわけじゃないけど〜!ネタバレとかそういうの良くないと思います!」

 

 

 

 

 

1週間後。

 

階層主の単独討伐。

現在はレベル7以上の冒険者のみがなしているその無茶を、水月はアイズに強いた。

 

崩れ落ちる灰の山。

傷だらけの少女。

だが、その少女が壁を越えてより遠くに行ってしまったのをベルは確かに感じていた。

 

死にかけた瞬間に、アイズの動きが変わった。

あるいは、そこにいたのがうんこではなく心優しいママなら防御魔法を使ってアイズを助け、その温かさに覚醒したりすることもあったかもしれない。

だが、うんこはその心臓が止まる直前まで助けるつもりなどさらさらなく、アイズは死の間際に追い詰められた。

 

───だからこそ掴んだ自分の魔法の核心。

 

精霊の魔法。

母親の魔法。

風は、大地を巡る何よりも自由な存在だ。

縛られず、全てを平等に包み込む。

 

知覚の拡張。

水月が言っていたその言葉の意味をアイズは理解した。

 

今はまだ自分の憎悪を向けるべき相手かそうでないかくらいしか分からないが、シンプルに広がった知覚のお陰で周囲をレーダーのような探知ができるようになったおかげで世界が変わった。

まるでもう一人の自分が後ろから見下ろしてるかのような、第三者視点を手に入れたアイズの動きには、もはや死角が存在していなかった。

 

「………!」

 

知らず、拳を握りしめていたことにベルは気づく。

これは嫉妬だ。

自分の師匠が、憧憬の目標に見据えられていることに対するものなのか、それとも憧憬とはいえ自分より先に師匠の側へと近づいていく存在に対するものなのかは分からない。

だが、ベルは嫉妬していたし苛立ってもいた。

憧憬が遠のいていく姿を見送るしかない自分が嫌で嫌でしょうがなかった。

 

それが、うんこみたいな師匠の思惑通りとも気が付かず、そして先ほどまで37階層という分不相応な空間に押しつぶされそうになって呼吸すらままならなかったことも忘れて、ベルは眦を決した。

 

「次、お前な」

 

「はい」

 

そして、ベルは冒険する。

 

対峙するのは因縁のモンスター。

自分の恐怖心の根源であり、憧憬と追想を抱いたはじめの一歩。

派手に蹴躓いて、ぼろぼろになって、地べたを這いずりながら、それでも一つ一つ積み上げてきた。

眼前の敵もそうなのだろう。

角が折られ、大剣を持ちながらも、その体には鍛錬後の自分と同じように細かい傷がつけられている。

 

「勝負だ」

 

敵の名前はミノタウロス。

体格で負け、力の強さで負け、耐久力に劣る。

脳裏に刻まれたあの苦い敗北の記憶が、ベルの神経という神経を焦がす。

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

「【ファイアボルト】!!」

 

狂牛が咆哮した。

それに応えるように兎が咆声する。

もしかしたら魔法が効くかも、なんて甘い幻想をベルは抱かない。

ミノタウロスの視界を僅かに焼いた炎は、ただの開戦の合図だ。

1で足りないなら100を。

100で足りないなら1000を。

 

ベル(弱者)にできるのは、重ねるだけだ。

 

焔を振り払ったミノタウロスが弾丸になった。

だが、それよりも早くベルは懐へと飛び込んでいる。

紫紺の軌跡を描いてナイフが走る。

 

僅かについた傷は、兎の牙が牛を殺せる証明だ。

 

加速する。

金色の風に憧れ、赤色の駿馬に追い縋る兎の脚が地面を蹴る。

超前傾姿勢のまま壁と天井を使って、牛を切り刻んでいく。

 

対するミノタウロスもまた、大樹のような防御を大剣でやってのける。

 

方や世界最強に教えを受けた兎。

方や世界最強に魔導書を奪われた上に脅された可哀想な猪によって術理を叩き込まれた牛。

 

死地にいるのは相変わらずベルの方だ。

 

──あいつ等すげえよなぁ。

──自分より強いやつに一人でも立ち向かえるんだぜぇ。

──儂には絶対無理じゃぁ。

 

ベルは祖父の言葉を思い返す。

ベルが初めて憧れた英雄は、ゴブリンから助けてくれた祖父だった。

そして、オラリオに来て一番最初に憧れたのはアイズだ。

借金返済のためと同情という理由があったとは言え、オラリオで一番最初に手を差し伸べてくれたのは水月だ。

 

その水月が世界最強だと知ったのは、つい最近知り合えたリリに聞いたから。

特に本人から言われたわけでもなかったが、ベルはようやく水月の退屈の正体にたどり着いた。

 

並び立つものなし。

孤高の剣士の見る世界は、きっとひどく平坦だ。

 

「ルヴッ、ヴゥゥッ、ウウウッ!」 

 

「ぐ、ぅぅぅっ!」

 

馬鹿みたいに一途な気炎()が、馬鹿みたいに遠い果てへの追想が、ベルの脚を加速させる。

 

暴風とそれを跳ね返す勇気のぶつかる音が鳴り響く。

大剣を振り回すミノタウロスと、ナイフを閃かす少年。

力で劣るからなんだ。

自分の武器と魔法がかすり傷にしかなりえない屈強さだからなんだ。

攻めろ。

攻めて攻めて攻めて攻めて攻めて。

 

超えていけ──────ッ!

 

「あああああああああああああああああああッッ!」

 

雄叫びが走る。

兎が飛躍する。

諦めない心が、傷と疲労で錆びついた身体を再起させる。

 

それはまるで童話の一頁のように。

荒ぶる牛の怪物と、小さな少年が、互いの命を燃やし、しのぎを削り合う。

その死闘に、アイズを心配して尾行していたティオナとティオネ、レフィーヤは魅入られていた。

 

───英雄になりたい。

 

大剣の生み出す死の暴風の中に、ベルは何度でも飛び込んでいく。

 

───僕は、英雄になりたい。

 

願望が、『可能性』が芽吹いた。

 

「もう、慣れた!」

 

なっちゃいない、なんてことはない。

完成していないとは言え、使いこなされていたその大刃による連撃は、しかしベルが耐え続け、挑み続けたおかげで既知となった。

水月の本気を見たことないのでベルにはわからないが、少なくとも速さはアイズに遠く及ばない。

破壊に特化した大剣による一撃は、訓練で割と容赦なく振るわれる水月の木刀の鋭さに及ばない。

 

1週間、隣で共に水月に挑むアイズから盗み学んだ迎撃方法。

そして培われた技と瞬時の駆け引き。

 

大剣が完全に弾かれる。

それまで自分を翻弄するように周りを走り回るベルへの迎撃ですらブレなかった巨躯がようやくのけぞる。

 

ナイフによる弾き。

ただ攻撃を受けきるのではなく、同時に相手の体力をかすめ取る力無きものの積み重ね。

ベルが見つけた、水月に唯一届き得る攻略方法。

 

「ヴゥムゥウウウウウンッ!」

 

「【ファイアボルト】ッ!」

 

そして、ダメ押しに炎雷が迸った。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!」

 

黒く太い腕が漆黒のナイフによって斬り飛ばされ、大剣がベルの手に渡る。

 

大剣、というよりも特大剣。

自分の身の丈を超える刀身と、自分よりも重いその武器を、しかしベルは慣れたように振り抜いた。

 

先ほどまでナイフでできていた駆け引きはない。

そこに至るほど使いこなせてはいない。

それでも、なんでもやってきた兎の連撃によって、鋼を彷彿させる強な肉体に、太い赤線が刻まれていく。

 

「ゥ──ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?」

 

ミノタウロスもまた、負けじと吠える。

一瞬で逆転したこの状況を前に、気炎を滾らせその肉体のみで向かっていく。

 

決戦する。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

意地のぶつかり合い。

二匹の雄が、冷静さをかなぐり捨て、術理を捨て、自分の全てを込めた疾走を開始した。

間もなく四つん這いの猛牛から放たれる渾身の突撃と、白い兎が振り下ろす大剣がぶつかり合う。

 

「「────────────ッ!」」

 

大剣が砕け、角は無傷。

だが、勝負の天秤は小回りの利くベルへと傾いた。

 

「【ファイアボルト】」

 

駒のように回転し、槍のように懐へと飛び込んだベルの手に握られた紫紺のナイフが、傷だらけの猛牛の腹へと突き刺さり、こじ開ける。

その隙間に魔法がねじ込まれた。

 

「【ファイアボルト】【ファイアボルト】【ファイアボルト】【ファイアボルト】ッ!」

 

それは、水月のよく使う手法と似ていた。

今は似ているだけだが、それでも。

 

「【ファイアボルト】【ファイアボルト】【ファイアボルト】【ファイアボルト】【ファイアボルト】【ファイアボルト】【ファイアボルト】【ファイアボルト】」

 

「グッ……ォオオオオオオオオオオオオッ!!!!」

 

猛牛は、火炎の息吹に耐え切れず肉体を膨張させる。

もう間に合わない、それをわかった上でミノタウロスはそれでも諦めずに拳を直下させた。

超膂力から繰り出された兎を確実に無残な肉塊へと変える死の鉄槌。

 

「【ファイアボルト】ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」

 

爆散。

僅差で勝ったベルの咆哮が、ダンジョンに響き渡った。

 

 

所要期間、約一ヶ月。

モンスター撃破記録、5000体。

Lv.2到達記録を大幅に塗り替えた、世界最速兎誕生の三日前のことだった。

 

そして、ベルの背中に新たに2つのスキルが刻まれた。

 

【英雄願望】

能動的行動に対するチャージ実行権。

 

【累積詠唱】

詞を重ねることで魔法の効果が増加する。

 

 

 

───だが、その前に。

ヘスティアが攫われたという一報によって、世界最強による暴威が世間に示されることになる。

 

「すまない…!やられた!」

 

「…はぁ、ったく。やってらんねーな」

 

「最近きな臭い動きはあったの。でも、ここまで白昼堂々やらかすなんて思ってなかった…本当にごめんなさい。あなたの神様は私たちが必ず取り返して───」

 

「いらね」

 

短い一言。

たったそれだけで頭を下げる輝夜とアリーゼを黙らせた水月は、頭をがしがしかくと、自分を落ち着かせるように呼吸を一つ。

 

「お前らは悪くねーよ。攫った奴らが悪い。だけど」

 

嫌がらせのように、あるいは見せしめのように破壊され尽くされた教会。

その地面に、水月の怒気によってヒビが入る。

 

「俺の邪魔したら殺す。正義の味方は明るい世界に帰んな」

 

敵はイシュタル・ファミリア。

ブチギレた水月を、分厚い雲に覆われた昏い空が見下ろしていた。

 

 




今回も最後まで読んでくださってありがとうございました!

いろんなイベントが加速していきます。
しれっとミノタウロスが強化されてたり、アイズの魔法とメンタルが進化してたり、ベルのモンスター撃破数が3001から5000になってたり。
やりたい方題しながらこの小説は終わるのです。
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