幻想九尾の転移録《プロローグ》 ~聖女と歩む勇者の前日譚~   作:暦月

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想定外

 

 

(よし、イケるッ)

 

 打撃と魔法による疑似二重衝撃波(ダブル・インパクト)。その威力は絶大で、苦し紛れに展開した鎧から魔力が砕け霧散していくのが視て取れる。

 それに加えて、この世界の戦いに慣れてきたのか内部破壊まで攻撃に組み込む始末。それにより不可視の隔たりの上からでも肉体にダメージを与えられるようになった。

 

「がッ…グ! こッ、んの……!」

「そろそろ片を付ける!」

 

 初めて使う超常の類。だが湊はそれに振り回されること無く、むしろ放出系魔法を近接付与に転じたり、その際自分もダメージを負ってしまわぬよう前腕にのみ魔鋼を纏うといった高等技術まで披露していた。

 それがどれだけ常識から外れているか。それを説明するより前に湊の回し蹴りが最後の障壁を打ち破った。

 

 確かな感触と共に腹部を覆っていた魔力が崩壊し、それが波及する様に無事な箇所にも罅が入る。

 

「ば、馬鹿な…!」

「これで終わりだ」

 

 スヴェンの顔が驚愕に染まる。

 恩恵も使えない勇者如きに自分が負ける筈が無い。そう思い込んでいたが為に鎧を破壊され、戦いの終わりを迎えようとしているように見える……が、

 

 

(ハハッ! なーんてな。実はもう既に意識が回復してるんだが、気付くわけねえよなァ)

 

 

 しかし内心では作戦が上手くいったことに、そっとほくそ笑みを浮かべていた。

 

(カヒッ、そうとも知らねえで必死に頑張っちゃってよ。傑作だぜこれは)

 

 何故動けるのに反撃しないのか。それは湊が勝ちを確信した瞬間にカウンターを叩き込み、いけ好かない彼を絶望に叩き付けるため。本当にただそれだけの理由だった。

 

(気に入らねえ、オレ様より上だというその自信に満ちた顔が。何よりあんな良い女を侍らせてることによぉ)

 

 自分より恵まれてる奴は気に入らない。それを当然のごとく振る舞う野郎には殺意すら覚える。

 このスヴェンという男は、そんな自分勝手な私情だけでこれまで数多の仲間に手を掛け、そしてそれ以上の民間人に悪虐の限りを尽くしてきた。

 

(オレをイラつかせる奴は消さなきゃいけねえ。手前もその一人だ、勇者!)

 

 左脚を軸に、右の手刀に最後まで衰えなかった回転の勢いをプラスして、開いた突破口からトドメの一撃を繰り出すのが見える。そしてスヴェンが最後の賭けに動いた。

 

「掛かったな! やっぱり最後はオレ様が勝つと決まってんだ!」

 

 硬直から解かれ、絶好のタイミングで奇襲を仕掛けたスヴェン。

 見かけからは想像もつかない俊敏性を発揮しコンパクトに構えると、柄から魔鋼を施した左手のみを離しそれをガードに回す。

 

「これが経験の差ってやつだ! しゃんと噛み締めてから逝くんだな傲慢勇者が!」

 

 不恰好な形ながらも攻防一体の構えを完成させた。最早取れる選択肢はなく、確実に…湊と自身の間に腕を滑り込ませ、勝敗を分ける一手をそこに置く。

 準備を終えたスヴェンは湊の動向を()かと確かめ、右手に握った両手剣を重量を感じさせない動きで横に一閃する。

 

「払いのけて、それで終わりだァ!」

 

 先ずは装甲が健在な腕を盾に見立て、同じく手を武器に見立てた一撃をパリィで迎え撃たんとする。

 そうして体勢を崩せば……否、崩さずとも結末は変わらない。

 予測不可能なタイミングで、想定外の一撃を叩き込めば、さしもの勇者とは言え直撃は免れない。本来の両手持ちスタイルからはかけ離れた太刀筋は、しかし正確に湊の頸目掛けて軌跡を生む。

 

 

「死ねェーーー!!」

 

 

 確信した。この一撃は通る。

 

 半ば強制的とはいえ、これまで何千、何万と振らされてきた剣は相手に致命傷を与え得る。ろくに思い入れの無かったあのクソみてえな騎士生活も少しは役に立つもんだと、そう考えを改める程度には感謝した。

 

 攻撃を払いのける筈の盾が、湊の左脚に弾かれるまでは。

 

 

「――なァ!?」

「だから騙し討ち(ウソ)は俺に通用しねぇって言ってんだろ単細胞が。無駄に気分悪くさせんな」

 

 

 完全に意表を突いた一撃……だったはずが、逆に予想外の方向から攻撃を貰ったことで、むしろ自らが隙を晒してしまう。

 

(こいつッ、()足で!?)

 

 しかしそれも今回ばかりは致し方無い。何せ地面と接地している筈の、唯一攻撃に参加していなかった軸足を振り上げ、盾を弾き飛ばしたばかりか、空中を華麗に舞っておまけに追撃まで仕掛けてくるなど誰が想像し得ただろうか。

 

 

 ガッ、シャアァァ―――ン……

 

 

「終わりだ」

「まだッだあーー!!」

 

 盾を模した左腕を弾かれ、自慢の鎧が硝子細工の如く砕かれようと、最後に残っていたものが勝者だ。何より俺はまだ両手で剣を握れるぞ!

 

「ウ”オ”ォォアーーー!!」

 

 ここまで至ったからには防御系スキルなど不要。次が正真正銘、最後の一撃になると二人の間で共通の認識が成されていた。

 

「『身体強化』、『闘圧』!」

 

 守りは要らぬといったが、攻撃こそ最大の防御。

 残り少ない魔力を惜しみなく攻勢(バフ)に費やし、そのついでに元々高かった耐久値に補正が掛かったスヴェンの身体は、最早素の要塞と言えるほど堅固なものとなる。

 勿論それで充分かと問われれば否と返すだろうが、少なくとも一撃入れられてる間に仕留めるくらいの時間は稼げるはずだ。

 

「『両手剣術、極ィ』!」

 

 更にはここにきて新たなスキルを唱える。

 その瞬間、スヴェンの身体を外部から支配されるような感覚に襲われるが、当の本人はそれに抗う事なく、むしろすんなり明け渡すと、主導権を放棄した身体がまるで意思を持ったかの如く勝手に動き始めた。

 

 能力による恩恵には剣術の指南まで含まれている。

 

 指南と言っても自分の理想とする動きを実際に体現するだけであり、本来はそこから研鑽を重ねて身体に沁み込ませ、ある程度形になったら剣筋の細かな調整にリソースを割くだけのスキルへと成り下がる。

 何せそうしなければ魔力消費が激しすぎて、とても実践では使えないからだ。能力におんぶ抱っこの戦闘はポテンシャル以上の動きを引き出してくれるだろうが、その分代償も高くつく。

 

 よく魔力はお金、魔法やスキルは商品に例えられたりするが、実は云い得て妙だったりする。どれだけ値が張ろうと、お金さえペイすれば捧げた分の成果を得られるという意味で。

 身の丈に合わない事を望んだとて、その膨大なリソースをスキルに供給できさえすれば関係ない。

 喩え未熟な子供だろうが、たったそれだけのこと…能力一つで年齢差ハンデを覆せるのがこの世界の常だ。

 

 今スヴェンが行ったのが正しくそれで、力押しばかりでまともな剣技を修めていないスヴェンが高い“代行料”を支払い、最後の一撃を自分の理想とするスタイルに変えてから斬り掛かってきた。

 

 湊からすればステータスでごり押すしかしてこなかった相手が、最後になって急に長年磨き上げてきた技で反撃してきたようなものだ。

 格闘ゲームなら先ずプレイヤーの交代を疑うだろうし、実際それで間違いないのだが、何度も言うようにここは湊のいた日本ではなく魔法が飛び交う異世界だ。

 郷に入ては郷に従えという言葉が示すように、これ位はやってくるだろうという認識が無くてはこれ以上の強者と相まみえた時に勝利が難しくなる。

 

「『クイック・スラッシュ』!!」

 

 機先を潰した。体勢も完全に崩れていた。にも関わらず湊より先にアクションを挟めるのは理不尽としか言いようがない。

 ただでさえステータスの差で負けているというのに、裏をかいても即立て直されるのはゲームで言うところの負けイベントに近しい。

 普通はこうなることを回避、或いは負けてストーリーが展開される流れになる訳だが、残念な事に此処は現実。コンティニューなど或る筈もない。

 

「真っ二つにしてやんよ!」

 

 まあ、だがしかし。

 

 

「狙いは良い。けど俺からすれば高すぎる」

「(低ッ――、剣の下を!?)」

 

 その理不尽すらも覆すのが天宮湊という存在(バグ)だ。

 

「才能で勝る勇者を仕留める方法は、恩恵に無かったのか?」

「しまっ…!」

 

 スヴェンの横薙ぎに対して、身体を地面と平行スレスレにし回避。しなを作り、まるで銀の鏑矢を思わせる勢いで距離を詰めて来た。

 

 殺られる。

 

 防ぐ術を失ったスヴェンが、自分を害そうと伸びてくる凶手を前に硬直状態へと陥る。

 反射的に目を閉じ衝撃に備えるが、その感触が想定していたものよりかなり軽かったため、恐る恐る状況を確かめると――

 

「は?」

 

 その手をスヴェンの胸に翳したまま、まるで戦闘後の余韻を感じさせるが如く静止していた。

 

「ッ!!」

 

 何故だとか、今更何をとかそんなの考える暇すら惜しい。脳から指令を受けるよりも早く動き出し、生存本能が訴えるまま、気付いた時には三度剣を振りかぶっていた。

 

「ウオアァ”!!」

「ここだな」

 

 声にならない雄たけびを発し、一早く安全を得ようとするスヴェンの耳に、湊の声が不自然なほどはっきりと聞こえた。

 

 

火球(ファルガ)》+ 発勁(はっけい)

 

 

 

「火重発勁」

 

 

 

 

………

……

 

 

 

ドゥーーーン

 

 少し先で生じる戦闘音を頼りに、男は確かな歩みで音の発生源を目指していた。

 

「やれやれ。契約に無いとはいえ人類の希望相手にムキになり過ぎだ。この用事が終わったら残りの連中諸共始末しなくてはな」

 

 当初は聖女姫だけの予定だったが、思わぬ幸運が転がり込んできたことで足取りも軽くなる。

 おまけに魔力場を探ってみたところ、どうやら既に魔法も行使しているらしく、増々心が浮き足立つ。その機嫌の良さと言ったら、フードの下からでも喜色が滲んで見えるほどだった。

 

「此度の勇者は大当たりらしい。このツキの良さが普段からあれば、こんな事をせずとも済んだのにな」

 

 その呟きからは何やら悲壮感が漂い、彼のこれまでの苦労もしくは苦悩の深刻さを表していた。

 

「それもこれも女神の加護を受けたあの王女のお陰だとしたら、やはり無理矢理でも二人を此方に引き込む必要があるな」

 

 自身の目的のために大国すら敵に回した男の言葉には狂気が宿っていた。喩え破滅に向かおうが、何が何でもやり遂げるという負の意思が込められている。

 

「だから精々足掻いてくれよ、聖女に見初められし勇者よ」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 命が零れ落ちる感触、というものがある。

 モノに例えるなら指の隙間から溢れる水がそれに近く、概念的なことをいえば欠落感といった表現を思い起こすかもしれない。

 質量的には何も変わらず、けれど確かにこの手で毀損(こわ)した実感を現に得ている。少し話が逸れたが、兎に角その表現に近しい感触が伝わってきたということだけ分かれば良い。

 

「最後に少しケチが付いたが、何とか指定時間の10分より前に片付いたな」

 

 それを為した張本人は、いたく平静そのものだった。

 この戦いの前に盗賊数十人を惨殺しといて、今更人間一人の命を奪ったからといって気に病む湊ではない。むしろ魔法を行使したことに対する至らなさと、アルシェに通達した目標時間を超過せず済んだ安堵感で大半を占めている。

 

 

「アルシェ、終わった――」

 

「カナエ様、後ろですッ!!」

 

「は? ――ッ!!?」

 

 

 コイツ、倒れずに踏ん張って…!?

 

 アルシェの声より少し遅れて、超感覚が男の存命を知らせた。

 

 

「ウ……、ウー、ウゥ!!」

「こッの、確実に心臓は潰したぞ。どうやって生き延びて――ッ」

 

 

 その時、男の姿を視界に収めた湊が一瞬固まった。皮膚が浅黒く変色し、全体のシルエットを異形のソレへと変えていく。

 何よりこの空気が重く淀むような独特なオーラには、身に覚えがある。

 

 

「まさかお前、【(ケガレ)】に」

 

“勇者ァァア!”

 

「くっ…」

 

 

 素直に問答している場合じゃない。唯でさえ差のあった身体能力値が更に広がり、先程までは余裕をもって行えた回避にも苦心させられる。

 

 

“オラぁ!”

 

万形戦闘式(フルアーツ):剣舞 ✕ 小夜風」

 

 

 スヴェンの攻撃に対し、その辺に刺さっていた長剣で応戦する。刃先で相手の得物を受け止めると、その勢いのまま刃部を滑らせ最後は丁寧に薙ぎ払う。思い切り振り抜いたにしては風圧もそこまでなく、モーション後に手首で捻りを加えると、剣が暴れて握りが浅くなる。

 

 

“小癪な!”

 

(ちッ、体勢が崩れた! この馬鹿力が)

 

 

 しかしやはり迎撃が間に合わず、それとパワーが増したこともあり身体が流れてしまった。急いで地に足を付け、振り返ったその瞬間……横から丸太にも等しい太さの蹴りが迫っていた。

 

 

“『上級格闘術』!”

 

「これは俺の――ッ、戦闘式(アーツ):飄風!」

 

 

 先程の意趣返しとばかりに放たれた回転蹴りを前に、突風を模した剣技で迎え撃つ!

 

「くっ~~~!?」

 

 ガリガリと地面を割りながら何とか脚で踏ん張るが、純粋な力と力のぶつかり合いでは分が悪い。咄嗟に剣背に左腕を押し当て、勢いを殺そうとする……が、しかし止まらない!

 

「ぐうッ!」

 

 ぼギャらゴキンッ

 

「かっ、ハ――」

 

 そして滔々蹴りに耐えられなかった剣と、ついでに添えてあった左腕の骨まで粉々に砕かれた。それでも尚勢いは収まらず、湊の粉砕した腕が肋骨を強打し、反射的に呼吸が一時停止する。

 湊が凄いのは今のような生死を懸けた闘いで、腕を砕かれ身体の中心に罅を入れられようとも戦意を……思考する能力自体は失われていないところだろう。今もこのまま攻撃を受け続けるのは悪手と考え、途中で後ろに飛び衝撃を和らげた。

 

 天宮湊はただでは倒れない。吹っ飛ぶ方向を予め決めておき、相手の威力を利用して物理的に距離を取る。

 

「え…?」

「時間だ。移動するぞ」

 

 そうして距離を取った後はアルシェを右腕で抱きかかえ、まるで最初からそういう流れだったのかと錯覚するほどスムーズに駆け出し森の奥へと走り出していった。

 

“は…?”

 

 突然の強化を実感する間もなく、奥地へと消えていった二人。

 

“フザっ…待ちやがれ!!”

 

 漸く事態を把握したスヴェンが、額に青筋を浮かべ、此方も強化された俊敏さで二人を追いかける。

 しかし彼の中では今の一連のやり取りで格付けが済んだのか、次第に笑みを浮かべていく。さながら気分は獲物を追い込む狼のようだと、油断と余裕を生みながら自信を深めていくのだった。

 

 

 





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