幻想九尾の転移録《プロローグ》 ~聖女と歩む勇者の前日譚~   作:暦月

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一先ずの決着

 

 

 時は少し遡り、湊がスヴェンの心臓を潰し、本来なら決着が付いていたであろうあの瞬間。

 

 湊が命が零れる感触を受け取っていた一方で、実はもう一人……これから身を以て死を体感するスヴェンもまた内側が毀損れていく過程を感じ取っていた。

 

(クソがッ、どうして、どうして俺様があんな奴に…!)

 

 崩れ行く意識の中。これが人生最期の刻だというのに彼が宿した感情は、今生を惜しむ悲嘆や後悔でも、更生を予期する自省の念でもなく、どうしようもない怒りと嫉妬だった。

 

(ふざ、けるな…! こんなの認めねえ、この俺があんなガキに殺られるなんて、或っちゃいけねえんだ)

 

 真っ赤に染まった視界の中央では、既に背中を向けている湊と、そんな彼の勝利を確信したアルシェの様子が映し出される。

 自分をここまで追い込んだ勇者に憎悪の感情を滾らせると共に、窮地を脱した二人の“その後”を想像し、更に未練を募らせていった。

 

(あの王女は俺様のモノだ…! それを奪う奴は絶対に赦さねえ。勇者を殺し、姫を嬲り犯して、アイツ等の全てをぶち壊さなりゃア俺の気は晴れねえんだよオ!!)

 

 男の欲望が、生物の持つ死の恐怖(本能)を上回る。

 あの穢れ無き淫体を自分以外が好き勝手すると想像しただけで頭がどうにかなってしまいそうなのに、その恩恵に与るのがあんな生意気なガキだと? ふざけんじゃねェ!?

 

(クソ、がァ…!)

 

 意志の強さとは裏腹に崩れる身体を支える力はもう無い。そのまま地面に倒れるのだと誰しもが思うだろう。そう思わぬのは当の本人だけだ。

 

 

 

《P—12エリアで瘴気の異常な出力を検知しました

――浄化システムが作動します

 

 

また、同エリアにてイリーガルスキルの存在を確認

戒禁が発動し、条件を満たした該当者一名に状態異常『嫉妬』が付与されます》

 

 

 

 だが、その執念深さが最悪の形で実を結ぶこととなる。

 

 湊に破壊された心臓が再生し始め、更には異形の腕が四本と本来人には備わってない筈の角や尻尾まで生えてきた。

 皮膚や眼球がどす黒く染まり、最早元の原型が感じられぬ程の変化を遂げたスヴェンの脅威は今までの比ではない。

 

 それは湊の腕一本を破壊したことからも明らかで、その怪物に当の本人は無傷で勝つと宣言までしてみせた。

 まだ碌に恩恵を扱え切れない身でありながら天賦の才を持つ勇者と、十全にシステムのバックアップを得た凡人。その両者が短い逃走劇を間に経て、再び睨み合う形で対峙することになる。

 

 

 

 

「来るぞ」

 

 直後、木々が薙ぎ倒される音と共に姿を表したスヴェン。二人を交互に見比べたかと思えば、後ろの崖を視界に収め醜悪な笑みを浮かべて見せた。

 

「ヒッ…」

 

 人間というのはここまで凄惨な笑みを浮かべられるものなのか。それとも人の範疇から逸脱した為かそこは分からないが、とにかくそういった感想を抱くほどの悪意が二人に向けられ、耐性が無いアルシェの口から短い悲鳴が漏れる。

 

「うわ、めんどくせえ絶対」

 

 もう一方の湊もこの状況を芳しく思っていない。だが緊張より先に面倒臭さが来る当たり自身の勝利を微塵も疑っていないのだろう。

 怨嗟の籠った眼差しを向けてくるスヴェンを鬱陶しげに睨み、相手が行動を起こすより先に空いた右手から水の初級魔法《水砲弾(アクアバレット)》を撃ち込んだ。

 

 

“ぶっ! み、水魔法!? おいッ、それはまだ見てすらいねえ筈だろ! 何で――”

 

「喧しい、さっさとくたばれ。《水砲弾(アクアバレット)》」

 

“げぶうッ!”

 

 

 相手の体勢が整う前に次々と撃ち込んでいく。初級魔法とはいえ普通の木くらいなら陥没させられる程の威力がある。スキルで防御を固められるとは言え、これだけ撃ち込まれたら流石に効果あるだろう。

 

 

“こんッの、いい加減にしろよクソ餓鬼がァ!!”

 

「流石に威力が足りないか。なら次は・・・《水槍(アクアランス)》」

 

“ぐあっ、今度は中級魔法かよ!”

 

 

 続々と打ち込まれる魔法の波状攻撃に、中々湊との距離を詰めれないでいるスヴェン。強引に突破してもギリギリで躱され距離を稼がれるため、次第に苛立ちが募り怒りのボルテージも最高潮に達する。

 

 

“ハッ、だがそれがどうした! 何発当たろうが俺の体には傷一つ付いちゃいねえぞ。勇ましく啖呵を切った割には拍子抜けだったなぁ!”

 

「挑発のつもりか? 攻撃を止めてほしいんだったらそれに相応しい態度があるだろ。ほら、床に頭をこすりつけて俺にハンデを乞いてみろよ」

 

“…ぶっ殺す!”

 

 

 そんな折に売り言葉を買い言葉で返されたものだから、とうとう頭に血が上りモーションが大振りになる。

 当然見え透いた攻撃に当たる湊ではない。余裕をもって回避し反撃まで加えたら、今度は攻撃パターンまで単調になり始めた。

 

(やっぱり。傾向としては通常の【(ケガレ)】と相違ないけど、それでも恩恵の差はデカいな)

 

 その様子をじっくり観察した湊がそう結論付ける。

 

 相手の冷静さを失わせる事には成功したが、それで安心するほど阿呆ではない。先の反省も踏まえ、レベル一桁の自分と相手の力量をしっかり念頭に置いたうえで現在の立ち回りを演じていた。

 

 既に戦闘技術や魔力操作でスヴェンの上を行っているが、それでも伯仲した戦いになるのは両者のレベル差が開きすぎているからだ。

 このまま近接戦を演じたところで、先程と同様の展開になるのは目に見えていた。

 

(なら、非っ常に不本意だが近接戦は棄てるか)

 

 アルシェとの誓いもあるため、ここは無傷で乗り切らないといけない。

 

 仮にこの戦いで腕一本、どころか傷の一つでも残そうものなら今後彼女の心配を一々振り切りながら戦闘に臨む羽目になる。

 そしてその憂慮は湊の自尊心を大いに刺激するだろうし、ここで宣言通り完勝してアルシェの信頼が得られれば湊とアルシェ、双方の精神状態的にもプラスとなる筈だ。

 

 故に湊が取った行動は、魔法での遠距離攻撃に徹することだった。

 

「〝切り捨てろ〟《水刃圧(ウォーターカッター)》」

 

 新たな魔法を発現するのも、湊からすれば造作もない。

 魔法は才能の有る無しに加え、撃ち出す時のイメージも重要になってくる。普通だったら魔法の理解から習得まで長い時間を要するが、天宮湊という男は《火球(ファルが)》を一発放っただけでそのプロセスを完全に理解、他属性であろうと問題なく魔法をクリエイトするまでに精度を高めていた。

 

 

(ここまで焦らして何もアクションが無いという事は、魔法は使えないと見るべきか。本当はこんな恩恵(チート)なんて使わなくても勝てるんだが……いやいや、私情を捨てろ。今回は無傷での勝利が大前提だ)

 

 

 自らの(才能)だけで手を下したい欲求を振り払うと、それまで放っていた牽制用の魔法を止め、消費した分の魔力回復に着手する。

 

“なんだあ、もう終わりかよ!? チマチマ飛ばすだけで終わりにしてくれるなんて勇者様はお優しいなあ!”

 

 スヴェンが出来うる限りの挑発をするがそんな程度の低いものに湊は反応しない。男が喋って長引くほど成功の可能性は広がるのでむしろ歓迎すべきだろう。

 

“ちっ、つまんねえな。張り合いがねえ。……そうだよ、何であんな雑魚が勇者で俺が一般兵なんかやってたんだよ。おれには才能があったんだ。誰にも負けない才能が…”

 

 湊は力を溜めながら男の変化に目敏く反応した。奴の態度が明らかにおかしい。それは先程アルシェを襲った時に酷似していた。

 アルシェもその変化に気付き身を強張らせるが、先程の言葉を信じ前に翳していた手を下ろした。

 

 理屈ではない。湊が「護る」と言ったのだ。ならばそれを信じて待つのが聖女たる自分の役目だ。それを思い出せただけで緊張に固まっていた肩の荷が(ほぐ)れる。

 

“『身体強化』、『闘圧』!”

 

 スヴェンが能力を発動すると、さっきみたく氣力(オーラ)だけで見えない鉛を背負ったような感覚になる。

 

“行くぜえ!”

 

 身体強化により強く踏み出された一歩はそれだけで地面に跡を残し、辛うじて目が追えるスピードまで達した。それを今までよりも大袈裟に躱すと、透かさず《水砲弾(アクアバレット)》を発射し、また距離を空けた。

 普通ならレベル差があり過ぎて戦いにすらなら無いのだが、ずば抜けた動体視力とそれに対応できるセンスが常識を阻んだ。

 

 その事に目を剥き、また嫉妬に身を焦がすが、すぐに切り替えると魔法を避けて二人に詰め寄ってきた。

 しかし逸れた魔法が着弾と同時に地面を抉り、土埃が舞うと視界不良を起こして行動を妨げる。

 

“ぐあっ! め、目が!”

 

「これで『夜目』とやらは使えないだろう。

〝風よ、我が矛となれ〟《風薙ぎ(エアドラ)》」

 

“聞こえてんだよ!”

 

 右手から鎌鼬を飛ばしスヴェンへと襲い掛かるが、不可視の攻撃はたった一撃の元に叩き斬られた。真っ二つになった風の刃はコントロールを失い別々のタイミングで地面に当たるが、風の性質で先程よりも多くの埃を宙に浮かせた。

 

“ちぃっ! さっきからちょこまかと。大口叩いといて結局は小細工かよ!?”

 

 苛立ったスヴェンが罵声を浴びせるが返事はない。折角得たアドバンテージを捨ててまでマウントを取るような愚行を普通はしないだろう。

 

「〝その力を我に示せ〟《走る稲妻(ライトニングサンダー)》」

 

“があ…っ!”

 

 焦る気持ちを嘲笑うかのように、追い討ちをかけてきた《雷魔法》がスヴェンの肩に直撃する。初級魔法なので大した威力も無いが、こうも思い通りに行かないとイライラする。

 湊の『俯瞰視』に対し、格上である筈のスヴェンは相手の居場所を特定するタイプの能力を持っていない。粗雑な性格がここで裏目に出た。

 

“あ”あ”ぁーーッめんどくせぇ! それがどうしたってんだ!? こんなもん吹き飛ばしてやる!”

 

 両手でロングソードを構え、それを力任せに振り回して周囲に突風を巻き起こす。

 ただの悪足掻きかと思いきやレベルにモノを言わせたその破壊力は凄まじく、剣圧が風となって今出来た煙を強制的に追い出した。

 

「きゃあっ!」

 

 暴風は距離を取っていた湊とアルシェにも届き、湊が壁になることでその場をやり過ごす。

 

 

「ったく、品が無い。脳みそ空っぽな原始人の考える事だぞ今のは」

 

“はっ、だからどうした。ようやく姿を表したな、テメェは今度こそ終わりだ!”

 

 

 怒り狂ったスヴェンが親の仇でも見る目ように湊を睨み、切っ先を突き立てた構えで突進してこようとする。

 しかし湊は動じない。おまけにその顔はとても満足げであった。

 

 

「悪いがもう終わりだ。お前が暴れたお陰で予定より早く仕掛け終わった」

 

“死ねえ”ぇ”ーーーッ!”

 

 

 湊の話を聞かず攻めの一手を繰り出してきた。男の行動を見て口許が綻ぶと、アルシェをそっと降ろし両手(・・)で魔法を唱えた。

 

「〝汝、敵を退く風とならん〟《暴風圧》」

 

 前から大気を響かせる程の風が生まれ、一歩を踏み出したスヴェンの行く手を阻む。

 

“んが……ぐぎぎぎぎっ!”

 

 それは小さな台風となって男だけでなく近くにあった木々の葉、幹をグラグラと揺らし折れた枝が風の向きに従って崖に投げ出される。

 

(そうか! 奴の狙いは俺をここから落とすこと!)

 

 思い至った結論にハッと息を飲む。土煙による目眩ましは自分と崖を一直線に並べるための時間稼ぎ。まんまと策に嵌まったスヴェンは忸怩たる思いに駆られるが、スキルで底上げし全力で抵抗する。

 

(奴の魔力量に関しては分からねえが、威力自体は大したことねえ! このまま『身体強化』で押しきる!)

 

 何時切れるか分からない限界を待つよりも、自分で抜け出す方が良いと断じた。

 攻撃性も何もない、風力のみに特化した魔法だが、ここでもレベル差がモノを言う。下に投げ出される事なくその場に踏ん張るスヴェンに湊は眉を吊り下げた。

 

(終わらせてやるよ勇者ァ!!)

 

 今度は男がニヤリと笑みを浮かべて力強い一歩を踏み出す――

 

――ビシィッ!

 

“……あ?”

 

 踏み出す……と、下から(・・・)何か裂けるような音が聞こえた。かと思えば、目の前の地面が円形に割れていく。つまりスヴェンが立っている場所を中心に亀裂が入っていった。

 

(な、な、なあっ!?)

 

 その光景にギョッとして目を見開くと、その視線の先に相変わらず此方を莫迦にした風な湊の顔が目に入った。

 

 

“あ、あの野郎……まさか”

 

「感謝しろよ。お前に相応しい場所へ送ってやる」

 

 

 その端正な顔を嘲笑に歪め、冷たい眼差しを向けてくる。そして目一杯伸ばした脚で思い切り地面を踏み砕くと――

 

“や、やめっ…!”

 

 

 ドン! …ビシイィ……ッ!

 

 

 戦闘の余波で崩れ掛かっていた地盤が割れ、そこに立っていたスヴェンごと地表を崖下へと落とした。

 

“あっ…ぐぐ、クソお”ぉ”ーーーーッ!!”

 

 重力に従って落下する最中、藁にも縋る思いで咄嗟に掴んだ木の幹は藁ほど頼りない物でも、当てにならなくもなかった。

 

“ハ、ハハ…、ガハハハハ!! どうだ、俺様はまだ負けてないぞ! 天はこの俺に勝てと、そう言ってるみたい――だァ!?”

 

「いい加減落ちろ。奈落に」

 

 しかし喜びも束の間だった。何せ上から降って来た湊に顔を足場として利用されたばかりか、思い切り跳躍した反動で命綱が根元から折れ、掴んでいた幹ごと谷底を流れる川の中へと消えていったのだから。

 

 

“勇ぅ者ァァァアア!!!”

 

 

 あらん限りの絶叫と、怨嗟の念と共に。

 

 

 





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