幻想九尾の転移録《プロローグ》 ~聖女と歩む勇者の前日譚~   作:暦月

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嘆きの聖女姫②

 

 

 サーナは全身の毛を緊張に弥立(いよだ)てながらも剣を握り戦闘に備えた。

 

 アルシェの《付与魔法》を受けていながら勝てる気さえ起きない。こんな事は初めてだ。

 ましてやそれが敵として現れるなど今の今まで想像すらしてこなかった。――否、想像したくなかっただけか。

 

(くっ、コイツ…!)

 

 サーナが王家に仕えるようになってからそう長い年月は経過していない。同じ隊長格と謂えどサーナの倍以上の年の人もいるし、おまけにその殆どが男だ。

 それでも若くして国の第一兵団を預けられるぐらいには実力があると自負し、修羅場も幾度となく越えてきた。

 

 今もこれからもアルシェを守りきる自信はあった。それなのに…

 

「――っ!」

 

 前方にいる男はそのサーナを圧力(プレッシャー)――恐らく通常能力の『威圧』――だけで捩じ伏せるだけの力を持つ。冷や汗が頬を伝い動悸を荒くする。

 必死に頭を働かせこの状況を打開出来るだけの何かを模索するがそんな都合の良いこと起こる筈もない。

 

 

(それでも私が何とかしなければ。アルシェ様を護る騎士として、コイツだけは見逃がしてならないと本能が告げている)

 

「貴様何者だ。この賊達のボスか?」

 

 

 だから時間を稼ぐ。なるべく時間をかけ、運が良ければこの男について何か分かるかもしれない、という希望的観測に基づくものだ。無駄だとは感じているが今はこれが最善の選択だと思う。

 

 

「いや違う。頭はさっきお前が倒した男だ。俺はコイツらの依頼人だ」

 

 

 男はサーナの声に反応して此方に目を向ける。と言ってもフードで相変わらず口元しか見えないが。

 

 

「此方をフィリアム王国第二王女、アルシェ=フィリアム様の護衛と分かった上での狼藉か。お前の目的は何だ」

「これから死んでいくやつに言う必要はない」

 

「盗賊共が持っていた古代級魔道具(アーティファクト)、お前が与えたモノだな? どこから手に入れた」

「答える必要がない」

 

 

――くそっ、まるで会話が通じない!

 

 

 焦燥と怒りが籠った眼で睨むが、相手はどこ吹く風だ。

 

 

「もういいだろう。これ以上会話を続けてもお前達の運命は変わらん。人が来る前に片付けねばな」

 

(――っ! 気付かれていたのか!)

 

 

 そして再びあのプレッシャーがサーナ達に襲いかかる。相手が動くまであと何秒も無いだろう。

 

(とにかく、アレは私が出ねば話になるまい)

 

 アルシェを部下に預け、足を一歩前に出す。例え自分が相手にされないと分かっていても――

 

「では私からもお聞きします。貴方が私を狙う理由は何ですか?」

「っ、アルシェ様!」

 

 いつの間にか目を覚ましたアルシェがそれを制し、自らの足で立ち上がる。魔力が枯渇する寸前なため足取りは覚束ないが、そこは王女としてのプライドで何とか乗り切る。

 フードの男もそんなアルシェに少し驚いた様子を見せるが、次の瞬間にはうっすらと冷たい笑みを浮かべた。

 

 

「ほう? もうお目覚めか。流石は〖救国の聖女姫(フューネルハイツ)〗。才色兼備の美姫と聞いていたが根性もあるらしい」

 

「当然です。フィリアムの王族はこれしきの事で弱音を吐いたりしません」

 

「ふっ。頼もしい限りだ」

 

 

 勿論そんなのは唯の強がりだ。実際アルシェの心は恐怖で満たされているし、魔力が底を尽きるのとは別で震えが止まらない。

 このタイミングで起きたのも偶然だ。フードの男の『威圧』で半ば叩き起こされるように目が覚めただけなのだから。アルシェは幼少の頃から憧れであった姉を見てそれを真似ているだけで、内は普通の少女達と然程変わらない。

 

〝舐められてなるものか〟

 

 王女として、国の威厳を保つため此処にいる。その一心で己の恐怖を押し潰している。

 サーナも周りにいる者達もアルシェのその様子には気付いていなかった。ただ男だけが尚も薄い笑みを浮かべている。

 

「それで、私が狙われる理由は何でしょう」

「ふん…本当は口外せぬよう言われているのだが…まぁ良いだろう。貴公の覚悟に免じ一つだけ教えてやる」

 

 その言葉にサーナどころかアルシェも驚きを露にする。ダメ元で聞いてみたがまさか男の口からそんな言葉が出るとは思っていなかったからだ。

 

 

「本当に…教えてくださるのですか?」

「あぁ。私と奴等(・・)は協力関係に有るわけで仲間ではない。故に私の行動を制限する権利も無いということだ」

 

 

「奴等」という言葉に二人が反応を見せた。この襲撃の裏には複数の組織が絡んでおり、男の行動を拘束できない事から必ずしも纏まっているという風でもない。

 今の言葉だけで有益な情報を得ることができたのではないか。ただそのあまりの拍子の無さについ先を促してしまう。

 

「あの…その奴等とは一体どなたの事を仰られているのでしょう?」

「質問は一個だけだった筈だ。それ以外を答えるつもりはない」

 

 当然だがそれ以上教えるつもりは無いらしい。アルシェももしかしたらと思っただけので特に残念がる様子もない。

 

 

「そうですか…では改めてお聞きします。私を狙う理由は何ですか?」

「そうだな。正確には貴公ではなく貴公が持っている〈英雄召喚石(ブレイヴストーン)〉に用がある」

「「 なっ!!? 」」

 

 

 アルシェとサーナがほぼ同時に声を上げる。それだけ男が言った言葉が衝撃だった。

 周りにいる盗賊の残党や、兵士達でさえ二人のそんな反応を見て首を傾げていた。サーナは男に対し鬼気迫る勢いで睨み付けた。

 

「貴様、どうしてそれを知っている!?」

 

「どうしても何も、〈石〉については少し調べるだけで簡単に分かる。貴様等以外に知っている奴はチラホラいるようだしな」

 

 男が狼狽していた兵を達をチラリと一瞥した。

 

 

 

 

 

 

――英雄召喚石(ブレイヴストーン)――

 

 その起源はおよそ七百年前にまで遡る。

 

 遥か昔から存在していた人族と魔族は互いにその存在を認めず度々争いを起こしていた。その頃は人族と魔族の対立が特に激化を極め、各地で紛争が起こっていた。

 街から離れた村では小鬼族(ゴブリン)豚人族(オーク)が頻繁に出没し被害を出していたし、逆に人族の方から魔族へと仕掛ける事もあった。酷い時には魔族を統べる魔王との総力戦が行われたとも云う。

 

 そんな時に一人の青年と精霊が立ち上がった。人の身でありながら破格の戦闘力を持つ青年と、自然を司る精霊の中でも頂点に位置する唯一無二の人型精霊。

 

 彼らは圧倒的な力で諸悪の根源である悪しき魔王共を打ち倒し、残った魔王達にも人族への不可侵を条件付けた。人族にも同様の行為を行い、国を衰退させていた愚王も無事に討伐されたのだった。

 彼らは後に〖英雄〗と〖精霊姫〗と名付けられ、人と魔族は互いに分かり合う……筈だった。

 

 しかし英雄()の死後、まるで息を吹き返したように魔族が人族領に攻め込んできたのだ。最後の望みであった〖精霊姫〗も〖英雄〗が死んだショックから沈黙。傷心中だった彼女を魔族が共同体制を敷き迷宮の奥底へと封印してしまった。

 これに困ったのが天上の神々だ。超越者の中でも天使と並び最上位に位置する〖英雄〗が抜けてはパワーバランスが崩れかねない。神はその力故に簡単には現世へと干渉できないが、世を治める者として再び戦争が起こるのだけは避けたかった。

 

 そして思い至った末に生み出されたのが話題にも上がっている〈英雄召喚石〉だ。

 

 これは異世界から〖精霊姫〗の封印を解くと同時に〖英雄〗の代わりとして彼女の契約者と成りうる勇者達を召喚するための道具だ。

 

 神が用意した〈英雄召喚石(ブレイヴストーン)〉は全部で二十五個。その内今残っているのは五個しかない。

 つまり先に召喚された勇者たちは、今も存命な一組を除き(・・・・・)全員契約に失敗していることになる。人々は一類の望みを賭け新たな“英雄”が誕生するのを待っている。

 

 

 そしてその恩恵が〈石〉によりもたらされるのは一般にも広まっている。しかし――

 

 

 

 

 

「そうではない! 何故〈()が此処にあると(・・・・・・・)知って(・・)いる(・・)! 誰に聞いた!?」

 

 

 そしてアルシェの持つ淡青色(ライトブルー)の宝石こそ王国が保有する〈英雄召喚石〉だった。

 

 最後の七つの貴重な一個であり、何物にも変えられない人類の希望――だがその在処は本来何処にも公表されていない情報のはず。

 今回アルシェの長旅を支える御守り代わりに父王が寄越した事を知るのは、王家を除けば護衛の責任者たるサーナと、普段〈石〉の管理を任されている一部の貴族のみだ。決してこんな何処ぞの人間に知りうるなどあり得ない。

 

 しかし、事実この男はこれがアルシェの手にあると知っていた。これに驚かない訳がない。

 

「…」

「おい黙秘か? 何か答えろ!」

「必要ない」

「何?」

 

 サーナの問いには応じず眼だけを光らせている。

 

「用があるのはそこの石だけだ。貴様が知る必要はない」

「またそれか。もう聞き飽きたぞ」

「ならば何も聞くな。私も言い飽きた」

 

 話は終わりだと言わんばかりに『威圧』を放つ 男を尻目に、サーナはアルシェの近くにいる兵士二人にキッと視線を向ける。

 

「お前達! 姫様を連れて森まで逃げろ!」

「「 隊長!! 」」

「サーナ!?」

 

 名を呼ばれたアルシェと兵士二人が揃って声を上げる。

 

「勘違いするなよ? 私達の役目はあくまで姫様の護衛だ。その為の戦略的撤退だと思え」

 

 

 頭に血が上っていてもサーナは馬鹿でない。

 己と相手の力量差を見誤る事はないし、敵に狙われている主人をこの場に残す愚行はしない。その事を機敏に察知した兵達は、速やかに行動に移った。

 

 

「きゃッ!」

「……おい、無いとは思うがくれぐれも姫様に変な真似はするなよ?」

「ふっ、舐めないでくださいよ隊長。ご褒美は任務の後です! 姫様だけでなく隊長からも貰いますからね!」

「ちなみに内容は頬にキスで!」

「ふん…私の分は考えてやらんでもない。姫様のは当然却下だ」

 

 

 足取りが覚束ないのアルシェを兵の一人が肩に担ぐ。

 彼らが申した注文に他の兵達が自分もと騒ぎ立て、サーナがそれをドヤして諌めるといった光景がアルシェの心をより焦らせる。

 

 敵の実力は未知数。けどもしかしたら…いや確実にサーナよりも強い。『威圧』はある程度の数の利を覆せる便利な能力(スキル)だが、格下の相手にしか通じない。サーナが萎縮していた時点でそれは明らかだ。

 

【特殊能力】保持者よりも格上、それ乃ち相手もユニークスキルを持っているという事だ。全員でかかればサーナは生き残れるかもしれないが兵士は無事ではすまない。それを理解した上で尚笑い合う彼らに、アルシェの視界が霞む。

 

 

「準備できたか!? 行け!」

「了解、隊長達もご無事でな!」

「ソイツきっちり絞めちゃって下さいね!」

「待っ…!」

 

 

 アルシェの制止を待たず二人は森に向かって走り出した。追ってくるかと思えた男は以外な事にそんな素振りは見せない。 というより元から追う気が無かった。

 

 

「おい、お前達全員でアルシェ姫を追え。私はこいつ等を始末する」

「良いけどよ、捕らえた後はどうすんだ?」

 

 

 男の物言いにムッと顔を顰めるが、彼らも敵うとは思ってないので素直に従う。

 

 

「ふむ。〈石〉さえ手に入れば良いと思っていたが、あの姫は思ったよりも使える。兵士は殺しても構わんが姫は生け捕りにしてここに連れてこい」

「生きてさえいれば良いんだな? なら連れて来るまでにヤっても問題ないよな」

 

 

 盗賊が下卑た眼で3人が消えていった森の中を見据える。男はそんな彼らに一瞥をくれるとフッと笑みを浮かべた。

 

 

「構わん。フィリアムの王女姉妹は他国でも類を見ないほどの美姫と讃えられる。存分に楽しむといい」

「オラァ! 聞いたか野郎共!? 許可が下りた、好きにして良いとよぉ!」

 

 

 残党が歓声を上げる中、サーナ達は嫌悪と憤怒の目付きで睨み付けていた。

 

 

「追わせると思っているのか? 貴様等はここで殲滅させてもらう」

「残念だがそれは無理だ。ここで死ぬのは貴様の方だ」

「チッ…!」

 

 

 森に入ろうとした輩を屠るべく地面を強く踏みしめ一瞬で間合いを詰める。そこから両断せん勢いで放たれた斬撃は惜しくも男のソレに防がれた。

 

「当然お前達もな」

 

『ぐっ!?』

 

 男はサーナと鍔迫り合いしていた右手を放し、腰に差していたもう一本を抜いて虚空に薙いだ。そこから放たれた衝撃は直線上にいた兵士たち目掛けて飛来する。

 

「くそっ!」

 

 兵士の誰かが叫んだ。咄嗟に回避したが目を離した一瞬の内に賊は消え、森の中に消えていった。

 時刻はもうじき陽が落ち、夜を迎える。今夜は満月なので賊を見つけやすいが、逆にアルシェが敵に見つかる可能性も高い。そうなれば護衛が二人だけで護り切るのは不可能だろう。

 

 

「総員先頭準備! 全員でこの男を抑え直ぐに姫の救出に向かうぞ!」

「良い判断だ。木っ端共を蹴散らしたところで私が行けばどうとでもなる」

 

 

 故に急いで追いかけなければ間に合わなくなってしまうが、目の前の相手を無視するのは一番の悪手だ。それが分かっているからこそサーナが此処に残ったのだ。

 

 

「貴様とてこの人数相手では難しかろう」

「どうかな。それより此方にこれ(・・)が有るのを忘れてないか」

「何?……ッ!」

 

 刹那、目の前にいる男が視界の何処にも映らなくなった。

 

「うぐッ!」

 

 先程の盗賊同様古代級魔道具(アーティファクト)を使用しての奇襲攻撃を仕掛けてきたのだ。それに対応しきれなかった箇所は血が滴っている。

 

「盗賊にあれをやったのは私だ。それを考慮すれば私が持っていても不思議では無いことくらい考えておけ」

 

「黙っ…れ!」

 

 別にその可能性を忘れていたわけではない。ただ何時でも目の前から予備動作無しに消えるのは非常に厄介だ。それが無くてもこの男は強いというのに。

 サーナが盗賊の一人と親玉からくすねた古代級魔道具(アーティファクト)はアルシェを逃がす兵士にこっそり渡していたので現在は所持していない。それも有ってサーナに致命的な一撃を負わせた。

 

(くそっ、よりにもよって《霧属性》だと? そんな代物をどうやってここまで…っ)

 

 疑問を浮かべる暇もなく横から斬り込む攻撃を浴びせられ、身体の痛みを他所に大きく後退した。肩で深く息を吸い込み、また構えに戻る。

 男はサーナの警戒など無いように落ち着き払っていた。そして不敵に笑うと――

 

 

「貴様等は先の一戦でだいぶ消耗している。おまけに回復役もいない状態で私に勝てると思うなよ」

 

「っ……【震えろ】!」

 

 

 サーナは状況が不利と判断し、『切り札』を使って一撃で決めるべく剣を振るった。しかし――

 

 

「なっ、何だと!?」

 

「ふむ、やはりな。刃に高圧の電気を付与した特殊能力を流して対象を斬りつける。それで体内に電気を送り内側を強制的に超活性させるのか。中々にエグい事をする。人は体の大部分を水で構成されているから電磁波による水の震動でさっきのような爆死も可能なのだろう? 能力も使いようだな」

 

「っ!?」

 

 

 不意の一撃に対応され驚きを露にする。加えて男の説明を聞きサーナに焦りが生まれる。幾らか異なっているが概ねその通りだ。

 

 サーナの特殊能力【強制振動】は特性「不働活動」を有し、名の通り物体を動かす力を持つ。

 先程のは電撃に「活動」を付与、斬りつけたと同時に体内に放電し、電撃と体内の動いてない――ここでは動脈血以外の――水分を共振動させた。これにより体内を駆け巡る電撃が身体中の水分を活動させ、そして膨張したのだ。

 名前の通り対象が停止、或いはそれに準じた状態でないと作用せず、また動かせる質量と強さも決まっているので使い勝手としては微妙なものだろう。しかしサーナが試行錯誤を繰り返す内に見事対人用にモノにしてみせた攻め方だ。

 

 だがこれも当たらなければ意味がない。フード男に防がれた事で「活動」を付与した電撃が霧散してしまった。

 サーナも男が自分の特殊能力を見ていたのは何となく分かっていたが、まさか一発で見破られるとは思っても見なかった。

 

 驚きに見せた一瞬の隙を見逃す筈もなく、男は剣を抜きさると電光石火の一撃で首を斬り飛ばす――

 

 

「…むっ?」

 

「させるものか!」

「隊長、大丈夫ですか!?」

「死ね下郎! 仲間の仇だ!」

 

――と思われたが、その前に割って入った騎士達によって致命傷は避けられた。更に…

 

 

「〝北の偏西 南の回帰

諸行無常の響き否して己を曝す

故集いて一つの太刀と化し、

大気揺るがす脅威と成りて彼の者切り裂け〟

破斬風(テイルド)》!」

 

「〝胎動する大地 脈動の連鎖

人は人の上に天を据え地は地の下に魔を敷く

君依りて我と進まん

我、理を覆す彼方の剣と成れ〟

錬成の十剣(トライデントソード)》!」

 

「〝金色の嫉妬 白銀の傲慢

刻重ねて栄華は綻び雲を払わんとす

友は不可視の過ち犯し罪を食らう

自美求めて悪思認め余を求めよ〟

色葬火球(フライエンイアー)》!」

 

 

 時間経過と共に、溜まっていた魔力を有りったけ注ぎ込んでその男目掛けて集中攻撃を繰り出す。アルシェがいないためサーナの回復が遅れるが、一分一秒を稼ごうと皆が躍起になる。

 アルシェの襲撃然り、サーナの負傷然り。尊敬する人達の思いが踏みにじられる怒りは限界に達し、彼らに普段以上の実力を引き出させた。

 

「下らんな」

 

「な、何だとっ!?」

 

 だがそれは男にとって何の意味もない。いきなり全員の一斉攻撃を受けている中央から黒い柱が突き出たかと思うと、兵士どもが放った魔法は何事も無かったように吸い込まれ消えていった。

 その黒い柱――天に突くのではないかと思うほど高く燃える火柱は後に放たれた魔法も纏めて焼き払う濠々と燃え上がる黒き火柱はその熱で空気を焼き、立ち上る熱気は雲すら焦がすと、中から無傷の男が現れた。

 

 

「どれだけ放とうが通常能力でしかない魔法が私に届く事など無い。精々足掻くんだな」

 

「っ…、総員回避だァ!」

 

 

 サーナが声を荒げた直後、黒い火柱から放出された波のような炎が辺りを埋め尽くす。

 

「う、うわあぁぁぁーー!」

「ぐ… クソッ…」

 

 敵の力を垣間見、己の非力さに怒りが募る。今の波状攻撃で近くにいた兵士が骨すら焦がし死んでいった。

 現在は陽も沈み中天で満月が輝いている。この光が照らす下でアルシェが今尚苦しんでいる姿を想像し自分を奮い立たせる。

 

「全ては我が敬愛する主君の為に!」

 

 そう宣言した直後、自分が出せる全身全霊の力を体内で練り上げ、敵対する人物に向かって爆発のような踏み込みを繰り出した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 一方で、アルシェと彼女を担いだ兵士二人はもうじき暮れる山道を我武者羅に――アルシェは抱えられたままなので実際は二人で――突き進んでいた。

 

 アルシェがサーナと逸れてからというものバタバタと肩の上で暴れるが、衰弱しきった身体で大した抵抗を出来る筈もなく無駄に終わっている。

 

 

「いやっ、放して! 早く戻らないとっ…!」

「申し訳ないですがそれは聞けませんよ姫様。どうかご自分の身をお考えください」

「そーですよ。それにあっちには隊長だって居るんですし心配いりませんって」

 

 

 必死に引き返すよう促すが、主の身に何かあってはと助力を断られる。

 

 

「でっ、でも一瞬ですが〝()えた〟んです! サーナ達があの人に襲われているのをこの眼でっ…!」

 

「……姫様。お気持ちは分かりますがそれは言ってはいけません。彼等を信じて待ってあげて下さい」

 

「そうそう! 何時もみたいに、帰ったら「姫様は無事かー!」って怒りの形相で逆に襲ってきますよ、きっとね…」

 

「…っ!」

 

 

 軽い調子で言ってくる彼等に思わず胸を痛めた。

 彼らだって分かっている。男の実力とアルシェの思う“最悪”を。それでも彼等は言うことを聞いてくれないだろう。それがサーナから預かった頼みであり、自分を護る為に繋がるのだから。

 

(何が王女、何が聖女ですか。肝心な時に臣下を捨てて逃げてる癖に…)

 

 口の中でジワリと鉄の味が広がる。同時に目尻に涙が再び溜まるのを感じて急いでそれを拭き去った。

 

 泣いてしまいたい。でも泣いてはいけない。

 上に立つ者というのは民にとって象徴であり誇りだ。第二王女といえ臣下に担がれながら泣いていては示しがつかない。

「泣かないこと」が今出来るただ一つの役割であり義務と知っていながら、逆にそれしか出来ない自分が酷く狡く思えてまた泣きたくなる。

 

「…ちっ、雨が降ってきやがった」

「姫様、お顔が濡れるかもしれませんので下を向いていてください」

「……は"ぃ」

 

 勿論雨など降っていない。

 護衛二人もアルシェを思いなるべく極力平生を装う。

 

 

「いたぞ! こっちだ!」

「へへっ! 待てよ姫さま、こっち来て一緒に遊ぼうぜ~」

 

 だがここで今最も聞きたくない声が森に木霊する。

 

「っ、もう来やがった!」

「あ、あの今のって…」

「えぇ、見つかってしまいました。思ってたより早い!」

 

 思ったよりも早い。それはつまり思っていた以上に向こうの状況が悪いのだとも取れる。

 理不尽な状況の連続でアルシェの心は徐々に磨り減っていた。最悪の光景が頭を過り必死に振り払おうとすれどそのイメージが消えない。

 

 

「男は殺せ! 姫は速いもん勝ちだ!」

「聖女の初物は俺が頂くぜェ!」

「はっはぁ! 待てよ聖女様ぁ、たぁっぷり愉しませてやるからよお!」

 

 更にここで追い打ちをかけるように盗賊共が声を荒げ、先程とは別の恐怖が胸の奥底から沸き上がってくる。

 

「ぇ…? あっ……、」

 

「下衆が!」

「死んでもアイツ等に姫様は渡さねぇ!」

 

 兵士もその事に不快感を露にし、絶対に護りきると誓った。だが皮肉にも、それを聞いていたアルシェが己の考えが間違っていなかったと確信してしまったのだ。恐怖で全身が粟立ちそれ(・・)を想像してしまう。

 具体的には自分が男達に捕まり陵辱の限りを尽くされる姿を。姫の、人としての尊厳を踏みにじられ、惨めに犯され続けた後の堕落しきった自分を。

 

「ひッ……」

 

 そう思った瞬間思わず声が漏れた。元々青ざめていた顔は白く色を変え、彼女の恐怖を物語っている。

 

 捕まりたくない。

 

 戻らなければという意志とこのまま逃げてしまいたいという思いが対立するように心を騒げた。

 しかし現実は無情である。運命は彼女に考える暇さえ与えてくれない。アルシェを担いでいた兵士が横から飛んできた矢に脚を射られバランスを崩した。

 

「がっ…ぅ!」

「あぅっ!」

 

 その勢いに巻き込まれてアルシェも前方へと投げ出された。未だ清潔を保っていた青白色のドレスも土と泥に汚れてその価値を失う。

 古代級魔道具(アーティファクト)で姿を消し矢を放った男、及びアルシェ達に追い付いた残りの盗賊も逃げ道を塞ぐように陣を張った。

 

――チェックメイト――

 

 アルシェの光が(つい)え、恐怖と絶望が自らの全てを支配する。無事な方の護衛兵も剣を抜き睨みを効かせているが柳に風と受け流す盗賊相手に奥歯をキツく噛んだ。

 

「ぁ……ぁぁ…」

 

「よっし! 俺のモンだ分かったな!?」

「ったく、しゃあねーな。いきなり壊すんじゃねーぞ?」

「へへっ、任せとけよ」

 

 お世辞にも清潔感を感じない男達の目が、自分に向けられていることに心が拒絶する。

 

「私……わたし…」

「聞くな姫様! 気を確かに!」

「ははっ。馬鹿かテメェ。これから犯されるっつーのに何を確かにしとくんだ?」

「~~~!」

 

 咄嗟にその男達を“視て”しまいガタガタと震えが止まらなくなった。

 逃げる体力も、方法もない。両の手で自分の両肘を触っていなければ生きている実感さえ湧いてこない。欲望にまみれた男達はそんなアルシェをじっとりと舐め回すように見ていた。

 

 

「唆るねぇ。こりゃあ期待以上だ」

 

「へへっ、顔はちと幼いが今まで見た中じゃ抜きん出て上玉だ。身体もしっかり出来てるじゃねえか。大陸に名を馳せる姫を犯すたぁ悪党冥利に尽きるぜ」

 

 

 既に彼等の頭の中ではアルシェのあられもない姿が出来上がっていて、それを思い思いに楽しんでいる。視線を向けられるアルシェはせめての抵抗とばかりに眼をギュッと瞑った。

 

 そんな背にそっと触れる手があった。

 

「~~~っ!」

 

(落ち着いてください姫様、私です)

 

「!」

 

 それは彼女を抱え、脚に矢を受けた方の兵士だった。彼は自分の脚を引き摺りながら傍までやって来ると、彼女にしか聞こえない声量で話しかけた。

 

 

(何も喋らず、反応もしないでください。これから奇襲を仕掛けてこの陣を一瞬だけ崩します。姫様はその隙に……、申し訳ありませんが一人でここを抜けて逃げてください。時間は私共が稼ぎます)

 

(っ!?)

 

 

 思わず声が出そうになったが袖を引かれて何とか押し(とど)まった。

 

 

(『魔交術』で私の全魔力を姫様に移しています。これで走れるでしょう。準備が整ったら合図するのでそれまでどうかご辛抱を。それからコレを。隊長からの授かり物です)

 

 

 そう言って渡されたのは盗賊が持っていた古代級魔道具(アーティファクト)だ。森に入る前に一個くすねていた様で、逃走する上でこれ以上助けになるモノは無いだろう。

 しかし、だからと言って簡単に納得出来るものではない。それをしてしまえば二人を……特に碌に動けず魔力もない彼を見捨てる事になる。

 サーナ達を置いていった負い目があるのに今度は自らの足で逃げろと言うのだ。それをすることは王女の矜持を捨てるに等しい。

 

 それなら自分が囮となり彼らを逃がすべきだ。そう言おうと口を―――開けない。

 

 

 

(姫様。王女としての義務だとか、責任だとかを考えてるなら今、ここで捨ててください。それ以前に貴女は一人の少女なのです。ここで犠牲になる必要はない。

それでも譲れないと言うなら、そうですね……〈その石(ブレイヴストーン)〉のせいにすれば良いじゃないですか。

 

〝敵に〈石〉を渡すわけにはいかないのでその場を去って守った〟

 

これは立派な義務の一つです。誰も貴女の正当性を疑いはしません)

 

(~~~~~ッ)

 

 

 

 確かに一理ある。〝国として〟最優先すべきはアルシェでも、ましてや兵士などでもなく〈英雄召喚石(ブレイヴストーン)〉だ。

 そして、自分にはそれを守る義務がある。自分がここで逃げなければ、〈石〉はあの男の元へと渡ってしまうだろう。

 

 しかしそれは……それをしたら自分は――

 

 

(私は……どうすれば)

 

 

 男達はアルシェが悲しさで打ち震えるているのを恐怖で泣いていると見ているのだろう。

 二人のやり取りには気が付きもせず下卑た笑いを浮かべた陣は嗜虐心を燻っていた。

 

 誇り(残る)か、保身(逃げる)か。

 

 どちらにしても最悪な2択に秤は揺れ動き、それでも出した彼女の答えは――

 

 

 

(…時間です。彼が先手を打ったら姿を消して逃げてください。その後は場を乱して出来るだけ時間をかけますので。決して振り向かずに)

 

 

 チラリと横目で見れば辺りを警戒した巌のような兵士の視線が僅かほど向けられ、眼で了承をとった。

 

 

(準備は整いました。私が声をかけたら突っ切ってください。良いですね?)

 

 

 ポロポロと大粒の涙が頬を伝った。自分に課していた最後の矜持も守る事が出来ず、溢れる涙を何度も何度も吹いた後に――

 

「…っ”」

 

――俯いて、僅かにコクリと頷いた。

 

 

(あぁ、良かった…)

 

 

 脚を射たれた兵士だけでなく、それを見ていたもう一人も静かに顔を綻ばせた。

 それは盗賊にも、アルシェにも気付かれないような些細な変化であったが、確かに彼等は笑って見えた。

 

 

(この方は少し優しさが過ぎる。私達のような者に気をつかわれて大事なことを見落しがちだ)

 

(へっ。おせーよ姫様。こっちはとっくに準備出来てるってるのによ)

 

 

 二人は顔だけを相手に向け、長年の信頼でその指示をアイコンタクトで終わらせた。

 

 

「オラァ! テメェ等邪魔だぁ! 道を開けろぉ!」

 

「なっ、ぐぁっ!?」

 

 

 それと共に巌の男が動き、わざと目立つように音を上げて大地を踏み締め力一杯剣を振った。

 それまで警戒に徹していた男がいきなり仕掛けてきたものだから、高を括っていた盗賊達は簡単に斬られるか吹っ飛ばされた。

 

「おっしゃあ、もう一丁!」

 

(今です、起動を!)

(ッ…!)

 

 合図と同時に魔力を込め、アルシェの姿がその場から消えた――

 

 男に混乱していた一人の盗賊がその事に気付くが、横から襲ってきた不可視の凶器に身体を二つにされ仲間に告げる前に絶命した。

 

 

「オラァ! どうしたどうしたぁ! テメェらがやってきた事だろう? 対処してみろや!」

 

「くっ、こいつ古代級魔道具(アーティファクト)を持ってるぞ。だが丸聞こえだ!」

 

 盗賊が一斉に声のする方に剣を突き刺した。

 

「ぐふっ…」

 

 

 その内の何本かは確かに肉の感触を覚え、少しして体から血を流す男の姿も表れた。

 前と後ろから合計5本の剣で貫かれ、脚の力が体重を支えきれなくなり膝をついた。

 

 

 

「ちっ、手間をかけさせやがって! ……おい、姫が居ねーぞ。探せ! まだ遠くには行ってない筈だ!」

 

 

 そこで漸くアルシェが居ないことに気が付き慌て始めた。

 

 

「へっ……へ… させねーよォ…ゴフッ……テメェらを、行かすわけには…いかねえなぁ」

 

「ふんっ。既に死に体の奴に何が出来る? 時期に姫も捕まりお前達がした事は無駄に終わる」

 

「いいや無駄じゃないさ。貴様らは暫く姫を追えないからな」

 

「…何? どういう事だ」

 

 

 男が訝しげに聞く。

 

 

「こういう、こった…」

 

「なっ!? それは!」

 

 

 

 男の手には《火属性》の魔法で作られた火球が浮いている。しかし込められた魔力量の割りに制御が拙い。明らかに使用性を求めたものでない失敗作だ。

 

 

 

「ゴフッ… 俺は、昔から魔力制御ってのが苦手でな …ゲホッ 毎回爆発して怒られたんだ」

 

「ま、まさかお前ら…!」

 

「そのまさかだ。姫様を貴様等から逃がすためならばこの命惜しくはない」

 

「っ、全員逃げろーーーっ!!!」

 

 

 その言葉と共に盗賊共は蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

「姫様、だいぶ逃げられたか…?」

 

「ああ、姫様なら大丈夫だろう。此方に戻る真似もしないさ、あの様子なら。もう少し溜めてからで良いか?」

 

「あぁ……ごふっ、げほっ!  ヒュー……精々無事に逃げられるよう神様とやらに祈っとくか」

 

「止めておけ、お前無神教徒だろう。それで女神様の不興を買ったらどうする。姫様から聖女の称号を取られたら死んでも怨むからな」

 

「へへっ、そいつは怖ぇ。 ゴフッ,ゴホッ! ……でも結局、護衛の仕事は完遂出来なかったか」

 

「残念だな。隊長からのご褒美が貰えない」

 

「つーか、仮に生きてたら説教食らいそうだ。姫様は無事かー! ってな」

 

「ふむ。それはそれでご褒美だが」

 

「違いねえ!」

 

 

 そこで一瞬会話が途切れ、静寂が僅かに聞こえてきた。

 

 そして互いに向かい合う。

 

 

「じゃあな、シュターク(・・・・・)

 

「ああ。また来世で会おう、ゴルヴ(・・・)

 

 

 互いに顔を見合いふっ、と笑い合った。 

 

 そして……

 

 

        「 《自爆(プロード)》 」

 

 

 辺り一面を、紅い華が埋め尽くした。

 

 

 





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