幻想九尾の転移録《プロローグ》 ~聖女と歩む勇者の前日譚~   作:暦月

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 ※気付いたら一万字以上になってました。




届いたぞ

 

 

 アルシェの付与魔法があると言っても直ぐに扱えるわけじゃない。普段からそういう状態に慣れていたら別だが、今回のような急激に上がったケースは振り回されて自滅するパターンが特に多い。

 

「――え?」

 

 だから慎重に足を踏み出した、その瞬間俺は風になった。

 

 一歩を踏み出した途端あり得ないほどの力が地面に伝わり、勢い余って身体が投げ出されてしまったのだ。あまりのスピードに初見では対応しきれず、そのまま前方の木へと激突してしまった。

 

「痛ってえな」

 

 本来なら骨折も有り得ただろう衝撃を痛いで済ませる辺り、体も頑丈になったのだと判る。

 

「隙だらけだ」

「やばっ!」

 

 咄嗟に右の刀を回して背中を庇い、事なきを得た。今の踏み出しで幾つかの筋肉が断裂してしまったが、俺の予想を遥かに超える速度で治癒が進み、動きにも支障なくなる。

 

「はっ、凄いな医者要らずだ」

 

――40%

 

「さっきまでのお返し…だっ! 」

 

 ならば攻撃はどうか。今度は此方から仕掛けて敵の動きを観察し、男は今までと同じようにレベル差を前提に迎え撃とうとした。

 だが得物を構える前に俺の刀が奴の胴体を捉えた。切っ先に生じる抵抗を力で押し切り、奴の血で撒かれた紅の弧線が空中に描かれたのを見て、初めて男に動揺が走る。

 

「なにっ…!?」

「ようやく届いたぞ」

 

 70%

 

 ここだっ、奴が動揺している内に一気に畳みかける!

 

「《雷纏(カムイ)》」

 

 醜男(スヴェン)が使っていた魔力の鎧からヒントを得て編み出した雷の衣装魔法。効果は攻撃力の底上げと、爆発的なスピード!!

 

「そのまま死に晒せ!」

「グッ……だが攻撃が通って焦ったな? これで終わりだ」

 

 2撃目はその魔力の鎧で防がれた。刀身をがっちり掴んで逃げられないようにした上でその過程を見せつけるようにゆっくりと得物を掲げた。

 

「莫迦が。魔力で形成した神器を抑えたところで意味なんか無えだろ」

 

 その言葉と共に武器を消滅。また両の手に顕現させた時には死神の鎌が目の前まで迫っていた。

 だが―――ここで100%!!

 アルシェの魔法で上昇した分の調整が正に今、終わった!

 

 

万形戦闘式(フルアーツ):片式剣舞✕早瀬 + 片手突き✕一角獣!」

 

 

 左で去なし切れなかった攻撃が肩口を裂いた。だがそんな事はどうでもいい。今は巧遅よりも拙速が求められる場面。振り下ろした直後の脇腹に重い一撃をぶつける。

 

 ギャリギャリギャリィ!!

 

「――くっ、貫けえッ!」

 

 酷く耳障りな音を浴びながら握る手には増々力が入る。逃がしてなるものか。喩えこの腕千切れようと忌々しい鎧の上から風穴空けてやる。俺と同じようになァ!

 

万形戦闘式(フルアーツ):火重発勁 ✕ 濁流 ✕ 回転独楽!

 

 肘打ち掌底裏拳体当たり膝キック回し上段蹴り。その他爆破の衝撃による内部破壊も織り交ぜてそれ等全てを刀越しにブチ込んでやった。そこまでやって漸く邪魔な鎧は破壊できたが、如何せん時間を掛け過ぎてしまいあと一歩のところで距離を空けられた。クソが。

 

 まあいい、中で反響した傷は残ってるみたいだし。とは言えまた仕切り直しだ。一度牽制を入れッ――!?

 

「どうした。反応が遅れたぞ」

 

 ここでラリアット!? 一瞬虚を突かれたがその後は冷静に立ち回り、眼前に持ち上げた脚で化勁をキメるとその反動分を利用して今度は俺から距離を稼ぐ。

 

「身体能力が飛躍的に向上した分、今度は脳の処理が追い付かんらしいな。まあ元より恩恵がほぼ無い状態でよく粘れたものだ」

「はいはい忠告どうも。お礼にとっておきを見せてやるよ」

 

 

〝天啓に(いざな)われ襲来する〟 聖火万雷(トルク・フォティア)

 

 

 

 

 

 湊がとっておきと称した複合最上級魔法《聖火万雷(トルク・フォティア)》。

発動した彼の身体を白炎の焔が包みこみ、元々覆っていた《雷纏(カムイ)》の色相が黄色→青電へと変化していく。

 

「もう何個目だ。前衛なら多くても3つ、後衛職でも10で留めておき残りのリソースで魔法を極めるのが普通なんだがな」

 

 そうは言うがこの規格外にセオリーが通じるかは甚だ疑問だ。男も世の常識を説いただけで本気で忠告したわけではない。何せほら、凡百の勇者が生涯をかけて辿り着く領域にこの短時間で至ってしまったのだから。

 

「来い。そして魅せて見ろ。名声落ちた勇者の可能性を」

 

 湊の性格からしてすぐに向かってくる筈。だが男の予想に反して自分が発動した魔法に驚いたような反応(リアクション)を見せると、一度アルシェの方を振り返り、そして得心したとばかりにまた顔を戻した。

 

(なんだ? アルシェ姫が動いたのか…)

 

 今の一連の行動だけでは2人の間で何があったのか分からない。故に油断なく一挙手一投足に気を配っていると突然姿が掻き消え、気付いた時には背後を取られていた。

 迅いッ…! 逆は幾度もあったが男が見失うのはこれが初めてだ。だが眼で追えぬだけで捉え切れない程ではない。

 

「取ったぞ――!?」

 

 瞬間起きた、爆発。

 

 それは《火球(ファルガ)》での威力増とよく似ているが火力が先程とは段違いな上に、発勁のような明確なトリガーも無かった。彼がしたのは湊の手を取っただけ。ただの接触で再度展開した魔力鎧(アーマー)に罅が入り、中にまで振動が伝わってきた。

 

「厄介なッ、」

 

 敵を正面に見据えながら後退する。しかし背中を冷たいものが当たったかと思えば、今度は全身を痺れるような感覚に襲われる。……違う。ようなではなく本当に痺れているのだ。

 

 これはッ、奴が仕掛けた電気の(みち)? だが何時の間に――

 

「《飾り水(アクリール)》」

「そういう事かッ!」

 

 理解した。この回路は今発動したのではなく元々置かれていた所に自分から突っ込んだのだ。ではいつ設置されたのか、そんなの分かり切っている。湊が背後を取ったあの時以外考えられまい。具体的にはその移動中に。

 

「大幅な走力アップに加え、通過した地点を帯電させる付与魔法。それに初見では気付きにくいが周囲を微量の水で囲って放電しないようにしているな」

 

 そしてその前の爆発。あれは衝撃を受けて自動で発動するカウンター魔法だ。こちらも地味に《風魔法》で火力を増しているので合わせて四属性(火・水・風・雷)の複合魔法という事になる。流石に盛り過ぎでは。

 

「なら――くっ、爆破と放電を切り替えれるのか」

 

 接触時に爆風を起こすなら剣で攻撃すれば勝手に傷口が広がるのでは。その期待は脇腹を裂いて青電の麻痺を浴びた瞬間にただの妄想と化す。

 しかもよく見れば結界が干渉する前に怪我が回復しているではないか。白炎の焔が優しく傷を癒し、対象を生かそうとするあの力は間違いなく〖聖女姫〗のモノ。破壊を目的とする彼の魔法とは根源から異なっている。

 

 そうか、先程のはそういう。

 

付与(エンチャント):《聖属性》追加」

 

 聞いたことがある。女神を信仰する聖女は未覚醒ながら()()上位(・・)魔法(・・)が使えると。眉唾物だと思っていたがまさか噂が真実だったとは。

 

 男が麻痺した一瞬の隙を逃さず爆発加速(ターボ)。雷によるスピード上昇と合わさり、最早戦闘を生業とする者でも一部の実力者しか湊の姿を捉えることは出来ない。

 だがその数少ない一人が相手であるためこれだけでは決定打に欠ける。周辺一帯の未来が視える湊の眼でもこれ以上は脳への負担がデカすぎて限界だった。

 

「ブッ、倒れろおおオォ”ーー!!」

 

「無理だな。だがよくやったと誉めてやろう」

 

 それでも、これだけ死力を尽くして尚男の意識を刈り取るのには程遠い。すぐさま鎧を分厚いものに張り直し、《聖火万雷(トルク・フォティア)》で付加した分の攻撃を全てシャットアウトする。

 

「今の貴様であれば覚醒したての特殊保持者相手でも勝つ可能性は十分ある。だが所詮はそこまで。結局はレベルが足りないのだ、圧倒的にな」

「レベルレベルって、そんなもん覆してやる!」

「それを成せるとしたらもっと先だ」

 

 もう楽にしてやる。こいつを気絶させるには生半可な攻撃だと仕留めきれず却って傷を増やすだろう。だからもう一つ二つ……ギアを上げて抵抗の要因である二重結界ごと吹き飛ばすことにした。

 

「これで終いだ」

「がァァッー!!」

「それじゃあな」

 

 深く、強く、一閃。込めた力は上位の冒険者でも苦戦する海棲種を一撃で葬れるほどの威力。何をどう間違ってもレベル一桁の勇者に放っていい技ではないが、そうでもしないと大人しくならないと判断したのだ。

 その認識は正しく、同時に不十分でもあった。

 何故なら今の攻撃で消せたのは《聖火万雷(トルク・フォティア)》で発生した残滓だけで、肝心の湊はその場で耐えていたのだから。

 

 

「はっ――?」

 

 

 思考が止まるとはこの事か。何度も言うが召喚時点での湊のレベルは最弱の1であり、これはそこら辺にいる子供よりも数値としては劣る。スヴェンを筆頭に盗賊との戦闘を経たとはいえ所詮その程度。アルシェの《付与魔法》を加味しても半分の力で決着が付く……筈だった。

 

 何故か耐えている湊に呆けていると、不意に足で大地を支えてる感触が無いことに気付く。そういえば身体が前のめりになっているような――

 

「ぐぎぎ、万形(フル)戦闘式(アーツ):躰道 ✕ 一本釣り ✕ (アンカー) ✕ ……」

 

――違うッ、私の首に足を引っ掛けて飛ばされないようにしたのだ! 前に引っ張られるのは慣性が働いてッ、

 

背負い(爪先) 投げ、だあア”ァ”ァ”!!!

 

 片足でも地面に付いてないと踏ん張ることが出来ない。相手が湊でもない限り普通はそうなる。それはこの男も例外ではなく気付いた時には頭で地面を陥没させていた。

 

「ハァ、ハァッ……(こうべ)を垂れて這い蹲れよ。そして赦しを乞え」

 

 反撃できたのは才能があるからではない。ただ我武者羅に攻撃を耐え、左の足関節背屈のみに全神経を注ぎ、絶対に見下してやるという不屈の執念。奇しくも心を折ろうとした男に真っ向から抗う形でそれを証明して見せた。

 

 

「随分殊勝な体勢になったなオイ。散々やってくれた礼だ全身埋没してもっかい詫びろ!!」

 

 

ガンガンガンガンッ!!!

 

踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで踏んで

埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて埋めて

踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む踏む

 

 

 ただ只管(ひたすら)に、これまでの鬱憤を晴らすかの如くいっそ念入りに。魔法で向上したフィジカルを惜しむことなく発揮し、杭を打つように何度も何度も足を下に叩き付ける。

 地面が割れて下の地層ごと沈み、木々が上下に揺れ動き空気が波打とうとお構いなしに脚を動かし続ける。喩えアルシェが口を開けて呆然としていようが復讐の時と言わんばかりに今だけは己の気持ちを優先した。

 

「足癖が悪いな。膝を折って(そら)を見上げていろ」

「ぶむっ」

 

 突然起き上がった男に顔を掴まれ、仰向きのまま今度は湊の方が寝かされそうになる。だが死んでも(こいつ)に見下されてなるものかと火事場の馬鹿力が発揮――後ろ手に双刀を突き刺してブリッジ姿勢のまま男を睨みつけた。

 

「きさっ! そこまでしてプライドを守りたいか!?」

ふぁっふぁとはらせ(さっさと離せ)、クソごみ」

 

 《聖火万雷(トルク・フォティア)》 最大出力!

 

「カハ!」

「(自傷覚悟で!)くっ、ここまで我が強いのは予想外だッ」

 

 予想外? 当然だお前なんかの常識で俺を計るな。

 

 思いつく限りの罵倒を浴びせようと思ったが、声が出ない。召喚されて最初に戦い始めてから既に一時間半が経とうとしている。途中でアルシェと情報共有する時間はあったが休んだのはそれっきり。それ以外はずっと戦っていて怪我をしない時間の方が少なかったと言えば戦闘の激しさが伝わるだろうか。怒りで無理やり身体を操っていたがそれももう限界に近い。

 

 だから本当にこれが最後。戦闘がではなく行動できるのが最後という意味だ。次に足が止まった時に男が動いていれば、二人の負けが決定する。

 

「気張れよアルシェ。ここが分岐点だ」

「はい…」

「結果は既に決まっているがな」

「黙れ割り込んで来んなハゲ」

 

 

 訪れる静寂。緊張で荒くなる聖女の息遣い。

 

 風に揺れる葉の音、落ちる音…――今!

 

 

「〝千変万化の名のもとに 主を欺き顕現せよ〟 《瑛麗之水霊(タイプ∶アクア)》」

 

「《水属性増強》、《水魔法強化》」

 

 

グオオォッーー!!

 

 

 初手に選んだのは剣戟ではなく魔法。どちらかと言うと間合いを詰めた戦いを好む湊だが、その根底には自身の才能を活かすべく近接を主体に戦いたいという彼なりの理由があった。

 

 そんな湊がプライドを捨てて初手に魔法を展開した。

 

 今までのような戦闘の傍らで発動できるモノでなく――それでも前衛が扱う魔法としては破格の性能だが――《聖火万雷(トルク・フォティア)》にも匹敵する最上位魔法を発動して少しでも戦況を有利に進めようとしたのだ。しかし自分で発動した魔法を見て彼は驚愕する。

 

「何だ、この龍は…!?」

 

 湊が想像してたのは水の神秘で仮初の命を吹き込んだ人形を数百体生成し、物量で押し切ることだった。しかし創造できたのはたった一体のみで、その形も動物を模したのから伝承に語られるような龍へと変化している。

 

(この感覚…俺の魔法にアルシェ以外の誰かが干渉(ジャック)した? もしくは俺の方が影響を受けたのか)

 

 本来想定した形と違うが威力は申し分ない。むしろ当初の魔法と比べて明らかに出力が増しており、今の湊で扱えるかが心配だ。

 

「上等。イレギュラーなんて今に始まった事じゃないしな」

 

 召喚からここまで予想外の連続だ。持ち前の適応力で何とか凌いでいるが、これが一々反応してるような普通の勇者だったらこの戦況(ステージ)まで至れなかっただろう。

 

「こいつは……まさかッ竜王(・・)か! だが何故勇者の魔法からこんな奴が現れる」

 

 反対に、この世界の住人たるアルシェと男は未だ混乱の渦中にいた。大蛇を思わせる龍のフォルムは彼等からすると驚嘆に値するらしく、一瞬此処が戦場であることも忘れて目が釘付けになる。そして隙をついた湊に一撃入れられるまでがデフォだ。

 

「いや落ち着け…形が似通っているだけだ。たかが最上位魔法に焦る必要などない」

 

 だが動揺を誘えたのもここまで。後の追撃は冷静に対処し、湊とアルシェ、それと水で模した龍を視界に収められる所まで距離を取った。

 

「これが最後と言ったな。良いだろう貴様らを屈服させるのは首輪を掛けてからだ」

 

「《聖火万雷(トルク・フォティア):属性偏向》」

 

 最初に湊が爆破からの加速で間合いを詰め、その後を追うように水龍も突っ込んできた。このまま剣の応酬になると思われたが、接触時の爆風で再び距離を空けられ後続の相手をさせられる。ここに来てまともに勝負をしないつもりだ。

 

「魔法によるゴリ押し。大口を叩く割には消極的なんじゃないか…!?」

「勝つこと最優先だ。(こいつ)の相手が嫌なら素直にそう言えよ消さねーけど」

 

 実際に湊を相手にした時と比べて余裕が無い。それは言葉だけでなく力負け(・・・)している現状からも推察できる。

 

(重い!? 腕が千切れそうだ…!)

 

 湊に対してやっていた手加減を一切無くし、“本気の本気モード”でやって尚それでも押し切れない事に今度こそ男の顔に焦燥が浮かぶ。

 

「認めん。そんなの認めんぞオォ!!」

 

「きゃっ!?」

「空が! この化け物め!」

 

 風圧で雲が裂ける。創作物ではよく見る描写だが実際にやってのけてしまった男に肌が粟立ち、『恐怖耐性』を得てからは無縁だった感情とつい先程振りの邂逅を果たす。

 この時点で最初に掲げた目標はクリアした訳だが、本人の与り知らぬ内にそれも気を抜くのが許されない竜王との戦闘中で他に意識を裂く暇など彼にはなかった。

 

「この、忌々しい! どこまで俺の邪魔をすれば気が済むのだお前たち(竜王)は!」

 

『絶対切断』

 

グギャア”ァ”ッ”ーー!?

 

「今のは…」

「スキルか!」

 

 遂に能力を使った…! 起きた事象からして【特殊能力(ユニークスキル)】では無いだろうが、ずっと不明だったスキルの内容を知れただけでも千金の価値がある。

 

 分かれた頭と胴体を即座に繋げ直し、また攻める。 《瑛麗之水霊(タイプ∶アクア)》は既存の魔法よりも持続性能を高くし創り出した。当初の予定と違ってもその性質は受け継いでいるようで、完全に蒸発させるか湊との供給(パス)を断たない限り何度も復活する非常に厄介な魔法だ。

 

 故に水龍を無視してこれを使役する者を仕留めに掛かろうとする。その判断は間違ってないが、天宮湊はそれを甘んじて受け入れるような男ではなかった。

 

「今更足掻こいたところで全部無駄だ。大人しく降伏しろ」

「それを決めるのはお前じゃない。俺達だ」

 

 持てる全ての力を使い男の追跡から逃れる。湊が通過した後を電気の尾が引き、縦横無尽に駆けていく内に線は立体となりやがて周囲を電気トラップが張り巡らされる。

 

「無駄だと言った!」

 

 触れれば感電死が免れないそれも本気を出した男にとっては最早児戯にも等しい。全く減速することなくトラップと交錯し力技で突破してくる。

 

「諦めろ! あの龍以外で貴様が為せることは――」

「無いってか? それを確かめるための時間稼ぎ(・・・・)だ」

 

 そして見つけた。コレならお前の命にも届く。

 

「……何だそれは。なぜ能力がそんな形をしているッ!」

 

 

「【黎明の()】――貫けえェ!」

 

 

 打たれた矢は一直線に向かってくる。狙いは正確だが避けるのは容易。そして仮に当たったとしても傷を付けるどころか魔力の鎧を突破するのは不可能な筈……だが勇者の彼は迷わず射貫いた。

 

 何だ、この矢に何かあるのか…?

 ぐずぐず考えている暇はない。後ろから口を開けた竜王が迫っているのだ。奴め、周りの電気をため込んで帯電している。周囲を飛び回っていたのはこれが狙いか。

 

「やむを得ん。このまま打ち落とす」

 

 能力の詳細が分からないのは気になるが、当たらなければどうという事もない。蠅を払うかの如く手甲で弾いた。本来ならそれで終わりの筈。

 

 

 だが次の瞬間、身体を覆っていた魔力の鎧(アーマー)が音を立てて霧散した…!

 

 

「なん、だと…!?」

 

 魔力妨害? 違うこれはそんな代物ではない。まるで強制的に能力(スキル)を解除されたかの如く唐突に、理不尽に鎧を割られたのだ。

 

「貴様何をした!?」

「教える訳ないだろ頭沸いてんのか」

 

 その原因を脅すが当然答えない。二人のレベル差を考えれば【特殊能力】だろうと普通は意味を為さない。しかしそれが破られたとあって一瞬男から冷静さが失われる。

 

「それより鎧、着直さないで良いのか? もう後ろに迫ってんぞ」

「…!?」

 

 その一瞬の隙が命取りになる。特にこの戦場では。

 

グオオォッーー!?

 

 気付いた時には間近に(あぎと)があった。『思考加速』で世界をスローモーションにしたが最早どうにもならない。故に牙で噛み殺される前に自分から口の奥へと突っ込んだ。

 ここで敗れるという最悪の事態を覆すため敢えて捕食されに行ったが、飛び込んだ場所も地獄なことに変わりはない。中は不規則に渦が巻いて散り散りに引き裂かれるような痛みに襲われると共に、絶え間なく浴びせられる稲妻を一心に受けて何とか脱出に漕ぎつかんと抵抗する。

 

「ーーーッ!?!!?」

 

 それを察した水龍が滅茶苦茶暴れて妨害しようとする。木や地面に自分から激突し男を挽き肉(ミンチ)にしようとしたり、湊から追加の雷撃を浴びて活性化したりなど製作者の影響を感じずにはいられない。

 

 それでも何とか腹の中を泳いで出てきた男へ追い討ちをかけるように、数十幾つもの矢が殺到し剣山を作り上げようとする。

 今度はそれに触れもせず全て回避したのも束の間。再び腹に収めようと戻って来た水龍の後ろを湊が追走し、走りながら神器を一振りの刀に形成し直して構えを取った。

 

「装魔一体、一刀流」

 

 それは鞘に納めない神速の抜刀術。限界まで研ぎ澄ました感覚を圧縮・解放し、魔法による速度上昇と合わせて前を行く水龍ごとブチ抜く!

 

「くっ、(こう)――」

「鱗動閃火!」

 

 素の耐久差を物ともしないこの威力、青電纏う水龍の力をそのまま刀に乗せたのか!

 

「グッ、ハ――!!?」

 

 まだだ。魔法による強化のお陰で攻撃こそ通るが致命傷には程遠い。雲を割った奴の一撃でアルシェの結界が壊れてしまったから、少なくとも今回の戦闘においてこれ以上の介入は見込めないだろう。

 

 なら尚更、ここで勝負を決める!

 

「火重鉄山靠」

 

 接触爆破(トルク・フォティア)と相まって今度は男自身が矢のように突き刺さる。直前に鎧を張り直したから大してダメージは負ってないが今回の狙いはそこじゃない。奴の身体にマーキング(・・・・・)出来たかが重要だ。

 

「第一紋、設置完了」

「何だ…この魔法は」

 

 男の胸に食器皿ほどの大きさの魔法陣が浮かび上がる。それを訝しみ警戒するも特段変わったことは無く、ただ何かされた痕跡だけが不気味に存在する。

 

バオオォォ!!

 

「チッ、考えてる暇はないか」

「《液状化(リクール)》」

 

 足元を泥化させ注意が逸れている間に潜り込んだ。黎明の刀に水龍を纏わせた逆袈裟斬りは防御の上からでも通ずる破壊力を秘めており、男を易々と宙天まで打ち上げる。

 

万形戦闘式(フルアーツ):聖火万雷 ✕ 水龍 ✕ 刃魔一刀……」

 

 まだだ。足を動かせ、止まったら動けなくなる。

 瀕死の身体に鞭打って己を奮い立たせると、上昇気流を使って自らも空のステージに参入した。

 

「俺はもう貴様を格下とは思わん。この一撃で死んだならそれまでだったと諦める」

 

 迫る宿敵を睥睨しながら魔剣をゆっくり頭上へと掲げた。大量の魔力が男の腕を伝って集約し、溢れ出る光が空に浮かぶ光源を食らってアトラスの森を明るく染める。

 まさか勇者相手に能力(コレ)を使うとは。

 例えどんな結末になろうと手を緩めることは有り得ないが、彼の才覚を見込んで無事を信じている己を道化のように感じふっと一つ小さく微笑を吐いた。

 

「その眼に()かと刻め。そして祈るのだ、これが貴様が踏み超える最初の壁に為らんことを!」

 

 

 こうして両者が激突する―――

 

 

 

天上劈く混沌瀑布(アルバフォティス・ガルカーダ)》!!

 

『大破断』!

 

 

 

 白炎と青電を纏った水龍

 闇夜を照らす偽りの凶星

 

 互いの力は拮抗していた。極光が龍を呑み込むのが先か、将又(はたまた)竜王が光源を喰らうのか。威力が互角なら後は使い手の技量に委ねられる。

 

「はああァァああアアァ!!」

「おおっ……おおおォォ!!」

 

 衝撃の余波で魔力だけでなく身体まで削られていく二人。男が展開していた魔力鎧(アーマー)はとっくに剝がれ、魔法を阻害する特殊な外套はボロボロに破かれていく。

 湊は素の耐久が低いため敵より多くの裂傷を刻まれるが、その度に聖炎が傷を癒してくれるお陰で渡り合えている。だが此方も徐々に火力が小さくなっていて、最初と比べると最早残り火のソレに等しい。

 

 このまま互いの魔法とスキルが消耗し、最後に耐えた方が勝つ。

 

 俄かにその思考が共通認識になりかけていたその時、予想とは全く異なる形で突如幕は閉じた。

 

 

 ピシ――バキンッ!!

 

「……!?」

「なにっ、壊れた!」

 

 

 先に尽きそうだったのは湊だった。しかし男が削り切るより前に持っていた魔剣が粉々になり、それと同時に媒介を失った莫大な魔力が拡散――放出の余波に耐え切れず神器が湊の手を離れて刀に憑いている水龍ごと勢いよく地面に落下したのだ。

 

「ちぃッ、【黎明のう”っ…!」

「悪いが私情を優先させてもらう。あの目障りな駄竜には退場願おう」

 

 湊を蹴り飛ばし、安全を確保してから詠唱を唱える。

 

 

〝災い齎す肥沃の台地 神々が整えせし理外の丘陵  

 利己の扉が開くとき 勇の者流れ着くは偽りの支配者拵えし謭劣の地盤

 覆水盆に返らず 山地は永久(とわ)に無情の空を仰ぎ見る

 愚かなる従属者は遅れて扇状の地を嘆き 枯れた砂丘を憎まんとす

 この地に根付く敗残の怒りが 

 祟り、恨み、慟哭し 

 仇敵を底へ沈ませる その手向けに為ると識れ〟

 

 

超級魔法大厄災(グランドカタストロフ)

 

 

 

 男が齎した魔法は(たちま)ち現象になって表れた。

 夜の闇に鎮まっていた広大な森林地帯。それがまるで生きているかのように大地全体を拍動させ、異変を感じ取った動物・魔物たちが一斉に慌ただしく活動を始めた。

 

グギャア”ァ”ッ”ーー!?

 

「これが極めた先にある魔法だ。疾くと見るがいい」

 

 地面が脈打ったと思ったら今度は大波へと動きを変える。波と言っても水の何倍もの質量を持つ地層が何重にもごった返るため、水を支配する竜王でもこれは太刀打ちできない。

 必死に自分を食らう森から抜け出そうとするが、大きな蟻地獄のように抗っても抗っても……何度抵抗を試みても胴体がそれ以上浮かぶことは無くやがて供給が尽きたのか咆哮も上げなくなった。

 

「消えろ、世界の癌が」

 

 最後に数十万トンの大質量を渦の中心に持ってくると、蓋をするみたいに穴を塞いで残った竜頭諸共この世から消し去ってしまった。

 

「さあ、これで俺を害する存在は居なくなった。奴さえ消せばお前の「これで準備は整った」――なにっ!?

 

 切り札を失った湊だが、しかし彼は諦めてなどいない。むしろ消滅した魔法には目もくれず、いつの間にか先程仕掛け(・・・)を施した個所にもう一つ印を刻んでいた。

 

「第二紋、設置完了」

「今更これが何だというのだッ、いい加減武器を収めろ!」

 

 男の警告には一切の反応を示さず的確に距離を詰めてくる湊。事ここに至って男は己の失敗を悟った。

 先程の竜王を優先した判断。男としては一番の脅威を排除するのが最優先というふうに捉えていたが、思った以上に私情を挟み過ぎていたらしい。

 湊やアルシェのような未来を視る力はないが、今日一番の胸騒ぎを感じ、彼を後回しにしたツケを払わされるという確信めいた予感があった。

 

「別に、勝利に拘らなければもう少し頑張れたと思う」

 

 もう体力も魔力も殆ど残ってない。何度も言うように気力だけは或るのだがそれでけで窮地を乗り切れる時間はとっくに過ぎている。

 

二回連続で(・・・・・)同じ結末(・・・・)ってのは味気ないし悔しいから一回目(さっき)のリベンジがしたかったんだけどやっぱ諦めるわ。それより大事なものも見つかったしな」

 

 だから……

 

「俺の方こそ終わらせてくれ。でも最後に一発だけ」

 

 トン、と跳ねるように身体を浮かせた。この戦いが始まってから……否、アルシェに強化を施してもらった直後から暫く見せていなかった軽く柔らかい動きに男の身体が反射的に動く。動いてしまった。

 

(待て、違うダメだ惑わされるな!)

 

 必死の静止も虚しく男の手は湊を捉え、しかし直後煙に巻かれるかのような錯覚に遭遇した。

 

 

 幻歩〈空中ウォーク〉

 

 

「設置魔法起動(セット)、《衝撃爆破》《衝撃爆風》」

 

 湊の言葉と共に幾何学的な紋様が二つ、それぞれ胸に細工した仕掛けを起動すると服の上から淡く発光する様子が見て取れる。

 

「繋げ、《魔紡楔糸(クラード)》」

 

 最後に男の腕や脚から細く長い糸のようなものが生えてくると、二つの魔法が重なる地点に張り付き何かを吸い上げた。それが魔力の供給だと判ると、ようやく湊の目的が男の魔力を使って罠魔法を発動することだと見破った。

 

「そんな、馬鹿なっ!」

 

 魔法が発想の創造物(クリエイティブ)と言っても限度がある。未だ嘗てそんな魔法が存在しないことも含めて物申したかったが、今はそれどころじゃない…!

 

(最初からこれを狙っていたのか! 空中で身動きが取れないのを見越して、この攻撃で斃せなくとも俺が手を出せないように…!)

 

 今の天宮湊では男に勝てない。だが勝てなくても吹き飛ばしてしまえば問題無いのである。男をロケットに喩えると先程までの準備はさしずめエンジンと燃料を積む作業の一環だったのかもしれない。

 

(拙いっ、早く脱出を)

 

「リンク完了」

 

 気付くのが一歩遅かった。あともう少し……数秒もしない内に足が接地するというところで無情にも終了のアナウンスが告げられる。

 

 

 ――弾け 《無限連鎖反応》

 

 

「空の果てまで吹っ飛べ!!」

 

 湊が渾身の一発を見舞うと、それを合図に魔法が発動(ファイア)。四肢に伸びた汲み取り器の役割をする管もしくは糸から男の魔力を吸い上げると、先ず爆発の術式が起動し男が打ち上げられた。せっかく地面に近づいたというのに再度距離を空けられ今度は爆破の衝撃で爆風を起こす魔法が作動。

 男をまた上空へと押し戻すと、その後も互いの余波で次々と魔法が発動していく。

 

 爆破爆風爆破爆風爆破爆風爆破爆風爆破爆風爆破爆風爆破爆風爆破爆風爆破爆風爆破爆風……

 

 延々と続く二つの罠の連鎖に抗う術は無く、気付けば肉眼で確認できないほど両者の距離が開くと……

 

 森は爆破の余韻もない静寂な夜を取り戻した。

 

 

 

 





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