幻想九尾の転移録《プロローグ》 ~聖女と歩む勇者の前日譚~   作:暦月

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襲撃その後

 

「ここは…」

 

 目を覚ました。その表現で合っているかは分からないが気付いたら何もない白い空間に俺はいた。

 

「何だここは。アルシェは何処だ。俺は死んだのか?」

 

 もしそうだとしたら悔しさだけが残る。あの男に勝てなかったこと、何よりアルシェを励ましておいて彼女を置いてったなら自分は約束を果たせなかったことになる。アルシェに深い傷だけ残して居なくなった自分を俺は赦せない。

 

 

「いんや? 死んでおらへんよ」

 

「――誰だ」

 

 

 誰もいない筈の空間に返事が木霊し、警戒しながら振り返った先に女が立っていた。

 

(一体いつの間に。こいつも直前まで音が無かったぞ)

 

 こっちに来てからそんなのばっかりだなと苦笑を讃えた。……なんで見知らぬ女に背後を取られたのに軽い反応してるんだ俺は。

 

「ここはあの世ちゃうくてあんたの精神世界なんよ。今は気絶してるさかい一時的におるだけや」

 

 その女を知っているような気がするが霞が掛かったように思い出せない。こいつの言い分が本当だとするなら夢の中にいるようなものか。だとすれば仕方ない。

 

「死んでないなら安心だ。取り敢えず目を覚ませば、」

「あいつに勝てるん? あの聖女ちゃんに強化してもろうても勝てへんかったのに」

 

……こいつ、夢の癖に生意気だな。それとも俺が自覚してないだけで本音ではそう思っていたってことか? だとしたら自分に軽蔑するぞ。

 

「あの男の思い通りになるのが気に入らないだけだ。いきなり現れて散々やってくれた礼をまだ払わせてないからな」

「なら何で全力を出さへんの。相手を見下すのんは勝手にしたらええけどそれで被害被るのんはあの子なんよ?」

 

 は? 下に見てるどうこうは別にして俺が全力で戦ってないだと? 夢の戯言だとしても冗談は程々にしろ。

 

「気付いてへんの? あんた神器をなんも解放せへんで使うてるんやで。それもこれも才能だけで勝ちたいっちゅうあんたの我儘がそうさせてるんや」

 

 こいつまだ……いや確かにそうかもな。

 そもそも本気を出そうと思ったのも何時ぶりだっけか。アルシェを助けたい気持ちが本当だから最善を尽くしていると思ってただけで、自分でも知らない内にセーブを掛けてたのかもしれない。

 

「はっ、だとしたらダサすぎだろ」

「ふふっ…そやけど力に縋ってもあかん。そら【傲慢】とは程遠い愚かな選択やさかい」

 

 じゃあどうしろと言うのだ。能力に頼るのも駄目、だがこのまま再戦しても負けは濃厚。改めて考えても召喚直後の難易度じゃねえだろこれ。

 

「そないな事も分からんの? 縋るのんがあかんなら従えたらええ。能力も魔法も、結局はあんた自身の力なんやさかい」

 

 一々癇に障るが言いたいことは分かった。要は後付けの力を絶対視するのではなく才能の延長線上に捉えれば良いという事だな。なら初めからそう言えよ間怠っこしい。

 

「そらあんたの**やさかい、捻くれた言い方にもなるわな」

 

 何て言ってんのか聞こえねえ。だけど助かった、礼を言う。

 

「はいはい。ほらお姫様待ってんで。早う行っといで」

 

 

 ああ。行ってくる

 

「ん。行ってらっしゃい湊」

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 滔々と流れる川の底から、折り重なる二つの影が這い上がってきた。

 

「げほっ、げほっ! あと…ちょっと……!」

 

 人影は激流に足を取られながらも一歩ずつその歩を進める。そうして漸く陸地まで上がると平坦な草むらに抱えていた少女を下ろした。

 よく見れば二人ともボロボロで、特に青年の方は岩肌に打ち付けた裂傷と骨折で動けるのが不思議なくらいだった。その二人とは言わずもがな男から逃げるために崖から飛び降りた湊とアルシェである。

 

「はっ、はっ……アルシェ、今助ける」

 

 命からがら逃げ仰せてもアルシェの無事を確認するまでは息つく間もない。ふらふらとした足取りで彼女に近付き、両の指を絡めた手で豊かな胸を掻き分けると心臓の真上にそれを置いて三十回ほど強く押し付ける。

 次に顎を上げさせ、気管がまっすぐになったことを確認すると彼女の唇に自分のそれを重ねた。気道確保と、心肺蘇生だ。

 

「ん”ん………ぷはぁっ!」

 

 この流れを一回1セットだとし、それを四度繰り返したところでアルシェの肺に溜まっていた水が吐き出された。

 

 

「げほっ、げほっ! はぁ、はあ……カナ、エ様?」

「よかっ、た。目…さめた…な…」

 

 少女が息を吹き返したことを確認し、白銀髪の青年は力なく笑ってその場に倒れこむ。

 

「っ…! カナエ様、私はっ!」

 

 元々生死も危うかったのがアルシェを庇い新たに深手を負ったのだ。意志の強さだけではどうにもならず、糸が切れたみたいに彼女の上に覆いかぶさった。

 

「――、今助けますッ!」

 

 今置かれた状況を思い出したアルシェは手を翳し治療の再開を始める。

 だが元々残り少なかった魔力を余剰なく使い切った彼女に残された力など無きに等しい。強烈な倦怠感と睡魔に襲われながら能力を発動させるが、手に光が集束せず無けなしの力もすぐに使い切ってしまった。

 

「そ、そんな………っ、まだぁ!」

 

 諦めず再度挑戦するが今度は光さえ見えてこない。その事に愕然とし認めなたくないとばかりに首を振った。

 

「い、いや……必要だって、カナエ様は私が必要だって言ってくれたんだもん…」

 

 徐々に下がっていくトーンに最大音量で警鐘を鳴らすが生物の本能には抗えない。必死に眠気と格闘するがアルシェの意識はそのまま暗闇へと落ちて行って……

 

「ん”っ”!」

 

 だが自分の顔を思い切り叩いて己を奮い立たせる。今自分がすべきなのはここで眠ることでも、ましてや嘆く事でもない。それを再度心に刻むと、一旦気持ちを落ち着かせ精神を集中させてみる。

 以前からこうしていると、何故だか魔力の回復が早くなるのだ。しかしこの時ばかりは逸る気持ちを抑える事が出来なかった。

 

(なら、この祈りを力に変えてみせるっ!)

 

 逆転の発想で、今度はそれを強く意識することで自らの内に宿る潜在的魔力を引き出そうとする。

 

(私にとっての希望はカナエ様で、カナエ様も私を希望だと言ってくれた。その言葉を嘘にしてほしくないっ、させたくない! 私は…私は、カナエ様の希望であり続けたいからっ!」

 

 

―――カチッ

 

 

 するとどうだろうか。先程から枯渇しきった力が溢れ、己が手の平を熱くさせる。しかもただ回復しただけでなく、それは魔力よりも濃いエネルギーとなって彼女を満たしたのだ。

 

 湊を救いたいという気持ちが彼女を〝次の段階〟へと引き上げたのだが、今はそんなことよりも湊の治療に集中する。

 長い長い詠唱に気持ちを先走らせながらそれでも着実に言葉を紡いでいった。

 

「お願いっ、私に力を頂戴! 【療法結界(フィランデル)】!」

 

 その全てを新たに成せるようになった結界の構築に注ぎ込み一つの技を完成させた。

 それは正真正銘、支援に特化した【固有(・・)能力(・・)】を持つアルシェにしか生み出せない世界最高の回復魔法へと昇華していた。

 

 

「〝祈りよ届け!〟 《絶姫英聖廻復帰天領域(エターナルリゼルディアフィールド)》!」

 

 

 技を発動させると複雑に折れた骨も、全身の裂傷さえ瞬時に塞がり傷を癒していった。しかしこれだけならば今までの回復魔法と大して変わらない。多少は速度に違いがあるかもしれないが、元々驚異的な回復速度を誇っていたアルシェからするとその程度は些細な問題だ。重要なのは青白かった顔色に赤みが戻ってきている事にある。

 

 そう、つまり今この瞬間失った筈の血液が凄まじい速さで“生成されている”のだ。

 

 生成されていると言ってもアルシェが血液を作り出している訳ではない。全く何もない所から人体に必要なモノだけをピンポイントで生み出すなど、それこそ神の所業だ。

 湊のように能力で刀や槍を出すのとは訳が違う。あれはあくまで元からあるものを顕現しているだけであって、決して生み出しているのではない。そもそも顕微鏡で覗かないといけないレベルの物質を発生させることすら困難だ。

 

 ではどうやって湊から血液が生み出されているのか。

 

 結論から言ってしまうと、湊は恐ろしい速さで〝自然回復〟していることになる。無論人間の怪我がそんなスピードで治る訳がない。それこそアルシェが手を加えなければ湊は死に向かうだけだった。

 

 しかしそうはならなかった。

 

「結界干渉」は「万能効果」を使って結界内にいる特定の人物にあらゆる支援を可能にする。それは回復であったり、付与であったり、時には身を清める事だってある。

 今回アルシェが行った操作も、原理としては今迄と然程変わらない。対象を支援するという事では、寧ろ変化なしと取られてもなんら問題ないくらいに。

 

 ただ、今まで課せられていた制限が外れた(・・・)だけだ。

 

(各部チェック実行―――第一項目 肺の機能低下、大小計217箇所の血管損傷、血液の生成行為の遅延を確認。よって身体をおよそ四十秒の仮死状態にし、血管の働きを一時的に機能停止した上での回復を推奨。肺は血が溜まっており下手な介入は危険……肺の咳反射を最大にすると後に損傷が激しくなるので肺機能と損傷の事象を分離を推奨。血液の生成は各部器官の働きを五倍に速める事を提案、負担が大きいので主に生命維持を依頼)

 

(分かりました、血管の漏れは私が防ぎます。後はそれらを実行してください)

 

(了。続いて第二項目――)

 

 今アルシェが《絶姫英聖廻復帰天領域(エターナルリゼルディアフィールド)》で行使しているのは「生命維持機能の代行」と「事象操作」、それに「時間加速」だ。

 

 現代の日本でもそうだったが、患者を治療する上で一番問題になってくるのが生存状況だ。

 内臓の手術では癌や何かでも器官を治す際に他の臓器に細心の注意を払うし、投薬治療では予め副作用を覚悟しなければならない。このように医学というのはメリットとデメリットが常に表裏一体となっている。

 

 これに対しアルシェは、医学が抱えるジレンマからとことんデメリットだけ(・・)を抜き去っている。

 

 上の例で言うなら、体から血が溢れ出るのを防ぐため血管を塞いだ上で血流を全て止めている。そんな事をすれば全身に酸素は行き渡らず窒息してしまうのだが、アルシェは一度湊に仮初めの死を与え、その間は酸素を必要としないよう強引にねじ曲げた。

 治療のために身体を痛めるような事態に遭遇すれば、回復と損傷という事象を切り分けて進めた。身体の一部を部分的に加速させれば負担がかかるが、そのデメリットをアルシェが肩代わりしてしまった。

 何度も仮死と瀕死を繰り返し、普通なら負担に耐えられない事でもアルシェが湊の生命維持機能を組み換えてその負担を無かったことにしてしまう。

 

 

「やった……、やった!」

 

 治療を終えたその時には、傷一つない状態の湊が穏やかに寝息を立てていた。顔の血色も完全に戻り、どことなくツヤまで出ている。

 

「私が……こんな私でもカナエ様を救うことができました…!」

 

 目頭から流れ出る涙を喜びの涙を拭って、覚束ない足取りで湊の寝ている隣まで来るとその隣に身体を置いた。

 

「ありがとうございますカナエ様。私が無事でいられるのは貴方様のお陰です」

 

 そう言って、微かな息を立てる湊の傍まで顔を持っていくと、横から垂れる髪を抑えて今度は彼女の方から唇を明け渡す。

 

「ふっ……んぅっ…んちゅっ」

 

 艶めかしい水音をゆっくり奏でてから顔を上げ、しかし数秒と待たずに睡魔が彼女の意識を迎え入れたのだった。

 

 

「んっ…、かっこよかったです…私の……勇者さま…」

 

 

 こうして勇者が聖女姫を救った長い長い波乱の一日は終わった。

 

 

 





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