幻想九尾の転移録《プロローグ》 ~聖女と歩む勇者の前日譚~   作:暦月

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各国の方針と成長の行方

 

 

 極東の勇者、蓮と綺羅々が基礎能力の底上げ 

 公国の勇者、嘉輝は早々のレベルアップ

 

 各国がそれぞれの方針で勇者育成を進める中、最も多くの勇者を抱えたその国はステータスの精査から入っていた。

 

「それじゃあッ、この走り込みも、さっきからやっている体力テストみたいなのもッ…ハァハァ、各々の適性を図るため…ということですか!?」

「おー、その通りだ。太っていても流石勇者だな、意外に根性あるじゃねえか。そんな貴様らに5周追加のプレゼントだ。しっかり走れや」

「ちょ――! 嘘でしょ…!?」

「ぬおお鬼畜! この皇帝見た目に違わず鬼畜ですぞ!?」

 

 一年を通して陽の差す時間帯が僅かなことで知られるガルシア帝国。

 この日も既に正午をとっくに過ぎたというのに、備え付けの照明から発せられる光以外届かない。

 本来大地を平等に照らすはずの天の光源は、両者の間にまさしく天を衝くほどの巨木があるために空を多少明るくする程度の効果を発揮するばかりだ。

 そんな暗翳とした雰囲気が感じられる中、それとは似つかわしくない、何処か気の抜ける訴えと共に切羽詰まるような悲鳴がこの国の皇帝が住む城から聞こえてきた。

 

「ゼエー、ゼハー、もう駄目~」

「グラウンドくらいある訓練場を50周なんか、今の強化された身体でもキツイですって…」

「はあ…はあ……てかさっ、体力に関わる数値はアビリティを最初に見せたんだから、別に走る意味も無くない?」

「それ…今……言う…?」

 

 全員が完走し肺を休めている間にも不満はあるようで、肩を上下させながら誰に悪態を吐く。

 

「あのな、体力ってのは別に持久力を指す言葉と違うぞ。頑丈さや打たれ強さを意味する忍耐力、スキルとは別に麻痺や火傷などと言った状態異常への耐性、命の根源たる生命力は被回復効果や瀕死時に生き永える確率なんかを総合して出た数値が「体力」だ。故に数値が高いからといって必ずしも長距離走れるとは限らん」

 

 これと同じく「俊敏」も純粋な素早さ(アジリティ)とは別に、その他の機動性や順応力などを合算した数値で構成されている。

 

 また何度も言うがステータスはあくまで加算値であり、総合的なフィジカルを測るのには向いていない。

 湊は表示されるステータスも馬鹿みたいに高いが、それ以上に素が突出しているお陰で本来勝負すら成り立たないはずのオルガと互角に渡り合えたのだ。

 そうでなければ今頃湊とアルシェは揃ってルドリヒトの家に幽閉されていた筈である。

 

身体能力値(アビリティ)で10や100違っても誤差と捉えるのはそれが原因だ。ステータスだけで個人の優劣は決まらない。と言っても、魔力量だけはそれに該当しないがな」

「I see, ちゅー事は総合値の低いルルカでも伸びしろが――」

「いや、お前に関しては見込みすら無いぞ」

「Shit! こん畜生めー!」

 

 因みに今唸った外見だけは美少女のルルカもステータス上では最弱だがゴールした順番は上から4番目にあたり、この事から今の一連の発言にも信憑性が増す。

 

 と言っても近い将来それは覆るだろうが。

 

「成程ね。アビリティは大雑把に数値化してあるだけだからどんな配分になってるか分からないんだ。今までの適性検査はそれを正確に把握し、その結果で各個人の訓練プログラムを立案する訳か」

「そういうこった。ほら、次は魔力検査だ」

「待ってました!」

 

 「魔力」に関する検査項目は、能力につぎ込む際の変換効率のみ。これは実戦でしか測定れないため皇帝自らが相手をした。

 

「魔法はイメージだ。想像が足りないと余分に魔力を吸われるぞ」

 

 これは得手不得手がハッキリ分かれた。

 才能無しの烙印を押されると魔法(クラス)の道は断たれる。

 

「他のスキルも同様だが、こっちはイメージより習熟度の方が重要視される」

「くっ、速い…!」

「また見失ってんぞ。まだ体に動きが馴染んでねえだろ」

 

 武力で五大国の一つにまで成り上がった国のトップに必死で食らいつく。

 とは言え手加減に手加減を重ねてなんとか戦いが成立しているだけで、それも武技スキル『剣術』に大量の魔力を注ぎ、自動(オート)で対応しているに過ぎない。

 実際に相対してるのは爽弥だが、そんな彼でも自分の身体を操っている誰かと圧倒的上位者の打ち合いを離れて眺めているような錯覚を受ける。

 

「……終わりか。まあ粘った方ではあるな」

「ハア、ハァ――!」

 

 もう魔力が底をつくという絶妙なタイミングで戦闘が解かれる。

 後にはスタミナ切れと全身の痛みで膝をつくという、能力(スキル)に振り回された初心者でよく見る格好の爽弥がいた。

 

「覚えておけ。今のが現状出せる最大パフォーマンスだ。これをスキルの加護が無くても発揮できるようになって初めて一人前だ」

 

 剣を握ったばかりの子供でも適正な武技スキルと魔力さえあれば一人前の動きができる、というのはこの世界において常識だ。

 しかし実戦でそれを為す例は少ない。何故か。

 魔力がお金に例えられるように、湯水のごとく浪費してその(・・)程度(・・)では極めて非効率だからだ。

 魔力枯渇で一定時間動けなくなるという特大のデメリットを背負うぐらいなら自力でそのレベルまで上達し、余った魔力(リソース)で他のスキルを発動する方がよっぽど賢い。

 

 ちなみに。よくある設定で限界まで魔力を使用すると際限なく上限が伸びたり、蓄えられる器が広がったりとかそんな便利な修行はこの世界には存在しない。

 一度それをやったオタクが「お前は走ったら走った分だけ速くなるのかよ」と正論をぶつけられて落ち込んだらしい。

 

「魔法は想像(イメージ)で、他は技術(テクニック)か~。こういうのも適性に当て嵌まるんだろうな~」

「みくる殿の仰る通りです。そして勇者様方、検査は以上にて終了です。お疲れ様でした」

 

 みくるが推測をすると横から肯定の言葉が飛んでくる。

 

「あ、アンドレーフさん」

 

 全員が其方に目を向けると、相も変わらず無表情の宰相がそこに佇んでいた。

 

「げえッ! レムリア、何時からそこに!?」

「5分ほど前からです陛下。陛下が遊び惚けて居る間にわたくしは書類の整理を済ませていました。にも関わらずその反応というのは些か心外かと。就きましては後日行われる会食後の仕事量を倍に…」

「待て、待つんだレムリア。このヒヨッコ共には余の指導とサポートが必要であろう? 世の中には適材適所という言葉がある。其方が立派に職務を務めている間に余も自分の役割を果たしていたという事だ」

 

 罰を回避するべく、頭を働かせ必死に言い繕う。

 

「それは詭弁というものにございます。この検査はあくまでも適性を図るためのもの。後に控える職業訓練ならまだしも、ここに陛下が介在する意味は然してございません」

「指導といったであろう。彼方の世界から来たばかりの(わっぱ)共に口添えすべく余が居るのだ」

「なら尚更陛下が居る意味もありませんね。その程度でしたら適当な指導係を遣わすだけで済みますので」

「……」

「……」

 

 元より望みの薄い逃げ道である。退路を塞がれたばかりか、無言の圧力を掛けられ、とうとうこのインテリ眼鏡に屈するのであった。

 

「陛下、まだ仕事が残っておいでです。これ以上の職務放棄はあまりお勧めしませんが」

「……うむ」

 

 そうしてすごすご去っていく皇帝の後ろ姿を、何人かが微妙な顔をして見送った。

 

「さて、改めてお疲れさまでした。この後の予定ですが夕食までの時間を自由時間とし、その後ここで得たデータをお伝えするため全員に集まってもらいます。会場については後程、担当の者に話が行くでしょう。身体を洗いたい方はその前に済ませておいて下さい」

「た、助かりました~。流石にもうヘトヘトでござるよ。バタンキュー」

「きゃあ! ここで寝ないで下さい!」

「夕食までというのは有難い。その間に僕も身体を休めてさせてもらうよ」

 

 無類の戦闘好きを訓練場から追い出した宰相は労いの言葉を皆に送った。

 そして追加で何かやらされるのではと身構えていた者達から安堵の声が漏れ、運動が得意でない面々はその場で大の字に寝転がりそれを茜に注意される。

 

「さあ、部屋に戻ろう。伊織、柚乃――ってどうしたの二人とも?」

「駄目ッ、今だけは近寄らないでください爽弥君」

「ええっ! どうしたの柚乃」

 

 何時もだったら何か言う前に傍に来てくれるというのに、今回ばかりは爽弥から近づいても何故か拒絶されてしまう。それを不思議に思っていると、伊織が恥ずかし気に理由を説明する。

 

「あんな走った後で汗臭いと思われるのが嫌なの! 気付きなさいよね幼馴染なんだから」

「伊織ちゃん、そんなにハッキリ言われると私まで恥ずかしいよ」

「直接言わないと分からないでしょ爽弥なんだから。それでこの年になっても恋人になれていない訳だし……ま、まぁそれが爽弥の良い所でもあるんだけどね//」

「典型的なツンデレですな。爆発しろ」

 

 小言で囁いたところ近くで寝そべっていた大山和人に訊かれてしまい、反射的にツッコんだところ思いっきり睨まれた。

 同時に一緒にいた谷繁悠斗と海原直哉の二人まで巻き込んでしまい、揃って伊織の怒気と柚乃の冷たい視線を浴びる事となる。

 

「何だそうだったのか。でもこの国のお風呂って身体を洗えれば良いって感じで、日本みたいに湯に浸かる習慣が無いんだもんな」

「あ、それ私も思いました。魔石が貴重だとかでシャワーしかありませんし、入った後の満足感がイマイチなんですよね」

 

 そんな事になっているとは露ほども気付いていない爽弥は、会話の流れに乗っかったついでに最近の…というよりは帝国のお風呂事情における不満を吐露する。

 

「そうそう。アンドレーフさんはそれでも贅沢な方だって言うんだけど、生まれた時からお湯に浸かってる身としては物足りないかなって」

 

 魔石とは電気やガスに代わりこの世界で普及している、魔素を含有した結晶体資源のことを指す。一部の魔物から取れるその石を魔法適性がない者でも扱えるよう加工し、それを魔導器具に嵌め込むことで人々の生活を支える基盤となっている。

 こうして作られた魔道具はその特性上魔力さえ込めれば誰にでも使用でき、故にいつの時代、平民貴族問わずあらゆる層の者達から絶えず受給されてきた。シャワー以外にも「火属性」の魔石を使ってコンロが出来たり、日常生活の様々な場面で用途に応じた活躍を見せている。

 

「日本を基準にした場合インフラが整備されている国は元の世界でも僅かでしたからね。魔石という便利なものがある以上、そっちに頼っちゃうのは仕方無いと思います」

 

 しかし人々の求める需要に対して供給が追いつかないのは世の常。

 しかも先述したように全ての魔物から魔石が取れるという訳でもなく、息吹(ブレス)やその他の属性攻撃を使う上位個体からしか剥ぎ取る事は出来ない。

 そもそも人類のように発達した発声器官を持たぬ魔物は魔法を行使できず、それ故独自の進化を経て魔石を生成し、魔法と同等の力を持つようになった。

 

 つまり魔物だから魔石を持つという考え方はそもそも成り立たず、実際には人類と同じように属性適性のある魔物が生存競争を生き抜くために魔石をその身に宿したのだ。

 属性保持の割合が人より高いとはいえ種によって千差万別だし、それをミロス地方全土に供給するのは実質不可能だった。

 

「申し訳ありません。皆様が快適な生活を送れるよう努めてはいるのですが、他国との貿易で我が国の魔石資源は最低限しか残らないのです。帝国は光が差さないせいで作物が育たず、国益に繋がるような工芸品や特産物もありませんから」

 

 常に無表情の彼には珍しくその顔には申し訳ないような、それでいて忸怩たる面持ちを覗かせている。

 

「現在ミロス地方の魔石のおよそ3割が帝国から出回っている物ですが、それでも他国からの輸入品に当てるのが精々です。我が国は迷宮の戦利品で成り上がった所謂叩き上げ。五大国の一つに数えられていても、その実内情は一部の州にも及びません」

 

 迷宮が有るから国が安定しないというのに、その迷宮で得られた利益で国が大きくなるとは何とも皮肉な話だ。周辺国への襲撃と領土拡大の歴史もその辺の理由から作られた。

 

「す、すみません。そんな事情があったとは露知らず…」

「いえいえ。此方こそ愚痴のような話になってしまいました。お風呂の事でしたね。一緒かどうかは判りませんが、隣国フィリアムの王族貴族は皆さまが言うようにお湯を張ってそれに浸かるようです。私も一度訪れた際に試しましたが、確かにあれは得も言われぬ心地良さでした」

「ーーッ、それって本当ですか!!」

「湯船に浸かれるの、マジ!?」

 

 感慨深げにそのことを語ると、それまでの聞く姿勢から一転。身を乗り出し話の真偽を問うてきた。

 

「ええ。何でもかけ流しとやらを売りにしているそうで、少し熱めですが快適な時間を過ごせました」

「しかも温泉!? いいな~それ、絶対癖になるやつじゃん」

 

 DNAに刻まれた(さが)なのか、日本人はお風呂の事になると途端に積極的になる。

 あの趣味が一切無さそうな湊ですら、中学の時は学校をサボって秘湯巡りしていた程だ。やはり日本人にとってお風呂は魔法と同義である。

 

 そして温泉と聞き、我関せずといった感じの女子3人も話に加わってきた。

 

「O☆N☆SE☆N!? やったー! ルルカも入る~!」

「効能は? ここから何日、いえ何時間掛かりますか! 美肌効果はあるんですか!?」

「すぐ行こう今行こ~」

「いえあの…そういうのが有るというだけで実際に訪れたりは――」

 

 そこまで口にして、ああこれは一回行かなきゃ駄目だと悟る。

 何せレムリアが否定の言葉を上げた途端、まるでそれまでの熱気が嘘のように引いていったからだ。

 皆絶望に満ちた顔をして一国の宰相を見上げている。

 

「――しないつもりでしたが、そういえば聖女様にご協力を仰ぐのがまだでしたね。迷宮攻略が先の事とはいえ、顔見せしないというのも心証悪いでしょう。もし宜しければわたくしと共に王国まで付いて来てくれますか?」

 

『行く!!』

 

 すぐさま予定を変更し、大人の対応で相手を立てる。ここで余計な禍根など残して後の協力関係に響けば元も子もない。

 多少の出費には目を瞑ってこの場をやり過ごす。

 

 彼の誤算は日本人のお風呂好きを正確に図れなかったことだろう。普段聴き分けの良い彼らが露骨に残念そうな顔をして見せれば、流石の鉄仮面と言えど折れるしかない。

 そもそも彼は表情に乏しいだけで感情に疎いわけではない。いきなり拉致同然にこの世界に喚んだことを思えば、これで彼の良心も幾分か和らぐ。

 

(仕方ありませんね。陛下の給料分から賄えば九人分の旅費くらい何とかなるでしょう)

 

 尚、何時もいつも仕事を抜け出す主への良心はこれっぽっちも痛まない。

 自然な流れで天引きされているとは露とも知らず、当の本人は山のような書類に追われるのであった。

 

 

 





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