深夜の治安局内、ほとんどの治安官は日中の勤務を終え帰宅しているか一部は夜間パトロールに出ている。現在局内に残っているのはパトロールに出ていない交代待ちの治安官が数人。そのうちの一人が、日中こなせなかった書類仕事を待ち時間内に終わらせてしまおうとデスクに向かっていた。
「セスくん、コーヒーどうぞ」
「朱鳶班長! ありがとうございます」
セスがコーヒーを受け取ると、朱鳶は小さく笑みを浮かべる。
「頑張ってるわね」
「いえ、これは頑張ってるうちには入りませんよ。やらなきゃいけないことをこなしてるだけです」
「でも期限は今日中ではないはずよ?」
「朱鳶班長だって、仕事はあっという間に片してしまうじゃないですか」
「私は優先順位をつけて必要なものから片付けていっているだけ。セスくんはもっと余裕を持ってもいいと思うわ」
「優先順位……それはもちろんオレもわかってますよ。でも今は時間がありますし、優先順位の低いものも早めに終わらせられます」
「もう、真面目ね」
「それは……褒め言葉と受け取っておきますね」
少しだけむすっとするセス。――真面目、という言葉は彼にとって褒め言葉にならない場合がある。それをわかってか朱鳶は肩をすくめて「そういえば」と話の流れる先を変えた。
「セスくん、最近休みを取っていないって聞いたけれど本当?」
「非番の日ならもちろんありますよ」
「そういうことじゃなくて、休みもほとんど訓練場に詰めてるって聞いたけど」
「ああ、それならそうです。オレ、もっと鍛えないとって思ってるので」
「君の逸る気持ちはわかるけれど……あまり無理をするといざという時ミスや大怪我に繋がるかもしれないわ」
「班長、オレはオレのことわかってるつもりですよ。心配しなくてもきちんと休息は取ってます。安心してくださいよ、次の任務でもしっかり成果を出すつもりです!」
「セスくん……」
朱鳶は諦めたように口を閉じ、微笑んだ。彼女がデスクから離れていくと、セスはまた書類へと向き直る。そんな様子を部屋に入らず戸口の陰に潜み、聞いていた人物がいた。
「……ふぅん」
二人の会話が何をもたらすのか、その人物は微かに笑ってその場を去った。
***
「ほれ、白鉢ピーマン肉盛りラーメンだ!」
どん、とラーメンが目の前に置かれるとセスは礼儀正しく手を合わせた。
――とある日の午後、昼休憩に入ったセスはルミナスクエアにチョップJr.が店を構える<滝湯谷・錦鯉>にて昼食を取っていた。誰かと連れ立って、というわけではなく、セスは一人でもよくここへ食べにやってくる。スープもそろそろ飲み干そうかという頃、隣に他の客が座った。ちょうど器を抱えていた為、セスからは誰が座ったかが見えなかったが、「ぷはぁ」と息を吐きながらカラになったラーメン丼ぶりを置いた時に聞き覚えのある声がセスの耳を撫でた。
「お休み、全然ないって聞いたわ」
「! ジェーン先輩!」
見ればそこにいたのは治安局と所縁のある人物――犯罪行動学を専門としているジェーン・ドゥであった。セスは慌てて口元をティッシュで拭い、水を飲んだ。
「えっと、はい! ああいや、別に休みがないわけじゃないですけど」
「セスはほーんとにお仕事が好きなのね」
「好きというか……好き嫌いの問題じゃなく、オレは治安官としてもっと世の中が良くなるようにしっかり働きたいと思って」
「それは良い心がけだわ。そんなアンタに一つ頼みがあるんだけど」
「任務ですか? はい、何でも言ってください!」
「有給休暇を取ってくれる?」
「はっ…………………はい?」
ぽかんとしているセスに、ジェーンはにこりと笑った。
「頑張り屋さんのアンタにはしっかり休んでほしいのよ」
「ええ……でもオレ、休みって言っても筋トレぐらいしかやることないし。あの、ちゃんと週末は実家にも帰ってますよ?」
「それももちろん休息になるけど、ほら、一人でゆっくりする時間も……大切じゃない?」
「はあ……」
「――っていうのは建前」
「建前?」
「そのお休みの半分の時間をアタイにくれないかしら」
「有給の買い取りですか?」
「はあ、違うわ。あのね、ついてきてほしい場所があるのよ」
「えっと、どこにですか?」
「秘・密・捜・査」
「秘密……!? それはその、潜入捜査ですか?」
途端に小声になるセス。ジェーンは毛先を弄りながら「いいえ」と答えた。
「潜入って言ったら潜入だけど……まあ、その前の偵察って感じね。今回の案件は男女一組で動きたいのよ。どう、手伝ってくれる?」
「もちろん任務なら俺は大歓迎です。でも、俺は一体何をすれば……?」
「隣にいてくれるだけでいいのよ」
「隣に、ですか……?」
セスが訊いたが、ジェーンは注文したラーメンが目の前に置かれると割り箸を取って食べ始めた。食事の邪魔をするのは悪いかとセスが席を立つと、その背に言葉が投げかけられる。
「再来週の金曜よ、休暇が取れたら教えて。私の方からも上に言っておくからきっと取れるわ。場所なんかはー……あとで連絡するわね。もう戻っていいわよ」
「再来週ってすぐですね。わかりました、それじゃあ……お先に失礼します」
秘密捜査。
その言葉にセスはちょっとだけわくわくしている自分がいることに気が付いた。
「……だめだだめだ、これは仕事だ! 何を子どもみたいに浮足立ってるんだ!」
そう自分に