遠野志貴、有間の家より遠野家に呼び戻される。
遠野志貴、学校に向かう途中でシエル先輩なる女子に初遭遇する。
遠野志貴、学校から帰る途中で、すごい美人のお姉さんを見つけ、うっかりストーカーした後、彼女が住んでいる部屋に押し込み、十七分割してしまう。
遠野志貴、自分のしでかしたことの重大性を認識。(シエルルート選択)
遠野志貴、傷心を出汁にしてシエル先輩の家に上がり込み、慰めてもらう。
とお(ry、次の日、十七分割したはずの女性に再度遭遇。ホテルへと拉致される。
彼女の名前はアルクェイド・ブリュンスタッドという真祖の吸血鬼で「あなたが私を殺したんだから、仕事を手伝え」と脅される。
その会話中、二十七祖の一人であるヴローヴなる吸血鬼の襲撃にあい、アルクェイドと共に辛くも逃れる。その最中、アルクェイドは負傷。
一夜明け、どうにか彼女の自宅まで戻るも、割と怪我が重たく、いったん休ませることに。
志貴、ヴローヴの脅威を看過できず、単身で敵の本拠地に乗り込むことを決意。
(シエルルート選択)
デパ地下に乗り込み、そこで代行者の一人であるノエル先生、さらにシエルとも合流。
ヴローヴに負傷を負わせるも、デパートの崩落に巻き込まれ、一時休戦を余儀なくされる。(※重要 この際、ノエル先生は吸血鬼ヴローヴに噛みつかれる)
夜が訪れると、アルクェイドの力を借りて、ヴローヴに再度挑戦しに行く。
駆け付けたデパート跡では、既にシエルがヴローヴと戦闘中。ノエル先生には戦力外通告。
シエル、およびアルクェイドの協力により、ヴローヴを撃破。
遠野志貴、これで事件は解決したとぬか喜びに浸る。
また一夜明け、遠野志貴は通常通り学校に登校。そこで、代行者シエルおよびノエル先生にまたも会う。
どうやら事件はまだ終わっていないとのこと。「話が違うじゃねぇか」と問い詰めたところ、二人から同時に「放課後会って話そう」と誘いを受ける。
男、志貴、なぜかお世話になったシエル先輩ではなく、ノエル先生を相談相手に選択。
校舎裏の自転車置き場へと行く←今ここ。
といったところです。それでは本編どうぞ。
「リストに入れるって、なんですか、それ」
「予定表。子供の頃から、リストを作るのが趣味なの」
ノエル先生はそう言って、うっすらと笑んだ。
「授業中にイラっときたからお仕置きするリスト。
親切にしてもらったから恩返しするリスト。いやらしい教頭先生にかます社会的制裁リスト。エトセトラ、エトセトラ――」
そうやってスケジュールを消化していくのが楽しいの――と、彼女は口元をほころばせる。
その表情はどこか、無邪気に課題に取り組む小学生に似て。
とてもじゃないが、齢にして25歳の教師の姿には思えなかった。
もっというと、おっかない武装を軽々振り回す、教会よりのエクソシストには。
「じゃあ、その中で俺はなんだっていうんです?」
つい自分から先を促した。
俺は――遠野志貴は、彼女にとって『何』なのか。がぜん興味を惹かれる。
だって、ここに至るまで、俺はさんざん彼女――ノエル先生に、思わせぶりな態度を取られ続けているからだ。
例を挙げるなら、ヴローヴの地下墓所では、土砂に埋まっていたとはいえ、割と長時間にわたって抱き合う羽目になった。
互いの柔らかいところも固いところも、しっかりばっちり触れ合って、ほとんど密着状態にあったと言っていいような具合だった。
しかし、その際もその後も、彼女はなんら嫌がる素振りを見せなかった。
ふつう、彼女のような妙齢の女性ならば、男性のああいった振舞いには、まず非難をくれるものではないか?
少なくとも、俺の知る範囲の女性ならば――例えば秋葉ならば、問答無用で指の一本はもらっていく。
シエル先輩ですら、無作法に身体を触ろうものなら、平手の一発は飛ばすだろう。
眼鏡越しの凍てついた視線(全く笑っていない笑顔付き)――実際に経験したことなど、もちろんないのに、その光景は色鮮やかに再現できる。
つまりそういった、一つでさえ有罪判決しかるのち極刑となるような、そのまた積み重ねの数々が、俺とノエル先生の間には歴然と、あるいは燦然と横たわっているのだった。
ここまできては、健全な男子学生としては、とある一つの確信的想像を抱いてしまうのも、仕方のないことであろう。
決して、全く、それを心から望んでいるなんて訳では無い――のだけど、もうほとんど脊髄反射的に、胡乱な想像が脳髄を駆け巡ってしまう。
繰り返すが、別にノエル先生がタイプであるとか、窮地を共に乗り越えた吊り橋効果とか、年相応に肉付きの良い身体目当てとか、俺の中にそういった要因は万に一つも無い。
ほんとーに、神に誓って無いのだが……。
でも、やっぱり健康な男子であるならば、こんな言動を大人の女性にされたら、有彦は言うに及ばず、誰だって――俺だって、自分本位な事を考える。
すなわち――この人、俺に気があるんじゃね? とかなんとか。
「んーとね……志貴クンはねぇ……」
眼前に立つ男子の、複雑怪奇な心境を知ってかしらずか、ノエル先生は答えをたっぷりと引き伸ばした。
「志貴クンはぁ……」
「お、俺は……?」
やけに心臓の音がうるさい。血管の脈打つのが、はっきりとわかる。
ヴローヴと戦った時とまではいかないにせよ……いいや、あの時は自分の身体の様子なんて気にしている場合じゃなかったか。
なら――ヴローヴと戦った時以上に、俺は緊張している、ようだった。いつの間に。
増幅された心拍音が、秒針に代わってくれる。
数分にも、数時間にも思える余白があって、やっとノエル先生は、その先を口にした。
「おかしたいリスト」
「えっ」
待ち望んでいた答えは、完全に理解不能なそれだった。
全く、てんで意味の分からない、到底この局面には似つかわしくない――異常で、異質な言葉。
完璧に虚を突かれ、固まる他ない俺をしり目に、ノエル先生は流れるように先を続ける。
「おかしたい――汚したい、穢したい。志貴クンみたいな、純粋純情、無垢で無欠な男の子見てるとさぁ……もう、ぐっちゃぐちゃにしたくなる。物理的にも、精神的にも。
ヘドロと生ごみと汚物の詰まった樽に突っ込んで、一緒くたに攪拌して原型留めなくして翌朝、身内に運よく発見されたけど、『え、なにこの汚いの』って一言と、その人の手で焼却炉にポーイ的な感じ?」
さっきまで。ほんの、ついさっきまで、普通の会話を交わしていたはずの彼女が、その時と全く変わらない口調で言う。
あたかも、今日の天気について話しているような気楽さで、誰しもが顔を背けるような猟奇的な発言を繰り出し続ける。
「あーでも他の人の手で捨てさせちゃうのは勿体ないかぁ。最後まで私が責任持つべき? 公園の看板にだって、出したゴミは自分で持ち帰りなさいって書いてあるしね。
じゃあ仕方ないから、もしそうなったら、私がちゃんと箱に詰めてから、志貴クンのお家の玄関に置いてきてあげる。
大丈夫、私こう見えて細かい作業も得意な方だから。上手に折りたためば、死後一週間くらい経ってても、しっかり判別してもらえるよ。
さすがに無縁仏行きは良心が痛むしね」
「ノエル先生……? な、なに言って」
たったそれだけの反応を挟むのに、肺にある息を全て使い切った。
目がクラクラする。体の重心をうまく取れない。
俺がたたらを踏んで後じさりすれば、ノエル先生は一拍も空けずにその間を詰める。互いの距離は変わってくれない。
背中に固い感触が当たる。コンクリートの塀だった。ぐるりと囲われて、逃げ出すことさえままならない。
そうだ、ここは校舎裏の自転車置き場、俺とノエル先生以外には誰もいない。
助けを求める相手も、当然いない。
「何って……。志貴クン、おっかしいの。君が聞いたんじゃない。
私にとって、君は何なのかって」
「でもそれじゃまるで――」
「敵、みたい?」
終始、軽快な口調とは裏腹に、ノエル先生の表情はいつしか、のっぺりとした能面となっていた。
見開かれた二つの眼球は、俺を凝視しているようで、していない。だって焦点が合っていいない。
彼女はここにいない何かを、睨んでいるようだった。
「ううん、違うの。志貴クンを敵だなんて思ってないよ。むしろその逆。
君はあくまで何の力も無い一般人……のはずなのに、地下墓所では実際、助けられちゃったわけだし?
私だって、君があの時、吸血鬼に飛び掛かってなかったら、もっと酷い事になってた自覚くらいあるわよ。言うなれば、命の恩人かしら」
「じゃあ、いっそう、なんで――」
「でもそれとこれとは別」
途端、吐き捨てるように彼女は言った。
「さっき自分で言った言葉、憶えてる?
一般人のくせに、どうして私たちに関わるような真似をしたのか聞いたら、
『自分の街を守りたいから』――そう言ったわよね? そういうとこ。
そういうのを、臆面も無く、恥ずかしげも無く言えるところに、ほんっきで心底――」
捲し立てながら、さらに距離を詰めてくる。もうほとんど至近と言っていい。互いの呼吸のリズムが、はっきり見て取れるほど。
「そそられるの。今すぐぶち壊してあげないと、気が済まない」
「っ――!」
反射的だった。
熱湯に触れた指が、勝手に跳ね上がるように。
俺の腕は、ごく自然にズボンのポケットに伸び、そこに収まるナイフの柄を掴んだ。
もう、ほんの一滴でも力を籠めれば、鋭利な切っ先が露わになる寸前で、俺は押し留まる。
意思の力で、生態的な反射を止めた。
「そこまでです」
唐突に、ノエル先生の後方――校舎側の方から声があった。
凛とした、少女の制止が響きわたる。
「ひょえっ!」
すると弾かれたように、ノエル先生は俺から飛び退った。
すぐさま後ろを振り返り、いったい誰が――その正体におおかた予想はついているようだったけれども――おっかない叱責を飛ばしてきたのかを、恐る恐るに確かめる。
「全く……いくら待てども志貴クンが茶道室に来ないから、どこで油を売っているのかと思いきや……。
ノエル先生、あなたはいったい何をしているのです? こんなところに志貴クンを連れ込んで」
「いえ、あーこれはその……ちょっとね。
ほら、色々と彼にも説明しなきゃいけないことがあるじゃない? 先生、その役を買って出てあげてたわけよ。間違っても、教師と生徒のいけない密会とかそういう系じゃないから!」
見るからにしどろもどろになるノエル先生。
手をばたばたと忙しなく振りながら、あーでもこーでもと言い訳を始める。
そんな彼女の様子は、いつもの――俺の良く見知った、ノエル先生その人だった。
「はあ。事情は分かりました。しかし遠野君も遠野君です。待ち合わせに来られないなら、せめてメッセージの一つでも送ってもらえませんか。お陰で私は待ちぼうけです。
二杯並んだお茶を、自分一人で飲む虚しさ、想像していただけます?」
「す、すみません……」
でもそれは一方的に『放課後、茶道室に来るように』と言い渡してきた先輩にも原因の一端があるんじゃ……なんて、とても言えない。火に油を注いでどうする。
「ともかく、愉快なご歓談はここまでです。
ノエル先生? 一連の説明は私から遠野君にしておきますから、あなたは早急に校舎へ戻るように。教頭先生が、今日の授業報告がまだ為されていないと、おかんむりでしたよ」
「えー。あのセクハラ陰湿ネチネチオヤジのとこに? シエルさん、そこは適当にごまかしといてよ」
「なぜ私があなたの業務の尻ぬぐいをしなければならないのですか。いくら潜入用の仮の身分とはいえ、サボタージュもほどほどにしてください。
怪しまれたら、動きづらくなるのはあなたも分かっているでしょう」
「はいはーい」
渋々といった姿勢を隠そうともせず、ノエル先生は校舎の方へと足先を向けた。
自転車置き場を出る――その中途で、首だけ振り向けて、短く一言、
「じゃね、志貴クン」
たったそれだけの挨拶を残して、彼女の姿は見えなくなった。
「やれやれ……。いかに個人に裁量が委ねられているといえども、彼女の奔放さは些か問題ですね。そろそろ、出るとこ出るべきでしょうか」
「先輩も苦労されてるんですね」
俺も思わずそんな相槌を打ってしまう。それにシエル先輩はこれ幸いと、「ほんとですよう」と乗ってきた。
「行く先々で、トラブルばかり起こすんです。
家政婦として潜り込めば、高価な花瓶を割るし。役人だと個人情報の詰まったUSBメモリを電車に忘れ、看護婦なら、処方する薬剤を間違える。
泣きついてきた彼女を助けるべく、いったい何度、方々を駆け巡って暗示を使ったか知れません」
ため息交じりに愚痴るシエル先輩。……というか、最後のは割とシャレになってないような。最悪、死人が出る。
「ですから、先生というのは今までに比べれば安心安全な方……と、高を括っていたのが間違いでした。まさか、遠野君にちょっかいを出すようになるとは」
そう言うと、先輩は心配げに俺を見やった。
「大丈夫ですか。先ほどは、何やら剣呑な空気でしたが……」
「い、いえ、別に。ノエル先生とは何も無かったです」
とっさに、そんな否定が口をついた。
先輩の並べ立てた、ノエル先生の失敗談。それらと比べれば、俺に対する悪罵、悪態の数々は、そこまでの過失に思えなかったからだ。
まぁ、ちょっとびっくりしたというか、傷ついたというか、青少年のガラスなハートを粉々にブレイクしてくれた感は否めないにせよ……被害者はあくまで俺だけだ。
ことさらに騒ぎ立てて、既に窓際なノエル先生の立ち位置を、今度は崖際に追いやる必要も無いだろう。
「そうですか。遠野君がそう言うなら、不問にします」
「あ、でも一つだけ」
しかし、何事も無かったかのように済ませるには……。あの言動は、やはり異常過ぎた。
どうしても我慢できず、シエル先輩に訊く。
「ノエル先生って、どこの街の出身なんですか? たぶんですけど、ヨーロッパ……? とかその辺ですよね?」
「……遠野君」
ぴしり、と空気が張り詰める音が、本当に聞こえた。
朗らかだったはずのシエル先輩の表情が、コンマ一秒にして切り替わる。
「どうして、そんなことを確認したいんです?」
藪蛇だった、と遅まきながら察する。
バカみたいな好奇心で、地雷原へと軽快なステップで突っ込んだ。
だが幸いにも、まだ引き返せる範囲だ。
足を慎重に、そうっと……死地の最中から退けるように、話題から撤退を試みる。
「い、いや単にその、気になっただけで。ノエル先生、日本語が達者だからさ。ほんと何でもないです」
「そう、ですか」
しかし、なおもシエル先輩の声色は硬いまま。彼女はゆっくりと脚を動かし、俺に背を向ける。
そのまま、背中越しに続けた。
「茶道室に戻って、仕切り直しましょうか。下校時刻までまだ時間はありますから」
身じろぎ一つしない、一本の矢のような佇まいは、言外に『二度とその話を口にするな』と語っているようだった。