月姫R ノエル先生ルート分岐妄想   作:激辛党

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11……夢に話しかける

 閉じたままの瞳から、涙がひとしずく零れ落ちた。目元から頬を伝って、濡れ跡のラインを描いた。

 

 涙は後から後から、溢れ出た。寝ている枕元に溜まって、やがてごく小規模なプールができた。

 

「Pourquoi? Pourquoi…….Arrête ça」

 

 ノエル先生は何度もうわごとを繰り返した。誰に向けているのかは、全く分からない。

そもそも日本語ではなく、英語ですらないようなので、言葉の意味自体、不勉強な俺には読み取れなかった。

 

朝食を終えた後、俺はベッドの上には戻らず、本来の持ち主であるノエル先生にそこを譲った。

 うっかり忘れそうだったが、昨夜からの一連の出来事で、彼女も相当な疲労が溜まっているようだったから。

 

 特にノエル先生の場合、地下洞穴や、研究所でも妙に寝台に拘束されがちだった俺と違って、ほぼ徹夜で動いていた。

 逃げ隠れしている間は、アドレナリンの効果でまだ頑張れていたものの、やはり自分の家に辿り着くと、緊張の糸がぷっつりいってしまったらしい。

 

「待ってて……食器洗ったら、君の着替え、買ってくるから。いつまでもその学生服じゃ、まずいでしょ……」

 

 とか、何とか言いながら酒も入っていないのに千鳥足で立ち上がるものだから、見るに見かねた。

 腕力で無理やりベッドに押し倒し、毛布を被せたところ、物の数秒ですやすや寝入り、今に至るという次第である。

 

「まったく……どんな夢を見てるんですか? 先生」

 

 しくしく、なんて擬音は現実にはしないけれど、ノエル先生はそう例えたくなるほど、悲し気だった。淡々と、無抵抗に泣いていた。

 

「Pourquoi…….」

 

 加えて、この謎言語である。しょせんは寝言のくせに、流暢な喋り方からして、おそらくノエル先生の母国語なのだろう。

携帯端末のアプリを使えば翻訳できるかと思い、彼女の口元へマイクを近づけてみたが、どうも上手く認識されなかった。

文章が短すぎる、あるいは音声が小さすぎるためだろうか? あまり使う機会に恵まれないので、原因不明だ。

 

 仕方なく翻訳は諦め、寝顔を観察する方に集中する。

 

 ノエル先生は悲嘆にくれていたものの、そこに苦痛や恐怖の色は見当たらなかった。

化け物に襲われる、よくある悪夢とは訳が違うらしい。

あくまでただ純粋に、悲しく、つらい映像が再生されているのだろう。

 

 となると夢の内容は、おそらく過去、実際にあった出来事だ。

自分の見ているものが、自分にとって『悲しい』ものだ、と理解できるのは、既にそれを体験しているからに他ならない。

 

 数日前、自転車置き場でノエル先生と交わした会話を思い出す。

 街、という単語を持ち出した途端、彼女は態度を豹変させた。

 

 その後、シエル先輩に似た話を持ち出した際も、やはり似たような反応があった。先輩はわりあい長い間、ノエル先生と仕事を共にしていたようだから、互いのことには詳しいと見ていい。

 まず間違いなく、ノエル先生はかつて住んでいた『街』で、何か厭な経験をしたのだ。

 

 そんなのは大概の人に当てはまることに思えるが、どうしても俺には引っ掛かった。

確かに、自分の生まれ育った街での経験は、その後の人生に多大な影響を及ぼすだろう。しかし夢に見返しては涙を流すほどとなると、より重篤なものを想起させる。

……トラウマと呼んだ方が近いか?

 

「街……まち、ね。生まれ育った、故郷の街」

 

 シエル先輩の話によると、代行者は非常に過酷な仕事で五、六年続けられれば良いほうだという。

 しかも大抵の場合、この『辞めざるを得ない』理由は感染か死。つまり殉職だ。

それでは本人はもちろん、家族だって辛いのでは、と返したら、素っ気無く言われた。

 

『代行者に親兄弟なんて、まず残っていませんよ』、と。

 

 これらの情報群から、あえて一つの経緯を導くとすれば、以下の通りだ。

 ノエル先生の故郷は過去、なにか大きな災害に襲われた。それは非常に悲惨なもので、彼女自身、その際に親兄弟をみんな失った。

 このことは今の彼女にとっても、重たいトラウマとなっていて、ときおり夢に見返してはひとり涙してしまう……と。

 

 この推理――というより、邪推が当たっているとは、自分でもあまり思えない。推測に推量を重ねた、どこまでいっても憶測だけの独りよがりな妄想だ。

 

 では、全くの見当違いなのかと訊かれれば、俺は首を振りたい。

無論、根拠はない。……強いて言うなら、彼女の悲しそうな顔がそれだ。

 好きな人のことくらい、顔を見ただけで分かった……つもりになってもいいんじゃないか?

 

「先生……」

 

 また頬に垂れた雫を、無駄と知りつつ指で拭う。彼女はまだ泣き止まない。起きるまでずっとこのままなんじゃないかとも思う。捻りの壊れた蛇口か、あなたは。

 

 なにか、言葉を返さねばならない。ふと、そう考えた。

 彼女が発するうわごとは、語尾が上がり口調だったから、疑問形なのではないだろうか。

 

 きっと、先生は答えを求めている。

 何度も何度も同じ問いを発している。けれど、夢の中では誰もそれには答えてくれない。だから、問い続けるしかない。壊れたラジオのように。

 

 なら、その正しい答えはなんなのだろうか?

 

「……難しいな」

 思わずボヤいた。そんなの分かるわけがない。そも、問いの内容自体が理解できていないのだから、答えられるはずもない。

 

 よしんば分かったところで、おそらく彼女の母国語に直さねば、夢の中には届かない。

 過去、先生がいた故郷では、極東の言語なんて決して耳にはしなかっただろうから。

 

 ノエル先生の寝顔を見つめながら、俺はさらに数十分ほど、答えを探して頭をひねった。

 白いカーテンの隙間から差していた日差しは、徐々に角度を曲げていき、偶然にも先生の目元に当たった。

 

「Pourquoi…….Arrête ça」

 

 先生はぐずるようにして、少し大きな声を出した。相変わらず内容は理解不能だったが、聞き取れた響きに、ふと脳裏に蘇るものがあった。

 

 

 あれは……そう。アルクェイドと深夜の吸血鬼退治に励んでいた時のことだ。

 

―――――――――――

 

 俺は眼を使って、必死に吸血鬼たちを探していたのだが、その日に限って、どうにもアルクェイドはやる気が無かった。

 

 夜の繁華街を行けば、あっちへこっちへと移り気に視線を変える。

 かと思いきや、古めかしいレンタルビデオ店の前で、いきなり脚を止めた。

 

「ねぇねぇ志貴! これ見て、これ」

 

 なんだ一体、こっちは忙しいのに。そんな小学生が親を呼びとめるようにして――とは口には出さず、俺は彼女が指さしたものを見分した。

 

 おそらく宣伝用だろう。店頭前に、モニターが一台設置してあった。そいつが一昔前の映画を延々と再生していた。

今のご時世、端末で簡単に映画どころか、アニメもドラマも見られるというのに、全く無駄な経営努力だと呆れた記憶がある。

 

 だが、数十年の眠りより目覚めた白き真祖のお姫様は、それがいたくお気に召したらしい。

たった21インチのモニターにかじりつくようにして、流される映像に夢中になっている。

 

「ちょうどクライマックスみたい。ほら、志貴見てみてよ」

 

 あまりにも無邪気にせがむものだから、俺も興味を惹かれた。

 画面内では、二人の若い男女が手に手を取って、高い塔と思しき建築物の中を走り回っている。どうやら、追手から逃げているようだ。

 それがゾンビの大群なのか、世界一腕の立つ殺し屋なのかまでは定かじゃないが、とにかく二人は必死の形相だった。

 

 筋書通りに、袋小路に追い込まれてしまった二人は、窓から塔の外周部へと踏み出す。

そこは手すりなど当然ない、断崖絶壁の有様で、遥か下に霞む地上が、これ見よがしのカメラワークでわざわざ映される。

 落ちたら死にますよ、とこれ以上無いくらいに監督も演出家も主張してきている。

 

 すると案の定、女の方は脚が竦んでそれ以上進めなくなってしまう。だが無情にも、後ろからは迫りくる追手の足音が! ――いやだからその追手は何かを映してくれよ、気になるだろ。

 

「うわぁ……どうなるんだろ! てかこの女、情けなすぎるでしょ。そんくらい彼氏担いで一っ飛びしなさいよ」

 

 めちゃくちゃな注文をつけながらも、興奮しっぱなしのアルクェイド。よほど娯楽に飽いていたのか。こんなありきたりで、つまらないB級映画でこうも盛り上がれるのは、世界広しといえども、彼女くらいだろう。

 

 主役の男は、怯える恋人の手を握り締めた。そして耳元に口を近づけ、囁くように言う。

 

『Nous serons ensemble quand nous mourrons』

 

「なんて?」

 

 思わず、俺はずっこけそうになった。これ、吹き替えじゃないのか……。しかも、画面の下に字幕すら表示されていない。今のが最大の目玉だったようなのに、こちとら何が言いたいやらさっぱりだ。

 

 しかしアルクェイドは感極まったように、画面を見て固まっていた。

 

「うわぁ……そういうこと言っちゃう?」

 よほど心に響き渡ったらしい。目をキラキラとさせながら、映画の行く末を見守っていた。

 

 結局、その夜は彼女が満足するまで、レンタルビデオ店の前から離れられなかった。吸血鬼退治が全くはかどらなかったのは、言うまでもない。

 

 さらに悪いのは、俺にはてんで意味不明なその男優のセリフを、無理やり覚えさせられたことだった。

 アルクェイドが、他でもない俺の口から、それを聞きたいと言って譲らないのだ。

 

「いいじゃない、減るものじゃないんだし。発音が分からないなら、私が教えてあげるから」

 

 その一点張りで、俺が「はいそうします」と答えるまで一歩も引かなかった。

 

結局、俺は該当のセリフをアルクェイドの口から、タコができるほど聞かされる羽目になった。その甲斐あってか、ほとんど完璧に喋れるようになる。

 

だが……うまく発音できるよう、アルクェイドと二人で一緒にずっと練習したせいだろう。

肝心の本番を披露すると、彼女は首を傾げて、極めて微妙な顔をした。

 

「うーん……。聞かされすぎて、あと言い過ぎて。全然なんにも感じないや」

 

 要するに、徒労だった。

 

―――――――――――

 

 とはいえ残ったものはあって、あれから日数が浅いことも手伝い、俺はまだセリフを覚えている。

 

 俺の前には、目を閉じて悪夢にうなされているノエル先生が横たわっている。

 これを今、使わずして、いつ活用しようというのか。

それに、あくまでなんとなくの直感だが、両者は同じ言語であるような気がするのだ。

 

 満を持して、俺はノエル先生の耳に顔をそっと寄せた。覚えたての巻き舌を駆使して、あのセリフを再現する。

 

「Nous serons ensemble quand nous mourrons」

 

 効果はただちに現れた。




Google翻訳にでも突っ込めば、謎言語の意味はすぐに分かるのですが、あえて調べないでおいた方が、よりこの先の展開を楽しめると思われます。
あくまで個人の感想です。
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