月姫R ノエル先生ルート分岐妄想   作:激辛党

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注)死徒ノエル視点


最終戦……勝てない相手に挑まない

 きた。挑発に乗って、やってきた。月の真祖が、あらゆるを上回り、全てを嘲る、上位存在。人の身はおろか、死徒でさえも叶うはずのない、霊長を統べる星の摂理が。

 

 わたしを殺しに、飛んできた。

 

「――ッ!」

 

 十分だ。十分、凌ぎ切る。

今、決めた。それだけあればきっと足りる。そこまでは何とかして、頑張ろう。

 

 神速の突進はもはや躱すに能わない。棘槍の束を前方に召喚、盾として置く。

 

「下らない!」 たちどころに粉々に。ものの数秒も絶えてくれない。バラとなって儚く舞い散る幻想、それこそが狙い。

 視界を埋め尽くすほどに膨らむ、艶花の乱舞。目くらましの障壁となって、一時的にでも真祖の攻勢を阻む。その隙に。

 

 疑似原理、二次投入(セカンドブラッド・インジェクション)。二階梯から三階梯に。

 魂が絶叫を上げる。自意識が散り散りになって、白く果てそうになる。

 

 棘槍を再出現、右手に握りこむ。力の限り握り締める。この程度でへばってどうする。まだ序の口じゃない。

 

「うざったい!」 暴風が吹き荒れる。腕力にものを言わせ、真祖が花びらの嵐をかき消した。

 しかし、その先に標的の姿は既に無い。わたしは上だ。もう跳んでた。

 

 棘槍を投擲、左右で合計六発。当然、全て鉄甲作用つき。岩をも砕く威力の槍が、四方八方から殺到する。

 

 ――あまり知られていないことだが。

六発なんなく弾き切った真祖は直ちに跳躍。それに伴い、反撃の真空弾が多数飛来する。

 

――鉄甲作用はあくまで投擲技術であり、黒鍵以外にも応用できる。

迎撃用に浮かべていた槍が反応、寸前で全て撃ち落とす。

 

 夜空に咲き誇る、バラの花火。

 魔力によって生成されるわたしの棘槍は、損壊時に残存魔力を簡易的な幻影として出力する。

 攻めるにはともかく、防衛戦には持ってこいの機能だ。

 

 疑似原理、三次投入(サードブラッド・インジェクション)。三階梯から四階梯に。

 

 激痛、混濁、点滅……気にならない。目に見えて増した、存在規模(ライフスケール)の方がずっと重要。すごい、まだ伸びる。これならもう少し誤魔化しがきく。

 

 宙で前転して着地、まだ真祖は上。滞空時間が物理法則を無視している。ジェット飛行でもしているのか? いずれにしたって、いい的だ。

 

 オールレンジから棘槍を射出する。真祖を取り囲むよう、球状に並べた様は、さながらハリセンボン。そのままぎゅうっと右手を握り締めれば、わたしの意に従い、無防備な彼女に針の山が殺到する。

 

「バカにして!」 通用しない。一本たりとも刺さることはなく、目標の真祖は無欠の身体で地面に着陸する。その挙動はやはり、自然な重力落下には到底見えない。背中にジェットエンジンでも積んでいるのかしら?

 

 複数の棘槍を鎖で束ねて、大きさを稼ぐ。威力と命中率の向上に励む。

近距離にだけは持ち込ませるな。間合いを離すことに全てを賭けろ。

 

 さながら砲弾と化した槍束を三発、一気呵成に射出する。右方、左方、そして正面。できれば上方も覆いたかったが、魔力はともかく時間的猶予が足らない。

 

「どっせい!」 向かい来る砲弾を、真祖はあろうことか避けようともせず、むしろ突っ込む。振りかぶった拳の一撃で、渾身の力作は何の甲斐もなく花びらと果てた。

 続く二発、三発も同様。何らダメージを与えることはなく、真祖の迫る勢いを留めることもない。

 

「あなた、遠距離向けじゃないわよ! 火力低すぎ!」

 

 ご忠告はとてもありがたい。戦闘には全く不要な発言に意識を裂いてくれるなら、それだけでこちらは万々歳だ。

 

 疑似原理、四次投入(フォースブラッド・インジェクション)。四階梯から五階梯に。

 

 地面を蹴って、後方へジャンプ。一回転半の捻りを加えたとんぼ返り、その遠心力を乗せて、もう一度諦め悪く棘槍を放つ。

 

 爆発的に加速した真祖は、それを真正面から突き破り、わたしへと飛び掛かってきた。彼女も宙で一回転して、飛び蹴りの体勢に。脚を突き出した状態で、いかにしてか更に落下速度を上げてくる。

 

「燃えろ!」 今、真祖が何の警戒もなく身体ごと当たった棘槍が、花の代わりに炎を吐いた。これも火葬式典の応用。槍の内に十分に余っていた魔力全てが、可燃性の液体のように即座に炎上する。

 

 その熱波が効いたかどうかはともかく、真祖の勢いはがくんと緩まった。雷のようだった飛び蹴りも、どうにか視認できる速度へと落ち着く。右へステップ、ぎりぎりで躱した。

 

「変ね」

 

 ひらひら舞いながら着地した真祖は、あまりにも遅い疑念を口にした。

 

「あなた、さっきから何してるの? 存在規模(ライフスケール)が全然安定してない。……気色悪い」

 

「答える義理、無いって言ったでしょ。ほら、ぼうっと立ってる場合?」

 

 無警戒だった彼女の上空より、鎖で互いに繋がれた棘槍たちが降り注ぐ。

それらはあえて、真祖を直には狙わない。それを中心点として円を描くようにして、地面を穿つ。

 

 結果、首尾よくわたしは真祖を鎖の作る円陣の中に閉じ込めた。高さにしては、1mもない貧相な塀だけれど、囲った意味はちゃんとある。

 

「こんなもの!」 もはや拍手したいくらいに、真祖は直情突撃一辺倒だ。

――あいつ、あまりにも自身の能力が高すぎるせいで、戦闘における駆け引きだとか、相手の分析だとか、一度もしたことが無いんじゃないか?

 

 バカ正直に鎖を飛び越えようとした途端、それに反応して棘槍たちが爆音を発した。鎖を伝って、それぞれの槍が共鳴し合い、三半規管を揺さぶる音波攻撃を仕掛ける。

 

「ぐっ!」 せっかく速く跳んだ真祖は、土煙を立てて地を滑った。その両手は耳を強く押さえている。

 人間をまねて、鼓膜なんて器官を作ったツケだ。本来、存在しなくてもいい弱点が備わってしまっている。

 

 その隙を見逃すはずもなく、円状に刺さっていた棘槍を一斉操作し、差し向けた。

今度こそ当たった――と確信したが、とかく現実は非情である。

棘は一本たりとも肉に刺さることはなく、空へ弾かれて消えた。

 

「やりづらい……」

 

 こっちの気苦労を知ってか知らずか、真祖は呟いた。

 

「もしかしてこれ、そういうタイプの対抗策? 私の矮小化(ダウンスケール)を狙った?」

 

「さぁね!」

 

 対話はまともに試みず、力を振り絞って棘槍の嵐を招来する。音波に一定の効果が見込めるのは朗報だった。火力は足らずとも、足止めはそれなりに続行できそうだ。

 

 

 ――あえて、疑似原理(イデアモザイク)を一斉投入しなかったのは、真祖が推理したまさにその通りである。前もって存在規模を最大級まで強めておくことは確かにできた。自分の戦力の正確な把握という観点では、あらかじめそうしておく方が、間違いなく正しい。

 

 だが、星の内海より出でし真祖を相手取るならば、話は大いに変わってくる。

 代行者としては全く不真面目だったわたしでも、彼らの在り方は十全に学んでいる。

 

 星からのバックアップを受けて、実質無限の魔力を保有する彼らだが、かといって無制限にそれを引き出せるわけではない。

 もしそれが可能であれば、一人の真祖が暴走した際、それがこの星のエネルギーを全て吸い上げてしまう危険性がある。

 

 よって、ある種のリミッターが彼らには生来的に備わっている。

敵対相手の存在規模に応じて、引き出せる魔力が一時的に制限される。その上限値は、敵対者を一ランク上回る程度だ。

 

 これを素直に読み取るならば、地球上にある通常の生物は、基本的に真祖には決して勝てない。

 どのような修行をこなそうとも、いかなる武装を手にしようとも、絶対にその規模はこの星そのものを超えることはできない。

 しかるに、星のバックアップより、常に一段上の戦力を持ち得る真祖は、およそ全ての存在に対して無敵であるというわけだ。

 

 だが『基本的に』と付け足したように、この理屈にはいくつか抜け道がある。

 

 一つに、査定対象があくまで存在規模でしかないこと。所有魔力量に代表されるこの指標は、より一般的な事象で例えるなら、物体の重量がどれだけあるか、といった程度でしかない。

 要は極めて単純で、抽象化された、戦力推定に過ぎないということだ。

 

 毒物、精神性、達人の持ち得る技巧など、規模の大きさだけでは推し量れないような、武装、武芸に対しては、あまり効果的でない。

 

 どんな事物でも必ず殺せる線が見える、出鱈目な魔眼を持った少年などは、そのいい例だ。彼自身の規模は、普通の人間と全く変わらないゆえ、仮に敵対しても真祖は自身の力を、さほど上げることはできない。

 

 少年相手に、竜種すら屠るような破壊光線を繰り出すことは不可能である。せいぜい、真空弾や竜巻を差し向けるのがやっとだろう。(まぁそれでも十分殺せるだろうが。)

 

 そして二つ目の例外。これが今、わたしのやっていること。

 

 

 疑似原理、五次投入(フィフスブラッド・インジェクション)。五階梯から六階梯に。

 

 血管を流れた偽りの原理が、かりそめとはいえ身体に桁外れの魔力をもたらす。

 今のわたしは、戦闘が始まる前のわたしとは比べ物にならない存在だ。数値で比較するなら、百倍ですらきくまい。

 

「そこまでするんだ」

 

 真祖はわざとらしく、やれやれと首を振った。

 

「まともな死に方しないわよ、それ。良くて身体の崩壊、下手したら無辺の塵になって、永遠にこの世を漂う羽目になる。

 きっとすごく辛いんじゃない? 私だって、人間の一人もいない星で生きていくなんて嫌だもの」

 

「じゃあ死んでよ」

 

 あまりにもイラっときたので、無駄と分かって言い返してしまった。

 

「アンタが死ぬか、どっかに消えてくれるなら、わたしだって、こんなことしなくて済んだのよ。

 だいたい何? あいつを自分のものにするって。ふざけてんの?

 アンタはとっくにもう全部持ってるでしょうが! そのうえなんで、あの子まで奪おうとするの! 返して、返しなさいよ……! わたしの……!」

 

 怒りに任せて、棘槍を宙より引き抜く。世界に満ちるオドより魔力を引き出し、自前の武器とする。驚いた、今のわたし、こんなことまでできるんだ。

今までは、自分のちっぽけなタンクに溜まった分しか使えなかったのに。

 

「お気の毒だけど、全くそんな気、起きないわ。

 あなたみたいな、明日とも知れない死徒の成り損ないに、志貴を渡せるはずがないでしょ。ていうか、そもそもあなた、ロアに対処できるの? あっちももう、数時間ともたないと思うけど」

 

「その時は……ねぇ、その時よ」

 

 ぺろり、とその槍の先端を舐めながら、隅っこの方に佇む、渦中の彼を仰ぎ見る。

 以前のように、無駄な正義感を発揮して、戦闘に割って入ってこないのは経験の賜物と評すべきか。

 さすがのわたしも、この急場で横やりを入れられたら、うっかり手が滑りかねない。そうでなくても、今すぐ無茶苦茶にしたいのに。

 

「方法ならいくらでもあるわ。あえて放置ってのも手の一つではある。

ま、ともかくアンタに心配されるいわれは無いってこと。……そろそろ休憩は済んだ? わたし的には、目障りな雌豚にはとっととご退場願いたいのだけど!」

 

棘槍の一斉射。数にして五十。同時に出せる限界の数値。隙間なく空間一杯に敷き詰めた。

跳躍、ターン、宙に浮いて停止。相変わらずの物理法則無視。あえなく躱され、無為に飛び去る棘槍の群れ。

――軌道を曲げて、折り返させた。一度通り過ぎた獲物の背を再度照準し、追尾する。

 

「また変わってる……!」

 

 口にボヤいた真祖が、今度は躱すのでなく撃ち落しにかかる。真空弾の乱射、向かい来る槍の群れを雑多に弾いて回る。

 

 そのたびに溢れ出る花びら、火炎、星空を彩る赤とピンクの二色。――たまらず、真祖は後方に飛び退った。

 地に膝着いた彼女の姿には、期待に反して出血は無い。それでも下がってくれたのは、こちらの攻撃に脅威を感じたからなのか。

 

「面倒。遊びは終わりよ」

 

 ギアが一段、上がったのが見て取れた。ブルーの輝きがその足元に生まれる。なにあれ、聞いてない。思わず最後の一本に手が伸びかけるも、押し留まる。ダメだ、六次投入(オーバードーズ)はいよいよ本当に、どうしようもなくなった時だけだ。

 

 音は無かった。きらり、と青い星が瞬いた。それだけ。

そしたらもう、目の前にいる。赤い瞳が哀れな獲物を睥睨している。

 

盾、花びら。鍔迫り合いは成立しない。打ち合った端から、槍は折れて消えてすぐに無くなる。三回目、これが限界。振りかぶられた爪に対処する術はもう残ってなかった。

 

視界が回る。身体が軽い。羽がやっと生えた? うれしい、ちょっと欲しかった。

 すぐに落ちる、叩きつけられる。なんだかまだ重力がちゃんと戻ってこない。おかしいな、と思ったけど、そうでもなかった。

 ――なるほど、右腕とその付け根がごっそり剝ぎ取られたら、そりゃ軽いわね。

 

「ぎっ……ぐ! はぁ……っ!」

 

 ダメだ、止まっちゃ終わりだ。立ち上がる。

また青い流星。コバルトの煌めき。閃光として認識される移動。回避とか、防御とかそういう反応がわたしに生まれた時点で、既に相手が行為を終えている。

 

 痛みはまだやってこない。初めに視界が青くなってから、たぶんまだ実時間で一秒も経ってない。嘘でしょ。こんなことってある? ダウンスケールはどうなったの? あれだけ自信をもって講じた策なのに、全然効いてないじゃない。

 

 飛ばされて、跳ねて、着く前にまた次が当たる。降りられない。次々と切り刻まれる、手と足と腹、その他もろもろ。

 

 暴威の嵐が、不意に途切れる。周囲は真っ赤。

 火、熱い、なんで――? よく見てみたら、わたしが出してた。飛び散ったわたしの血液が、火葬式典により着火されてた。

それが草むらに燃え移り、辺りはいつの間に轟々とした炎に包まれている。宵闇のカーテンは消え去り、代わりに真昼のような明かりが満ちた。

 

「見直した」

 

 とりわけ、真祖は酷かった。火災のちょうど中心部に彼女は位置している。着ていた服はもちろんのこと、その美しい髪も皮膚も、貪欲な炎の舌に捕らわれていた。

 

「特攻戦術もここまでくると天晴ね。まさか自分を火薬庫と化してるなんて。かたくなに遠距離戦闘にこだわってたのも、一種の罠だったと」

 

 なんだか盛大に勘違いしてくれているので、訂正しないでおく。もう好きに評価してくれいい。こっちは痛くて熱くてそれどころじゃない。

 

 脚……は、もうどっちも無かった。右腕もアウト。左腕がぎりぎり、皮一枚で繋がってる。吸血鬼の再生力のおかげか、これで何とか這いずることはできそうだった。実に良いニュースだ。

 

「志貴……クン」

 

 左手で、今まさに燃え盛っている雑草の根っこを掴み、前に進む。とにかく前へ。彼の元へ。

 

「志貴クン、志貴クン……!」

 

 声を張り上げる。血反吐を何度も代わりに吐いた。そのたびに言い直す。どうしたって彼に届けたい。

 

「志貴クン、早く逃げて……!」

 

 優しい子だから。

 

 たぶん、まだそこに残ってる。わたしの末路を見届けようとかして、そこにずっと立ってる。火事が目の前で起きてるのに。でも、絶対そうしてる。

 

 わたし/私はあなたのことを良く知っている。こういう時に、そういうバカなことをする子だと。

 

「逃げて! わたしはもういいから、もうわたしのことなんてどうだっていいから! 早く……!」

 

 よっぽど真祖はわたしを念入りに切り刻んでくれたのだろう。火の勢いは留まる事を知らず、この地を紅い牢獄へと変えようとしている。ここに至る道筋も林道だったから、そこまで延焼するのは間違いない。一刻も早く逃げ出さねば、命に係わる。

 

「志貴――」 「先生、もう忘れたんですか?」

 

 ほらやっぱり。彼がそこにいる。ゆっくりと腰を屈めて、もう助かりっこない私にその腕を差し伸べる。

 

「死ぬ時は一緒……ですよ」

 

 その彼を、炎の弾丸と化した真祖、アルクェイドが背後より貫いた。

 死徒の身体でさえ耐え切るに能わない、無慈悲な一撃。元より半病人だった彼は、枯れ木よりもあっけなくバラバラに飛び散った。

 

「あ……」

 

 頬に感じる、彼の血の感触。もったいない。こんなことなら、一滴くらい生きてる間に吸っておけば良かった。「――なんて、それはダメ。彼を勝手に吸血鬼になんてしてたら、それこそ成層圏までぶっ飛ばさないといけなくなるわ。それはさすがに手間でしょう」

 

 うんうんと勝手に頷き、私を見やる。

 

「でも、あなたは割と頑張ったから、個人的には褒めたいの。だから、しばらくそこで燃えてなさい。火葬って、本来は天に慈悲を請うためにやるそうじゃない? ぴったりでしょ」

 

「ふ」

 

 それは、その通りだ。燃え尽きて灰になる。これほどわたしにぴったりな末路は無い。

 

「ふは、ははは」

 

「なに?」

 

 ――でもね。

 

「あはははははは! ざまぁないわね! バカ女! 頭どころか、とうとう目ん玉まで腐っちゃった!?」

 

 原理血戒(イデアブラッド)十五番。最も美しく、最も醜悪と謳われし魔眼。

 

「ロズィーアンの薔薇の魔眼。

 さぁ、偉大なる真祖さま? わたしの瞳の中で、華麗に踊って見せて?」

 

 真祖が足を叩きつけ、そこで這いつくばっていたわたし――の幻影を踏みつぶす。

 花と咲いて消える死にかけだったはずの影。

 

「こっちよ」

 

 あえて教えてあげる。棘槍を杖代わりに、左手一本で身体を起こした。

 直後、真空弾が差し向けられるも、残念。そっちも幻影だ。

 

「有り得ない……私が魔眼に?」

 

 訝しがる真祖。それも当然だ。原理血戒とはいえども、しょせんはレプリカ。

たとえ何のレジストがなくとも、莫大な魔力を貯蔵する真祖相手では、ただそれだけで弾かれる。

 

ゆえに、わたしは真祖に魔眼など初めから掛けていない。わたしがそれを向けたのは――。

 

「このっ!」

 

 都合、五体目のわたしの影が貫かれる。炎はいよいよ燃え盛る。

 真祖の足取りには焦りが見える。炎熱によるダメージは薄いのだろうが、それも絶対ではないのだろう。

 

 七体目を消されたあたりで、ネタがバレた。真祖はまっすぐ、本物のわたしの方へと歩いてくる。

 

「やってくれたわね。まさか、世界の方に幻術を見せるなんて」

 

 騙される方がバカなのよ、と軽口を返そうとしたが、焼け焦げた喉の復活が間に合わず、無理だった。もう色々と限界だ。元々、血の一滴も吸ってないのに、原理血戒まで使用するなど、無茶に無茶を重ね過ぎている。

 

 ――真祖は星の触覚として、自身の五感に頼ることなく、空間探査をやってのける。だから彼ら相手にどこに逃げ隠れしようが無意味……なのだが。

 それを逆手にとって、世界側のデータを魔眼で弄った。

真祖そのものと違い、世界基板は魔術干渉を受けやすい。でなければ、魔術師が炎や氷を無から生み出せるはずがないのだから。

 

 とはいえ、こんな初歩も初歩の引っかけなんて、他の相手なら絶対に通用しない。なぜなら、自分の眼で見れば幻影であると一目瞭然だからだ。

 星からのバックアップだなんて、とんでもないインチキに頼り切っているこのバカ女にだけ、唯一通じる戦術だった。

 

「でもこれでやっとあなたの――」 こいつの、命運も尽きた。

 

 直後、煌々と燃え盛る空き地の中心に、一筋の光が射した。

言うまでも無く、アルクェイド・ブリュンスタッドその人の身体に向けて、である。

 

 本物のわたしを、自分の眼で見つけ、そのすぐ前まで歩いてくる。ここまでいくつかの策に掛かっているからだろう、慎重に、慎重を重ねての行動だった。

 

 ゆえに、狙いやすい。これ以上ないほど、良い的だった。偶然にも、炎でここだけ真昼間だ。

 加えて、おあつらえ向きにも奴は世界との接続まで、自ら切ってくれた。

 これだけやれば――あいつなら。代行者シエルなら、どれほど遠距離からだろうと、余裕で狙撃できる。

 

 彼方より超音速で飛来した一射。

 第七聖典で形作られし弓より放たれた死因が、過たず真祖のその身を貫いた。まき散らされる衝撃波。肉を穿ち、骨を砕き、それでもまだ着弾の爆風は収まらない。

 空を裂き地を割り炎を消し飛ばし、天まで届く余光を放つ。宵闇の空に、十字の墓標が刻まれた。

 

 木々や砂石の例に漏れず、ゴミのようにわたしも吹き飛ばされた。手足が残っていないのでは、身体を丸めることさえできやしない。

 

 何度も何度も、ゴム鞠のように地面を跳ねて、やっと止まった頃には、もう全て終わっていた。

 

 静寂の夜が戻っていた。あれだけ燃え広がっていた炎は、ちろちろと草の切れ端に宿るのみ。第七聖典が放った極光はそれこそ、まるきり嘘だったかのように欠片も残っていなかった。

 しかしクレーターとなった爆心地が、その凄まじさを痕跡として如実に語っている。深さにして、十メートルはあるだろう。埋め立てする役所の苦労がしのばれる。

 

 白き真祖の面影は、今やどこにも見当たらなかった。

 完全に油断していたところへの直撃。それに加えて、わたしによるダウンスケールも影響したかもしれない。真相は当人たちに聞かねば分からないが、とりあえず脅威は去ったとみていいだろう。

 

「はは……は」

 

 運よく、仰向けで体の回転は止まってくれていた。空を仰ぎ見れば、満天の星空と、白い月。出来過ぎだ。

 

「シエル……ありがとう」

 

 あいつと出会って初めて、心の底からお礼を言った。あいつがいなきゃ、絶対に真祖には勝てなかった。というか正確な表現を心がけるなら、勝ったのはシエルであって、わたしではない。

 あいつの正確無比な射撃、膨大な魔力量があったからこそ、あいつは真祖に打ち勝ったのだ。そこにあえて、わたしの活躍を加味する必要は無いだろう。

 

 わたしは勝ってない。そもそも、勝負の土台に乗ってさえいない。シエルが狙撃の準備を終えるまで、凌いだだけ。

 強くないわたしは、決して強者とは戦ってはならない。

 

 停留所から少し離れた場所で見つけた、今時珍しい公衆電話。一本電話を掛けてみたら、あいつは二つ返事で承諾してくれた。

「いいでしょう。あなたの提案を引き受けます。

元より、吸血鬼を殺すのが私たちの務めですので」

 

 頼もしいことこの上ない。本当に、最初からこうしておけば良かった。深く悩む必要などなかった。とてつもなく、単純明快で簡単な話だった。

 

 わたしがこの十余年にわたって抱き続けてきた、プライドとか恨みだとかいった、しょうもない感傷をポイっとゴミ箱に捨てられるか、どうか。――それだけ。

 

「あー……けほっ! ぇほっ!」

 

 まだ、息がある。生きている。そうだ、志貴クンを探さねばならない。彼に会って……会って、それからどうするのだったか。

 

 あれ? どうしたいんだっけ? 意外と言語化するのが難しい。

 

「志貴クン……」

 

 ま、深いことは実際に会ってから考えればいい。いちいちあれこれと思考を巡らせるのはもう止めだ。真祖とやりあって、それが身に染みた。結局、実践では理屈など何の役にも立ちはしない。

 

「どこ……どこよぅ……出てきて……お願い」

 

 彼はなかなか見つからない。うまいこと、彼から戦いの場が離れるように意識はしていた。

飛んだり跳ねたりと予想外の挙動が多かったけれど、その点はけっこう上手に運べたと思う。

 そのため、もうすぐ見つかる。見つからなければおかしい。

 

「どこ……どこ。ねぇ……志貴クン……」

 

 くそ、左手しかないのはさすがに効率が悪い。移動の幅が狭すぎる。

 当面の危機は去ったものの、全く皆無なわけではない。

……シエルだ。わたしの見立てでは、もう間もなくあいつが駆け付けてくる。

 わたしの姿を認めたならば、何の容赦も呵責もなく、抜身の第七聖典でこれを撃滅するだろう。

 

 そうなる前に。ほんの一瞬、だけでいいの。

 

「お願い、お願いよぅ……。顔を見せて。あなたの……」

 

 そうしてわたしは遂に見つける。

 お揃いのボロボロになった服で、塀に寄りかかって座る、彼の姿を。

 

「あっ」

 

 いつ、拾ったんだろう?

 

 見覚えのあるナイフが、深々とその心臓に刺さっていた。他ならぬ、彼自身の手によって。

 

「うそ」

 

 こんなのってない。……こんなのあんまりじゃない?

 

「うそ、うそだよ。ねぇ……お願い、返事して。お願い、謝るから。さっき言ったのあれ全部冗談だから! あいつの注意を惹きつけるための挑発だったから! わたし、ぜんっぜんあんなこと思ってなかった! 

 君はわたしの全てなの! 上とか下とか、そんなのない! 支配だとか責任とかそういうのじゃないの! 君がいてくれたら、無事ならそれで良かった。それが一番、嬉しくて、幸せで、気持ちいいことなの。

 ねぇお願い、笑って? もう一回だけでいい、わたしに……」

 

 何も届かない。死人は喋らない。

 

「どうして……」

 

 どうしてわたしは、いっつもこうなんだろう。手に入れたと思ったら、奪われる。取り返したと思ったら、また失う。

 

「さぁ、代価を払う時よ、お嬢ちゃん」

 

 背後で、女が言った。

 

「あなたが使った五本のお薬。分かってると思うけど、そう安いものじゃないの。そうねぇ……かるーく二百年くらいはタダ働きしてもらおうかしら?」

 

 何も答えないでいると、ぬっとその女はわたしの顔を覗き込んでくる。

 

「あらぁ、いい顔するじゃない。写メっていい? 好事家に売れそう」

 

「助けて」

 

「そりゃ助けるわよ。原理血戒の発動までいくとはまさか思わなかったし? 誇りなさい、あなた結構な掘り出し物だったわ」

 

「違う」

 

 彼の死骸――その胸に左手を当てて、こいねがう。

 

「わたしはどうなってもいい。お願いです。この子を助けてあげてください。……まだ、なんとかなるでしょう!? なんでもする! わたし本当になんだってするから……」

 

「そのなんでも、は真実なんでも、のヤツねぇ。顔見りゃ分かるわ。だからってホイホイお願いを聞くのはアタシのキャラに合わないのよねぇ。

 あろうことか志貴チャン、ロアごと自分の魂を殺しちゃってるのよ? これ治すっていったら、もう治療とか魔術とかそういう域、軽く飛び越してる。

 いくらアタシが万能博士でも、専門外も甚だしいわ。

 でもぉ……今回に限っては、アリかな?」

 

 蜘蛛女は腕を上げると、その指で焼野原のある地点を示した。クレーターの底……わたしが先ほど、何の痕跡も無いとした、あの穴底の、一番下。なるほど、そこには白い光が残ってた。

 

「あんなに良い素材があるのに、有効活用せずしてどうするのって話よ。移植手術代はサービスしといてあ・げ・る。

 ただしアドバイス料は別ね? さっきの懲役は二倍コースよ。拒否権とかないから、覚悟しておいて」

 

「……ふっ」

 自然と笑いが込み上げた。覚悟? 馬鹿馬鹿しい。今更四百年がなんだと言うんだ。その程度の代価で、彼が助かるなら安いにも程がある。

 

「そうかしら? そうなったらあなた、二度と彼の傍にはいられないわよ? それって、死ぬほど辛いことなんじゃない?」

 

「ぜーんぜん」 強がって/強がりではなく、そう答えた。

 

「本当に? 彼、生き返って人間社会に戻ったら、きっと恋人を作るわ。

 結婚して子供を産んで、家族と一緒に旅行なんか行ったりするわよ? 出先でばったり、幸せそうな彼ら彼女らと会ったらどうする? 

 ねーパパお土産買ってーとか、あなた今日のディナーはレストランにしましょう、とか言われてる志貴チャンがいるのよ?」

 

「まだ分からない?」

 

 そう訊き返すと、女は初めて、不快そうに眉をひそめた。わたしの言いたいことが、微塵も理解できないからだろう。少しだけ、勝った気になった。

 

「それはすっごく、わたしにとって幸せなことなの。きっと世界で一番」

 

 いいや、ホントは二番目だったかもしれない。まぁ、そこは誤差ってことで、ね?




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