月姫R ノエル先生ルート分岐妄想   作:激辛党

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本編とは全く関係のない、いわゆるExtraなエピソードです。

時系列とか、前後の脈絡とか、そういった細かいことはあまり深く考えないでください。

街に巣くう吸血鬼を滅ぼすべく、日本へ訪れたノエル先生と、その彼女の正体を偶然にも知ってしまった遠野志貴。やがて、彼女の仕事をなし崩しに手伝うようになり……といった流れです。

ヴローヴとの戦闘や、アルクェイドの約束といった致命的な要素はなんかこう、奇跡的なあれこれで全部うまいこと片付いた感じの、IF世界線だと思っていただければ……。

注)視点はノエル先生からです。


おまけエピソード①……お城からの招待状

 こんな話を聞かされた。

 

 極東にあるこの国では、昨今、教員の過重労働が社会問題となっている。

 

 時をさかのぼること、昭和四十年代、ちょうどこの頃に始まった全国一斉学力テストが、少年少女、そして教員たちを受験戦争という渦中に投げ込んだ。

 

 少しでも優秀な人材を採用したい企業。一方、少しでも年収の高い会社に就職したい学生と、させたいその親。

 

 二つの意思は縄を綯うように強固に結びつき、とめどない相互フィードバックの末に、学歴偏重主義という魔物を生み出した。

 

 人を無間の労働地獄にいざなう、これぞまさしく魔の産物であった。

 

 年々、頁の厚みを増していくばかりの学習指導要領。

 他者との競争を旨とする資本主義経済の中にあっては、教育も同じく複雑化、高度化を図らねばならない。

 一つしかないパイを手にする人間は、より優れた者であるべき、というある種の脅迫観念を社会全体が抱えているためだ。

 

 一人でも多く、優秀な人間を。

 一人でも多くの人間を、蹴散らせるように。

教師と親は、たゆまない努力と犠牲を我が子たちに払い続ける。――続けなければならない。

 

 加えて、近年、声高に叫ばれるようになった多様性という概念。

 ――グローバル化に合わせ、多種多様な社会通念、環境に適応できる人材を養っていく。

 錦の御旗に掲げられたお題目の元に、文科省はこれまた様々な無理難題を現職教員たちに投げ付けてくる。

 

「ただ机に座らせて、教科書を読ませるだけでは駄目だ。

スポーツ、文芸、ものづくり。あらゆる分野にまたがって、子供たちが自ら興味をもった事柄を、より柔軟に選択学習できるよう、学校は部活動や校外学習の拡充にいっそう取り組むべき」

 

 たいへん立派な指図で結構なことだ。

 しかし、その野球部の指導や監視だとか、修学旅行の計画策定に引率などは、いったい誰がするというのか。

 無論、現職の教員である。間違っても、教育委員会の職員ではないし、ましてや文科省の官僚でもない。

 

 かくして、小中高の教員たちには以下の職務という名の超過重労働が、ありがたくも下賜される。

 

 日中、元気いっぱいの子供たちを相手に授業をこなし、放課後は部活動で専門的知識のあるなしに関わらず監督を務めあげ、家に帰ったら帰ったで、今度は翌日以降の教材研究、作成が待っている。

 

 平均残業時間は小学校で91、中学校で116、高校で80というデータが上がっている。単位は言うまでも無く時間。ごくごく当たり前のように、過労死ラインとされる「月80時間」の壁をぶち破っている。

 

 もはや呆れる他ない。国の未来を背負う子供たちを育てる機関――そこに勤める職員が、軒並み過労死前提のスケジュールで、しかも世間一般からするとそう高くもない年収でこき使われているのだから!

 

「ほんっと有り得ない。革命起こしなさいよマジで誰か。あの薄らハゲ頭のエロガッパ、明日にでも酔って転んで路傍の石で皿かち割って、干からびて死んでくんないかしら?」

 

 革命、と冗談にでも口にしてみると、自分の出身地がフランスなだけに、熱き自由への渇望が胸にたぎってくる。そりゃもう煮えたぎって、ぐつぐつと。

 

「だいたい何よ、ノエル先生は新任さんですから、慣例として公開授業を行ってください……って。ふざけんじゃないわよ、まだ私こっちに来て一か月も経ってないんですけど? てか教員になったのもそれと同時期なんですけど?

 なにこれ? 手の込んだ新人いびり? 修道院のクソカスどもだって、ここまで陰湿なことしてこなかったっつの……!」

 

 喉まで込み上げた苛立ちが、ついに濁流のごとき愚痴となって迸った。

一人暮らしのアパートの部屋に、自分でもヒステリックとしか思えないキンキン声がこだまする。

 

「要は晒し上げじゃない。それも二年の教員みんな集めて、教室中を取り囲みやがって。暇なの? え、暇だったのあなたら。私くっそ忙しいのに? じゃあ代わってよ、誰が好き好んでやるか、あんな大人を舐め腐りきったガキどもに説教垂れるとか……。

 あー神父さま、あなた様がどれほど偉大で精神力に長けた方だったか、極東の地で初めてわたくし理解いたしましたわ。

 無理! もう無理マジ無理、サボる。明日は絶対休む!」

 最終的には絶叫に近いそれになった。

 がつん、と部屋の壁が鳴る。『今、何時だと思ってるんだ』隣の住民からの極めて具体的な抗議である。

 

「うっさい……」――さすがに、これは小声。揉め事でも起こしたら、それこそ目も当てられない。

説得に言い訳を重ねた末に、あの小うるさい師匠よりやっと勝ち得た独居のアパートなのだ。やすやす手放してなんてやるものか。

 

「はぁ……落ち着こう。落ち着くのよ、私。騒いでちょっとすっきりしたし」

 

 深く息を吐く。そこでようやく、伏せっていたベッドから起き上がる気になった。

 そのついでに、枕の傍に置いていた端末を手に取る。画面を立ち上げようとしたが、なぜか反応してくれない。

 

 数回タップするも、やはり無駄。長押し、シェイクも効果なし。

 

「まさか、さっきうっかり殴っちゃった……? 良い子だからお願いっ」

 いかに安物とはいえ、教会よりの支給品をこの短期間で壊すと、わりと後が怖い。恐る恐る、電源ケーブルに繋いでみたところ、果たして赤色のランプが点いた。単なるバッテリー切れだった。

 

 ほっと胸を撫でおろす。同時に、やるせなさが募った。なぜ、こんな細々したことで、いちいち神経を摺り減らさねばならないのだろう。

 

 そう言えば昨日は帰宅せずに夜通し、吸血鬼探しだった。朝帰りそのままで登校し、エロガッパもとい教頭の授業研究に付き合わされ、その後諸々の職務を済ませたうえで、ようやく今夜に至る。

その間、携帯端末を予備バッテリーに繋いでおく心理的余裕すら、与えてもらえなかった。

 

 どうして私はこうも多忙なのか。

決まってる。教師なんて、くっそ面倒臭いばかりで実入りの少ない阿呆みたいな仕事を、カモフラージュ先として選んでしまったからだ。(作者注 極めて偏見の混じった物言いです。どうかご容赦ください。)

 

「バーカ! 私のバーカ! こんなことなら、シエルと同じ生徒にしとけば良かった! つかアイツばっかりずる過ぎでしょ! 勝手に茶道部立ち上げたと思いきや、ご丁寧に茶室まであつらえて、挙句に白昼堂々、男子生徒連れ込んで二人きりでイチャつきやがってぇぇえ!」

 

 がんがんっと壁がまた鳴いた。「3コンボだドン!」 とりあえず煽り返しておく。聞こえたかは知らない。

 

 ケーブルに繋いでいる端末の、電源ボタンを長押しする。

最安値の低品質品に相応しいパフォーマンスの悪さが遺憾なく発揮され、なかなか画面は明るくならない。

 

真っ黒の画面が代わりに映し出すのは、目元を隈で真っ黒に染めた、二十七歳の女の顔。

 

「ぶっ」 パンダみたい。ちょっと笑えた。

 

 ほんの少しだけれど、笑ったら気分が楽になった。荒ぶっていた呼吸も、自然と元のペースに戻ってくる。

 

 端末を持ち上げ、そのまま手鏡のようにして、自分の顔をまじまじと見つめる。

 

「小じわ……無し。シミ……無し。ほくろ……増えてない」

 

 また一つ、気持ちが上を向く。自慢じゃないが/自慢だが、生まれつき肌は人より抜きんでて綺麗だった。

 体つきや顔つきは百点満点とまではいかないものの、これだけは何人もの人に褒めてもらえた。パパにも、ママにも。

 

 その代償に、修道院の先輩シスター連中には酷く妬まれ「陰で化粧でもやってんでしょ」と汚水を掛けられた経験もあるにはあったが、今となっては良い思い出だ。他人から受ける嫉妬ほど、自尊心を高ぶらせるものは無い。

 ま、当時は気が狂いそうになるほど厭だったので、許すかと訊かれれば死んでも許さん、というのが答えではあるけども。

 

「にしても……この隈はないわね」

 

 いくら、ほっぺやら顎下のラインが美しくても、目元が終わっていたらどんな美人も猿以下である。

 

 とっさに、コンシーラーを求めて、洗面台に向かいかけたが……さすがに自重した。もう夜も遅い。これから寝るだけなのに、化粧なんてしてどうするつもりだ。

 一晩寝たら多少はマシになっているだろうし、それでも取れていなかったら、その時に使えば良い。

 

「あ、でも……」

 

 ふと、化粧用具の使用期限が気になった。今、このアパートで使っているものは、全て国外から持ち込んだものだ。長年にわたって愛用している、慣れ親しんだもの。

 

 化粧品の使い心地は、武器や魔術と一緒で、経年によって習熟するものだ。

とりわけ、自分の場合は仕事で時間が取りづらいこともあり、あれこれと色々なメーカーを試す機会に恵まれなかった。

もっぱら、ある一品種を使い切っては買い足しで、鬼のように使い倒している。

 

 はて、あのコンシーラーはいつ買ったものだっただろうか。入国前なのは確かだから、少なくとも一か月以上前なのは間違いないが……。

なにぶん端末のバッテリー残量すら意識に上らない忙しさである。自分の判断にまるで自身が持てない。

 

 明日の朝になってから、頼みの綱がもう使えないとなれば、受けるダメージは計り知れない。念のため確認しておこう……と洗面台に結局、足を延ばしてみたところ。

 

 愛用のそれは案の定、酸化による変色に覆われていた。「げっ」思わず、情けない声が出る。前に使った時の、蓋の閉めが甘かったのかもしれない。

 

 国際的にも有名なメーカーの物だから、日本でも販売されているのは間違いない……。

が、この近辺のどこなら扱っているかを調べていないし、よしんば当たりを引いたとしても、この深夜に店が開いているはずもない。

 

 最悪、使用期限など構わず、塗ってしまえばいいかとも考えたが、朝っぱらからそんなテンションの下がることをしたくない。

 日中、人に出会うたびに、「私は今、乾燥してカピカピになったコンシーラー塗ってまーす」と喧伝して回るようなものだ。身の毛もよだつとはこのことである。

 

「最悪……ん、待てよ」

 

 その時、脳裏に過ぎるものがあった。

日本へ発つにあたって、もしもの場合に備えて予備の日用雑貨をしこたま買い込んでいた。

 その中に、化粧道具も含んでいた気がする。――いや間違いなくあった。こういうのは石橋を叩いて渡る私だ。絶対買った。

 

 洗面台からリビングへと戻り、ベッド下の収納ケースを開く。

衣類、掃除用具、それに携行武器……ありとあらゆる物資をごちゃまぜに、僅かの隙間に敷き詰めてある。

 取り出しづらいことこの上ないが、やったのは自分なのでしょうがない。

 

 昔から整理整頓は苦手だった。物があったら、とりあえず収納場所に押し込んでおく……そういう悪癖は自覚している。

 片づけ、というよりも、単純に生活空間に私用物を置いておきたくないだけだ。

 

 修道院では自分の所有物など、文字通り塵の一つさえ許されなかったから。

 寮の相部屋では、飲み終わったコップをただ机の上に放置していただけで、夜通し聖書の読経を命じられる。

 

 夜風の吹きすさぶ外廊下は骨が軋むほど寒く、歯をがちがちと鳴らしながらも、地獄のように回りくどく、長ったらしいお経を唱える。ときおり、神父さまが見回りにいらっしゃるから、テキトーにサボるわけにもいかない。

 

 そんな無茶させられるから、途中で何度も盛大に舌を噛み、ふと口元を拭えば滴った血で手が真っ赤に染まってた……なんてのもよくあった。

 我ながら、よくもまぁアレをやり通したものだ。今だったら、数時間で失神すること請け合いである。

 

 そんな、懐かしい思い出に浸っていたからだろうか。

 

 コンシーラーを探っていたはずの手が、全く別の物を引き当てた。

 

「あ……」

 

 

 古びた一枚の便箋だ。

 ずいぶんと昔のものだから、経年劣化が著しい。湿気であちこちに皺が寄り、それに何度も触ったものだから、手垢で黒ずんでもいる。端の方なんて、折り目が付きまくってグシャグシャだ。

 一言で表すなら、ばっちい。真っ当な人なら、今すぐ焼却炉に投げ込むに違いない。

 

 でも、捨てられなかった。

 

 修道院に入れられてからも、代行者になってからも、この日本に来てからも。手放す機会はいくらでもあったが、結局は収納スペースに押し込んで、保管している。

いつもどこかにしまい込み続け、とうとう十五年経ったというわけだ。

 

 もう止めないと。何回もそう思ったのに、まだ心のどこかで、諦めていない。

 我ながらバカげている。もう今年で二十七になるというのに、恥ずかしいったらありはしない。

 

「ふふっ……」 なんとなく、笑えた。

 

 今でこそ、薄汚れた黒に包まれている便箋だが、元は鮮やかな薄赤色だった。その下地に金色のラメで文章が刻まれていた。

 

 だが、今やそれもほとんど剥がれ落ち、ほとんど読めなくなっている。さらに悪い事に、元々が流暢な筆記体なものだから、いよいよもって分かりづらい。

 おそらく、ぱっと見てこれを判読できる人は、この世に誰一人いない。……持ち主である、私以外に。

 

 これは招待状だ。フランス語で書かれた文章の内容はこう。

 

『近々、お城で舞踏会が開かれます。我が麗しの姫君よ、どうかあなたにご参加いただきたい』 

 

 王子様から、お姫様に宛てた招待状は、たったそれだけの内容だった。

 

「バカだなぁ……ほんと」

 

 元は、何かの雑誌についてきた付録だったと記憶している。

 少年少女がこよなく愛する週刊コミックスの、そのおまけ。だから造りは実に粗い。

便箋の型紙は軟くて、すぐにペラペラになったし、外縁をごちゃごちゃ着飾っていた花やリボンといった装飾も、あっという間に千切れてどこかへ消えた。

 

 原価にして、きっと十円も掛かっていないだろう安物。今となっては、題材となったはずの物語すら思い出せない。

シンデレラか、白雪姫か。まぁ、あのへんのいかにもメルヘンチックで少女趣味なヤツだろう。

 

けれど、雑誌を購入した当時の私はこれを存外に気に入り、それこそ肌身離さず持っていた。あの運命の日もその例に違わず、結果、それが功を奏して修道院まで持ち込むことに成功する。

 

両親と街を根こそぎ奪われた幼い私にとっては、これだけが唯一のよすがだった。

これだけが……私に明るい未来を見せてくれた。

 

 

 近々、舞踏会が開かれます――。近々って、いつだろう? 明日か、明後日か、一週間後か、はたまた来年?

 決まっていないのなら、いつだっていい。重要なのは『いつか開かれる』ということだ。

 

幼い私は、それを『救いの日』だと銘打った。

 

 いつか私は、お姫様として城に招かれて、そこで見目麗しき王子様と一緒に舞踏会を楽しむ。そこで念願かなって彼に見初められ、あれよあれよという間に話は婚姻まで進み、両国の大臣が揃って盛大に拍手で同意、明朝、市民の大歓声に包まれるヴァージンロードにて、二人は永遠の愛を熱いキスでもって誓う……と。

 

 本気で信じた。いつか、絶対にそうなるのだ、と。

 白亜の城は確かにそこにあるし、そこではハリウッド俳優の十倍くらいイケメンな王子様が住んでいるし、その彼は性格も良くて超セレブだけどなぜか年齢=彼女いないで、無論童貞。

 一国一城の主であるから、未来のお妃様には決して不便などさせない。

 まさしく、約束された勝利の人生を私だけにもたらしてくれる、夢の招待状。

 

 手汗と皮脂と埃でぐちゃぐちゃになった、非常に汚らしい便箋は、そうやって私を十数年間、生かしてくれた。

 

「でも、もう捨てなきゃね……。捨てよう」

 

 いい加減、恥ずかしい。

こんなの誰かに見られでも、聞かれでもしたら最後、一刻も早く黒鍵でぶち抜き抹殺を図らねばならない。はや特級呪物と呼んで過言でない代物だ。

 

「捨てよ……明日の燃えるゴミに出そ……」

 

 ぶつぶつ呟く。手が震える。立ち上がれない。コスメの代わりを探すという当初の目的はとっくに失われている。




→→おまけ②
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