月姫R ノエル先生ルート分岐妄想   作:激辛党

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このエピソードの前に、アルクェイドが遠野四季=今代のロアを殺害しています。


1……急な頭痛で倒れた後、保健室にて

 翌日。

 アルクェイドと一緒に吸血鬼の残党狩りに行ったり、そのねぐらをバカがビルごとぶっ潰したりした夜も何だかんだ無事に過ぎた、次の日。

 

 けどやっぱり、女の身体をしただけの肉食獣に一晩付き合った代償は大きかったらしく、俺は案の定、授業中に倒れた。

 

 いつもの貧血だ。意識が遠ざかって、体の自由が利かなくなって、視界は暗闇に染まりゆく。

お決まりのコンボがパーフェクトに決まれば最後、次に目覚めるのは保健室のベッドの上。さらに、時計の長針にして二週ほどのタイムスリップのおまけつきだ。

 

もう慣れた。

他人からしたら、きっと不快極まりない現象だろうけど、十年来の付き合いともなれば、否が応でも順応する。それが人間というものだ。

 

さておき、こんな風に自己分析できるということは、少なくとも意識は覚醒しているということ。

一面の茫洋とした闇に、それでもじっと目を凝らしていると、やがてぼうっと白いものが――お馴染みの保健室の天井が浮き上がる。

 

 一安心のち、お次は起き上がろうと試みるが、これがなぜだか上手くいかない。そんな訳も無いのに、全身を鉄線でベッドに縛り付けられているかのように、俺は腕すら持ち上げられない。

 

 俗にいう、金縛りなる霊現象は、疲労からくる麻痺状態として、医学的に説明できるらしい。

なんでも、脳は覚醒していても、肉体はまだ眠っているために、あたかも動けないと錯覚するのだとか。

なるほど、これがまさにそれか。

不覚にも感激を覚えていたところ、聴覚が女性の話し声を拾った。

視覚と同様、だらしのない筋肉と違って、これら五感はずいぶん働き者である。もっとしっかり休めよ。

 

「体温驚きの三十度、と。これ、下手したらもう二度と目覚めないんじゃないです? 今からでも救急車の手配した方がいいと思いますけど。むしろ110番?」

 

「馬鹿なことを言わないでください。この国の公的機関はただでさえ融通が利かないんですから。司祭代行がどれほど食い込んでいるか、定かではありませんが、間違いなく、今はそれを試すべき局面ではない」

 

「そ。でも死なせたら面倒ですよ。周囲への偽装処理もそうですけど……。なにより、もうアレを追えなくなる。私たちのここまでの苦労が全部ぱーです。さすがにそれは嫌っていうか」

 

「……分かっています。一応、強心剤は持ってきています。効き目があるかは不明ですから、できれば使いたくは無いですが」

 

「え、嘘マジ? 薬って言ったらあの、代行者用の? それこそ逆に、安らかに天に昇っちゃうんじゃ?」

 

「ですから、そうならないように願っているんです。……今のところ、心肺機能に関しては、低下は見られるものの、最低限は動いているようですし。致命的に脈拍が弱まった場合にのみ、再始動を試みます」

 

「はあ。致命的って、それもう医学的にはアウトなラインじゃない? 脳にダメージ残ると思うわよ」

 

「構いません。生きてさえいれば、私たちはそれで事足りる。司祭代行には何やら考えがあるようですが、こちらの知った事ではありません」

 

「驚いた」

 

 そこで――ノエル先生と思しき、女性の声は一度止まった。

 

「意外ね、あなたはもっと躊躇するかと。この子とずいぶん、親睦を深めていたのに」

 

「それは……それは」

 

 もう一方の女性……おそらくシエル先輩は、それまでの流暢な応答と打って変わって、口ごもった。

 

 その様子に、実に面白そうなノエル先生の含み笑いが続く。

 

「へぇ。そこで言いよどむんだ。あなたが? いったいどういう心変わり?」

 

「答える必要も、意味も無い質問だからです。彼との関係がどうであれ、私たちの為すべきことは変わりません。……あなたもそうでしょう? 代行者ノエル」

 

「ま、ね。……なぁんだ、つまんない。せっかくシエルさんの、人間っぽい一面が見られるかと期待したのに」

 

 「ふふっ」と、ことさらに厭らしい笑い声が、その口から洩れた。

 

「そんなもの、あるはず無かったか。あんたみたいな女に、さ」

 

 シエル先輩はそれには応じず、「さて、そんなことより」とあからさまに話題を切り替えた。

 

「ノエル先生、いつまでここにいるつもりですか。彼の看病なら、私が一人で引き受けると言ったはずです。あなたにはまだ授業が残っているでしょう」

 

「えぇ、ここにきて袖にしないでよ。師弟は一蓮托生でしょ?」

 

「あなたのように出来の悪い弟子を持った覚えは無いのですが……と返してあげればよろしい?」

 

「ちぇーつまんない。分かったわよぅ。戻りますぅ、今すぐ教室に行ってきますぅ」

 

 ぱたぱた、と小走りに床を行く足音がした。がらり、と扉が開く。ノエル先生は出て行ったようだ。

 

 こっちも、そろそろ本格的に起き上がる努力をすべきか。

 指先、手、腕、肩……先端から順番に、力をゆっくりと込めていく。一時は凍り付いたようだった身体も、少しは言う事を聞くようになった。

 流れ出した暖かい血流が、神経を賦活させ、筋肉を収縮する。

 

 ぐーぱーと指を折り畳んでいる――その横で、カーテン越しに、先輩が座っていた椅子から立ち上がるのが見えた。

 

「困った人。自分だって、かき乱されているくせに。真っ先に駆けつけておいて、どの口が言うのやら」

 

「先輩?」

 

 その声色があまりにも、普段の先輩とは違い過ぎたから。

 俺はつい、よせばいいのに呼びかけていた。

 

「遠野君!? 起きていたのですか?」

 

「え、ええ。今しがた」

 

 よっこらせ――とジジむさい勢いをかけて、両腕を支えに俺は上体を持ち上げる。

 ほとんど同時に、ベッドを囲うカーテンを押し開き、シエル先輩が入ってきた。

 

「良かった……。一時は本当、どうなることかと。というか、遠野君? いったいいつから起きていたのです?」

 

 安堵の表情から一転して、やや剣呑な目つきになる先輩。

 どう答えたものか迷ったが、ここは平謝りで通すことにする。

 

「す、すみません。盗み聞きするつもりは無かったんです。ただ、ちょっと、まぁ不可抗力で聞こえちゃった部分はありまして」

 

「はあ……。仕方がありませんね。私も不用心でしたし」

 

 必死に頭を下げていると、謝意は十分に伝わったようで、先輩はすぐに矛先を納めてくれた。

 いつものシエル先輩に戻った彼女に、がぜん、また好奇心が湧いて、要らぬ質問をぶつけたくなる。

 

――『先ほどのノエル先生との会話はどういう意味か』

――『俺が生きてさえいれば、用が事足りるとは?』

 次々と頭の中に浮かんでくる疑問。それら全てを、俺は断腸の思いで呑み込んだ。

 

 予感があった。訊いてしまえば最後、俺は確実に、シエル先輩とこれまでと同じような学園生活を送る事はできなくなる、と。

 

「遠野君? まだ体調がすぐれませんか?」

 

「いいえ、大丈夫です。あんまり良く寝たから、少しだるさが残ってるだけで。先輩こそ、授業はいいんですか? まだ、終わってないんでしょう?」

 

「お気になさらず。単位は足りていますし、それに……遠野君をこんな状態で放っておいたら、勉強どころではありませんから。先生に当てられたって、何も答えられなくなっちゃいそうです」

 

「そりゃまずい。先輩の優等生イメージが台無しです。ただでさえ、最近ちょっと怪しいのに」

 

「む、それはどういう意味ですか、遠野君。私がいつ、不良さんになったと?」

 

 そりゃあ、学食でカレー祭りを開催していた時とか、中庭でカレーパン解体工事を執り行っていた時とかですかね……とは間違っても答えられないので、とりあえず笑顔で黙っておく。

 

「あー! 遠野君、その目は完全に私をおちょくっていますね。誰が一級カレーマニアですか。世の中、上には上がいるんですから、安易にその地位に私を置かないでください!」

 

「ちょ、誰もそんなこと言ってないですって、わ、ベッドに上がらないでくださ――先輩、スカート、スカートが!」

 

 瞬く間に、俺と先輩は普段通りに。

 ふざけあって、冗談を言い合い、大声で笑う。どこから見ても恥ずかしい、学生二人の応酬が繰り広げられる。

 

 先ほど抱いた、危険な好奇心を打ち消したくて、俺は必要以上に冗談を飛ばした。シエル先輩もそれに乗っかってくれて、陽気な笑顔を向けてくれた。

 

 ふと、互いの声が途切れた瞬間、何気なく視線が保健室の出入り口の方へ向いた。別段、特に意図があったわけではない。

 

 ただ、扉が少し開いているのが気になった。先ほど、ノエル先生が保健室から飛び出す際に、力いっぱい閉めた反動によるものだろうか。

 

 ちらりと覗いた廊下の様子に、これまた何の気なしに目を細めると、そこには。

 

 ぴったりと壁に身体を添わせた、まるでヤモリのような体勢で、こちらを窺うノエル先生の姿が、あった。

 

 数秒も掛からず、互いの目が合った。

 たぶん、彼女はじっと俺の顔を見つめていたんだ。

 

「遠野君? どうしたんですか?」

 

 先輩が不思議そうに俺を見上げる。でも、何も答えられない。

 廊下に潜んでいた女から、目線を外せない。

 

「遠野君?」

 

 先輩はなおも聞いてくる。俺はゆっくりと首を横に振った。

 

「すみません、少し……疲れたので。一人にしてもらえますか」

 

「え? は、はい」

 

 しかし、再び視線を廊下へ戻した時にはもう、そこに人影は無いのだった。

 

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