月姫R ノエル先生ルート分岐妄想   作:激辛党

7 / 20
6……二人の衝突

「よもや、あなたが自ら、その名前を口にする日が来ようとは。

 いったい、どういった心境の変化ですか」

 

 洞穴の壁をぶち抜いて、乱入してきたシエル先輩。

 彼女はあくまで淡々とした口調で、狂乱の極みにある同僚に相対する。

 

「ええ、私もちょっと驚いてるくらい。もう二度と、あなたっていう女を人間扱いなんてしないって、心に決めてたのに。

 天に仕える代行者にして、吸血鬼を滅すための装置。その目的のためだけに稼働することを許される、歯車仕掛けのお人形さん。腕をもがれようが、足が腐ろうが、軟体生物みたいに再生するんだから、そう呼ばれたってしょうがないわよね」

 

「そんな言い方――」

 

「ごめん、虫の意見とか求めてないから」

 

 口を挟もうとした俺の腕は、強かに打ちぬかれた。ズキズキと脈動するような激痛が走る。聖水ではなく、腕力による純粋な暴力だったが、それでも満身創痍の俺には十分だった。

 この場において、自分に発言する権利は絶無であると、理解するには。

 

 だが、先輩にはその意図は伝わらなかったらしい。

 

「遠野君に危害を加えないでください。私とあなたの過去に、彼は関係無いでしょう」

 

 そう呼びかけながら、俺の横たわる寝台へと駆け寄ろうとする。

 

「止まれ!」

 

 その姿勢が見えた瞬間に、ノエル先生が鋭い声を発した。さらに、見覚えのある短剣――黒鍵と言ったか――をどこからともなく現わせて、それを俺の首へ突き付ける。

 シエル先輩に対する、明白な脅迫だった。

 

「今の彼だと、さぞかし効果抜群でしょうね。刃が触れただけで、さっくり召されちゃうんじゃない?

 身の振り方には気を付けて。知ってるでしょうけど、私、これの扱いあんまり得意じゃないの」

 

 シエル先輩は観念したように、その場で脚を止めた。

寝台までの距離は、たっぷり10メートルほどある地点だ。そこから先へは、一歩も進ませない腹積もりということか。

 

「遠野君を解放してください」

 

 短いだけに、迫力の籠った言葉だった。

 寝台に縛り付けられている関係上、表情まではよく見て取れないものの、先輩の纏う覇気はひしひしと伝わってくる。

 

 それだけに、少しの疑問が湧いた。

 今、俺は聖水で傷つき、黒鍵で致命傷を受ける存在――つまり、吸血鬼らしい。絶対に認めたくない事実だったが、こうも証拠が揃っていれば、受け入れざるを得ない。

 なのになぜ、先輩は俺を助けに来たのだろうか。彼女の務めを考えるなら、むしろ率先して、粛清に取り掛かるべきではないか?

 

 俺の疑念を後押しするように、ノエルが「ふっ」と、笑んだ。

 

()()()()()

あなたはそう動くって予想していたけど――予想していたから、こんな事をしてるわけだけど。

 でも現実にそんな言葉を吐くとこ見せられたら、一周回って吐き気がするわ。

 どういうつもり? 教会に賜りし使命によりて、断罪を下して回る、シエルさん。あなた今、同僚が頑張って拘束した吸血鬼の、鎖を解けって命じてるのよ」

 

「彼が吸血鬼であるという確証はまだ得られていません。まず審問に掛けるのが定められし手順であり、ものの道理です」

 

「はあ? 正気?」

 

 どの口が言ってるのか分からない悪罵を吐きつつ、ノエル先生はもう一方の手で、先輩を指さした。

 

「疑わしきは罰する。……そう口にして、誰も彼もを問答無用で虐殺してきたのは、他ならぬあなたでしょうが! 感染の疑いあれば集めて焼き、流布の危険あれば区画ごと沈めた。

 その手がどれだけ、無辜の民の血で汚れているか、私が一から説明しないと思い出せない!?」

 

「あれらは全て、教会の認可を取った上での、正式な行為でした。現に、この街で私がそういった戦略を取りましたか?

 ロアをただ滅すればよいなら、空から爆撃すればそれで事足りる。しかし――」

 

「あーうっさいうっさい! そういう理屈を聞いてるんじゃないの! もう面倒臭いから、そろそろ正直に言ってよ。

 この男だからでしょ? エレイシア。この男のことが好きだから、愛しているから、庇い立てするような真似してるんでしょう?」

 

「お前、急に何をっ!」

 

 たまらず、再び口を開いた俺に、容赦なく鉄拳が打ちおろされる。

 

「あらあら、暴言が過ぎるわね。先生に対して、『お前』は無いでしょ」

 

 誰が先生、だ――と、よっぽど言い返したいのはやまやまだが、いかんせん腹部を強打されたせいで、肺に息が入ってこない。

 

 情けなく震えるしかない俺をよそに、彼女は好き勝手に続ける。

 

「私、ね。そりゃ昔は色々あったけれど、それでも最近はあなたっていう存在を受け入れつつあったの。そうはいっても十数年経ったんだから、人並みの包容力や忍耐力ってやつも養えた、し?

 でもさ、それは無いでしょう、エレイシア。それだけはやっちゃいけないわ?

 今更になって、今になって! 人間の! 女に! 戻るだなんて!」

 

 繰り返す絶叫とともに、今度は何の脈絡も無く、俺への暴力が激発する。声に合わせて、一発、二発、三発……。聖なる力が宿ったものではないとはいえ、痛みは痛みだ。

文字通り、はらわたがひっくり返りそうな不快感が押し寄せる。

 

「やめ、て……」

 

 その無様な悲鳴が届いたからなのか、ぼそり、と。

かつて聞いたこともないような、先輩の声がした。

 

「やめ、てください。そんなわけ、無いでしょう。彼は何も関係無い」

 

「あーそう? じゃあ足の先から丹念にぐりぐり砕いていっても構わないわよね? あなた、関係無いんだから。頭かっぴらいて、頭蓋骨に直接聖水注いだっていいわよね? こんな男、あなたはどうとも思ってないんだから。

 ただの吸血鬼よ、この男は。……正しく言うなら、ロアの転生先かもしれない男? あなたがわざわざ、電話で私に教えてくれたんだものね」

 

「そんなつもりで、あなたに情報共有したのではありません。

彼の身柄を抑え、後は教会に移送すれば、それで私たちの任務は完了です。そんな風に、いたぶって殺す必要がどこにありますか」

 

 必死に理を説く先輩を、ノエル先生は嘲るように答えた。

 

「どうせ連れてった先でも、解剖されて死ぬのに? 徒労も過ぎると滑稽だわ」

 

 ひとしきり笑った後、「それとも、もしかして」と言葉を繋ぐ。

 

「適当な報告で誤魔化して、彼と一緒に高飛びする気? 埋葬機関の伝手があれば、教会の目だって潜れるかもしれないものね。

 夢はハワイのビーチへ新婚旅行? 昼はお洒落で可愛い水着で彼を誘惑して、夜は高級ホテルでしっぽりと?

 ふざけるな、雌豚が! 誰が許したって、そんな未来はこの私が絶対に認めない!

 人でなしの悪魔が! 街のみんなを殺しつくした罪人が! そんな幸せ、手にしていいわけないでしょ!」

 

「そんなこと考えるはず――」

 

「いいや! 私は知ってるわ、エレイシア。いつからかは定かじゃないけれど、あなたはとっくに代行者のシエルさんじゃなくなってた。

 だって、同じ女だもの。どんなに巧妙に隠したって、分かるわよ。

 校舎裏でも、保健室でも。……茶道室の時だって。あんなに明け透けに雌の顔しといて、今更そんなつもりないなんて、どの口が言うわけ?」

 

「はぁ……もういい」

 

 エスカレートする一方の喋りを、唐突に冷め切った声が遮った。

 あたかも最後通告のような冷徹な響きに、俺はもちろん、傍の狂人さえも動きが止まる。

 

「なんですって……?」

 

「もういい、と言ったのです。ノエル。

 ただいまをもって、あなたを代行者の任から解きます。黒鍵も聖水も、ハルバードも。所有する権利を持たない、ただの一般人となる。

 いえ、より適切に表すなら――」

 

 すらり、と確かに聞こえた抜剣の音。視覚には入らなかったが、それでも見て取れた。

 先輩が黒鍵を前に構える姿が。

 

「穢れた血の流れし異端者。弁明は不要です。死後、身体を検めればそれで事足りる。

 今まで見逃してあげていたのは同僚のよしみですが、それも要らぬ情けだったようです」

 

「あなた――っ!」

 

 刹那に攻防が交わされる。閃くは、二人の握る黒鍵。

 

 その瞬間に、何本の剣が、どういった軌跡を描き、どれだけが命中したか。蚊帳の外の俺には追いきることなど到底、無理だった。

 

 しかし勝因と敗因は明らかに思えた。

 かたや、長時間にわたって人質の首に刃を押し当てていたもの。

 かたや、対象への明確な殺意をもって、今しがた刃を抜いたもの。

 達人の領域にある遣り合いにおいて、始点の位置は何にも代えがたい利である。

 

 その結果。

 

「ぐぅっ……!」

 

 迸る鮮血。右の肩口に、黒鍵が深々と突き刺さった。

 痛い――圧倒的に。今まで感じてきた暴力なんて、もうお遊びとしか思えなくなるほどに。

 

 だが、動けないほどじゃない。命中した部位にも救われた。右腕が使えなくなった程度なら、洞穴を走って抜けるくらいはできそうだ。

 

「志貴……クン?」 「遠野君!?」

 

 奇しくも、あれだけ殺意を向け合っていた両者が、揃って仲良く、同じ驚嘆の声を上げる。

 それも無理はない。

 

 ノエル先生が、撃ち落としきれなかった、一本の黒鍵。

彼女の心臓を貫くはずの一撃を、寸前で立ち上がった俺が、身代わりに受けたからだ。

 

 この場にいる誰からも、戦力外の烙印を押されていたからこそ、この離れ業ができた。

 そもそもの話、きちんと鎖を結んでも無い癖に、やたらめったら俺の身体を跳ねさせたり、痙攣させたりしたノエル先生が悪いのだ。

 

 実際のところ、彼女がシエル先輩に因縁をつけだした辺りで、鎖の拘束はほとんど無力化されていた。となると後は、タイミングの問題だったわけだが……。

 

 待ちに待ったおかげか、これ以上は望めないほどの成果を得られた。

 あのシエル先輩ですら、目を剥き、硬直している有様なのだから。

 

「え、なんで――」 

「なにボサっとしてるんですか! 早く逃げますよ!」

 

 同じく、バカみたいに呆然と突っ立っているノエル先生の腕を強引に引き、その場から逃走を試みる。

最初こそ、脚がもつれそうになっていたが、代行者の威厳はまだ残っていたようで、すぐに遅れず走り出した。

 

「遠野君!? いったいどういうつもりですか!」

 

 混迷の極みにあるらしい先輩から、再三の呼びかけが発される。しかし振り返らない。

 脚を止めたらそれで終わりだ。一本でさえ、三回死んで余りある激痛なのだ。二本目なんて受けようものなら、その場で魂ごと爆散する。

 

 これはあくまで希望的観測だが――背を向けて走っている俺には、先輩は刃を向けないでいてくれる気がした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。