The world beloved Fool   作:へっこむす

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へっこむすと申します。
エッジランナーズ2周年ということで、見切り発車の一発をズドン。
続くかどうかは世界のみぞ知る。


AGAIN / もう一度

 

 

 

──

 

───

 

────

 

 

 さあ行こう、君と私で。

 

『お前は……何者だ?』

 

 まるで麻酔にかけられた患者のように。

 

『この体は俺がもらう。絶対にな』

 

 黄昏が広がる、空の下を。

 

『知る必要はない。お前は俺を動かしてくれりゃいいんだ』

 

 さあ行こう、人もまがらな通りを抜けて。

 

『今は理解できなくても、いつかわかるさ』

 

 騒がしい安宿。

 

『まだ死ぬもんか、俺がついてる』

 

 牡蠣の殻が散らばった食堂での一夜は、ささやく声を簡単にかき消してしまう。

 

『俺のために銃弾を受けられるか?』

 

 通りはどこまでも続いている、まるで。

 

『俺が入ったのが他の誰でもなく、お前の頭でよかったよ』

 

 あの問いにつなげようと、永遠続く退屈な議論のように。

 

『俺は……お前のことが心配なんだ』

 

 "何のつもり?"と訊かないで。

 

『じゃあな、Ⅴ。戦うのをやめんなよ』

 

 とにかく行けばわかるさ。

 

『おやすみ、ヴァレリー。いい一日だった』

 

 

────

 

───

 

──

 

 

 

 

「ジョニー……!!」

 

 

 初めは明確な敵であって。

 いつの間にか悪友くらいには思えるようになって。

 いつしか相棒と呼べる存在になった男が、どれだけ手を伸ばそうとも届かず光の向こうへ跡形もなく消えてしまう。

 そんな焦燥に駆られ、光と闇が渦巻く混沌をかき分けるようにⅤは身体を跳ね起こす。

 

「っ……ゆめ、か……」

 

 ガバリと音がするほどの勢いで起こした身体は酷いありさまで、冷や汗でベタベタするうえに頭痛もある。胃もどうかしているし、吐き気もあればめまいもする。目の前を細かい光があちこち行き交って鬱陶しい。

 気分の悪い目覚めは幾度となく経験してきたが、これは人生において最悪の部類に入るだろう。

 

「ったく、なんて朝なの……」

 

 文句を垂れながら、また独り言を発してしまった自分に気づき苦い笑みが浮かぶ。

 アトランタで日々と格闘している頃はまだここまでではなかったと記憶している。友と出会って傭兵稼業を始めてからもそうで、具体的に何処からと問われれば、迷うことなく頭に銃弾を受けて以降だと答えるだろう。

 詰まるところ、悪いのは何もかも自らの頭を占拠しようとしているイカれたロッカーボーイのせいである。

 

「…………?」

 

 と、そんなことを考えたところで、Ⅴは違和感を覚えた。絶対に出てくると思っていた人物が視界のどこにも現れないからだった。

 

「…………なによジョニー、今日はやけに大人しいじゃない?」

 

 側頭部を抑えながら部屋を見回すが、姿は見当たらない。

 いつもなら、彼がこのタイミングで何も言ってこないはずがない。

 なにせ自尊心が服を着て歩いているような男だ。最近は多少マシになってきたとはいえ、文句を言われて言われっぱなしなどありえない。条件反射で反抗を示す。それがジョニー・シルヴァーハンドである。

 

「変ね?もしかして寝て──」

 

 その言葉は最後まで紡げなかった。

 

「──うるっさ……!?」

 

 唐突なホロコールに頭を殴られたのだ。

 平常時なら気にも止めないコール音だが、今の状態で鳴らされれば拷問に早変わり。静かな機械音がインプラント工場の轟音と化していた。

 だからⅤは間髪入れず、コールを受けた。

 相手の名前も確認しないまま。

 

「もしもし?誰よこんな朝から……」

「なんだⅤ、随分ご機嫌じゃねえか」

「……ぇ」

 

 聞こえてきた声。

 Ⅴに衝撃を与えるには十分過ぎるほどのそれ。

 まるでサンデヴィスタンを起動したときのように、時間は流れを遅らせ、思考も何故、どうしてに支配されて鈍り切った。

 だってその声は、もう暫く前になくしてしまったもの。

 二度と、耳にすることはなかったはずのもの。

 自らの人生を変えてくれた、唯一無二の存在が発していたもの。

 全て、過去に置いてきてしまったもの。

 

「ジャッキー……なの……?」

「あぁ?おいおい寝ぼけてんのか?」

「いやだって、あんたは……」

 

 死んだはずだ。

 口には出さなかったものの、Ⅴはあの日の光景を鮮明に覚えている。

 漸くメジャー行きの切符を掴んだのだと勇足で向かった紺碧の城。

 万事順調かに思えた仕事はしかし、突如として地獄と化した。

 目の前で、アラサカの帝王サブロウが息子のヨリノブに殺され、サポートをしてくれていたネットランナー、T-バグが死んだ。

 それから死に物狂いで紺碧から脱出するも、ドローンによる銃撃で重傷を負ったジャッキーは、デラマンの中で息を引き取った。

 

 忘れられるはずがない。

 危機感と安堵感と焦燥と恐怖とで熱く冷たくなった身体で感じたものを。

 咽せるほどに濃い血と火薬の匂い。

 エンジンの悲鳴。

 車を叩く雨音。

 冷たいデラマンの声。

 強く快活な声が細くなっていく不安。

 温かさが失われていく恐怖。

 強く優しい瞳から、光が失われていく絶望。

 何で。どうして。どうしたら。

 無意味な思考ばかりが脳内に繰り返し繰り返し流れた。

 己の無力感に憤るばかりで。

 碌な言葉もかけてあげられず。

 後は頼んだとレリックを挿され、ジャッキーの身体から魂が抜けた。

 その瞬間、おそらくⅤの世界も死んだのだ。

 

「ほんとうに、ジャッキー、なの……」

「Ⅴ、ほんとに大丈夫か?何ならヴィクターんとこ連れてくぞ?」

 

 あまりの衝撃に感情が制御出来ない。とめどなく涙が溢れてくる。ナイトシティ最高の傭兵ともあろうものが何とも情けない。

 当然声も潤い震えて、本気でジャッキーを心配させてしまう。

 だが、大丈夫かと心配してくれる優しい声がまた、涙の蛇口を大きく捻ってしまった。

 

「ご、め……っ……なん、で……」

 

 それからどれほどそうしていたのか。

 涙を堪えきれない間、Ⅴはホロの向こうでジャッキーの戸惑いを感じていた。

 無理もない。

 いつもの調子で相棒に電話をかけたら理由もわからないまま号泣される。困惑するなという方が難しいだろう。

 落ち着くまでホロを切らないで待っていてくれるところがジャッキーらしい。ジョニーだったらきっとこうはならない。

 と、そこまで考えて、最近の丸くなった彼なら案外待ってくれるかも、とⅤは思い直した。

 

「ごめん、落ち着いた」

「みてえだな。ったく何事かと思ったぜ。あー……変な夢でもみたのか?」

 

 昨日のは酷かったもんな、とジャッキーは空気を変えるように矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。

 昨日と言われ、視界の隅に映る時計へ意識を向ける。指し示されたのは2077年の4月中頃。午前10時3分。

 ジャッキーがまだ生きていて、寝起きで体調が悪かった日というとあの日しかない。

 スカベンジャーの凄惨な所業を初めて目の当たりにした日。

 奴らに明確な嫌悪感と殺意を抱いた日。

 

「サンドラ・ドーセット……うぐっ……!?」

 

 助けた女性の名前を口にすると突如、頭にこれまでとは比較にならないほどの激痛が走った。

 痛みなら慣れている。

 頭を撃ち抜かれてからというもの、何度身体を打ち付けて、何度頭を焼かれる思いをして、何度心臓を握りつぶされるような苦しみを味わってきたか。生半可な痛みなら声一つあげることなく平然としていられる自信があった。

 だというのに、今回の痛みはその全てを凌駕してきた。

 頭を締め付けるなどというレベルではない。

 脳を串刺しですら生温い。

 人生に於いて感じる痛み、その全てを凝縮し、濾し出し、煮詰めに煮詰めてマグマのようになった痛みという概念そのものを直接頭に注ぎ込まれるような感覚。

 気が狂う。

 意識が朦朧とする。

 しかし、Ⅴの目はこれ以上ないほどに見開かれていた。

 

「はっ、はぁっ、はぁっ、こ、れは……きぉ……く……」

 

 痛みを認識する中で、付随するように流れ込んでくる何かにⅤは気が付いた。

 それらは過去に経験した物事。

 記憶だった。

 喜び。怒り。悲しみ。苦しみ。焦燥。絶望。

 やけに負の面が強調されたそれらが、人物の姿と場面を伴って雪崩のように押し寄せる。

 ジャッキー・ウェルズ。

 ジョニー・シルヴァーハンド

 Tーバグ。

 デクスター・デショーン。

 ヴィクター・ヴェクター。

 ミスティ。

 ママ・ウェルズ。

 エヴリン・パーカー。

 ゴロウ・タケムラ。

 ローグ・アメンディアレス。

 パナム・パーマー。

 リバー・ウォード。

 ケリー・ユーロダイン。

 オルト・カニンガム。

 ソン・ソミ。

 ソロモン・リード。

 アレックス。

 ロザリンド・マイヤーズ。

 サブロウ・アラサカ。

 ヨリノブ・アラサカ。

 ハナコ・アラサカ。

 アダム・スマッシャー。

 

「がっ、あぁぁ……!」

 

 最悪と思われていた状況が更新される。

 頭痛に加えて、肉体にも痛みが走り始めたのだ。

 頭から伝播したわけではないのは確実だ。系統がまるで違う。

 こちらの痛みはまだ平凡に思える。

 内側から何かが膨らむ感覚に伴う痛みが、心臓から血管を伝って全身へ運ばれ脈打つ。肉体が別のものに置き換えられていくような、インプラントをインストールする際の痛みに少し似ていた。

 ただし、平凡とはいえそれは痛みに慣れたⅤの判断基準。

 平和に身を置く人間からすれば、悶絶では済まない痛みである。

 

「ま、た……」

 

 再び、痛みとともにⅤへ記憶が流れ込む。

 だが次のそれは頭の時とは毛色が違う。

 頭が受け取ったのはその名の通り、人に関する記憶。

 いつどこで、誰が何をして、如何なる結末を迎えたか。所謂、物語の情景。その全て。

 対して身体が受け取ったのは経験。

 筋肉の使い方、武器の扱い方、ネットランニングの技術。幾度となく窮地に立たされ、酷使されながら変化した肉体。人の善意、悪意、信念、理想。様々な思いに晒される中で得た、感覚的な鋭敏さ。

 行動にともなった肉体的、感覚的変動。その全て。

 一部ではない。()()である。

 

 とある一人の傭兵は、大切なものを失いながらも街の頂点に上り詰めた。

 とある一人の傭兵は、大切なものに自らを託し消えた。

 とある一人の傭兵は、大切なものを全て失い、魂すらも悪魔に売った。

 とある一人の傭兵は、大切なものを失って、生きる術をも失った。

 とある一人の傭兵は、大切なものと共に、たった一人で成し遂げた。

 

 違った未来、違った過去。

 どれもが別の人間が辿った道であって、どれもが一人の人間が辿った道であった。

 その全てが今、ここにある一つの身体に集約されようとしていた。

 地獄の業火に焼かれるほどの痛みを伴って。

 

「うぅっ……いしき、が……」

『おや、二度寝とは羨ましい限りだね、ヴァレリー』

 

 意識を手放しかけた瞬間。

 もはや飽きるほどに聞き慣れた声がしたのと、今までの痛みが幻だったかのように消え去ったのは同時だった。

 憔悴した身体に鞭を打つのも慣れたもの。

 荒い息を整えながら、ベッドに投げ出された身体に力を込め何とか起き上がる。気を抜けば倒れそうになる上半身を杖代わりにした腕で支え、声がする窓の方向へ顔を向けた。

 

『ご機嫌よう、我が愛しき愚か者よ』

 

 

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