The world beloved Fool 作:へっこむす
おのれチャールズめ。
というわけで続きです。
チャールズ・バックスという男がいる。
インプラントを一つとして入れていない中肉中背の体と、特徴のない顔立ちを持つ彼を一言で表すならば、凡庸である。
裕福な家庭に生まれた訳でも、特筆すべき才能がある訳でも、一目置かれる容姿を持っている訳でもない。
とある都市の中流階層の集まる地区で、小さなクリニックを営む家庭に生まれた彼は、特に夢や目標もないまま生きて来た。幼少期から成績は中の中。辛くも大学を卒業してからは両親に言われるがままリパードクとなり、暫くは父の後を継ぎクリニックを経営していた。平日は常連しか訪れない、活気のないクリニックで父に教えを受けながら患者を診察、治療。家に帰れば母が食事を作って待っている。休日は人並みに映画を鑑賞したり読書をしたり、あまり活動的な方ではなかった。
妻はいない。恋人ももう十数年は出来ていない。端からそんなものを作ろうと思ってすらいない。他人のために自らの時間を犠牲にするなど馬鹿馬鹿しく、元より他人にそこまでの興味がなかったのだ。過去に恋人を作ったのだって、口煩い両親を一時的に黙らせるためだった。
平凡な日々。代り映えのない人生。
きっと自分はこのままこうやって死んでいく。チャールズはずっとそう思っていた。それで満足だった。
しかし転機が訪れたのは、とある冬のもう年が終わろうかという頃。
惰性でつけていたテレビから流れ始めたのは、"夢と希望の街、ナイトシティの中心部。シティセンターの破壊と再生の歴史"。などという何ともチープな番組。
ナイトシティのことは当時はよく知らなかったが、噂はよく聞いていた。
曰く大国に飲み込まれず自治権を守り続けている。
野心溢れる若者が溢れている。
中心部を核で吹き飛ばされても立ち直った。
夢だの野心だのはチャールズには無縁の話。だからこれまでは、話半分でしか聞いてこなかった。
だが、チャールズの考えはその番組を見て百八十度回転した。
雲まで届くのではと思わせる背の高いビル、煌びやかな街並み、家が何件も建てられるほどの高級車。
そこには財があった。それも世界の全てを詰め込んだかのような財が。
しかもその財は、誰の懐に入ってもおかしくないものだという。全てを得るか、全てを失うかは運次第。勝者と敗者が明確に存在する世界。
チャールズの枯れていた心に渇望という豪雨が降り注いだ瞬間だった。
あそこからの眺めを見てみたい、彼は漠然とそう思った。裕福な生活がしてみたい、という夢にも似ているが、金や名声はあくまで副次的なもの。見上げることすらしなかった世界を見下ろしてみたい。何もない自分でも可能性があるというのなら、挑戦してみたい。
何とも些細で子供っぽいそれが、どういうわけかチャールズの夢になった。
生まれて初めての目標に、体の芯から燃え盛るような気力が溢れ出す。がしかし、頭は冷静だった。まともなやり方では、何もない自分があの場所に辿り着くのは不可能であるとわかっていた。
だから彼は考えた。憧れの世界へ、夢の場所へ飛び込む方法を。
いつも通りの生活を続けながら考えては却下し、考えては却下しの日々を繰り返した。幸いなことに、考える時間だけは人一倍あった。
そして一月程が経過したある日、彼は気がついた。その方法を既に知っていた事に。真面目に仕入れ先を探し、真面目に薬を学び、真面目に治療を行う。そのリパーとしての当たり前が至極馬鹿らしくなってしまう手段があることに。
それからというもの、チャールズは誰に相談することもなく故郷を飛び出し、様々な土地でクリニックを開いては移転するという生活を始めた。同じ場所に留まるのは長くてもせいぜい二年ほど。短い時には半年もしないうちにいなくなる。
様々な土地で多くを見て、聞いて、実践する。コネを作る方法。ルートを確立する方法。人に信頼される方法。必要だと思うことは全てやった。
無論全ては己が目指す夢を叶えるため、ナイトシティで大成するために。
そして二年ほど前、チャールズはついに憧れの地へと赴くに至る。
欲望渦巻く混沌の街。
話に聞いていた以上に、街は濁り切っていた。
鬱陶しいほどのネオン。
鼻を摘むほどの悪臭。
騒々しい大型モニター。
不味い食事。
不安定な気候。
それらに彩られる数多の犯罪行為。
まるで時報の如く、数時間置きに街中では銃撃戦が繰り広げられ。
夜道を一人で歩けば、デートに行くような感覚で連れ攫われ。
路地裏を歩けば挨拶代わりに殴られる。
都市部の中心地や高級住宅街、警察署や空港の周辺ならばまだある程度治安は保たれているが、パシフィカやバッドランズを始めとする無法地帯は目を覆いたくなる有様だ。
チャールズが店を構えたカブキ・マーケットから少し北上しただけでも、そのような蛮行は常在化している。
何とも嘆かわしいことだとチャールズは思う。
なんて勿体無いことをするのだろうか、と。
「すまない、よく聞こえなかった。もう一度言ってもらえるか?商品はどうした?」
「……盗まれたらしい」
「ジャパンタウンのアジトが襲撃された。仲間が大勢やられて、商品はトラウマとランデブーだとよ」
チャールズ・バックスのクリニック。
一階から扉を潜り、階段を降りて通路兼器具置き場を通り過ぎた先にある手術室。こびりついて取れそうにもない血と薬剤の混ざった臭いが充満する空間。
その中央に設置された手術台兼解体台の傍に立つ男二人の言い分に、チャールズは頭の血管が切れたのではないかという錯覚を覚える。今すぐソファーから立ち上がり、こいつらを商品としてこの場で解体してしまいたいほどの怒りだった。
今回送られて来るはずだった品物にはそれだけの価値があった。
最高級のサイバーデッキ、それもカスタム品。更にはネットランニングに特化したサイバーウェアが何点か。前者は買い手がつきにくいだろうが、もし売れればそれだけでこの街での収益を超える可能性すら秘めた一品。
こいつらはそれを持って来るどころか盗まれたという。宝石よりも価値がある商品を。
「取り戻すことは出来ないのか?」
「トラウマから?はっ、無理だな。リスクが大きすぎる」
悪びれる様子もなく、フィガシェフスキーと名乗るスカベンジャーは曰う。隣のトラチェフも同様の態度を示していた。
事実、この件に関していえば彼らに非はない。情報を漏らした訳でもなければ、襲撃現場に居合わせてもいない。彼らには対処の仕様などなく責めるのはお門違いである。
しかし、チャールズにしてみればそんなことは関係ない。
ナイトシティに来てから約二年。努力に努力を重ねてようやく得たチャンス。あの商品は、チャールズを夢のすぐ近くまで連れて行ってくれる切符だったのだ。
「なるほど理解はした。それで?損失をどう穴埋めするつもりだ?」
「はぁ?穴埋め?冗談だろ、なんで俺たちがそんなこと──」
「商品を仕入れ、搬入するまでがお前達の仕事だ。それを怠ったのだから責任を問われるのは当然だろう?」
スカベンジャー達の表情は、見窄らしいフェイスガードによって隠されている。しかし、苛立ちに顔を歪めていることはよく動く指先と声音からはっきりとわかる。
「……おい、調子乗んな。じゃないと麻酔なしで整形することになるぞ」
「お前こそ立場を弁えたらどうだ?この件をボスに報告すれば、お前らは明日にでも商品に早変わりだ。まあ、大した利益は望めないだろうが、それをわかっていての発言だろうな?」
「……チッ」
「クソが……」
ボスという言葉を出した途端、スカベンジャー達の威勢が急速に萎んでいく。まるで母親に叱られる前の子供のように。
何とも情けない有様だが、それも仕方のないことだとチャールズは思う。
どれだけ頭の質量が少なかろうとこのワトソンでその名前を聞けば、裏を知る殆どの人間は萎縮し歯向かえなくなる。だからこれまでその男に歯向かった者はいない。正確には全ていなかったことにされた。
だからこそ、チャールズはこの街に来てまず最初に情報を収集し、彼の元に跪く選択をした。詳細を掴んだ瞬間に、今目の前で起きているような光景が脳裏に浮かんだからだ。
彼に、ジョウタロウ・ショウボウに仕えれば、平凡で何も持たない自分でも夢の舞台に登壇出来る。
「わかった、何とかして埋め合わせる……」
躾のなってない犬もこの通り。
耳障りな駄犬の鳴き声は、虎の威の前では聞こえなくなる。奴らはいつ餌にされるのかと怯え、震えて待つだけの非捕食者に成り下がる。
チャールズはこの瞬間がとても好きだった。
誰かを屈服させる時、自分はその誰かよりも上にいる。何の変哲もない人生を歩んできた自分が、誰かの上に立っている。それは目指す場所へ確実に近づいている証左。
チャールズの生き甲斐とも言うべき至福の時間だ。
「分かればいいんだ。さっさと働け無能ども」
「……また商品が入れば連絡する」
「覚えてろよ……」
背を向け上階への階段へと向かう二人を見ながら、チャールズは軽い八つ当たりでも発散し切れなかった苛立ちを息と共に吐き出す。
これでまた、夢は遠のいた。しかし諦める理由はない。
同業者の殆どが一年足らずで街から姿を消す中、チャールズはたった二年でここまで来たのだ。自分を褒めこそすれ、卑下するなどあり得ない。
それに、挽回のチャンスは幾らでも転がっている。
何せこの街には商品が溢れているのだ。
例えば先日シティセンターで暴れたサイバーサイコ。彼が身に付けていたインプラントが消失したという噂を聞き、チャールズはそちらの方面にも手を広げる算段でいる。更に州境やバッドランズからの入荷予定分も合わせれば、今回の損失を回収するのにさして時間はかからない。
「もうすぐだ、もうす──」
「──ん?何だお前、どっから入っぐぶっ!?」
チャールズが光り輝く世界の中心にいる未来の自分を思い描いていた最中のこと。
それは起こった。
「てめえ何しやがっあぁぁぁ!?」
スカベンジャー二人の困惑の声と怒鳴り声が聞こえたかと思えば、ドガン、ドガン、と立て続けに響く衝撃音。続いてパラパラと何かが降り注ぐ音。
「な、なんだ何が起きた!?」
チャールズの頭は驚愕と困惑と恐怖に支配された。
部屋を隔てるビニールカーテンの奥で、向かって右側から煙が立ち込めている。おそらく、先ほどの二人に何かが起きて反対側へ弾き飛ばされたのだ。ソファーに腰掛けた状態ではスカベンジャー達がいた階段の傍がちょうど死角になっているため、煙の原因が分からず断定出来ない。
「お、おいどうした!何があった!!」
チャールズは勢いよくソファから立ち上がり、しかしその場に止まったまま悲鳴を上げた二人に声をかける。だが当然というべきなのか、返事はない。二人とも気を失っているか、下手をすれば既に死んでいる。
「くっ!」
あの怒号と悲鳴からして、これが事故などではなく襲撃であることは疑いようがない。襲撃の理由はわからない。というより、思い当たる節が多すぎて判断できない。
商品由来の復讐か、商売仇の差金か、サイバーサイコか。
そもそも一体何処から情報が漏れたのか。どこの勢力ならジョウタロウの傘下にあるこの場所に襲撃を仕掛けられるのか。
チャールズは襲撃者の正体に思考を巡らせるが、それよりも先にやることがあることを思い出し、ソファを蹴飛ばす勢いで足を動かした。
(逃げなければ!)
本能が訴えかけて来るままに、チャールズはなりふり構わず駆け出す。目指すは謎の襲撃者が現れた方向とは真逆にある、上階の店へと続く階段。手術室から飛び出し、その先の器具置き場とを繋ぐ自動扉が開くまでの僅かな時間すら、今のチャールズには煩わしい。
いつもよりも遥かに長く感じるその時間を越え、チャールズは器具置き場に飛び込んだ。
『そんなに慌ててどこ行くんだ?』
「ひいっ!?」
しかし、今さっきまで後ろにいたはずの襲撃者が逃げた先で待ち構えていた。
チャールズは急ブレーキをかける。その反動で足がもつれ尻餅をつく格好になってしまった。
何故、どうしてとパニックになりかけるも、チャールズは気づく。
まさか一瞬で目の前に回り込んだはずもないので、おそらく最初から複数人での襲撃だったのだろうと。
そしてチャールズは絶望に包まれる。
考えてみれば不思議なことではない。護衛が多数配置されているこの建物に一人で襲撃を仕掛けるなど阿呆の極みである。少なくとも二人。もっと多くいる可能性も低くない。
退路は絶たれた。ではどうするか。
次の手を考えながら、チャールズは襲撃者の容貌を観察する。
身長はあまり高くはない。だが低いという程でもない。体格は少しがっしりとしているように見えなくもないが、何分肩から手先、足先までを黒いローブですっぽり覆い隠してしまっているため正確なところは不明だ。
そのローブは見た限り安物で、生地は劣化が散見され、点々とこびりついた汚れが窺えるうえ、裾はほつれが目立つ。露天の古着屋で売っていそうな低品質である。頭にはバイカーが好むようなバイザーヘルメットが被せられ、顔を見ることは叶わない。こちらもまた傷が多く目立つ。
声も独特な加工が施されていて男女の区別さえ難しい。
衣服こそ粗雑な印象を受けるものの、徹底された正体の隠蔽は敵が素人ではないことを証明していた。
「お、お前たち、自分が何をしているのかわかってるのか!!」
『"たち"……?』
思考の末、チャールズはスカベンジャーにも有効だった手を行使する。無理やりやらされていたと言い張ることも考えたが、万一先程の会話を聞かれていたらかえって己の首を締めることになるため止めておいた。
ただどちらにせよ、説得の望みは薄いだろう。
この手の相手はよく知っている。チャールズのクリニックに通う客はこうした傭兵が大半だからだ。
敵の性格、趣味嗜好、交友関係から本人すら気がつかない小さな癖まで。傭兵たち、それもプロともなれば入念な下調べと準備を重ねたうえで計画を実行に移す。つまり襲撃を事前に察知出来なかった時点で、腕っぷしに全く自信のないチャールズに逃走は不可能。
故に今できることは、如何にして被害を少なくするかの交渉のみ。
「私のボスはあのジョウタロウ・ショウボウだぞ!私に危害を加えれば彼が、ひいてはタイガークロウズが黙っちゃいない!!」
『……』
チャールズは全身から流れ出る嫌な汗を吹き飛ばすように必死になって叫ぶ。
傍から見れば、実に滑稽だろう。全くもって無様だろう。
だがそんなことは些事でしかない。
生きてさえいれば挽回できる。生きてさえいれば夢を追える。だから何を犠牲にしてでも、この場をしのがなくてはならない。
「な、なあ、何が望みだ?金か?インプラントか?言ってくれれば何でも協力する!だからどうか命だけは!」
『…………』
体勢を変え、膝を折り、額を床につける。
今のチャールズに出来る最大限の懇願だ。
これでも話を聞いてもらえないのであれば、チャールズに残されるのは強行突破という小さな小さな活路しかない。
『………………』
時間にして一分といったところ。
拷問とも思える沈黙を経て、耐えきれなくなったチャールズは僅かに顔を上げ、眼だけで相手を盗み見る。
「……?」
襲撃者は頭を下げる前と、いや現れた瞬間から一切微動だにしていなかった。
まるで時間が停止してしまっているかのようだ。
ジョウタロウの名前を聞いても、自らの矜持を投げ捨ててまでした命乞いにでさえ完全な無反応。
あまりにも無反応過ぎて逆にチャールズの落ち着きが戻ってくるほどだった。
もしかしたらこのまま何もされず見逃してもらえるのではないか。
そんな希望すらみえてきた気がした。
「あ、あの」
『なんだ、もう終わりか?つまんねえな』
だが、チャールズの抱いた淡い希望は、いとも容易く泡沫と消えた。
「えっ」
極々自然な振舞だった。警戒心を抱くことが馬鹿らしくなるほどだった。
歩数にして三歩、襲撃者はチャールズに近づいたと思いきや、徐に左足を振った。まるで路傍の石を蹴とばすかのように。
「っがああぁぁ!?」
ローブの下に隠されたハイヒールが目に入るのと、右肘から激痛を感じたのは同時だった。痛みに耐えきれず、左腕で反対の腕を抑えチャールズはうずくまる。痛みを発する右腕へ目を向ければ、肘から先があらぬ方向へとひん曲がっていた。折れていると自覚した途端、恐怖と焦燥がトッピングされ痛みは数倍に跳ね上がった。
「な……っ、で」
『あん?』
未だ嘗て経験したことのない痛み。冷や汗が吹き出し、歯を噛み締めた口からは涎が止まらない。
チャールズにはこれほどの仕打ちを受ける理由がわからなかった。
自分は単に夢を追いかけていただけだ。
確かに、その過程で他人に様々な迷惑をかけたかもしれない。人死だって出た。
だが悪意を持って行動した事は一度もない。それにこの街ではその程度日常茶飯事だ。
チャールズ以上に咎められるべき人間は幾らでもいるし、それどころかリパーとして多くの人の役に立って来たのだから、本来なら褒められて然るべき人間である。
そんなチャールズにどうしてこのような真似が出来るのか、甚だ理解に苦しむ。
「な、んでっ……こんな、ことを……!!」
チャールズは血走った目で、襲撃者に向かって叫ぶ。
それは含むもののない、心からの問いだった。
『なんでって、そりゃお前と同じだよ』
「……は?」
予想外の答えにチャールズは素っ頓狂な声を上げた。
目の前の理不尽な人物はチャールズと同じだという。
全くもって意味不明だった。
一体何処が同じだというのか。少なくともチャールズはこんな野蛮な行いはしない。
『己が目標のため、お前だって他人を食い物にして来ただろ?今度はお前が食われる番になった、それだけだ』
「そ、んな……」
チャールズがやってきたのはあくまで商品の選別だ。
自分の夢のために役立つか否か。役に立つのなら客や同僚として扱うし、役に立たないのであれば商品として売る。商品か客。跪くべき上位者か唾棄すべき下位者。自分以外の人間とはそれ以上でもそれ以下でもない。
食い物などと思ったことは一度もない。
「た、たすけ」
『ああ、安心しろ。まだお前が死ぬとは決まってねえ。こいつの判断次第だ』
そう言って襲撃者は懐から一丁の銃を取り出した。
刹那、チャールズの五感はその銃一点に収束された。肘の激痛すら忘れるほどに。
それは芸術だった。否、それすらも超越した何かだった。
黒地に一部だけ白い線が引かれている銃。見た目は至ってシンプルで、それだけなら武器に明るくないチャールズでは、スカベンジャー達が持っているものと見分けがつかなかっただろう。
だがそれは明らかに違った。他を寄せ付けない何かがあった。
美の価値観を一点に集約し、外側を美という概念でコーティングしたかのような美しさを有し、見る者を無意識に引き寄せてしまうほどの魅力と存在感を放っている。
まさに神話や御伽話の世界から飛び出してきてしまったかの如き代物だった。
「あ、あぁぁ」
銃口がゆっくりとチャールズの方へ向けられる。共鳴するようにチャールズの体が自ずと震え始める。
得体の知れない何かに遭遇した驚愕。常識では測れない美しさを目の当たりにした感動。死が訪れるかもしれない恐怖。
数多の感情に苛まれ、チャールズの体は震えている。
さながら、裁きを待つ罪人が如く。
腕の痛みはもはや意識の外だった。
『お、よかったな。お前は認められたらしいぞ』
ここへきて漸く、襲撃者の声音に変化が生じた。
僅かながら高くなったその声は、チャールズには喜色を表しているように思えた。
それはチャールズにとっても吉兆だった。
否定されたのではなく認められた。確実ではないが、その発言は前向きな要素である可能性は高い。決めたのが銃という点に疑問を抱かないこともないが、生き残れさえするのなら些細なことだ。
一時はどうなるかと思ったが、腕を治せばまた夢を追いかけられる。ジョウタロウに報告して、目の前の阿呆は殺してもらえばいい。
何も問題はない。すぐにいつも通りになる。
チャールズは自分の運の良さに感謝した。
「じゃ、じゃあ──」
『──殺すべき悪人として、な』
「へっ?」
しかし運は味方ではなかった。
悪人。誰が。自分が。まさか。
言葉を飲み込む暇もなく、時間だけがゆっくり進んでいく。
向けられた銃に流れる白い線が発光を始める。弾丸を押し出す方向に明滅を繰り返す様は、エネルギーを放出する準備にしか見えない。
「ま、まって」
願いは届かない。
無情にも黒き死神の死刑執行は止まらない。
(ちがう)
何が悪かったのだろう。
生まれか。
環境か。
手段か。
夢を抱いたこと自体か。
(ちがう)
悪いのは夢一つ追わせてくれない世界のほうだ。
自分は何も悪くない。
何も。
「やめ──」
『じゃあな』
視界を覆い尽くす閃光とともに、裁きの雷が轟いた。
チャールズの意識はそこで終わった。