The world beloved Fool   作:へっこむす

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どうもへっこむすです。
まさかのアプデが来ましたねめでたい。
というわけで短いけれどどうぞ。


ACCOMPLICE / 敵か味方か

 

 

 後ろへ流れていくカブキ・マーケットの雑多な景色を眺めながら、デクスは強張った肩を剥がすように腕を軽く回す。巨体の動きに合わせ合皮のシートが辛そうに悲鳴を上げる。

 ある程度ほぐれたところで、デスクは三本目の葉巻を取り出しながら今さっきまで隣にいた女を思い出す。

 そして思う。あれは何だ、と。

 

(あれがルーキー?笑えない冗談だ)

 

 ふん、と紫煙と共に腹立たしい気持ちを鼻から吐き出す。

 ルーキーとは何か。

 街がなくならない限り沸き続けるまるで蛆のような存在。富、名声、性衝動。己を満たすために態々死に急ぐ阿呆ども。

 鴨。囮。捨て駒。安く雇える労働力。

 デクスにとっては搾取されるべき側であり、それ以上でもそれ以下でもない取るに足らない存在。大抵の場合は何一つ成すこともなく道端で生き絶えるか、ちっぽけなコソ泥に成り下がるかしかない底辺。

 今回の相手もそうだと思っていた。どうせこの街の混沌を微塵も理解していない、勇気と無謀を履き違えたバカであると。

 しかしそれがどうだ。

 予想は跡形もなく崩れ去ったではないか。

 一目見た瞬間、という表現があるが今回が正しくそれだった。最初車に乗り込んでくる姿を見た時点で凄まじい違和感が生じた。

 まずその容姿。

 明らかにこの業界で生きているとは思えない顔立ちと艶。髪はその方面の人間ですら羨みそうなほど活き活きとし、肌には傷どころかシミすら見当たらない。人口スキンかと疑いもしたが、デクスの鍛えられた目はそれが女本来のものであると判断した。

 何処ぞの売れっ子モデルが社会学習のためにお忍びで見学に来たのではと思うほどに、女の容姿は優れていた。服が安物であることが違和感を殊更に加速させていた。

 何よりおかしいのは立ち居振る舞いだった。

 立つ。屈む。座る。デクスを見る。一連の流れに澱みは感じられず、一挙手一投足に迷いの欠片すら見受けられなかったのだ。

 デクスほどのフィクサーになれば、新人のハッタリや見栄など無意味なもの。どれだけ誤魔化しが上手くとも、豪胆さを持ち得ていても、初めて名の知れたフィクサーを相手にしたならば、その動きには硬さが生じぎこちなさが見て取れる。

 しかし女にはそれが皆無。

 まるで慣れ親しんだ友人とドライブでもするかのように自然体で車に乗り込み、その姿からは緊張も焦りも驕りも感じなかった。

 見掛け倒しでないことは口を開かせてみればよくわかった。質問に対する受け答えも無駄なく的確。淡々と話を呑み込み指摘すらしてみせるものだから、手の内を全て見透かされているのではないかと錯覚するほどだった。アラサカ、ミリテク、メイルストローム。小物なら震え上がりそうな名前を出してみても、態度に変化はない。ただ平然とそこにいた。

 とはいえ、それだけならば驚きこそすれどデクスは歓迎する。優秀な人材に巡り会えたうえ今回の仕事の成功に期待が持てるし、未来の大物かもしれないと目をかける。喜ばしい要素しかない。

 それだけならば。

 

(あの異様な感覚は……)

 

 車はワトソンとウエストブルックを繋ぐ橋に差し掛かった。繋ぎ目を越える際の振動を感じながら、先程の感覚を思い出しデクスは眉を顰める。

 このナイトシティで平静を保っていられる人間は四種類に分けられるとデクスは思っている。

 一つは自分だけは大丈夫だと思っているまぬけ。

 道端で人がのたれ死んだ。ギャング抗争で住民に被害が出た。サイバーサイコが暴れて死傷者多数。日常に溢れかえったニュースを画面の向こうの話だと妄信し、自らが当事者になるなど思いもせず生活している者達。おそらく最も幸せな人生を送っている類とも言える。

 次に、人を使う立場にいる人間。

 傭兵、ギャング、企業。害を齎すそれら全てを敵に回さず、あまつさえ掌で転がす術を心得ている者達。フィクサーや企業の重役などが当てはまり、デクスも自分をここに分類している。

 更にはこの街で、若しくは外で成功を納めた者達。アーティスト、アナウンサー、政治家。様々なカリスマ性を見に纏い、人を惹きつける力を持ったエリート。彼らは大抵の場合己の世界を持っているため、外的要因には余り興味を示さない。それが平静を得るに至っている要因だろう。ただ時折、常人には理解出来ない内側から沸き出る何かのせいで苦しむ場合も多々あるようだが。

 そして最後。これが最も厄介と言っても過言ではない部類。現実が見えていない訳でもなく、駒の扱いに長けている訳でもなく、カリスマを有している訳でもない。だというのに、やろうと思えば他の誰よりも容易くこの街の頂点に君臨出来る存在。

 

(肌がひりつく様な独特の圧……認めたくはないが……)

 

 ナイトシティを長く見ているデクスでも遭遇したのは初めてで確証は持てないが、あれはおそらくそうだ。

 たとえ全てを敵に回したとしても、平然と退けられる力を持つ者。全てを力で解決してしまう理不尽の権化。レジェンドと呼ばれるに値する者。

 デクスが最も警戒し、尚且つ好まない類である。

 例を一つ挙げるとするならば、冷酷無比で名高いアダム・スマッシャーだろうか。デクスをして噂程度しか聞き及ばないが、それらが真実だとすれば彼は間違いなく四つ目の部類だ。

 

「オレグ、忌憚のない意見を聞かせてもらおう。アレと戦って勝てるか」

 

 一人で判断するには余ると思い、デクスは信号に引っかかったタイミングで運転手兼用心棒を務めている大柄の男に目を向け問いかける。

 オレグ・ダルケビチ。

 ナイトシティに戻ってからツテを頼って雇った男であり、故にまだ付き合いは長くない。初めは当然警戒していたがしかし、その忠実さには目を見張るものがあり、今では雇って正解だったと素直に思っている。

 オレグは暫し間をとってから口を開いた。

 

「……力比べなら負けないかと」

「なるほど、勝てるのは腕力だけか」

「…………」

 

 争い事に関してはデクスよりもオレグの方が鼻が効く。その彼が言うのだから、勝ち目がないのは事実なのだろう。オレグはアフターライフに於いて上位に食い込むほどの実力者。街でも有数の用心棒。その彼をして勝てないと言わしめる存在がどれほど異常か。

 俄には信じ難いことだが、先ほど会った小娘はスマッシャーと同格とは言わないまでも同類。デクスとオレグが共に異質だと認めた時点であり得ない方があり得ない。

 猫の皮を被った獅子、若しくはもっと得体のしれない何か。デクスは背筋に冷たいものが走るのを葉巻を吸って誤魔化す。

 

(どうする、他を探すか……?そもそもT-バグは何を見てアレをルーキーと……)

 

 デクスは高速で計算する。あの底知れない女に実行役を任せて得られる利益と、発生しうる損失を。

 最も優先すべきは己の命。デクスにとってそれだけは揺るがない。だからこそ、それが護られるのであれば他の何を失っても究極的には構わない。

 

(気がかりなのはあの答えだ)

 

 デクスは女に問いを投げかけた。それは仕事を共にする相手には必ず行う儀式のようなもの。

 平穏な人生か名誉の死、どちらを選ぶか。

 その答え如何で、デクスは相手の大枠を掴むことが出来る。

 しかし、女の答えはデクスの予想とはかけ離れたものであり、判断を殊更に難しくしていた。

 

「"それなりの幸せ"、か」

 

 デクスはつい口から言葉を溢す。フィクサーとしてはあり得ない行為だが、それ程までに印象的だった。

 女は迷う様子を一切見せず、万人を魅了出来そうな笑顔を伴ってそう言い切った。これが自分の望みだと信じて疑わないその姿は、混沌の中にあってやけに眩しく見えた。この街で自らの真を貫けるのは極々一握りであり、女はおそらくその極少数派に該当する。つまりは異端である。

 

(考え得る最悪は裏切りだが……)

 

 ナイトシティでフィクサーを裏切る。あれだけの人間がその意味を理解していないはずはない。その線が薄いとなると、残る多くは利益ばかりだ。仕事の成功率は上昇。未来の大物とのコネクションも作れる。あわよくば弱味も見出せるかもしれないとなると、投資としては申し分ない。

 

「……まあいい、勝ち目が薄ければ降りるだけだ」

 

 とにかく先ずは確認だと、デクスはバグにホロをかける。機械音が鳴る間、少しは気が紛れるかと胸中に渦巻く漠然とした不安をデクスは口にする。しかし、煙と混ざって車内に充満したそれは、かえってデクスの気分を悪くした。

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