The world beloved Fool   作:へっこむす

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 この街はクソ溜めだ、ととある爺さんが言っていた。

 何を当たり前なことをと初めて聞いた時は嘲ったものだが、その時のあーしは表面上でしかその意味を理解していなかった。

 でも傭兵の仕事をするようになってから、嫌と言うほど実感した。なんてったって、相手にするのはどいつもこいつもクソばかりだから。

 性根の腐ったクソ。理性が消し飛んだクソ。回路がぶっ飛んでるクソ。もはや人かどうかすら怪しいクソ。

 全員のド玉をぶち抜いてやれたなら、どれだけスッキリするだろうかと考えない日はない。だがとてもとてもムカつくことに、全員をぶっ殺せる依頼はそう多くない。うちのリーダーは基本的に殺しの依頼は受けないから、できるだけクソ野郎を殺すなと言われる方が多い。あーしもガキじゃないしルールは当然守るけど、どうしても不満は溜まる。

 クソ兄貴みたいに年がら年中股間をイジる趣味もないし、そういう時はヤルのが一番だとか言う奴も多々いるが、好きでもない奴とセックスなんざしたくない。この前それをついポロッと溢したらドリオに延々頭を撫で繰り回されたからもう人前では絶対に言わないけど、あーしはそういう人間だ。じゃあBDでも試してみるかと思って何回かやったこともあるが、いまいちハマりきれなかった。クラブもバーも入る前に当然のように止められるから余計にストレスが溜まるので却下。

 そんなこんなで悩んだ末、辿り着いたのは銃弄りだった。

 銃はいい。すごくいい。

 クソ野郎みたいにクソじゃない。偶に頑固なところとか、不器用なところもあるけれど、それを踏まえても素晴らしいものであることに変わりはない。

 銃は素直だ。

 スライド。バレル。フレーム。トリガーにマガジン。部品ごと丁重に手入れし、大切に扱ってやれば長持ちするし何より言うことをよく聞いてくれる。あーしの思った通りにクソを撃ち、思った通りに仲間を守る。

 銃は頼もしい。

 体格に恵まれておらず、インプラントも思うように入れられないあーしがこの街で生きていくためには武器に頼る他なく、銃は最適解と言える。力がなくても、背が小さくても、指を引くだけで大の大人をあっさりぶっ殺せる。

 おかげで一人で迎える夜を怯えて過ごすことはなくなったし、仲間達の手助けも出来ている。

 だからあーしは今日も銃を磨く。

 最近の相棒はミリテクM-76Eオマハ。ヘビーマシンガンにも劣らない威力という売り文句には首を傾げざるを得ないけど、小口径の中では上位に位置する破壊力を備えているのは間違いない。それを両手に持つことでピストルの泣きどころである連射力をカバーするのがあーしのスタイル。練習はほぼ毎日かかさない。少し前まで見せられたもんじゃなかった利き手じゃない左での射撃も、今じゃ右と遜色なくなった。練習の賜物。いや、あーしが天才なだけかもしれん。

 ただこのスタイルだと弾代が馬鹿にならないのが玉に瑕。オマハは個体金属弾という特殊な弾薬を使用するために、通常の弾よりも値が張るのだ。正直安い弾で済む銃に乗り換えようか迷ってる最中。今後の仕事の羽振り次第かなあ。

 

「おいレベッカ。ファルコ着いたってよ」

「うっせわーってるよ」

 

 床に敷いた布の上にパーツを並べ、その側に座り込んで二丁目の最後のパーツ、フレームを拭いているところに街のクソ代表から声がかけられる。

 部屋を丁度真ん中で分けるように設置された仕切りの奥から顔を覗かせたのはピラル・ストークス。あーしとは似ても似つかないクソな見た目と性格のクソで、断固として認めたくねえけどこれでも正真正銘実の兄である。認めたくねえけど。

 

「先に行ってるぞー。早くしろよ」

「へーへー」

 

 兄貴はヒラヒラとその無駄に長い腕を動かして、部屋から出て行った。最近変えたばかりの金の手がムダに光を反射して非常にうざったい。オマハで粉々にしてやりたいところだけど、いっちょ前に防弾仕様ときた。ホントにいちいち癪に触る。

 少しはデイビッドを見習えばいいと思う。

 ちょっと前にチームに合流したデイビッド・マルティネスとかいうガキンチョ。

 アイツはなんかいい。見てると飽きないからずっと見ていたくなる。まるで銃を弄ってる時みたいに穏やかな気分になれる。このご時世、あんな奴が残ってるとは思いもしなかった。素直でちょっといじっぱり。周りがよく見えてるし(ルーシー見過ぎ)、なんだかんだ真面目で頭がいい。最近は仕事にも慣れてきたみたいだし、きっといいサイバーパンクになると思う。別に好きとかそういうのはないけど、寝るならああいう奴とがいい。

 

「っと、置いてかれっとめんどーだかんな」

 

 クソ兄貴の言うことに従いたくはない。でも今日はこれから次の仕事のブリーフィング。遅れてチームの和を乱すのはあーしの流儀に反する。

 

「ちょちょいのちょいと」

 

 あーしにかかれば分解されたピストル二丁を組み立てるのに一分もいらない。手先が器用なところはクソ兄貴と唯一似ている部分かも。ちっとも嬉しかねえ。

 

「銃よし、服よし、やる気よし。しゃー行くかー」

 

 装備を確認し部屋を出て、しみったれたアパートの階段を駆け下り扉をくぐる。外は暑くもなく寒くもない。今日はちょうどいい日和だ。

 最近新しくした目も好調で、すぐに目の前の通りの反対側に停まる見慣れた車を見つけられた。マーヒアのスプロンをちょっと頑丈になるように弄ったやつが鈍い太陽光に照らされて地味に輝いてやがる。今日も丁寧に洗車してきたらしい。すぐに汚れるか凹むかするってのによくやる。

 背は高いしあーしが乗るのに不便はないけど、何処ぞの手長クソ野郎には窮屈らしく後部座席はいっつも占拠される。こいつが乗ると何用意しても大体狭くなるうぜえ。

 

「よーじじい、今日も冴えねえな」

「相変わらず見る目がねえなお嬢ちゃん。とっとと乗れ置いてくぞ」

「は、ぶっころ」

 

 ささっと通りを横切って話しかける。やれやれと言った感じで、車の窓から答えたのはチームの運転手をやっているファルコ。似合わない髭を一向に剃ろうとしない残念なじじい。車が奇麗な分逆に似合わなさが強調されてるうける。ただまあ運転技術だけは割と高い。あとなんだかんだ仲間想いなところもあーし的にはいいと思う。絶対ちょーしに乗るから言ってやんないけど。

 ぐるっと回り込んで助手席に乗り込めば車はすぐに動き出した。

 目的地はいつもの集合場所。サントドミンゴの北側、ランチョ・コロラドにある倉庫区画。ウエストブルックを跨がなきゃならんから遠いように感じるけど、ここからだとすぐにハイウェイに乗れるから、遠いっちゃ遠いが近いっちゃ近い。

 

「って、なんか道違くねー?」

 

 倉庫までの道のりを頭の中で辿っていたからすぐに気づいた。いつもと通る道が違う。真っ直ぐ行けばいいはずのところをファルコは右折した。排水路沿いに続くこの道でもハイウェイには乗れるけど圧倒的に遠回りだ。とーとー耄碌しやがったかじじいめ。

 

「あーいやな、メインがお前ら迎えに行くならついでにオールフーズの周りを軽く見てこいって言うからよ。出来れば写真も」

「はあ?メインが?」

「聞いてねえぞ。なんだって態々あんなバケモンの巣を」

「てめえもいい勝負してっけどなクソ兄貴」

 

 ファルコは説明をしながら、工場前の交差点を右折した。

 

「レベッカ、写真頼むわ」

「なーんであーしが。自分でやれよじじい」

「悪いが運転で忙しくてな。ピラルでもいいんだが、お前最近キロシ新調しただろ?写りが良いに越したことはねえからよ」

「そゆことだ、よろしくな妹」

「ちっクソが。分け前は増やせよな!」

 

 じじいに従うのはムカつくが、言ってることは正論だし仕事の一部でもある。ここでの我儘はチームに迷惑を掛けかねないから、仕方なく記録用インプラントを起動し、手長クソ野郎を無理やりどかして左側の後部座席に移る。

 撮影対象はオールフーズの工場。

 昼間に訪れる分にはただの工場に見えなくもない。けど、ノースサイドに住んでる人間は基本的にここら辺を好き好んで彷徨くことはまずしない。何せ下手すりゃあそこを根城にしてるこわーいこわーい機械人間共に捕まって、体を弄り回された挙句醜い同志にされちまう。それかインプラントを無理やりぶっこ抜かれて奴らの餌。どっちにしろ、クソしょうもねえ未来しか待ってねえ。

 

「まさかメインのやつ、次はここでやるとか言わねえよなあ?」

「全部ぶっ殺していいってんならやってもいいけどな。じゃなきゃあーしはパス」

「こういう時、運転手で良かったとつくづく思うよって蹴るなコラ!」

 

 舐めたことをほざく運転手の席を蹴り付けてやる。

 まあここの写真を撮って来いって時点で乗り込むなり潜入するなりは確定だろうな。となると必要になるのは侵入経路と逃走経路か。

 

「そもそもよじじい、裏行く必要なくねーか」

「ま、一応な一応」

 

 ファルコは工場の周りを一回りするつもりらしく、北側の坂を下っていく。でも正直正面以外の写真は使わない気もする。この工場は高地に建っていて、北側はまだマシだけど西と南は低地だ。だから裏手から侵入するとなると骨が折れる。結構な高低差があるし、足にインプラント入れてないと現実的じゃない。

 

「あぁ、そういや聞いたか?そこのクリニックの話」

 

 車は交差点をまた左折。工場の裏側の壁とその下にある倉庫区画を適当にパシャリパシャリしてると、ファルコがそんなことを言い出した。

 

「あー?なんかあったん?」

「そいや昨日メインが言ってたな。襲撃にあったとか何とか。んでランチャーぶっ放されて店主はミンチだとよ」

「屋内でランチャー?イカれてんなー」

「お、ちょうどあそこみたいだぞ」

 

 ファルコが指を刺した先を見れば暗い路地裏をちょっと行ったあたりにある建物の前に、NCPDの立ち入り禁止ホロが置いてあるのがわかる。物々しい雰囲気は如何にも事件がありましたといった感じだ。

 ファルコとクソ兄貴によると、ほんの数日前あのクリニックが襲撃にあったらしい。被害者は店主と従業員と思われる複数名。現場の惨状から、被害者に恨みを抱えた者か、若しくはサイバーサイコによる犯行ではないかとされるものの目撃者はなし。監視カメラもご丁寧に全て破壊されていて、犯人の特定には至っていない。

 まあそれだけならよくある殺人事件として片づけられそうなものだけど今回はちょっと普通じゃなかった。というのも、死体の損壊が著しく、地下空間の破壊痕が相当激しかったらしい。まるで高威力のランチャーを乱発したのではと思うほどに、地下は穴だらけ。カブキ・マーケットの中央部でも揺れを感じるほどの衝撃だったそう。店主のものとされる遺体は穴の一つから見つかり、無事な部分を見つけるほうが難しいくらいに木っ端微塵で、辛うじて残っていた足首から身元を特定したそうだ。他の死体も似たり寄ったり。でも店主のものほどは酷くなかったようだ。NCPDの調査はそこで終わったらしいけど、界隈に出回った情報によればそのクリニックは所謂闇クリニックで、クソみたいな方法で品を仕入れてた。繋がってたのはスカベンジャーで、店主以外の死体は全てそいつらのものだったとか。

 

「いやなげーよ。てか何でそんな詳しいんだよ」

 

 長々と語られた話が終わる頃には車は疾うに工場を一回りし、正面斜向かいに停車していた。サイボーグ共は総出で狩りにでも行ってるのか、それとも新しいおもちゃが手に入ったのかはわからないが正面付近はやけに静かだ。気味がわりい。

 

「何でって、結構話題になってんだよ」

「そんだけ派手にやってんのに目撃者が一人もいない。こりゃ相当な手練れの仕業に違いないってな」

「商売敵になるかもしれねえってメインも警戒してたぜえ」

「ほーん」

 

 確かに全て真実だとすればすげえ話だ。

 カメラを破壊し、気取られることなく潜入。敵を無力化、及び抹殺。派手にやれば痕跡なんて幾らでも残りそうなのに、実行犯が見つかっていないとなるとそれもなかったのかもしれない。敵の数も踏まえて考えれば、熟練のネットランナーと実行役が数名。最低でも四、五人の犯行じゃないかと思う。ソロじゃ絶対にこんな芸当は出来ない。

 

「じゃ、そろそろいいか?」

 

 手口を色々考えながらも撮影は続けていた。適当に入り口の位置とか人の出入りとかは確認済み。飽きたしいつまでも見ていたくもないので視線を工場から外し、粗方取り終わったという返事も込めて助手席に戻るべく移動する。

 

「んぁ?」

「なんだあレベッカ。変な声出しやがって」

 

 だけど運転先と助手席の間からふと目を向けた先。交差点の先にある道路の歩道を、こっちに向かって歩いてくる人がいた。

 すぐ側で喋ってるはずなのに、クソ兄貴の戯言が遠くに聞こえる。なんでかその光景、というかその人から目を離すことが出来なくなった。世界がその人とあーしだけになっちまったみてえに。

 その人は女だった。

 白にも銀にも見えるボブカットにされた髪。絹のように艶やかで白い肌。細い眉。太陽を思わせる金の瞳。少し幼く見える目元。長いまつ毛。すっと通った鼻筋。薄い唇。理想的な卵形の輪郭。なんだかよくわからない絵柄の入った黒いシャツに黒いジャケットを羽織り、下は黒いパンツにスニーカー。黒ばっかの服装は洒落てるってほどでもないのに、その人が着ているだけで何処ぞのブランド物じゃないかと思えてくる。

 正面からこちらへとゆっくり歩いてくるその人は全てが洗練されていた。顔立ち、スタイル、歩き方。何処にも無駄がない。瞬き一つすら美しく見える。

 なんだこれ。なんなんだこの感覚。こんな感覚は知らない。なんか胸がうるせえ。顔が熱い。酒もヤクもやってねえのに。インプラントがイカれたんじゃねえか。

 意味不明な感覚に戸惑っている間に、女性は交差点を渡り車の真横まで来た。近くで見ると、その完璧過ぎる容姿を改めて実感する。人工スキンでは絶対に再現出来ない。何処までも自然な美しさ。まるで銃を愛でている時みたいだ。いつまでも見ていたいと心から思う。

 こっち見ないかな、なんてささやかな願望は叶わず、女性は正面を向いたまま通り過ぎ、窓からもバックミラーにも映らない位置へと隠れてしまった。

 居ても立っても居られず、蹴破るようにドアを開けて、車越しに後方を確認する。

 

「あ、れ?」

「お、おいおい何してんだレベッカ!?」

「なあんだついにイカれたかあ?」

 

 クソどもの野次はガン無視。というか聞こえはするが内容が入ってこねえ。

 

「どこ行った……?」

「レベッカ!おいレベッカ!!一体なんだってんだ!」

「は?なにって、お前ら見なかったのか!?」

「だあから何をだよ」

「女だよオンナ!!クッソ美人な女が今そこにいたろ!!」

「なに!?女!?どこだどこだ!!」

 

 クソ兄貴も慌てて窓を開けるがもう遅い。当然その人の姿は何処にもない。目を離したのはほんの数秒。何処かに隠れるにしたって短すぎる。それなのに、その人は忽然といなくなってしまった。まるでホログラムか何かのように。

 

「なあんだよ何処にもいねーじゃねーか。お前のキロシ壊れてんじゃねえのか?」

「変えたばっかだっつったろクソが!てめえこそ何で見てねえんだよ!目の前から歩いてきてたってのに!!」

「あー?いや、工場の方見てたからよ」

「俺もだな。正面は見てなかったわ」

「はあ!?にしたってよお!」

 

 おかしい。どう考えてもおかしい。今車が止まっている道は二車線で広く、暫く直線だから見通しがいい。歩道はあるけどサイボーグ共の根城が近いこともあって人通りは少ないから、誰か歩いてくれば当たり前に目立つ。あれだけ美人なら尚更だ。しかも軽くとはいえ今やってるのは偵察だ。どうしたって近寄って来る人間には敏感になるはず。なのにあーしだけしか気がつかなかった。あり得んのかそんなこと。ファルコとクソ兄貴が嘘をついてるようには見えねえ。てか嘘をつく場面でもねえし、脳みそが下半身についてるクソ兄貴が反応しない時点で嘘はない。

 なら考えられる可能性は、本当に気がつかなかったかそれとも。

 

「……ハッキング?」

 

 キウイやルーシーのような高いスキルを持つネットランナーなら、対象の意識を他所へ向けさせるなんてことも出来るのかも。どう見ても肉弾戦が得意な感じじゃなかったし、多分それが正解じゃないかと思う。でも気になるのは、何であーしは気付けたかってこと。見た目がアレだから見逃されたのか。はたまた別の理由があるのか。

 

「ったく、何だってんだ」

 

 これから仕事のミーティングだってのに、頭にはさっきの光景がこびりついて剥がれそうにない。身体の熱だって下がりゃしねえ。ネットランニング中かってくらいほっかほか。氷風呂が欲しい。

 ただまあ、何でか知らんけど。

 

「悪い気は、しねえや」

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