元トリニティの生徒はゲヘナの風紀を守りたい。 作:スイソーミズクサ
闇の銀行強盗から数日、シロウは悔しさで震えていた。罠に嵌めたはずの便利屋を捕まえることが出来なかったからだ。
その怒りをイオリにぶつけようとしたが普通に返り討ちにされたので、今現在は不機嫌気味に事務作業をしている。
「いや、私が捕まえられなかったのは悪かったけどさ、いきなり襲いかかってくるのは違うだろ」
「……」
シロウは頬をリスのように膨らませる。
「頬を膨らませるなよ、子供じゃあるまいし」
「子供ですー」
「うっざ」
二人が話していると、事務室の扉が開いた。
二人は開いた扉に視線を向けた。
扉の向こうに現れたのは、小柄な体に腰まで伸びた銀髪、鋭い紫の瞳、歪に曲がった角、そして蝙蝠のような翼を持つ少女。
そう風紀委員長空崎ヒナである。
「シロウはいる?」
小さな体躯に似合わない、冷たく静かな声で座っているシロウに呼びかけた。シロウはその声にびくりと体を揺らした。
「えっえと、なんですか?」
「そんなにびくびくしなくても、今から出張に行くのだけど、着いて来てくれない?」
「しゅ?出張?」
シロウはソファから立ち上がりシュバシュバと手を忙しなく動かす。
「別に荒事じゃないわよ、ちょっと別の学校に行くだけ」
「へっへぇ…そうなんすね……」
忙しなく動かしていた腕を下ろし、再びソファに座ろうとする。それをヒナは静止する。
「えっと、何の用で?」
「いや、貴方に着いて行って貰おうかとミレニアムまで」
「はい?」
揺れる車内。向かいには上司である空崎ヒナが座り、無表情のまま窓の外をじっと眺めていた。流れる景色に視線を固定している。
「……あの……」
「……なに?」
重たい沈黙を破り、シロウが口を開いた。ヒナは窓の外から目を離し、シロウを見る。
「えっと……今回、なんで俺なんですか? いつもはアコと行ってるじゃないですか。」
「あぁ、そんなこと」
ヒナはふっと息を吐き、再び窓の外に視線を移した。
「別に大した理由じゃない、アコが忙しそうだったから、代わりにあなたを連れて行こうと思っただけ」
「そう……ですか」
「あと、ミレニアムにはよく行ってるって話だから、勝手もわかるだろうって、友達もできたのよね?」
「……えっと……なんで知ってるんですか?」
「別に、あなただけじゃない」
「その情報……全然安心できないんですけど」
さらりと個人情報を把握されていることを知り、思わず冷や汗が滲む。背筋に冷たいものが走った。
「そういえば、あれからどう? うまくやってる?」
ヒナは窓の外を見たまま、横目でシロウの顔をちらりと確認するように見た。
「……良い人でしたよ」
「具体的には?」
シロウはその場しのぎに曖昧な言葉で答えたが、すぐに追及が来る。
「気遣いができるし、寄り添ってくれるし……かっこいいし」
「最後はあなたの好みな気も……」
シロウはヒナにそう指摘されると顔が真っ赤にし、数秒後に誤魔化すように咳払いをする。
「別にいいじゃないですか……というか、なんで俺に聞くんですか?チナツに聞けばもうちょっと正確に」
「もうチナツには聞いてるわ。だいたいあなたと同じ内容」
「えっ」
「別に、あなたが気にするようなことは言ってなかった」
「そうですか……」
シロウはほっと息を吐き、胸を撫で下ろした。しかし、その直後に顔を再び赤く染め上げさせた、その光景を見て、ヒナはクスリと笑い、口角を上げた。
「まぁいいわ。少なくとも、変な人じゃないことは分かったから」
「……ヒナ委員長は何を危惧してたんですか?」
真っ赤にしていた顔を引き締め、きりりとした真顔で聞いた。
「危惧……まぁそうね……条約の件で少しね」
「……」
「シャーレの先生ってタイミング的には連邦生徒会長と入れ替わりで来たわよね」
「まぁそうですね」
「権限としても連邦生徒会長と強さはそう変わらない……様々な仕組みを超え実効する権限すら持ってる……もしかしたら連邦生徒会長の役割だって……」
「条約の成立に悪影響が出ると思ったんですか?」
シロウは口を尖らせた。ヒナはその様子に、軽く溜息を吐く。
「そうね……シャーレの先生があまり良くない大人だった場合、可能性はあると思ったわ」
「そんなことは……」
「と、チナツからの報告書を読んだ時はわね」
「今は違うと?」
「そうね、少なくともチナツとあなたから聞いた様子だと、何か悪意を持って行動する人物とは思えない」
シロウはヒナの答えを聞き終わると、尖らせた口を戻してはにかんだ。
「まぁ、そんなところね……ほらもう着く、そろそろ降りる準備をしなさい」
「分かりました」
そう答えると、シロウは横に置いていた荷物を膝の上に置いた。
「いえーい」
「いえーい」
「い、いえーい」
ミレニアムの校門を潜ってすぐに、不審な金髪碧眼が近づいてきた。そして謎の鳴き声をシロウとヒナの二人に発した。
それにシロウは応え、ヒナも遅れて応えた。
「今時の女子高生らしい挨拶だそうです」
「どこで習った」
「イケイケのグループに聞き耳を立てて」
「お前友達いないの?」
感情のこもっていない声色でよく分からないことを言う金髪碧眼、シロウはそんな彼女に辛辣な言葉を投げるが、特に気にする様子もなく、ヒナの方に体を向けた。
「こちらの方は?」
「うちの上司、出張に来た」
「ふむ、ちっちゃいですね」
「気にしてるんだそっとしてやれ」
「別に気にしてないないんだけど」
勝手なことをのたまうシロウに呆れながら否定して、ミレニアムの校舎に向けて歩き出した。シロウと金髪碧眼はヒナの後ろをついて行く。
「と言うかお前なんで迎えに……」
「私に会いに来たのではないのでしょうか?」
「自信過剰だな」
「シロウその子は友達?」
「はい、飛鳥馬トキと申します、アミバじゃないですよ」
「何のフォロー?」
意味不明なことを宣うトキに対してヒナは疑問を口にする。
「そう言えば、何故ミレニアムに?旅行ですか?」
ヒナの疑問には答えずトキは隣に立っていたシロウにそう問い掛ける。そんなことを聞かれると思っていなかったのか、シロウは一瞬だけキョトンとする。
「いや……なんで来たんですかヒナ委員長」
「あぁ言ってなかったわね……そろそろ書類とかを電子化しようと思って」
シロウはヒナの仕事風景を思い浮かべた。問題児達が起こした事件の数々、万魔殿から押し付けられた面倒ごと、その書類の山に埋もれるヒナとアコ。
「あぁうん」
「なるほど、大体分かりました」
同じ様な光景がトキも思い浮かべていた様でシロウと同じような反応をする。
「そう言うことよ」
ヒナはミレニアムの校舎の中に入っていく、シロウとトキも後に続く。
校舎内に入ったヒナは中にある案内図を頼りに進んでいく、数回の曲がり角を経て薄暗い廊下にたどり着く。
「えと、ここは?」
「ヴェリタス……ミレニアムの非公認部活ですね」
「非公認……なんかマズイ部活なのか?」
「ハッカー集団ですね」
トキは即座に答えを言う。シロウはその答えを聞くと冷や汗を額から流し、ヒナの方を見る。
「あの……非公認のハッカーって明らかにヤバいですよね、なにする気ですか、もしかして万魔殿に対して復しゅ「しないわよ、そんなこと」
ヒートアップするシロウに対して冷や水を浴びせるように否定する。
「さっきも言ったでしょ、電子化を進める為だって」
「ハッカーにですか?」
「セキュリティについて少しね」
ヒナはコンコンとドアをノックする、しばらくするとどうぞーと返ってくる。
それを聞いたヒナ達は部室の中に入っていく。
部室の中は薄暗く、ファンを回すサーバーと青い光を放つモニターがいくつもある。ハッカーの部屋ですと言われたら、でしょうねとと言った答えが返ってくるだろう。
扉を開いた先には座り心地の良さそうな椅子に座ったメガネをかけた少女がいる。
「そこに座って」
少女は立ち上がってヒナに対して近くの椅子に座る様に促す。
「そちらの方達は?」
「あぁ一人は私の付き添い、あと一人は……えと」
「見た感じミレニアムの子みたいだけど……」
「友達です、そこの付き添いの」
そうトキは言いながらポスターを見ている。ポスターのデザインはサイケデリックな彩色、統一感を感じさせない文字列。内容はシャーレの生徒募集についてだ。
「あぁそれ、うちの子が描いたの、グラフィティが好きな子でね」
「へぇ……」
シロウはポスターを触る、滑る様な感触、良い紙を使っているのがよく分かる。
ヒナと少女……チヒロがセキュリティの相談を始めたところで、暇になったシロウ達はしばらく部室内のものを見学する。物珍しいものを軽くいじったりしている。
「トキ、お前って何部なんだ……」
ふと気になったことを聞いてみる。その問いを聞いたトキはいじっていたものを近くの机に置き、シロウを横目で見る。
「そうですね……メイド部とでも言っておきましょうか」
「あぁそういえばそうだったな、あの時もメイド服着てたしな、なんか家事代行とかの部活なのか?」
「まぁ……代行ですね」
「何その含みのある返事」
トキはシロウの疑問に答えずに再び視線を外す。
「ありがとう助かったわ」
「こちらこそ勉強になったわ」
用事が終わり、ヒナとチヒロは別れの挨拶をしている。それに気付いたようでシロウはヒナの隣に立つ。
「じゃあ、また今度」
「次はうちの子達も紹介するね」
ヒナとシロウはチヒロに背を向けて部室の扉へ向かう。
「トキ……?」
付いてこないトキの様子を見るために振り返る。何か話している様だ。
その場に立ち止まり聞き耳を立てる。
「リオの……」
「守秘義務……」
リオ、人名だとするとそこに続く単語は生徒会長。シロウは頭の中でトキの正体について組み立てていく。すると裾を強い力で引っ張られた。
「盗み聞きは感心しないわ」
ヒナに嗜められたシロウはそのまま引っ張られる形で部室を後にした。
部室を出てしばらくするとトキも出てきた。出てきたトキは偉そうに胸を張り鼻高々に片手を腰に当てて、手を水平に伸ばし、人差し指を伸ばす。
「さぁ行きましょう」
「お前を待ってたんだよ」
「ならばなぜ待っていたのでしょうか?先頭を歩くリーダーを欲していたのでは?親についていくアヒルの様に」
「鳥類俺しかいねぇよこの場に」
「ツッコむところそこ?」
「じゃあ、私たちはこれで」
「もう帰られるのですか?」
校門の前についたヒナはそこまでついてきたトキに対して別れを告げる。トキはそれに首をかしげる。
「そりゃもう目的は終わったからな、別に長居する理由もないし」
「私と遊ぶという重要な理由があるじゃないですか」
再度首をかしげさせ両手を広げる。
「そんなポーズとっても意味ないぞ」
トキは両手を下げて顔を伏せて「私、残念です」と言いたげな顔をする。
「じゃあな元気で暮らせよ」
「あ、残ってくれる流れではないのですね」
シロウは溜息を吐いてトキに背を向け、ヒナと共に歩き出す。しばらく歩くと後ろを振り返る、トキはまだそこに立っていた、シロウは軽く手を振る。それに気付いたトキは手を振り返した。
「とりあえず、これで出張は終わりねどうだった?」
「とくになにも……俺の友達がすみません」
シロウは頭を少し下げる、ヒナは少しだけ口角上げて微笑む。
「まぁ別にいいわ、あなたにも友達がいたことに少し安心したしね」
「そうですか……」
シロウは苦笑いをして目を逸らした。
しばらく外を見ていると助手席の風紀委員が焦ったような様子でこちらに声をかけてきた。
「あの!風紀委員長!」
「どうしたの?何か問題でもあった?」
ヒナはその様子に流されずに聞き返す。
「あの、風紀委員が……中隊規模で他の自治区に……」
一気に場の空気が冷たくなる、その空気を発生させているのヒナだ。シロウと風紀委員達はその空気に震え上がる。
「それどこの自治区?」
「えっと……アビドスです」
「そう、全速力で向かって」
運転席の風紀委員に対してそう指示する、その声は周囲の焦りようとは対照的な冷たさをもち苛立ちに満ちていた。
はい、かなり急ぎ足です。シロウは無茶苦茶面食いです。
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