「あの」
「なんだ」
「どこまで行くのでしょうか」
黙々と進み続けるのに耐え切れず、男に最終目的を尋ねてみる。
一緒に来ることを要求された以上、ちょっとしたことで斬り殺されることはない、多分。
「行けるところまでだ」
聞いて少しだけ後悔した。
え、もしかしてこいつ、力尽きるまで進み続けるつもりか?
下りられない泥船乗せられてた?
「あの」
「なんだ」
「普通、ダンジョンは帰りの事も考えて余力を残すものです」
「……ふむ、一理ある」
まさかダンジョン素人なのか?
こんなに強くてそんな考え無しなことある? 脳筋?
「ならば、区切りを用意しよう。ここには目的となるような強い敵はいないのか」
「それなら、何階層かごとにエリアボスと呼ばれる強いモンスターがいます」
「そうか」
男はそれだけ言うと、また黙々と歩きだす。
ひとまず目的地は決まったらしい。
おそらくエリアボスを倒したら帰ってくれることだろう。よかった、生還の目途が立った。
このダンジョンの最初のエリアボスぐらいなら、俺が寄生したパーティでも倒したことがあるぐらいの強さだ。
この人なら問題なく倒せるだろう。
ここで、もう一つ疑問が頭に思い浮かぶ。
「あの」
「なんだ」
「なんでこのダンジョンに潜ろうと思ったんですか?」
「ダンジョンに初めて潜るなら、ここが良いと情報があったからだ。間違っているのか?」
「……いいえ」
疑念が確信に変わる。
この男、本当にこの町に来たばっかりの初心者だ――っ!
でなければ、こんな話題性のありそうな男、俺が働いてる酒場で話題になってる。
見覚えも聞き覚えもないなって時点で疑うべきだった。
どうりで、魔石やらなんやらに興味を示さないはずだ。だって価値を知らないんだから。
こいつはどこかでおすすめされたから、ただ鵜呑みにして潜ってきただけ。初心者に人気な理由を知らないで来たなら、こんな無目的なのも納得できる。
じゃあなんでダンジョンに潜ろうと思ったんだよ。情報の仕入れ方適当すぎるだろ。
このままだと、延々と彷徨い続ける羽目になるかもしれない。初心者ということは、ダンジョン内の構造も頭に入っていないだろう。そういう感じの動きをしてるし。
とすると、俺が無理やりにでも誘導した方がいいかも。
このダンジョンには何度も潜っているし、浅い階層のマップなら頭の中に入っている。
怖くてほぼ付き従って歩いているだけだったけど、最低限の安全が確保された今なら出しゃばった真似も許されるかもしれない。
俺自身の安全のためにも、さっさと地上に帰るためにも、言った方がいいだろう。
「あのっ!」
「さっきからなんだ。何度も話しかけないで、一度に要件を言え」
「ご、ごめんなさい。でも、私、案内できます」
俺の提案に、少しだけ男は驚いた様子だった。
「エリアボスと戦いたいんですよね。私、このダンジョンの事は知っていて、マップとか、ボスがどんな事してくるかもわかります」
「……なるほどな。確かに、当てもなく彷徨って雑魚を狩るのも飽きてきた。わかった、エリアボスとやらのところまで案内しろ」
「は、はい! ボスの情報は……」
「それはいらん」
いらないと言われて口を
何となくこいつの事が理解できてきた。
この男は探求者的な人物だ。おそらく、ダンジョンには己を高めるためだけにやってきたのだろう。
ごくごく稀にこの町にはそういう人物もやってくる。
金銭にも地位にも頓着しない、冒険者としてはなく武芸者としてダンジョンに潜る人達。
――そういう人物の先は、決まって長くない。彼らは安全を求めないからだ。
呼び方を知らないのも寂しいから名前を聞こうと思ったが、すぐに無駄になりそうだ。やめておこう。
呼ぶ時は剣士さんでいいだろう。呼ぶ機会があるかは知らないけれど。
「道がわかるならボスのところまでさっさと先導しろ。敵は殺してやる」
「はい、わかりました。えっと、こちらです」
半身になって道を譲ってきたので、ぺこりと軽く一礼をして、俺は男とすれ違う。
その瞬間に、またちょっと怪訝な表情をされたのが気になった。
エリアボスまでの道筋を考える。
確か、現在の階層は二階層。エリアボスは四階層にいるから、もう二階層下りないといけない。
三階層は知っていれば迷う要素はない。四階層は一本道だから、ここから寄り道せずエリアボスまで向かうのなら、もう一時間もあればたどり着けるだろう。
道筋を頭の中で確認しおわった。
よし、と前を向き直して、すぐ前を男が歩いていないことに恐怖を感じる。
思わず、後ろにいる男に確認を取る。
「……本当に守ってくれますよね?」
「……ほう?」
「ご、ごめんなさい!」
不機嫌になった顔、めっちゃ怖い。
イケメンだけどめっちゃ怖い。強いのも相まってオーラがやばい。
これ以上下手な会話して怒らせるのも嫌なので、気を引き締めて案内を開始する。
道中にゾンビやスケルトンと何回か遭遇したが、即座に男が倒してくれた。
守ってくれるという言葉に嘘はなかったらしい。一安心した。
魔石を回収するか迷ったが、ここまでの道中で十分回収できていたので回収は見送る。
なんというか、そろそろ地上に帰りたい。着替えたい。お漏らししちゃったの、どう思われてるんだろう。
このダンジョンの中にいると気が滅入ってくる。カタコンベだから仕方がない話だけれど。
男をちらりと見る。よくもまあ顔色一つ変えないなと思う。きっと大事な感覚がなくなっているタイプの人類なんだろう。
見ていたらまた怪訝な顔された。即座に顔を逸らす。
◇ ◇ ◇
「ここが三階層へ降りる階段です」
「階層が変わると何が変わる。ここまでで変わったところはないが」
「この階層間でも基本は同じです。マップが変わるぐらいですかね」
ダンジョンによっては一階層ごとにがらりと環境が変わるようなものもあるが、ここはそうではない。
そういったところは高難度ダンジョンとして、一部の資格を持つパーティにしか解放されていない。
高難度ダンジョンの実入りがいいのかというと、そうでもなさそうだ。どちらかと言うと公的な依頼を受けて調査に行く感じらしい。
成果に影響されない安定した報酬と言えばおいしいのかもしれない。
底辺冒険者の俺には関係のない話だ。
一般的なダンジョンでは何階層か同じような階層が繰り返され、エリアボスがいる階層を超えると、環境が変わるようになっている。
出てくるモンスターが変化したりするほか、例えばこのダンジョンなら廊下がより暗くなったりする。
「三階層の次が四階層。このダンジョン最初のエリアボスがいる階層になってます」
「ダンジョンの階層移動というのはどこも一つの階段しかないのか? いくつか他があったり、抜け道が存在したりはしないのか」
この階段までそこそこ時間がかかったので、少し不満があるようだ。
彼が適当に歩き回っていた時間よりも短いんだけどな……。
全ては階段から反対方向に歩いていた彼が悪い。言わないけれど。
「このダンジョンにはありません。他のダンジョンには一階層につき幾つか階段がある場所もありますが、ここには階層移動のための階段は一つだけです」
「ちっ、面倒な」
男が不満そうなのが不安だが、階段を下りる間は大人しかった。
問題を起こしたのは、階段を下りきった後のことだった。
俺が案内を続けようと歩きだしたところ、男が後ろをついてきていない。
急いで振り返ると、彼は階段を下りた直後の壁に手を当てていた。
「まだるっこしい。次の下りる階段の方向を教えろ」
「向こうの方ですが……ちょっとっ!?」
「離れていろ」
俺が指差した方向のダンジョンの壁に向かって、男は思い切り剣を叩きつけた。
すると、石で出来ているように見える壁に大きな切り傷が生じる。
何度か繰り返せば壁は破壊されてしまうだろう。
「思いのほか丈夫だな。どれ、もう一度……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なんだ、俺の邪魔をするのか?」
「い、いえ! そういうわけではなく……。少し、少しだけ待ってください」
そのまま破壊を尽くそうとする男に待ったをかける。
いきなりの事で怖かったが、考えてみるとよくある行為だった。
実力のある新人冒険者によくいるんだよなぁ。壁を破ってショートカットしようとするんだけれど、洗礼を受けて二度とやらなくなる。
ダンジョンの壁に過度な破壊を及ぼすと、スイーパーと呼ばれる特殊な魔物が出現する。
その魔物は強いの何の、普通の冒険者ではまず太刀打ちすらできない。
スイーパー自体は好戦的ではなく、壊された部分を修復するとどこかへ消えてしまう。
スイーパーの強さを知るのは、せっかく壊した壁を直され、怒って攻撃を仕掛けた冒険者だけというわけだ。
俺が男へその説明をすると、彼は露骨に不機嫌になった。
実際にスイーパーが現れると、すっと傷ついた壁を一撫でしただけで、傷が消えてしまう。そして、そのままダンジョンの奥へと消え去っていく。
強いと聞いて、彼がスイーパーに挑もうとしなかったのが救いだった。むやみやたらに己の実力を確かめたい人種ではなかったようだ。
男は直った壁を不思議そうに触っては、何度か傷つけてを繰り返した。が、同じ出来事が繰り返されるだけだ。
結果に満足したのか、それとも諦めがついたのか彼は一度頷く。その後、俺に道筋に沿って案内するように告げた。
今のは何のチェックだったんだ?
……本当に生きて地上に帰れるのだろうか、俺は。
今は彼に賭けるしかない。大人しく最短経路で案内して、エリアボスを倒してもらって、地上まで護衛してもらおう。
地上に帰ったらどうしようか。ああ、今回のパーティメンバーと顔合わせする可能性があるの面倒だな。出くわしたら気まずい。
帰りが遅くなってしまい、お世話になっている酒場のマスターにも迷惑をかけてしまっている。面倒事ばかりで今から頭が痛い。
そんな俺の悩みを露も知らず、男は無言で剣の具合を確かめていた。
第三階層はそれ以上何事もなく通り過ぎて、俺たちは四階層へ辿りついたのだった。