オークション四日目。
本来、俺たちは参加しなくてもいい日だ。
俺も興味はあったけれど、昨日色々あったしな。ゆっくりアリスちゃんに癒されたい気分だった。
なら、なぜ俺たちは四日目のオークションに参加しているのか。
その理由が、俺の左隣に座っている。
「あの品は手を出さないことをお勧めしますわ。綺麗に見えて、損耗が激しい品です」
「……はい」
「欲しいのなら、私が別の品を用意して差し上げます。如何ですか?」
「いえ、はい、遠慮します」
そう、怪物姉こと――ロザリンドが隣に座っていた。
今朝、唐突に連盟から呼び出されたと思ったら、リヴェンを連れてオークション会場に来いと言われた。
昨日の内には刀の支払いをしたし、受け渡しかなと思ってきてみたら……待っていたのは彼女だ。
その後は思考を停止させ、流れに身を任せていたら、いつの間にかにこうなっていた。
「おい」
「ん? りーくんどうかしました?」
「連盟に捕まったんじゃないのか」
「私が何の案もなく乗り込んだと思っていたと? 我が国と連盟の仲が悪くとも、個人間の友誼ぐらいは築いていますわ」
ああ、やっぱり連盟との間で事前のやり取りはしてたのか。
でもこうして監視もなしに放置されてる理由はわからんけど。
何で普通にオークション会場で放置されてるんだよ。手錠つけるとか、せめて監視つけるなりしろよ。
……ん? もしかして監視って俺たち? はは、ふざけんなよ連盟。後で覚えとけ。何か報復してやる。
乾いた笑いをしていると、隣から視線を感じる。
見てみると、じっとこちらを怪物姉が見てきていた。
なっ、なに。なんすか……。
「……本当に、可愛らしいお嬢さんね」
「へ?」
「触っても?」
「あっ、はい」
流れで思わずオッケーしてしまった。
では、とほっぺやらを怪物姉に撫でまわされる。
なになになに! 何が起きてるのこれ!
俺はリヴェンを誑かした女狐として嫌われてるかもって話じゃなかったっけ?
まるで親戚の娘で遊ぶように、フニフニと触られる。
「柔らかい。すべすべしてる。本当に冒険者? 肌荒れ対策には何を?」
「ひゃの」
「ああ、触られたままでは喋りづらいわね。ごめんなさい」
少し申し訳なさそうに解放された。
え、本当に何だろう。凄い友好的。
昨日あんなに暴れてた人と同一人物? 負けたらギャグ要員ってやつ?
「……おい」
「ああ、ごめんなさい。恋人をあまり触れるものではないわね」
「こいびと」
……? きっと今俺はデフォルメされたマスコットみたいな顔をしてるだろう。
やばい、本当に状況がわからない。何が起きてるの! 思ってたのと違いすぎる!
リヴェンもリヴェンで俺を挟んでいるとはいえ、普通に座ってるしさ!
意外と仲悪くなかったりするの君たち! 話と違うよ!
「あら、違ったかしら」
「……俺たちはそういう仲ではない」
「んー?」
俺を飛び越えて、怪物姉がリヴェンの顔をよく見に上半身を乗り出した。
ちょっと、マナー悪いですよ。俺がマナーを言えた口ではないにしても。
「ふふふ、そう言うことにしておきましょう」
「いやいや。本当に何もないですからね」
「あら、私とお話してくれる気になりましたか?」
今度はこちらの顔を覗き込んでくる。
うっ。顔がいい。美人さんの顔が近いのちょっとドキドキする。
リヴェンもだけど、王族だからかマジで美形なんだよな。顔の良さでびっくりする。
「いえ、その、話したくないとかではなくて」
「緊張していらして? 大丈夫、ほらゆっくり呼吸を……」
「近い近い近いですから大丈夫です少し離れてくださいお願いします」
距離感バグってるってこの人!
なんでこんな一々近いの! キスでもするつもり!?
もう額と額がくっつきそうなんだけど! 席にちゃんと座ってください! 立たないでください!
「そこらへんにしてやれ。お前のそれは他人にやるには近すぎると言っているだろう」
「そうですか? 私は愛情を伝えているだけなのに……」
「お前の愛情は一般人には深すぎる」
ため息交じりにリヴェンが助け舟を出してくれた。
しょんぼりと元の席に戻っていく怪物姉。
あー、怖かった。
「第一、どうした。そいつは別にお前の家族でも……」
「ふふっ。それはどうかしら」
楽し気に笑ってみせるなぁ。こっちの気も知らないで。
こっちは本当にずっと怯えてるんだから。理解できないって本当に怖いんだぞ、天才さんにはわからないかもしれないけれど。
「他人の事を思って、あれだけ感情的になれる人は少ないわ。損得勘定も何もかもを全て横に捨てて、それでもなお他人の事を思える。そんな人との縁は、そう簡単には切り離せるものではなくてよ」
そう、こちらを見ながら言ってくる。
……なに、もしかして今俺褒められた?
「人はそれを、愛と呼ぶのです」
やばい。顔が熱い。
あんな衝動的に怒鳴り散らかしただけなのを、そんな好意的に解釈されるとは思わなかった。
てかこんな恥ずかしいことを良く自然と言えるな。
「大事なものを守るために。譲れないものを守るために。人は覚悟を決めて戦うのですよ」
熱くなった顔を誤魔化して上げると、彼女の視線はリヴェンに注がれていた。
先ほどまでの言葉は、リヴェン宛のものだったのか。
そのリヴェンは真っすぐ前を見ている。表情から、何を考えているのかはうかがい知れない。
無視されているのにも関わらず、本当に嬉しそうに、怪物姉が花開くように微笑んだ。
「……覚悟は、決まった?」
「……ああ」
「なら、私はもう何も言わないわ。好きになさい。お母様も、私がやる気をみせているうちは何も言わないはずよ」
リヴェンの目が大きく見開かれ、勢いよく怪物姉の方を見た。
その動作を受けて、より一層楽しそうに彼女は笑ってみせる。
「覚悟も決まらない、何一つ乗り越えられない。そんな調子ならば意地でも連れ戻すつもりだったけれど」
彼女は悪戯が成功した子供のように、指を一本立てて、唇の前に持っていく。
「男の子だもの。せいぜい、苦しみなさい」
俺は、この時の彼女の目を忘れられるだろうか。
慈愛の輝きに溢れながらも、誰の姿も映していないこの瞳を。
やはり、彼女は俺には理解ができない人間なのだと、改めて理解させられた。
その言葉を最後に、会場内での俺たちの会話は終わった。
途中で怪物姉が出てきた新型転送魔法の魔法陣についての情報が出品されたときは、大変驚かされた。
俺たちの競りが児戯だったかのような熱狂具合で、二回驚かされた。
下手すれば町が一つ買えそうなほどの金額が飛び交っていたのだ、目を回すレベルの話じゃあない。
そうして、本当に色々なことはあったが、オークションは本当に幕を閉じた。
「あの子の事をよろしくね」
「え?」
オークション会場前で別れるとき、改めて声をかけられる。
振り返ると、怪物姉が寂しそうに笑っていた。
「強がりだけれど、本当はとても臆病な子なの」
「ちょっと、本人を前に――え?」
隣にいるはずのリヴェンに聞こえるように言ってきたから、思わず表情を窺おうとして、目を見開いた。
今はオークション終了直後。そして、場所は会場から出た正面広場。人が賑わい、帰る人で溢れているはずだ。
それが、誰もいない。俺と、彼女の二人しか。
驚愕収まらぬまま、怪物姉の方を見る。
彼女は笑いながら、立てた人差し指を唇の前に持って行った。
「ごめんなさい。少し、二人だけで話したくて」
「ちょ、ちょっとどうなってるんですかこれは!」
「位相をずらしただけ。大丈夫、少しの間、認知できなくなっているだけよ」
背筋を汗が垂れていく。
軽く言ってみせるが、めちゃくちゃ高度なことをしているのだろうということはわかる。
「……な、何の用でしょうか」
「怯えさせてごめんなさい。でも、どうしても聞いておかないといけないことがあるの」
聞いておかないといけないこと?
ま、まさかリヴェンに害を加える気が少しでもあるなら粛清する気か……?
やめて! そんな気なんて欠片もないから!
「シャーロットさん。貴方は、自分の出生をどれ程ご存じ?」
「え?」
聞かれたのは、全く予想もしていなかったこと。
俺の、出生?
一瞬ふざけてるのかと思った。でも、そうじゃない。
今の彼女の眼は真剣そのものだ。茶化す意図も、和ませる意図もまるでない。
心の底から、聞きたがっている。
「……詳しくは、知りません」
「と、言いますと?」
「おそらく、お母さんとお父さんは私の産みの親ではないんじゃないか、ぐらいですかね」
嘘を言う気にはなれなかった。
だって、彼女に敵意はない。それどころか、心配している節すら見える。
そんな相手に、不義理は働きたくない。
「なんでそう思ったのかしら」
「似てなかったんですよ、あまりにも。それに、本当に血が繋がっているのなら、もっと気心の知る仲になれたと思うんです」
そう、俺たちは、どこか他人行儀だった。
俺は転生の記憶があり、それで気おくれしていた。
でも、彼らはどうだ。そんなことを知らないのに、まるでよその子を扱うように俺を丁寧に扱っていた。
もちろん、彼らがそう言う性格だっただけの可能性もある。でも、前世の家族を知っている俺としては、違和感があった。あまりにも、丁寧に扱われすぎていたんだ。
傷つけることを恐れているかのように。借りてきたものを、壊さないように。そんな風に感じてしまった。
「……そう。わかったわ」
彼女が指を鳴らす。
同時に、周囲の雑踏が世界に戻ってきた。
「うおっ。どこにいたんだ」
「あっ、リヴェンさん」
「ふふっ、内緒の話」
唐突に隣に現れた俺に、リヴェンが驚いていた。
探してくれていたのかな? ちょっとだけそんな感じに見える。
「シャーロットさん。私は、私個人は、貴方を応援します」
「? はい、ありがとうございます」
「では、またいつか」
そう言い残して、彼女は雑踏に消えていった。
そっと手を振って見送る。
「おい、もう帰るぞ」
「そうですね。アリスちゃんも待ってるでしょうし、帰りましょう」
横に並んで、俺たちは帰路につく。
最後に少し振り返るが、そこにはもう人ごみしか残っていない。
何だったんだろうな、彼女は。理解できない人間だとわかっていても、不思議な人だったという感想ばかりが後味として残った。
彼女が何を言いたかったのか。彼女が何を聞きたかったのか。
それを俺が知るときは、まだまだ先の話だった。