「……来たね」
「やあ、セイラム」
「よくもその顔を出せたものだねトリシェル。あの宝杖をあんな風に使い捨てにして」
「いや、あれはまあ、切られちゃったし。放っておいても爆発するじゃんあれ」
「だからってこっちに投げつけてくる奴があるかな?」
あっ、これ別件で怒ってるっぽい。
どうせその程度でどうにかなるとは思ってなかったから、隙を生むぐらいのつもりでやったのに。
まあ、青が白に逆らったんだから、当然か。指揮系統の差はあれど、基本的に私はセイラムにも逆らえないし。
「まあまあ。私の在り方としては姫のご意向に従うのが最優先じゃない?」
「それは――その通り。仕方がない、か」
「そうそう。話が下手なそっち側にも問題があるって」
「あ?」
「ごめんなさい」
やだなぁ、軽い雑談のつもりだったのに。
怒らないでよ。怖いから。
「足を止めたってことは、ついたか」
「ごめん、忘れてた」
「忘れるな」
ここからは、私とリヴェンの会話は彼が部下としていた指叩き式に切り替える。
セイラムが何を言ったのかも、これで伝える手筈だ。私も口で言葉を発しながら、同時に指先で叩いて伝える。
多少のラグはあれど、一見すると普通に会話しているように見えるはずだ。
まったく、このためだけに覚えさせられたのは本当に……だよ。
隠密としての記憶力訓練が役に立ってすぐ覚えられたからいいものの。無茶を言う奴だよこいつは。
「……へぇ、眼と耳は治ったのかな?」
「いいや? だから、こうしてお前に話を持ってきたわけだ」
「にしては会話が通じるのは不思議だね」
「知りたいか? それも交換条件に含めても構わんぞ」
あーあー、苛立ってるのが姿が見えなくてもわかるよ。
これから交渉というなの脅しをかけるって言うのに、相手を苛立たせてどうするんだろう。
いや、これが普通の交渉なら正しいのかもしれない。相手に平静を失わせて、そこを突け狙うのは有効な手なんだと思う。
でも、私は悪手に思えてしまう。
「……姫はどこかな? 姿が見えないけれど」
「それを含めて話をしてやろう」
そう言いながら、この男はその場に片膝をついて座りこむ。
こちらはじっくりと話をする気で来たという意志表示だ。
「……わかった、応じてあげるよ」
乗ってきた。とりあえず、交渉の席に着かせることには成功した。
まずは一つの段階を突破。
「俺たちがここに来たのは、交渉するためだ」
「交渉? へぇ、因みに、私は姫を町に連れて行く以外の譲歩はしないよ」
「残念ながら、それは飲み込めないな」
「じゃあ話は終わりだ。見逃してあげるから帰りな。姫を連れてきたら、また話を聞いてあげるよ」
そうなると思った。
これは事前に予想した通りの展開だ。
リヴェンの口元が怪しく歪められる。
「まあ待て。まさか、天秤に乗せる側だと思っていないか?」
「……どういうことかな?」
「お前は選ぶ側でない、という事だ」
立ち去ろうとしたセイラムの動きが止まった。
こちらの真意を探ろうとしている。それもそうだ、自信満々な理由がさっぱりわからないだろうからね。
なにせ、下層の情報はすっかり遮断されているんだから。
知れても触りだけ。
「選ぶといい。俺を治すか、この町を捨てるか」
「っ!?」
ああ、入った。
間違いなく、今の言葉はセイラムの想像外だった。
わかりやすいことこの上ない。長く生きていても、謀には向いていないままか。
「……もう一回聞こうか。どういうことかな?」
「ふむ。わかるように説明してやろう」
リヴェンはわざともったいぶるような口ぶりで、語りを始める。
「基本的な社会構造がわかるか? 上の立場の人間は、下で働く人間がいてこそその立場を維持できている。民なき王は王たりえん。至極当然の理屈だ」
この時点で、リヴェンのやりたいことは達成できている。交渉ごとにおいて、話の主導権を持つことは非常に大きな意味を持つ。思考の誘導、選択肢の隠ぺい。幾らでも利点はあげられる。
引きこもりと、生死を賭けて揉まれた人物とでは経験の質が違うのだ。
「では、既存の社会構造を崩すためにはどうすればいいか。支配層を潰す、これも一つの手だ。同時に、支配される側を奪う、これもまた一つの手だ」
「……本気? 連盟が、複数国家から成り立つことは知らないわけじゃないよね? 各国にまとめて喧嘩を売るつもりかな?」
これも想定内。
予定通りに進みすぎて、こいつの口元には笑みがすっかり張り付いている。
「喧嘩を売る? そんなことにはならないさ。なぜならば、俺たちは連盟が出している規約には違反しないからだ」
「……じゃあ、どういう」
「冒険者たち全員が、数週間でいいから自発的に活動を停止させたらどうなると思う?」
時が止まった。
それはシンプルな回答だった。
――労働者層が、その働きをやめる。これもまた、権力関係を覆す一つの方法だ。
労働者層の働き無しで、権力者層は残れないのだから。特に、今回は冒険者という個々人が武力を持っている集団だ。弾圧することも難しい。
最悪、大規模な反乱へと繋がりかねない。
「できやしない! その日暮らしの連中がどれだけいると思ってる?」
「なら聞き返すが、あのお人よしがどれだけの人間に貸しを作ってたと思っている?」
リヴェンの回答は止まらない。
私が伝えるラグを考慮しても、セイラムの反応をある程度予測していないとできない回答速度だ。
「恨みを持ってる連中もいるだろうな。しかし、一般的にはあいつは幸運の女神と親しまれるぐらい、特に上位の冒険者の間で親しまれている。間違いなく、町の経済は停滞するだろうな」
全員でなくてもいい。冒険者はトップ層に強く依存していると踏んだからこその理論展開。
実際そうだ。弱い冒険者は、誰でもできるようなことしかできない。彼らの仕事は幾らでも替えが効く。
でも、熟練者は? 彼らが仕事を辞めたら、誰が代わりを務める?
答えは、誰もいない。
「だとしても!」
「この町一番のクランは迷うことなく従ってくれそうだぞ? 何ならば、その日暮らしの連中にはある程度援助してもいいと意思確認を取ってある」
レイナード本人はいないけど、彼なら許可出すだろうってことでクラン面子も乗り気ではあった。
……お人よしクランだよねぇ、本当に。
クランマスターがあれなのもあるけど、人を助けて助けられて出来上がったクランなだけはあるよ。
「……でも、できっこない」
もはや、あっけに取られてまともな言葉も返せないか。
素早くリヴェンに伝える。
「選ぶ気になったか? 町の構造を崩壊させるか、俺を治すか」
余裕そうな口ぶりのこいつに反して、私は冷汗をかいていた。
これは賭けだ。
冷静に、その程度で崩れる町ではないと言い切られれば終わり。これまでの仕込みは無駄に終わる。
さらに言えば、実際に動かせるのは話してるよりも更に少ない数になるはずだと私は思っている。その程度でこの町に打撃を与えられるかと言われると、致命傷にはならないはずだ。
煽りで冷静さを失わせて、はったりを利かせて選択肢を奪う。
正解な行為だったのだろう。
――相手が、妄執に囚われている狂人でなければ。
「――わかった。このやり取りに関しては、私の方が負けだね」
暗闇の向こうの雰囲気が変わったのを肌で理解する。
私は構え、いつでも魔法を展開できるように構える。
「でも、その男は治してあげない」
そう、その回答が返ってくると思ったからこそ。
「……なぜだ?」
「なぜ、なぜか。答えは一つ、黒の畜生にここまでやられて、引き下がれるほど落ちぶれていないからだよ」
まずい。リヴェンに好き勝手喋らせていたのが結果的に失敗だった。
「負けるわけにはいかないんだよ。私たちは、もう、お前たちには!」
「『チューニング』!」
仕込んでおいた魔法を咄嗟に発動させる。
瞬間、視界が歪み脳内がかき混ぜられる苦痛に襲われる。
情報量の暴力が、私の頭を破壊する。
だとしても、この判断が私たちを救った。
私たちがいた場所が、唐突に天井が降ってきて押しつぶされる。
殺す気満々の攻撃だった。
「……おい、こんなことができるなら最初からやれ」
「私の負荷が大きすぎるからやりたくなかったんだけど。何より、お前と繋がるなんて本気で悍ましい」
「死ぬよりかはマシ扱いされて何よりだ」
発動した魔法は、感覚共有化の魔法。
一時的に私の視界と聴覚を、この男と共有したのだ。
その一瞬で、こいつは状況から何までを理解し、私を連れて回避行動をとった。
もし魔法を発動させなかったら、私はともかくこいつは落ちてきた天井の下敷きになっていたはずだ。
「ほんっときもち悪いこれ。最悪の気分」
「耐えろ。因みに、効果時間はどのぐらいだ」
「たぶん、そんな持たせられない。お前思考の速度早すぎ、情報量で酔う……」
この魔法の最も注意するべきことは、その場その場で考えてることが同調相手に伝わることだ。
じゃあ会話も必要ないと思うかもしれないけど、自分でない思考が一生頭の中をぐるぐる巡り続けるのは不快感が凄まじい。ほんっとうに最終手段でしかない。
おかげで、私は普段の動きの十分の一も動けそうにない。本気で二度とやりたくないし、なんなら今すぐ同調を打ち切りたい。
やったらどっちかが死ぬからできないけどさ。
暗闇の向こうで、セイラムがこちらへ向かってくる足音が聞こえる。
まずい、あいつに接近を許してはいけない。この思考も伝われ。言葉にすると吐きそうだから。
「先の事は後で考える。とりあえず、お前らを殺して、姫を探し出す。そうすれば、全て解決するんだ」
「これだから短絡思考は……っ!」
あっ。気配がする。セイラムがダンジョン内のモンスターをここに呼び寄せてるな。
「何? クソ、逃げるぞ」
私がリヴェンの思考を読み取って追うだけの余裕がないのを理解してか、こいつはわざわざ口に出して伝えてくれる。非常にありがたい。
「逃がすと思ってる?」
「逃げるさ。視界は使い勝手は悪いが、十分に使える聴覚が戻れば十分だ」
こうして、私たちの二度目の撤退戦が始まった。