TS異世界転生姫プレイ   作:パンデュ郞

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第70話:シャーロットと反撃

 一周回って視界が鮮明だ。

 あんなにも暗い場所だったのに、今では遠くまで見渡せる気がする。

 

 ゆっくりと瞼を一度閉じて……勢いよく開く。

 その向こう側にいたセイラムは、俺に睨まれたと思ったのかまたたじろいだ。

 今はお前の相手をしている場合じゃない。お前はそこをどけ。

 

「シャーロットちゃん……?」

 

 後ろから声が聞こえる。

 振り返ると、トリシェルが不安そうな顔をしていた。

 なんだ、その顔は。まるで幽霊でも見たかのような表情じゃあないか。

 

 よく見ると、本当にボロボロだなこいつも。後で治してやらないとな。

 でも、申し訳ないけれど先にこっちだ。

 この馬鹿を治してやらないといけない。いきなり自分の首をかき切るだなんて、何を考えてたらそんなことする気になるんだ。

 

 地面に散らばった赤色を踏みつけて、倒れているリヴェンのところまでやってきた。

 その場に膝を付いて頬に触れてみる。

 ピクリと僅かに動いた。意識はないけれど、体は生きている。

 よかった。それなら、治せる。今ならできると、確信がある。

 

「今、助けるから」

 

 そっとリヴェンの頭を膝に乗せ、抱きかかえる。

 本当に不思議だ。これまでは何となくでやっていたことが、手に取るようにわかる。

 リヴェンの体の隅々まで、どんな体の構造なのか、どんな傷つき方しているのか。

 俺が何をすればいいのか。

 

 光がリヴェンの体に集まっていく。水場に集う光虫のように。

 この光は何なのだろうか。疑問に思うけど、すぐに無駄な事だと気が付いた。

 こいつが助かるなら何でもいい。どうでもいいのだ。

 

「うそ」

「姫、うそだ、そんなことが……」

 

 縋るようなセイラムの声も無視して、俺は治療に専念する。

 血が足りない? 作ればいい。俺ならやれる。

 傷が深い? そんなの治せる。

 体温が低い? 命が戻ればすぐに戻るさ。

 想像しろ。こいつのベストコンディションを。今の俺ならそこまでもって行けるはずだ。

 

 理由? 理屈? そんなものはない。直感だ。できるという確信だけがある。

 すぐ側で誰かがこの力の使い方を教えてくれているような気がする。

 

『そう、大事な人なんでしょう? なら、しっかり』

 

 声が聞こえる。

 優しい声だ。慈しみに溢れた声だ。でも、すぐにでも泣いてしまいそうな声だ。

 

『意識を集中して。この力を大切な人たちのために使うんでしょう?』

 

 声に頷く。

 そっと俺の手に幻覚が手を添えてくれる。

 周りが静かだ。時でも止まっているのだろうか。

 ううん、今はそれすらも忘れ去ろう。今は、俺とこいつだけの世界に閉じこもる。

 

『私たちのこの力は、命を作り替える力。癒す力とは、また別』

「作り替える力」

『そう。だからしっかりと思い描いて。元気な大切な人の姿を』

 

 それが、何よりも大切な事だから、と。

 俺の直感が正しかったのだと教えてくれた。なら、もう迷うことはない。

 一直線に、真っすぐ、思い描く姿へと。

 こちらを見守る様に周囲を舞う光が、どんどんと強くなる。

 暗闇のダンジョンの中、ここにだけスポットライトが当たっているかのように。

 

「……うぐ」

「リヴェン!」

 

 反応があった。

 よかった、回復している。

 首の傷ももう塞がっている。

 体温もさっきより温かい。

 そして……目が開いた。

 

「……シャーロット、か?」

「リヴェン! 見えてるんですか!」

「何が――」

 

 俺とリヴェンの視線が合う。ちょうど膝枕するような形になっているから、逆さまでだけど。

 目がまんまるだ。何をそんな信じられないようなものを見たような――。

 

「——美しい」

「え?」

 

 あまりにも口を動かさず、小声だったから上手く聞き取れなかった。

 あっ。何か顔が赤くなっていく。

 血もだいぶ戻ったんだな。よかった。

 

「……放せっ!」

「あっ!」

 

 まるで逃げるかのように、リヴェンは上体を飛び起こした。

 その姿はどこか寝坊に気が付いたに子供のようで、思わずこんな状況なのに笑えてしまった。

 よかった。生きてる。元気に動いている。

 

 リヴェンは確かめるように、その場で軽く腕を動かし、手を握ったり開いたりする。

 俺も、それを眺める。

 しっかりと治せたはずだ。問題なく、万全の状態に治した。

 間違いなく、今のこいつはベストコンディションだ。

 

「う、嘘だ」

 

 震え声で、現実を否定する。

 セイラムだ。

 

「嘘だ、嘘だ、嘘だ! どうして、姫様、どうして! どうして力を貸したのです、どうしてこちらを見てくださらなかったのです、どうして、どうして!」

 

 もはやその姿に正気の色はなく。半狂乱に頭を抱えて叫び続けている。

 ……こいつの事は、よくわからない。本当によくわからない奴だ。

 何かに囚われて、何かにしがみついて、何かに縛られている。俺の知らない何かに。

 同情の余地はあるのかもしれない。でも、俺はしない。

 こいつがやったことは、間違いなく許せないことだから。俺は、こいつに情けをかけたくない。

 

「シャーロットちゃん、大丈夫?」

「トリシェル。ええと、私は大丈夫です」

 

 なんだ? 心配して寄ってきたと思ったトリシェルは、俺が返事を返すと露骨に安心した表情を浮かべた。

 一体何の心配をしてたんだ?

 

「あっ」

「どうかした?」

「失血呪が……」

 

 今気が付いたが、左腕に仕組んでいた失血呪がいつの間にかに効果を失っている。紅の輝きはなくなり、くすんだ茶色に変色していた。

 なんだこれ、効果を発動させたつもりはないから……もしかして不完全品だったのか?

 マジックアイテム幾つか譲り渡して刻んだものなのに。

 くそう。裏相手だから後で文句も言いに行けない。

 

「……多分、耐え切れなくなったんだね」

「耐え切れなくなった?」

「呪いが、シャーロットちゃんの格に」

 

 よくわからない。

 でも、ある意味少しだけ安心した。うっかり暴発させたらって思うとちょっとだけ怖かったんだよな。

 ただ、これでセイラムを抑制するものはなくなってしまった。

 その肝心のセイラムは……。

 

「認めない、認めない認めない認めない! 私は! 認めない!」

 

 その顔は一直線にこちらへ向かっていて。

 思い切り槍を振りかぶっていたところだった。

 狙いは……トリシェルだ。

 

「トリシェ――っ!」

「――お前が認めようが認めまいが、これが結果だ」

 

 激しい金属同士の衝突音。紅の槍が弧を描くように弾き飛ばされていた。

 私たちとセイラムの間には、リヴェンが刀を振りぬいた状態で立っている。

 

「リヴェン!」

「弱っている奴から狙うだなんて、随分とじゃあないか」

「黒の……っ!」

「お前が憎いのは俺なんだろう? なら、俺からどうにかするのが筋じゃないか? ――それとも、怖いのか? 黒の一族が」

 

 すっかり調子は戻ったのか、その立ち姿に一寸の揺らぎもない。

 煽り口調もいつものリヴェンだ。本調子に違いない。

 

 セイラムの歯ぎしりがここまで聞こえてきそうなほど、凶悪な形相と化している。

 到底子供には見せられないような。アリスちゃんが見ればそのまま気絶してしまうかもしれない。

 

「なんでここにお前たちを誘導したと思っている?」

「ふむ、何でだろうな?」

「教えてやる。スイーパー!」

 

 セイラムが叫ぶと同時に、大広間の輪郭から何体もの影が現れた。

 その輪郭はカマキリのようで、その特徴的な両腕の形状を見ると俺の記憶にあるスイーパーと同じものだ。

 確かに、スイーパーはエリアボスがいる階層に入ることができる。

 でも、まさか、ボス広間がスイーパーの待機所だったのか?

 

 今のリヴェンがスイーパーに負けるとは思わないけど、この数は流石に……。

 

「大丈夫、シャーロットちゃん」

「トリシェル?」

「彼らは君の僕だよ。命令して、止まれと」

 

 焦る俺とは対照的に、トリシェルは冷静だった。

 なんでそんなに冷静なのかと聞こうと思っても、先にこの数を何とかする方が大事。

 言われた通りにすれば何とかなるのなら、やってみるしかない。

 

「『止まれ』!」

 

 不思議と、声がいつもより遠くまで届いた自覚がある。ダンジョン中に響き渡ってあろう声は、正確にその意思を伝えた。

 俺の叫びと同時に、俺たちを取り囲み徐々に包囲を狭めていたスイーパーたちの動きが止まる。

 

「セイラム! いくら何でも無茶苦茶すぎるよ。ダンジョンは彼女に傅く、そのことすら忘れてしまったの?」

「うるさい、うるさいうるさいうるさい! お前は何も知らないからそんなことが言えるんだ!」

「なら、あなたは何を知ってそこまで固執してるのかな!」

「全ては姫のために! 私は、そのためにここまでこの姿を保ってきたんだ!」

 

 駄目だ。トリシェルが語り掛けても、会話が成立してるように見えない。

 何を言っているのか、何を言いたいのか。さっぱりだ。

 まともな会話はもう望めないのだろう。そこまで彼女は踏み込んでしまった。

 

「これで仕込みは終わりか?」

 

 もう十分だと言わんばかりに、リヴェンが刀をセイラムへと向ける。

 

「槍を取れ、セイラム。引導を渡してやる」

「……本気で私に勝てると思ってるの? 一介の、剣士風情が?」

「なんだ勝てると思っているのか? そんな信念の欠片も籠っていない槍で」

 

 不意打ちするのではなく、槍を拾えとリヴェンはセイラムを急かす。

 正面から、堂々と負かすつもりなのだろう。

 ……勝てるのか?

 いいや、勝つ。勝つさ。あいつは勝ってくれる。

 

「後悔させてやる。黒の畜生が、私に情けをかけたことを」

「後悔などしないさ。お前は、正面からいいわけの余地も残さず負かす。でなければ……」

 

 リヴェンは少し言い淀んで、こちらの方をちらりと見てきた。

 何だろうか。

 

「……申し訳が立たないからな」

 

 セイラムが深紅の槍を拾い、構える。

 リヴェンも同様に、刀を真っすぐに構えた。

 

 いつの間にかに広間を包み込んでいた暗闇は晴れている。

 数多の視線が見守る中、二人の勝負が始まった。

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