TS異世界転生姫プレイ   作:パンデュ郞

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第78話:シャーロットと孤独の町

「……あれ? ここは?」

 

 目が覚めた時、俺は変わらずリヴェンの部屋にいた。

 しかし、周りには誰もいない。あれだけ机の上に積み上げられていた紙の束も、綺麗さっぱりなくなってしまっている。

 ……なんだろう、違和感がある。何とは言えないけれど。

 

「リヴェン? リヴェンさーん?」

 

 部屋の主を呼んでみるも、返事はない。

 おかしい。さっきまで一緒に会話してたのに。

 窓の外を見る。そんなに時間が経っているようには見えない。

 

 俺が起きるまで放置されてた? あいつなら、何寝てるんだって起こしてきそうなものだけれど。

 俺を放置して、どこか出て行った? それも違和感がある。

 とにかく、あまりにも静かだ。眠気も今は無いし、動くべきか。

 

「リヴェーン?」

 

 呼びかけながら部屋から出る。廊下は変わらず静かで、他に誰もいないのかと思わされる。

 誰一人としていないのかと思えば、そうでもない。下の食事処部分には人が動いている気配がする。

 音に釣られて下りてみると、そこには見知らぬ冒険者らしき男たちが食事をしていた。

 

 何度かこの宿には来たことがあるけれど、彼らの姿は見たことがない。リヴェンたちの一行以外にこの宿を利用している人がいたんだ。

 彼らなら、リヴェンたちがどこへ行ったのか知っているかな?

 

「それでよ!」

「……ちげぇねぇ!」

 

 楽しそうに会話している。機嫌もよさそうだ。

 今なら話しかけてもよさそうだな。

 

「あのー……」

 

 声をかけた瞬間、怖気が走った。

 それまで楽しそうに笑っていた男たちが、突如無表情になり一斉にこちらへぎゅるりと顔を向けてくる。

 ホラーの一幕のような出来事で、悲鳴を上げなかったことをどうか褒めて欲しい。

 

 男たちは無表情でこちらを数秒見つめた後、お互いに顔を見合わせて、小声で何かを相談し始める。

 な、なんだ。なんかまずいタイミングだったのか?

 

「あ、あのー」

「ちっ!」

 

 再度話しかけようとすると、露骨に舌打ちをされた。

 わざと聞こえるようにされた舌打ちだ。そのぐらいはわかる。

 ……え? 俺、何かやった?

 その場で凍り付く。

 

「見ろよ、あの間抜け面」

「ああ、留飲が下がるぜ」

「誰だよあいつ呼んだ奴」

「いるわけねぇだろ」

 

 これもわざと聞こえさせるように囁かれる悪口。

 ちらりちらりと見せつけるように向けられる視線が、俺の逃げ場を無くす。

 久しぶりの感覚に、冷たい汗が背中を伝う。

 明確な悪意が、俺の足首に絡みついて動くことを許さない。

 

「どうせ誑かした男のところで寝てたんだろ」

「悪趣味な奴もいるもんだぜ。誰があいつを抱きたいんだよ」

「ほっとけほっとけ。飯が不味くなる」

 

 ……あっ。ダメだこれ。

 話しかけるとかの話じゃない。受け入れられる土壌がない。

 

 話が成立するのには、そもそもお互いに話をする気がなければならない。彼らには、俺と会話する気がない。

 駄目だ。今すぐ離れないといけない。

 このままここに居続けると――。

 

「最近まともに相手にされなくなったからって、新人たち相手に体売ってるんだって?」

「やだねぇ。女の癖に一人前ぶっちゃって」

「迷惑だから――」

 

 体の周りを付きまとうような悪意を必死に振り払い、急いで宿の外に出た。

 

「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 汗が伝い、地面へと落ちる。雫は一滴の湿りを残して、すぐに紛れる。

 閉めた扉の向こう側からは嘲笑する声が響いてきている。俺の無様を笑っているのだろう。

 何だろう。この感覚は。

 正面から悪意をぶつけられるのが久しぶりだったからだろうか。こんなにも慌てふためいてしまっているのは。

 

 唾を飲み込む。喉が鳴る。

 大丈夫、大丈夫だ。

 そう思われるようなことをしていたのは事実だし、そう思う人がいるってのはわかりきってたことじゃないか。

 だから、落ち着け。

 

 心臓の音が胸を突き破って出てきそうなほど鳴り響いている。

 何だろう。なんでこんなに心が苦しいんだろう。

 最近優しい場所にずっといたからだろうか。慣れてしまったからだろうか。

 心が受け入れる準備をできてなかった。

 

 ふっと顔を上げる。

 胸のざわつきに従って、周囲を見渡す。

 

「……見てよ」

「ほら、あの子だろう」

 

 ひそひそ声がこだまする。

 呼吸が止まらない。ひゅーひゅーと浅い呼吸音が耳の横を通り過ぎていく。

 周りからの好奇の視線。嫌悪の視線。誰憚ることなく、お前は敵なのだと隠しもしない。

 悪意が、取り巻いている。

 

「ああ、売女」

「男に媚を売ることばかりで――」

 

 思わず走り出す。同じ場所に留まりたくなかった。その場にとどまっていると、自分が悪いと認めてしまうようでおかしくなってしまいそうだったから。

 走れども走れども、不快な視線はまとわりつく。

 クスクスと嘲笑する声が耳から離れない。逃げてるはずなのに、隣で囁き続けられているみたいに。

 

 行く先も考えず走り続けていると、自然と足は見知った場所へ向かってしまっていた。

 

「……連盟」

 

 ここなら、知ってる人がいるから匿ってくれるかもしれない。

 でも、逆に言えば俺の悪事を知っている人たちも多くいる。

 

 怖い。悪意に晒されるのが怖い。

 言い返す気すら起きない四面楚歌。周りは全員俺の敵にしか見えない。

 いや、でも、この時間なら顔見知りが多いはずだ。なら、表だっては何か言ってくることは少ないだろう。

 だって、冒険者間で不和を起こしていいことなんて何一つもない。はずだから。

 

「クスクス」

「アハハハ」

 

 笑い声に背を押されるようにして、俺は連盟の建物内へと逃げ込んだ。

 

 いざ建物の中に入って、視線が一斉にこちらへ向かなかったことに安堵する。

 そこは一見するといつも通りの空間に見えて、だから俺も気を緩めることができた。

 いや、緩めてしまった。

 

「……でさ、あの女が――」

「大きな顔してさ――」

 

 先ほどまでの影響で、周りの声が耳に入ってくる。

 いや、どうなんだろう。聞かせられてたのかもしれない。

 ジワリジワリと嫌な空気。誰もこちらを見ていないのに、周囲を見回しても視線なんてどこにもないのに、全員の意識がこちらへ向いている感じがする。

 結果的に、周囲を執拗に見回す俺はさぞかし滑稽だっただろう。自覚しているから余計に、周りの笑い声が俺を笑っているように聞こえて仕方がない。

 

 連盟に来たのはいいけれど、どうしよう。どうするべきか。

 誰かに話すか? 外の様子がおかしいと? 俺の頭がおかしくなったと思われるんじゃないか?

 それに、話すとして誰に。

 

 外で言われてたことは、冒険者なら正直腹の内では誰が思っていてもおかしくはない。

 そんなこと、誰よりも俺が一番わかってる。わかってるから、逃げたんだ。

 つまり、誰かに話しても同じことを言われる可能性がある。

 耐えられるか? 今の俺が、面を向かって同じことを言われて。

 

「そんなところで何してるの」

「……ハンナ、さん」

 

 何をしたらいいのか、すっかり迷ってしまっていると受付嬢――ハンナさんが話しかけてきてくれた。

 彼女なら。彼女なら俺の話を聞いてくれる。

 そう思った。だって、これまでの付き合いで知っている仲だから。

 知っていると、思っていた。

 

「ぼーっとしてないで、何もしないならさっさと消えてくれない? 目ざわりなんだけれど」

「……え?」

 

 硬直する。

 いきなり言われたことを理解するのに、少し時間がかかった。

 ハンナが少し口が悪いのは知ってる。強めの冗談を言うのも知ってる。

 今のは? 冗談で片づけられる口調ではなかった。

 シンプルで安直な拒絶。今俺に浴びせかけられた言葉だ。

 

「ちょ、ちょっと言葉が強いですよハンナさ――」

「聞こえてなかったの? 消えろって言ってんのよトラブルメーカー」

 

 再度固まる。

 冷たい視線。今すぐにでも緩めて、いつも通りに笑ってくれまいかと思うけれど、その様子はどこにもない。

 

 日頃軽口をたたき合う仲ではあるけれども、ここまで強い言葉を叩きつけられたのは初めてだ。

 なんなら、俺が最初に連盟に来た時に話をしてくれたのは彼女だった。彼女は覚えていないかもしれないけれど。

 身の振り方を良く知らない俺に、丁寧にいろんなことを教えてくれたのだ。冒険者としての俺の基礎は彼女から教わったといっても過言ではない。

 男関係で上手くいかなかったり、仲間を上手く作れないときにも相談に乗ってもらった。

 積極的にかかわる間柄ではなかったが、事あるごとに会話を重ねていた。

 

 そんな彼女から、今拒絶されている。

 ほろりと、頬を涙が伝い落ちたのを感じる。

 

「泣いてどうにかなるの? 泣き落とすなら、いつものカモたちにやってみせたら?」

 

 なんだこれ。どういうことだ?

 俺の知る彼女はこんなことを言う人ではない。言う人ではないのに、俺の耳は正確に彼女の言葉を聞き取ってしまう。

 夢か? 自分の頬を抓る。痛い。じゃあ、夢じゃないのか。これはなんだ。

 

「昔から思ってたの。手間をかけてあげたけど、あなたが持ってくるのは問題ごとばかり」

 

 やめてくれ。見たくない、聞きたくない。

 

「あーあ、厄介ごと拾っちゃったって。見捨てられれば良かったんだけど、そうしたら私の評判が落ちるじゃない」

 

 違う。彼女はそんなこと言わない。

 

「毎回毎回悪いのは決まってあなた。上手くいかない? 当たり前でしょ。他人を利用してやろうって薄汚い心根の奴が、上手く行くはずがない」

 

 やめて。やめてほしい。

 その場で耳を塞いで蹲る。

 

「聞こえない振りをしたって無駄だよ」

 

 手で耳を塞いだぐらいじゃあ、当然言葉は聞こえ続けてて。

 聞こえて欲しくない声は俺の脳に届く。

 

「みんながおまえをみている」

「「「「「みんなおまえをみている」」」」」

 

 周りの全員が、こちらを一斉に向いた。

 

「誰一人として、あなたの味方はいないよ。この町には」

 

 絶望的な宣言がなされた。

 逃げ出した俺の背後からは、どこまでも付きまとうような、不愉快な笑い声がコーラスのように響き渡っていた。

 

 これは、まさしく悪夢だ。悪夢であってほしい。どうか、どうか、誰か助けてくれ。

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