初めて会った場所……?
俺の初めての記憶は、お前が店でセクハラかましてきた時なんだが? と思ったけれど、おそらくそういうわけでもないのだろう。
つまり、その前にどこかで会っていたということ。
やばい、覚えてない。
「その表情を見るに、心当たりはなさそうだな」
はい、ないです。参ったね。
向こうから呼んでくれているのに、肝心の俺がどこだかわかってないっていう。
あああっ! どこだよ一体!
「店で出会ったのが最初とか言ってなかったか?」
「それは多分違います。でないと、私たちが出てった後入れ違いになったってことですから」
「ふむ、考えづらいか。それに、このような意味深なメッセージにする必要もない」
そう、俺は試されているのだ。
何をどうしてそうなったのかはわからないが、トリシェルに試されている。
こうなったら、思い出すしかないだろう。
この町に来た時のことを、順繰りに記憶から呼び覚ましていく。
今となっては忘れたい記憶も含めて。
トリシェルと出会いそうな場所。そういえば、セクハラ騒動の時にはクランに入ってたんだっけ? 覚えてないや。
入ってないとしたら、その前にはどうやって? どうして俺に興味を持った?
俺を見つけたとすれば、どこでだ?
セクハラ騒動の前に、俺はどこで何をしていた?
「……あっ」
「思い出したか?」
「はい、いえ、でも……」
思い付きは、した。でも、だとしたら、どうして?
何がどうなって、トリシェルはあんな行動に出たんだ?
「どうした、歯切れが悪いな」
「自信は、ないです。でも、他にないと思います」
「それでもいい、場所は?」
思い当たる節から当たるしかないだろうと、リヴェンは言う。
その通りだ。だから、不確定でも行くしかない。
もしもこれが合っていれば――俺はトリシェルに聞かなければならないことがある。
◇ ◇ ◇
結論から言うと、俺の記憶は合っていた。
待ち合わせ場所として相応しい、いかにもな噴水にそいつは腰かけていた。
ここは中層の広場。市街地で、普段冒険者は寄り付かない場所。日ごろはこの町の住人や子供たちが良く遊んでいる場所。夢の中だからか、今は誰もいないけれど。
「来てくれたんだね、姫様。来てくれなかったらどうしようって、少し不安だったんだよ?」
ぞわりと悪寒が走った。
そこにいるのはトリシェルなのに、トリシェルでないように思える。
瞳はどこまでも遠くを見通しているようで、こちらを見ていない。表情も静かで、波一つない水面のよう。愛嬌を振りまいて、騒がしい、俺が知ってるトリシェルとは違う。
今のこいつからは、全てを諦めてしまった後のような、寂しさを感じさせる。
「……あなたも、私をそう呼ぶんですね」
「そうだね。あなたは、私が待ち望んだ存在だったから」
トリシェルはぶらつかせていた足を止め、そっと立ち上がる。
リヴェンが警戒して俺とトリシェルの間に割って入った。距離があってもあいつは魔法使い、むしろ危険な距離という事か。
リヴェンはもう、トリシェルを敵として見ている。
俺は、まだ見れてない。
せっかく前に出てきてくれたのはありがたいけれど、まだ話したいことがある。
俺は前に出直して、リヴェンに目配せをした。
意思疎通が取れて、リヴェンが一歩だけ引く。
「なんでこんなことをしたんですか?」
「……失敗した計画を話すのって、恥ずかしいなぁ」
はにかむように笑って、トリシェルはすぐさま表情を改めた。
「私たちの目的は一つ。姫様の安全を確保することだよ」
「安全? こんなことしておいて――」
トリシェルはそっと人差し指を唇の前に置き、沈黙を要求してくる。
不思議と、俺はそれに従っていた。開いていた口も勢いを無くして閉じる。
満足げに笑い、彼女は続ける。
「現実の人々の汚さに触れ、失意に溺れたところで、そこから救済される場所の事を教える。それで、地上から連れ去り白の町へ案内する予定だったんだよ」
「……なるほどな。俺がそれを邪魔したということか」
「そういうこと」
リヴェンは納得したようだけど、どういうことだ?
「それで? 白馬の王子様役を奪われて、お前はこれからどうする?」
「どうするもこうするも、何も変わらないよ」
あっ、俺がもう駄目になってた時、リヴェンが助けてくれたのを、トリシェルがやろうとしてたってことか。
だとすれば、もう失敗も失敗じゃないか?
変わらないってのは、どういうことだ?
「最初から仕切り直す。それだけ」
トリシェルが指を鳴らす。
不思議と、遠くまで響き渡り――同時に、周りの地面が隆起し始める。
「邪魔が入ったのなら、邪魔を排除して最初から。幸いにも、ここは夢の中。普段よりも、よっぽどやりたい放題ができる」
隆起した地面は形を作り、まるで人のようになる。
これはゴーレム!? 数もかなり多い。ざっと俺たちを取り囲んでいるだけで二十か三十かぐらいはいる。
「実力行使か。わかりやすくていいな」
「ここは私が基軸となって作り出された世界。私のホームグラウンド。これまでみたいに簡単に行くとは思わないでね」
二人は完全に戦う体制を整えている。
待ってほしい。俺はまだ、まだ……っ!
「待ってください!」
今にも戦いの火ぶたを切ろうとする二人に、割って入る。
まだだ。まだ俺は納得できていない。
「なんで、何でこんなことをしたんですか?」
ぽかんと呆けた顔をして、トリシェルは僅かに顔を歪ませた。
「しょうがないなぁ、シャーロットちゃんは」
呆れたのか、諦めたのか、俺にはわからない。
わからないけど、俺はまだ認めきれていない。
だって、だってお前は助けてくれたじゃないか! 俺を、俺たちを!
「いつから、いつからですか。こんな企みを――」
「最初から」
「……え?」
「最初からだよ。本当の、最初の最初から、こうするつもりだった」
最初から?
じゃあ、これまで一緒にやってきたことは?
そもそも、最初っていつからだ? まさか、ここで会った時から――?
「その通り。シャーロットちゃんがこの町に来た時から。そのときから、私はこうするために動いてたんだよ」
淡々と告げられる事実を、受け入れたくはない。
「……ロザリンドが言っていた。かなり長い時間をかけて準備されていたと」
「その通り。出会った時から、シャーロットちゃんにボディタッチを繰り返していたのは、この時のためだったんだよ。他にも目的はあったけれど」
リヴェンが補足したことで、嘘偽りでないことが確定させられる。
じゃあ、なら、なんで。
「この場所を指定したのは――」
「こうやって、ある程度広い場所の方が私が戦いやすいから」
「オークションの時や、セイラムの時に助けてくれたのは――」
「信頼を得て、ボディタッチを繰り返すために。それに、計画実行前に他の人に邪魔されるわけにもいかなかったしね」
そうと言われれば、俺は否定できない。否定できる材料が、何一つとしてない。
今という現実が物語っている通り。
「全て、全て私達が思い願う姫様になってもらうために、したことだよ」
じゃあ、本気なのか? 本当なのか?
誰かに脅されたとか、本心ではやりたくないだとか。そういう可能性は、もうないのか?
「どう? 信じてた相手に本当に裏切られた気持ちは? ……俗世なんて、碌なものじゃないでしょう?」
少なからずショックを受けているだろうとみて、トリシェルは俺になおも揺さぶりをかけてくる。
「まあ、嫌いな相手だからそこまで――」
「違いますよ!」
揺さぶられてないだろうって? そんなわけ、そんなわけないだろう!
だって、一緒に戦ったし、一緒に飯食ったし、一緒に笑ったじゃないか!
そんなのもう、仲間だろう?
「そりゃあ、セクハラばっかしてきて、調子ばかりよくて言う事聞かないし、普段だらけててみっともないとも思いましたけど」
文句なら幾らでもあるさ。最近までセクハラしてきてマジで嫌いだったし顔も見たくなかった。怖いとすら思ってた。
だからと言って、敵であってほしいわけではない。
ふざけた奴がいるなと思っても、そいつに死んでほしいと思うわけじゃない。
「こんな風になってほしいわけじゃなかった」
こんな、どっちかが倒れるまで見たいな譲れない状況になってほしいわけがない。
ふと、リヴェンに言われた言葉が脳裏によぎる。
「……『望む権利は、誰にでもある』」
天恵のような言葉だった。
いや、でも、本当にいいのか?
違うのか。いいのかどうかを決めるのは、俺自身だ。
そうと決まれば、俺はリヴェンに確認を取る。
「ねぇ、リヴェンさん。どう思います?」
「どう思う? とは?」
「私って我儘だと思いますか?」
「我儘かは知らんが、望むのは悪いことではないさ」
肯定してくれた。リヴェンは問題ない。
「ねぇ、トリシェル」
「なんだい、シャーロットちゃん」
「私って、我儘だと思いますか?」
「んー、どっちでもいいんじゃない? 好きな風にすれば」
お前も否定はしないんだな。
こんなことをしておいて。自分たちの望むような俺にしようとしてた癖に。
ああ、それがもう答えなのか。じゃあ、俺もそうしよう。
「トリシェル」
「なんだい、シャーロットちゃん」
「申し訳ないですが、私は諦めないことにしました」
「そう、それは――」
残念。とでも言おうとしたところを被せる。
「俗世にいること、ではなくて、あなたと友達でいることについて、ですよ」
思わず笑ってしまう。自分で言ってて馬鹿馬鹿しい。
トリシェルも面食らったようだ。リヴェンは、ああ、なんか笑ってる。
予想してたんかな? だとすれば、ちょっと嬉しいな。
「私は、トリシェルが嘘ついている可能性を信じることにしました」
「そんな、無茶苦茶な……」
「無茶苦茶でも!」
俺は叫ぶ。決めたから。決まったから。
信じていいんだと。信じるのは自由なんだと。こいつは教えてくれたから。
だから俺は信じる。俺たちを助けてくれたトリシェルは嘘なんかじゃなかったってことを。今のにも何か意味があるんだって風に。
「信じるのは自由です。望むことは、悪いことではないから」
「我儘だな」
笑いながらリヴェンが茶化してくる。
俺も半分笑いながら、それに応じる。
「好きな風にしろって言いましたよね?」
「言ったな。だから、後は任せておけ」
改めて、リヴェンは俺の前に出る。戦闘準備は整っている。いつでも準備万端なようだ。
「そんなふざけた話、通ると思ってるの?」
「わかりません。でも、通ったらいいなと思ってます」
「ふざけてる、本当にふざけてるなぁ!」
「普段のあなたよりかは真面目ですよ!」
周りのゴーレムたちが動き出し、俺たちの包囲を狭めてくる。
ここから先は戦いになる。そうなると、俺にできることは殆どない。
「話の続きは、終わらせてからと行こう」
リヴェンの刀がギラリと光を反射していた。