第96話 シャーロットと昔の仲間
トリシェルが白の民たちの町へ話をつけた結果、俺たちはきちんと行けることになった。
ただ、なんか色々と準備があるらしい。俺を歓迎するための準備がうんたらかんたら。まあ要するに、しばらく待ってくださいってことだ。準備が出来たら迎えの者がやってくるらしい。
と、いうわけで、俺たちはしばらくの間、具体的には向こう側から連絡があるまで待機……暇な時間を過ごすこととなってしまった。急に連絡が来るかもしれないということで、数日間かかるようなダンジョンアタックの予定を組むこともできない。
いや別に潜っててもいいのかもしれないけど、なんか入れ違いがあったら嫌だなと思っただけ。それに、最近騒がしいの続きだったのは事実だ。ぼちぼち、休みを入れてもいいだろう。
お金は十分あるしな。
問題があるとすれば……休むと決めたからといって、できることは何一つないということかな。
「いらっしゃいませー!」
「お、シャーロットちゃん今日も元気だねぇ」
「あははは。冒険者業がお休みですからね、その分こちらに精を出しますよ」
今の俺は、もっぱらアリスちゃんと一緒に野良猫亭の看板娘業に精を出している。
これだけまとまった時間をアリスちゃんのために費やせる機会もそうそうないので、これもいい機会だと思っている。接客のあれこれや、冒険者男性に良く効く会話テクニックを教えたり、あるいは実際にアリスちゃんの日常のあれこれの面倒を見てあげたり。
いやあ、アリスちゃんは本当に癒しだ。散々なことがあったからこそ心が洗われる。
日々悩まされる幻聴も、最近は常連さん相手なら大分落ち着いてきた。まだまだ外には出づらいが、見知った人々と室内で過ごす分には問題ない程度には収まった。
「い、いらっしゃいませー」
「アリスちゃん、もっと声を上げて! ほら、いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませーっ!」
その調子と笑いかけて、アリスちゃんも笑えば店中が笑顔に包まれる。
「……って、トリシェルじゃないですか」
「やっほー。来ちゃった」
昼過ぎに新しい客がきたと思えば、トリシェルだった。
こいつも最近はよく笑うようになった。いや、前から笑顔は多かったけれど、そういうんじゃなくて。憑き物が落ちたっていえばいいのかな。すっきりとした笑顔を浮かべるようになった。
「アリスちゃんもこんにちは。元気にやってる?」
「うん!」
「そっかそっか。良かったね」
「それで、今日は何の用ですか? 招待が来たとでも?」
「ううん、それはまだ。向こうも結構困ってるみたいでね。何せ、残されていたのは傍観派閥だけだったから」
アリスちゃんは不思議なことに、トリシェルに結構なついている様子だった。顔が怖いと苦手意識を持たれてる常連さんがそれを見て羨ましそうな表情をしている。
お仕事の話? と疑問符を浮かべるアリスちゃんの頭を撫でながら、トリシェルは笑顔でそうだよと肯定してあげている。
「今日の用事は愛しのシャーロットちゃんに会いに来た。それだけじゃ駄目?」
「……よく言いますね。で、何の用ですか」
「あはは、お見通しかぁ」
そりゃあ、そんな何か言いたいことがありますみたいな面してたら誰だってわかるさ。
多分表だって言えることじゃないんだろうな。そうなると、裏に通さないといけないけど、今抜けるのもなぁ……。もう少しすれば、昼の忙しくなる時間帯だ。
「お昼終わってからでいいですか?」
「うんうん、構わないよー。じゃ、注文お願いできるかな、可愛らしい店員さん」
「うん!」
そういえば、トリシェルってアリスちゃんと話すときにしゃがんで視線合わせるんだよな。俺もやってるけど、子供の相手に慣れてるんだろうか。
「シャーロットちゃーん!」
「はーい! 今伺いますねー!」
ともかく、トリシェルの相手はアリスちゃんに任せて、俺は看板娘業へと戻った。
そうやって昼過ぎになり、一日中たむろしている普段何をしているのかわからないような常連さんだけが残ったころ、俺は機を見てトリシェルを連れて二階の自室へ移動した。
「それで、何の用ですか」
「んもう、つれないなぁ」
「いいから、話してください」
ちぇー、と唇を尖らせても駄目なものは駄目だから。
アリスちゃんになら誤魔化されてあげるけれども、お前は駄目だ。
「幾つか話しておきたいことがあってね。来ちゃった」
「来ちゃった、じゃないですが。何かあったんですか?」
「んー、まあ耳にしちゃった以上は見過ごせないかなぁって」
この口ぶりだと、正直知らなければ見過ごしても良かったかのようにも聞こえる。てことは、そんな重大な話ではなさそうだ。
「まあ、その話をする前に聞きたいことがあるんだ」
「え、ちょっと気になるところで区切るのやめてもらっていいですか」
「まあまあ。私が聞きたいってのは――リヴェンとの今後の関係性はどうするのかって話だよ」
リヴェンとの、今後の関係性?
それは――。
「それとも、こう言い換えた方がいい? 告白はどっちからする予定なの?」
「うぇっ!」
「いやさ、流石に側にいると二人してお互いを意識してること丸わかりだからさ。気になって気になって夜にしか眠れない日々が続いてるんだよ」
「きちんと眠れてるじゃないですか!」
ツッコミをしながら、俺は自分の顔が火照っていくのを感じる。
……ああ、そうだよ、自覚してるよ! 俺があいつのことを意識してるってこと!
あの夢の中の一件から、やたらと意識させられている。これがどういう感情なのか、しばらくはわからなかったが、今となってはもう明白だろう。
「……少なくとも、私からすることはないですよ」
「ありゃ、それは意外」
意外、か。俺の裏事情を知らなければそう思われても仕方がないか。
ああ、そうだとも。俺はこの感情が異性を思う気持ちであることは理解している。でも、それを簡単に受け入れるわけにはいかない。
俺には前世の記憶がある。男として生きた、短くも充実した記憶が。
年月を比較してみれば、男として生きた期間と今の女として生きた期間は同じぐらいだ。だとしても、先に男として生きていた以上、自認はどうしてもそちらに引っ張られる。
今の俺が女だってのは、理解している。散々それを利用して生きてきたんだ、否定しようがない。
でも、完全に女として生きられるかと言われれば、また別の話になる。
この期に及んで純潔を保っているのもそうだ。さっさと割り切って体を売る方針で進めていればもっと楽に生きられた場面もあった。
それをやってこなかったのは、心のどこかに忌避感があったからだ。
踏み込まなければ生き残れない。踏み込み過ぎてしまえば戻れない。不安定なバランスの上に、今の俺がある。
ようは、受け入れきれていないんだ。俺は、俺自身を認めきれていない。
女である自覚を持ちつつ、女であることを活用しながら、女としての最後の一歩を踏み出すのが恐ろしい。ある種の自己矛盾染みたこの感覚から目をそらし続けている。
男であるリヴェンに告白なんてしてみろ。その瞬間に、俺は一線を越える。もう二度と戻れない。俺は過去の俺を否定することになる。
じゃあ相手が女だったらいいのか。それも違う。今の俺を否定することになる。
本当に、どっちつかずの半端者だな、俺は。一時の感情に身を任せることもできないまま、ここまで来てしまった。誰かに相談することもできない、自分で結論を出すこともできない、どうしようもない状況のまま、今を迎えてしまった。
「……まあ、シャーロットちゃんの決定に対して、私がとやかく言う事はしないよ」
何か察するところがあったのか、トリシェルはあっさりと引いてくれた。
俺としてはありがたい。しかし、そうか。周りから見ると、そんな明らかなくらい意識してしまってるのか。今後は気をつけないとな。
「用事ってのは、それだけですか?」
「ああ、いやいや、話した通り、今のは私が気になっただけのこと。用事は別だよ」
そういえばそうだったな。気まずい雰囲気を終わらせたくて焦ってしまった。
んで、実際の用事ってのは何だろうな?
「時に、シャーロットちゃんって緋色の剣の時の主要メンバーって、まだ覚えてる?」
「え? 唐突ですね、そりゃあ覚えてますよ」
忘れるはずがない。
緋色の剣は五人パーティだった。男二人、女三人のパーティ構築。
リーダーのレイナード。ヒーラーの俺こと、シャーロット。軽戦士兼斥候役のリズベット。重戦士のガレス。魔法使いのセリーヌ。
なんだかんだ、仲もいいしバランスもいいパーティだった。……最終的に色恋沙汰で大荒れして解散してしまったけれど。
「他の人たちが今何してるとかは知ってる?」
「いやあ、そこまでは知らないですね……」
なにせ、崩壊の原因の大半は俺にあるようなものなのだ。
発端は、俺とレイナードの仲が非常に良く見えるという嫉妬から始まったのだから。もちろん、そこには恋愛感情はまったくなく、色恋営業をしなくてもいい気軽さから仲良くなっただけ。でも、恋する乙女からしたら、俺のような外面美少女が意中の男性と親しくしてるだけで駄目だったらしい。
結局どうすればよかったのか、未だによくわからない。
俺が悪かったのだけは理解しているから、その後の他の連中の動向も意識して追ってはいない。追ったところで、俺にできることは何一つないとわかっていたから。レイナードに関しては、冒険者業してたら勝手に耳に入ってくるぐらいの有名人になっていたからな。
他の連中に関しては、わからない。
「んー、レイナードについては知っての通りだけれど、実は町を離れてた人もいるんだよね」
「そうなんですか。ガレスですか?」
「いや、彼は今は職人業やってるよ。金属加工だったかな?」
「えぇ……。確かに地味な作業が好きな人ではありましたけど」
じゃあ、誰だろう。この町を離れて生きていけそうなやつなんて、正直ガレスぐらいしかいない気がする。良くも悪くも、俺たちは冒険者パーティーだった。真っ当な社会で生きていけない不適格者の集まりだったんだ。
「帰ってきたのは、セリーヌだよ」
「え……?」
セリーヌ。あいつが? いや、でも、それはおかしくないか?
だって……あいつは、誰よりも冒険者という立場に固執してたじゃないか。
「そう、その通り。一番シャーロットちゃんに敵意を向けていたあの子。セリーヌが、この町に戻ってきてるのを見かけたんだ」
『本当に、卑しい子。そうやって色目を使わないと人と関われないんだから』
名前を聞いて、記憶の奥底に眠っていた言葉が耳の奥に蘇る。
それは、決別のきっかけとなった一言。
「気を付けた方が良いよ。知ってると思うけど……彼女は、ただじっとしているタイプの女じゃない」
俺の記憶にあるセリーヌは、強かに笑っていた。
長らくお待たせしました。ぼちぼち更新再開していきます。
ちょっとこちらの投稿を休んでた間に書き方についての考え方変えたり、別作品に注力してたりしたので、違和感とかあったらメッセージなりなんなり飛ばしてご指摘ください。
引き続き、シャーロットたちの物語を楽しんでいただければ幸いです。