これは、結構辛い。
『国際超級美少女の集う楽園』と称され、全ての男達の憧れの的でああるIS学園に入学した俺ではあるが、理想と現実の差に押し潰されそうだ。
視線、視線、視線
四方八方の全方位から向けられる様々な思いが入り混じった視線に、俺の身体は貫通寸前だ。
親友のアイツのようにISを動かせる事がわかった時には『俺の時代がキターー!』とか『もう一生涯分の奇跡を使い果たした!』などと言ったが、今思えば浮かれすぎていた。
『大いなる力には、大いなる責任が伴う』
春休みの間にアイツとレンタルして一緒に見たアメリカン・ヒーロー物の映画にこんな台詞があったが、この視線に耐えるのも責任のうちなのだろうか。
きっと今頃、別のクラスにいるアイツも俺と同じ目に合っているのだろう。
中学時代は、ほぼ無条件で呼吸をするように至る所でフラグを立てながらも、その全てに気がつかないアイツのことを『鈍感』『朴念仁』と呼んだりしていたが、似たような立場になって初めて理解した。
これは余程のスルースキル持っているか、鈍感な人間でなければ精神が持たない。
「‥‥田、五反田!」
「は、はい!」
「クラスに1人だけの男子生徒だからいろいろあるのはわかってるけど、今は自己紹介中。
これから1年間、苦楽を共にするクラスメイトの事なんだから集中して聞くじゃん」
「すみません」
確かに、これから1年はこのクラスで過ごしてゆくのだ。
ここで対応をミスって、女子から嫌われてぼっち生活なんて恐ろし過ぎる。
「じゃあ、とりあえず自己紹介するじゃん」
「はい、俺の名前は五反田 弾っていいます。実家が『五反田食堂』って定食屋なんで、料理とかは得意です。
男のIS乗りなんで専用機持ちですが、知識や技術は低い方なので色々教えてくれると嬉しいです。
よろしくお願いします」
どうだ、昨日1日かけてアイツと考えを出し合い決めた『自己主張しすぎず、それでいてそれなりの印象を残す自己紹介文』は。
アイツは『自己紹介なんだから、もっと色々言ったほうがいい』とか言っていたが、あまりがっつき過ぎて外してしまったら悲惨なことになるや主張し無いと印象が薄くなりすぎる等の意見の中間地点で生まれたこの文は、まさに『可もなく、不可もなく』を現す素晴らしいものだろう。
その御蔭か、自己紹介後に滑ってしまった時のような嫌な空気は感じなかった。
これで第一関門突破だな。
最初ながらも高難易度を誇る高校デビューの関門を越えた事で、少しだけ心に余裕は生まれる。
次の関門は、このHR後の休憩時間だ。自己紹介を無難に終わらせているので、ここでの対応をミスするとプラス分が少ないだけにマイナスへと一気に傾く可能性が高い。
なので、比較的話しやすそうな子を見つけるか、いざという時の話題を探しておかなければ。
その後も何人かのクラスメイトが自己紹介をするが、さすが『国境なき高校』IS学園、全員日本以外から来た子だった。
まあ、日本国籍の生徒はこのクラスでも全体の3分の1しかおらず、あとは全員外国の人間なのだから当然といえば当然であるが。
お、次は日本人の子みたいだ。
金髪、銀髪、赤毛と色とりどりの髪の中で、見慣れた黒髪はなんだかとても落ち着く。
流石IS学園、日本人学生のレベルも高い。
健康的で活発そうな印象を受ける小麦色に近い肌に、強い意志を感じさせる若干釣り上がった鳶色の目、首の後ろで一つ結びにされた長い黒髪、全体的に凛々しいのにどことなく優しさを感じさせる雰囲気。
10人の男子がいれば8人くらいは一目惚れするであろう、クラスの中でも上位の美少女だった。
その美少女が自己紹介をしようとするのだが、何やらクラスメイト達が隣同士で何やらひそひそと話しだす。
「あの子、『エンブレム持ち』よ」
「うわ、ホントだ。エリート中のエリートってこと?」
「そうじゃないの?だって、あれ『ハービック』のよ」
「『ハービック』って、あの!?」
耳を澄ましてクラスメイトの話を盗み聞きしてみると、どうやらあの子は相当なエリートらしい。
確かに彼女の制服の左衿には、空のように澄んだ青地に金文字の鉦が付いている。
『ハービック』なら、ISに疎い俺でも知っているくらい有名な企業だ。
そこのエリートということは、相当強いのだろう。もしかしたら、代表候補生なのかもしれない。
「自分は、重善 刹利。『ハービック』の契約操縦者をしているぞ。
契約操縦者っていっても、まだまだ契約したばかりだから専用機は持ってないんだ。特技は
専用機は持っていないのか、持っていたら先輩としていろいろ教えてもらおうと思っていたのに。
でも、企業の契約操縦者になるくらいなら、俺よりも格段に巧いに違いない。
やっぱり、土下座してでも教えを請うべきだろう。
俺は、アイツみたいに初起動で模擬戦をこなせる程天才的な才能を持っているわけではないのだから。
◆
き、緊張した。
やはり、こういう時はどうしても緊張してしまう。
人間第一印象が重要とも言うし、ここで失敗してしまうと今後1年間の学園生活が灰色、もしくは無色透明の味気ないものになってしまうのだ。
1人でいいなんて孤高な一匹狼みたいな生き方はできないし、やはり人間は群れを成して生きる生物なので友達は多いほうがいい。
それは多くの人がそう思うだろう、自分の後ろみたいな一部の例外を除いて。
「ソンネン、ソンネンはいないのじゃん?」
「‥‥Zzz」
「先生、寝てます」
「‥‥起こすじゃん」
「はい」
自分は振り返り、机に突っ伏して爆睡中のルームメイトに手刀を叩き込む。
軽くやった程度じゃ起きないことは寮に移ってからの数日で身に染みて理解しているので、情けや容赦は一切ない。
ゴンッ、という鈍い音が響き、痛みを想像してしまったのかクラスメイト達は顔を顰めている。
「いたいの~~、刹利はもう少しルーに優しくすべきなの。今すぐに!」
「うるさい、最初のHRから寝ているルーが悪いんだろ?自分は、悪くないぞ」
「だって、こんなに空が青くて暖かいんだよ?これは春の精霊さんがルーに『お昼寝しよ♪』って言ってるに違いないの!」
「そんなわけ無いだろ!いいから、さっさと自己紹介する!」
「まったく、刹利は落ち着い気がない、慌てんぼさんなの」
この一番最初の授業から爆睡していた少女はルーツィア・ソンネン、渾名はルー。
腰まで伸びた空気を含んだようにふんわりとした金髪といつも眠そうな碧眼が特徴的なドイツ人だ。
ルーに合うまで自分が勝手に思い描いていた『真面目・頑固』といったドイツ人のイメージを良くも悪くも壊してくれた人物である。
「ルーは、ルーツィアっていうの。お昼寝とヴルストが大好き」
性格は説明不要なほどのマイペースで、好きな時に好きなことをする。それがどんな時であっても変わらない。
入学式の時も学園長が話している時も自分にもたれ掛かって寝ていたし、HRが始まる直前にもお腹がすいたからと隠していたソーセージを食べていた。
こんな自由気ままな子ではあるが、自分と同じ『エンブレム持ち』でドイツの最大手『ケーファー』社の契約操縦者である。
「終わりなの」
「もっと他に何か言うことはないじゃん?」
「ないの」
「‥‥次、田辺」
「は、はい」
恐らくクラス最速で自己紹介を終わらせると、ルーは欠伸をして再び睡眠態勢に移ろうとしていたので阻止する。
「寝るな」
「何で?ルーの自己紹介は終わったよ?」
「他の人の自己紹介も聞かなきゃダメだぞ」
「興味ないの。そんなことより、ルーは眠いの」
初日からこんなのでは絶対にクラスの中で浮いてしまう。
ただでさえ、『エンブレム持ち』はエリート意識が高いとか思われて敬遠されがちなのに、こんな自分勝手な行動ばかりしていたらぼっち街道一直線だ。
まあ、自分はルームメイトだし、同じ『エンブレム持ち』だし、なんだかんだ言ってルーのことは嫌いじゃないし、見捨てるつもりはないので本当にぼっちになることはないだろうが。
それでも、せっかくの学園生活なのだから友達をたくさん作って、色んな事をして、いっぱい思い出を作ってこそだと思う。
「ルー‥‥そんなんじゃ、友達できないぞ?」
「ルーには、刹利がいるからいいの。友達は量より質が重要なの」
「でも‥‥」
「刹利は心配さんなの。そういう時はお昼寝して、ゆっくりするのがいいの」
何故か自分の方が諭された。
えっ、何だ。もしかして、自分のほうが間違っているとでも言うのか。いや、そんなはずはない。
「マクラ使う?今の気分は春仕様だからピンクのはダメだけど、このライトグリーンのならいいよ」
何やら朝から準備していると思ったら、こんなものを用意していたのか。
ここ数日で、それなりにルーのマイペースさを理解していると思っていたが、どうやらそれは序の口だったらしい。
中学時代にも授業中に寝てしまう人は何人かいたし、自分も寝てしまったことはある。
しかし、そのため用の枕まで持参してきた猛者は今まで見たことがないし、これからも見ることはないだろう。
ああ、教卓の方から物凄く冷たい視線が突き刺さってくる。
「私も教師歴はそんなに長くはないけど、枕を持参してきたやつは初めてじゃん」
「何事も前例通りに進むはずないの。
そして、ルーは誰よりも鮮烈に生き、その姿をもって諸人を魅了しちゃうの。
全ての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者なの!」
「OK、OK‥‥たった今、理解したじゃん。
ソンネン、お前の性根は私が全身全霊をもって矯正してやるから‥‥首を洗って楽しみに待ってるじゃん」
「ふふ、だいたい30人目くらいなの。そんなセリフを言ったのは。
そして、未だにルーはこの性格‥‥後は言わなくてもわかるでしょ?」
「上等じゃん、そんな前例は私がぶち壊してやる」
あれ、この学園ていつから週刊誌のバトル系漫画になったんだ。
『IS インフィニット・ストラトス』、確かにマンガ連載されてもおかしくはない。
もし、これが漫画だとしたら主人公は男性操縦者の中の誰かで、自分やルーは第1部あたりで出てきて最初は強いけど、2部が始まった途端パワーインフレの波に呑まれ存在感が薄くなるタイプだろう。
「どうしてこうなった」
◆
「ちょっといいかな?」
ルーが担任に強制連行され、周囲のクラスメイトに話しかけようにも『エンブレム持ち』で敬遠されているのと、唯一の男子生徒に話しかけるきっかけを探っているせいで上手くいかなかった。
仕方なく、ルーから半ば強引に渡された枕に顔を埋めていると声をかけられる。
その言葉の主は顔を上げずともわかった。
何故なら、その声は男性のものだったのだから。
「自分に何か用か?」
とりあえず、顔を上げ男子生徒、確か五反田だったかの方を見る。
「ああ、えと、重善さんで良かったよな?」
「うん、自分の名前は重善 刹利だ。君は、五反田だったよな」
「そう、五反田 弾。これからよろしく」
「よろしく」
ああ、周囲からの視線が痛い。
耳を澄ませると『抜け駆け』や『エリート同士』などの予想通りの言葉が聞こえてくる。
『エンブレム持ち』で目立つのは仕方ないと割り切っていたが、ここで五反田に話しかけられて倍プッシュになるのは予想外だった。
「で、いきなりで悪いんだけどさ‥‥俺にISのこと教えてくれないか?」
「別にいいけど、自分が人に教えられることなんてACMくらいしかないぞ?」
「ACM?」
「Air Combat Manoeuvering、空中戦闘機動のことさ」
「十分すぎる。頼む、俺にそのACMを教えてください!」
そう言って頭を下げた五反田からは、強くなりたいという強い意志とISに対する真剣な思いが感じられた。
まるで、IS学園受験前の我武者羅に努力していた自分を思い出すようで、奇妙な親近感を覚える。
どうせ、月のノルマもあるし、ルーはなかなかそういうのには付き合ってくれなさそうなので、ちょうどよかったのかもしれない。
「いいぞ。でも、自分は専用機を持ってないから、申請が通った日にしか無理だし‥‥あと、人に教えたことなんてないから下手くそだからな」
「ああ、それで構わない。よろしくな、重善さん」
「自分だけじゃなくて、ルーにも聞いてみたらいいぞ」
ルーも『エンブレム持ち』だし、初めて会った時に『砲撃が得意なの』とか言っていたから、射撃系は得意だと思う。
まあ、あのマイペース・オブ・マイペースのルーが頼んだくらいで自分の時間を削って教えてくれるとは思わないが。
「ルーって、ソンネンさんか?」
「そうだぞ、ルーも『エンブレム持ち』だしな」
「マジか!?」
「でも、ルーだからなぁ‥‥頼んでも断られるかも」
「ああぁ~~、なんか想像できる」
「えっ、ルー的には別にオッケーだよ?」
「そうなのか、ルー的にはオッケーなのか。よかったな、五反田」
「ああ、そうだな助かるよ‥‥って、ソンネンさん!?」
‥‥いつの間に戻ってきたし。
ごく当たり前のように会話に入ってきたせいで、全く気が付かなかった。
「いつの間に戻ってきたんだ?」
「さっきなの」
「ソンネンさん、本当にいいのか?」
「別に構わないよ?弾は、ルーの中で合格だったから」
「ご、合格?」
ルーは友人選びに独特な基準を設けているらしく、その基準に合格した相手はその場で友達認定してフレンドリーに接してくる。
不合格だった場合は相手にされず、ほとんど聞き流すか、無視する。
ちなみに、自分も即合格だった。理由を尋ねると『お母さんと同じ感じがしたの』だそうだ。
「だから、弾もルーのことをルーって呼んでいいの」
「ああ、わかった。よろしくな、ルー」
「なの」
ルーも名前呼びを許したのだから、自分も許さないわけにはいかないだろう。
「自分も刹利でいいぞ」
「なら、俺も弾でいいぞ」
「そうさせてもらうさ。じゃあ、改めてよろしくだぞ、弾」
「こちらこそよろしくな、刹利」
弾と握手を交わしていると休憩終了のチャイムが鳴る。
当初の予定では、この休み時間でクラスメイト達と少しでも打ち解けるつもりだったのだが、弾という友人が出来たのだから結果オーライだろう。
さて、これから色々とあるだろうけど頑張るぞ。
用語解説
『エンブレム持ち』
企業と契約したIS操縦者の事で、社鉦を襟につけていることから、いつからかをう呼ばれるようになった。
IS学園においては、ISとアリーナの優先使用権や良い結果を残せば専用機が与えられることから、尊敬と嫉妬の両方の対象になっている。