午前中の授業も滞りはありながらも無事終わり、待ちに待った昼食の時間になった。
IS学園では寮の設備を使って自炊も可能だが、自分は学食利用派である。
ルーの頼みで毎日ソーセージを調理しているので、弁当を用意しようと思えば簡単なのだが、やはり出来立ての温かいものを食べたい。
それに、自分で作ると味が簡単に想像できてしまうので、楽しみが減ってしまう。
「ルー、学食行くぞ」
「むぐ‥‥了解なの」
既に隠していたソーセージを1本完食していたルーに呆れながらも、学食へと急ぐ。
全校生徒が500人を超えるのだ。少しでも出遅れたら、自分の食べたかったメニューが売り切れになるかもしれないのだ。
教師の注意を受けない程度の急ぎ足で、生徒の間を抜けながら進む。
「刹利、速いの!」
「早くしないとソーセージとかも売り切れるぞ?」
「急ぐの刹利!ルーはお昼には最低15本は食べないと満足できなの!!」
ソーセージを出した途端に加速するルー。扱いやすいな。
周りの生徒にぶつかってもお構いなく進むルーを追いかける。
自分は、この反射神経があるし、ディランさんに鍛えられた御蔭である程度の先読みもできるようになったので、ぶつかる事なく進む。
そういえば、弾も誘ってみればよかったと今更思う。
クラスメイトや他の生徒が聞いたら、また抜け駆けとか言われてしまうかもしれないが、もうその辺は諦めた。
『エンブレム持ち』だし、ルーと一緒にいるから悪目立ちしているし、クラスの中で最も早く男子生徒の弾と友人になったし‥‥
なんだか、初日にして詰んではいないだろうか。
「すみません、通ります」
「きゃっ!」「危ないでしょ!」
やはり、人とぶつからないように回避している分だけ加速と速度維持が悪く、なかなかルーに追いつけない。
というか、いつも寝てばかりの癖に身体能力が無駄に高いのだ。
それくらいでないと『エンブレム持ち』としてやっていけないのだが、それでも何だか負けてしまったような気がしてしまう。
学食は1階、1年生の教室等があるここは3階。
「‥‥いけるか?」
階段前で止まり、窓を開け下を覗いて確認する。
この窓の下は花壇等ではなく、普通の芝生のようだ。右斜め方向数mの所にはそれなりの大きさに育った染井吉野の木が見えた。
他にも風向き等を考慮して頭の中で、可能かどうかをシュミレートしてみる。
‥‥不可能ではないが、制服が大惨事になりそうだ。
改造性が高いせいで、9万円と無駄に値段が張る制服を入学初日で買い換える羽目になりたくない。
仕方ないか、そう思いながら傍目にはわからないように改造を施したスカートから『ハービック』の姫先輩から貰った文庫本サイズの『簡易懸垂下降装置』を取り出す。
IS技術や素材をふんだんに使って作られたこの装置は、機材等を準備しなくても懸垂下降ができる優れものである。
半分に分け、窓の外に支点となる部分を直線上に他の窓がない位置を選んで貼り付ける。
次にIS系の技術を応用して作られた特殊素材のザイルをある程度引き出し、腰の部分で一周させるように巻きつけ、残ったもう半分の横溝にザイルを嵌めて固定する。
これだけで準備完了だ、後は外に飛び出せば擬似PICが慣性力等を軽減してくれ、簡単かつ安全に下まで降りることができるのだ。
1個750万円とかなりの高額だが、先進国の軍の特殊部隊等には配備されている。
「ストォーープ!!」
準備が完了したので飛び降りようと窓枠に足をかけると、横から大声で呼び止められる。
声から判別するに弾だろう。
「いいか、刹利。早まるな、早まるなよ‥‥」
「おい、弾!早く止めないと!!」
「いや、一夏。こういう時こそ、相手を刺激しないように慎重にいくべきなんだよ」
弾の隣にいる男子生徒は知り合いなのだろうか。
外見は日本人であることから、きっと『世界で最初の男性操縦者』織斑 一夏に違いない。
しかし、何だか物凄い勘違いをされているようだが、このまま相手にしていたら学食戦争に乗り遅れてしまう。
「弾、先に行ってるぞ」
「待て、刹利!そっちに逝くのはまだ早い!!
せっかくIS学園に入学できて、楽しい学園生活が始まったばかりじゃないか!?」
「そんなことやっちゃ駄目だ!俺は君のことを知らないし、何があったかのもわからない‥‥
でも、命を粗末にするなんて間違ってる!!」
ああ、あまりにも少年誌的な熱い台詞に、聞いているこっちが恥ずかしくなってしまう。
これ、事情を説明したら黒歴史行きなレベルではないだろうか。
2人の熱い台詞に周囲の生徒たちも反応して視線がこっちに集まりつつある。このままでは、また悪目立ちしてしまう。
「弾!そして恐らく織斑 一夏!自分は、自殺するほど愚かじゃないからな!!」
そう言って窓枠を蹴り、外へと飛び出す。
懸垂下降装置は正常作動しており、擬似PICで急激な重力加速を受けることもないので、素早く下まで降りる。
「なんだそりゃ~~!!」
地面にたどり着いて、ロックを外し回収ボタンを押して支点部分の方を回収していると、頭上からそんな声が聞こえてきた。
その問いに答えることなく、食堂へと急ぐ。
さて、今日は何を食べようか。
◆
「まったく、自分が自殺なんてするわけないだろ?」
大盛りカツ丼と大盛りのきつねうどんを並べている刹利が呆れた顔をしている。
勘違いして騒ぎを起こしてしまったことは悪いと思っているが、そう思われるようなことをした刹利にも責任はあると思うのだが。
しかし、それ両方とも食べられるのか。男の俺でもちょっとキツそうだと思う程の量なのに。
「仕方ないだろ、一夏と篠ノ之さんと一緒に食堂に向かってたら刹利が窓から飛び降りようとしてるんだからよ」
「弾は早とちりさんなの」
ルーのメニューはライ麦パンとザワークラウトとここまではいい、しかし明らかにおかしい量が盛られたソーセージは見逃せない。
「ルー、それは何だ?」
「ヴルストだよ?」
「何で、そのヴルストはサラダとかを盛り付ける皿に山盛り盛られてんだ?」
「おいしいからなの!」
「おかしいだろ!絶対それ30本位あるだろ!?」
「おかしくないの!ルーは、これくらいが普通なの!!」
いくらドイツ人がソーセージ好きとは言っても、流石にルーは異常だ。
休み時間になる度にポケットに隠していたソーセージを食べていたというのに、ここに来てまだこれだけ食べるというのか。
「何というか、個性的な人たちだな」
「ああ、俺もそう思う」
今までのやり取りで、ある程度2人の性格を理解したのか、一夏が珍しく的を得た発言をする。
しかし、俺って気がつかない内に篠ノ之さん対して何かやらかしたのだろうか。
さっきから、親か何かの仇を睨むかのごとく鋭い視線を向けられているのだが。
「俺は、織斑 一夏。弾とは、中学時代からの親友だ。
で、こっちがファースト幼馴染の篠ノ之 箒」
「‥‥よろしく」
「自分は、重善 刹利だ」
「ルーは、ルーツィアだよ」
篠ノ之さんの鋭い視線の理由について考えている間に、刹利達と一夏達の自己紹介が終わったようだ。
雰囲気的には、そこまで気まずくないので大丈夫だろう。
ところで、こういう風に別の場所で知り合った友人同士を引き合わせるのは、どうしてここまで精神的消耗を強いてくるのだろうか。
心配したところで、どうにもならないに『大丈夫だろうか』とか『模式が合わなくて対立した時、どうしよう』とか考え出してしまうと止まらない。
まあ、幸いというか、篠ノ之さんを除いてはいい感じだ。
「う~~ん、2人共本当は不合格だけど‥‥弾の知り合いだから、おまけで合格にしてあげるの」
「ふ、不合格?」
「貴様、馬鹿にしているのか?」
と思って安心した途端にこれだよ。
ルーよ。頼むから、その物怖じせずに何でも言う癖は直してくれ。
じゃないと、一気にギスギスし出した雰囲気とかのせいで俺の胃がマッハだ。
こういう時、刹利ならルーの暴走を‥‥
「ハムッ ハフハフ、ハフッ!!」
滅茶苦茶食べていらっしゃるーー!
ルーと一夏達のギスギスとした気まずい雰囲気なんて眼中にも無いようで、一心不乱に食事に没頭している。
既にきつねうどんの方は7割方が無くなっており、今現在も物凄いスピードでカツ丼が消えていっており、そのペースは落ちるどころか、むしろ加速しているだろう。
周囲を不快にさせるような汚い食べ方ではないが、その猛スピードは視線を捉えて離さない。
今日出会ったばかりなので当然なのだが、刹利の新しい一面に驚きを隠せない。
「私達が不合格とはどういうことだ!説明しろ!」
「めんどくさいの」
「貴様‥‥」
「落ち着け、箒!ルーツィアさん、そう言わずに教えてくれないか?
俺も箒も、いきなり不合格とか言われて納得できないからさ」
こっちの方でも進展があったようだ。
篠ノ之さんがキレてルーを睨みつけているが、当の本人はそんなことなど、どこ吹く風のようにマイペースにソーセージを食べている。
しかも、女子撃墜率30%の一夏の『紳士的態度』も効果がないだと。ルーのマイペースさは、化物か。
ルーは、一夏達の質問に答える気はないようだし、ここは助け舟を出すべきだろう。
「ルー、頼む」
「仕方ないの」
とりあえず、ダメもとで頼んでみたのが了承されるとは思わなかった。
断られた時は、刹利を買収して聞き出そうかとも思っていたのに。ルーの基準というのが、いまいちわからない。
「ルー的に、覚悟してない逃げてる人は不合格なの」
「私が、逃げているとでも言うのか!?」「俺が、逃げてる?」
「篠ノ之は、覚悟もしてないし逃げてる。織斑は、逃げてはないけど覚悟はしてないの」
「「‥‥‥‥」」
どうやら、ルーの言葉に2人共思い当たる節があるようだ。
さっきまでは、今にも掴みかからんとするくらいに溢れていた怒気も沈静化されている。
「俺や刹利は、逃げたりしてないのか?」
「弾は、ちょっと戸惑ってるけど覚悟もしてるし、ちゃんと前を見てるの。
刹利は、言うまでもないでしょ?」
「むぐ、何か言った?」
自分の名前が出てきたことで、ようやく食事以外にも意識が向いたのか、刹利も会話に参加してくる。
大盛りだったカツ丼ときつねうどんは綺麗に完食され、丼の中にはご飯の一粒やネギの一欠片も残っていない。
こんなに綺麗に食べる人なんて初めて見たし、ここまで食べることに真剣になれるのは本当にすごいと思う。
って、俺何も食べてなくね。
今頃になって、こんな重大なことに気づく。
幸いなことに俺が頼んだのは、生姜焼き定食だったので冷えても美味しく食べれる。
これが、ラーメンとかだったらという恐ろしい想像はしたくない。
とりあえず、メインの生姜焼きを食べてみる。
「ウン、うまい」
実家が定食屋なので一口で、その料理の良し悪しが分かるのだが、これは文句なしに美味い。
豚肉は余分な脂を抜いてから丁寧に下味が付けられているし、タレも肉によく絡んでおり、くどすぎない程度の甘味の中に生姜の風味がしっかりと出ており、いくらでもご飯が進みそうだ。
生姜焼きの味をしっかり堪能した次はご飯だ。
少し時間が経ってしまったので炊きたて熱々とはいかないが、余計な熱がなくなったせいか噛むたびに米の甘みがしっかり感じられ、己がこの定食の主役であることを主張してくる。
生姜焼きの味にも負けず、しっかりと大黒柱としてこの定食を支えるご飯の存在は偉大だ。
ご飯、生姜焼き、ご飯、ご飯、お茶、生姜焼き、ご飯、ご飯、ご飯‥‥
これだけでも十分すぎる満足感を得られているのだが、そろそろ汁物にもいっておかなければ拗ねてしまうだろう。
1度付け合せのキャベツの千切りを食べて口の状態をリセットする。
事前に切り溜めしていたものではないのか、ドレッシングもいらないくらいに瑞々しい。そうか、キャベツってこんなに美味いんだと改めて気づかせてもらった。
汁物の蓋を開けると、そこに現れたのは具はキャベツのみの味噌汁だった。
一瞬、手抜きなのかとも思ったが、これまでの料理のことを考えると自信の表れのようにも思える。
食べてみればわかる事なので、しんなりとしたキャベツを口に含み味噌汁を啜る。
そして、手抜きとか思ってしまったことを調理してくれた人に謝りたくなった。
シンプル イズ ベスト、まさにその言葉が似合う味噌汁である、
どこか素朴で懐かしさを覚える味噌の味の中に、それをそっと引き立てるだしの味、そこにしんなりとはしているが食感までは失っていない春キャベツの味が加わることにより、絶妙なハーモニーを奏でる。
主役にはなれないが、なくてはならない名脇役のような存在だ。
なるほど、刹利が食事に没頭してしまうわけだ。
「時間は‥‥よし、まだあるな!自分、デザート注文してくる!」
「ルーも行くの!」
2人共、まだ食べるのか。
中学時代の女子は体重を気にしてあまり食べなかったのだが、ここではあれくらいが普通なのだろうか、それとも、あの2人が特別なのか‥‥恐らく後者だと思うが。
「あーー、なんか悪かったな」
一応、ルーのことを謝罪しておく。
あんな事を言うなんて、思いもよらなかったのだ。
「いや、千冬姉にも言われてたけど‥‥やっぱり、甘えてんだな」
「‥‥」
「まあ、俺には2人の事情なんて知らないけどさ、気にしないほうがいいと思うぞ」
「ああ」
覚悟しろって言われても、すぐにできるほど簡単なものでもないだろうし。
一夏は大丈夫そうだが、篠ノ之さんは俯いたまま黙々と焼き魚定食を食べている。
さっき知りあったばかりで、事情も何も知らない男が偉そうに言っても、何の慰めにもならないだろうし、言葉に重みもないだろう。
やっぱり、ここはコイツの出番か。
「おい、一夏」
「なんだ?」
「篠ノ之さんのフォローしておけよ」
「わかってるさ」
うわ、凄い信用できねえ。
そんなに期待はしていないが、それなりの効果はあるだろう。
ここで一夏が、気の利いた発言をして慰めて、そのまま篠ノ之さんといい感じになるかもしれないと思ったが、そんな奴なら中学時代にとっくに鈴と付き合っていただろう。
そういえば、鈴のやつ、元気にしているだろうか。
中国に戻った最初の頃は、それなりにやりとりがあったのだが、ここ半年近くは音沙汰ない。
便りがないのが元気な証拠、というがやはり心配だ。
「巨大パフェ&サンデーが通ります!」
「早く退くの!!」
大きな声がしたので、その方向を見るとそこにはファミレスのサンプルの中によく飾ってある巨大パフェの実物を持った2人が見えた。
「刹利、半分ずつだからね?絶対に、全部食べちゃダメだよ?絶対だからね?」
ルー、それはもう振りにしか聞こえないぞ。
「し、心配しなくても、自分、そこまで馬鹿じゃないさ!」
いや、あの食べっぷりを見せられたら、俺でも心配になるぞ。
というか2人共、昼休み中にアレを全て食べきれるのだろうか。
用語解説
『簡易懸垂下降装置』
刹利の先輩である『ハービック』契約操縦者兼第4開発部所属の
IS技術や素材の応用により、訓練せずとも誰でも簡単に懸垂下降ができる
安全に下降できるのは10mで、擬似PICのせいで一定スピードでしか下降できず、そして何より値段が高いが、応用法はいくらでもあるので、先進国の軍や警察、消防機関では一部取り入れられている