名前のない英雄   作:宮下愚弟

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第4話 褐色の狩人

 村長の屋敷をあとにする。

 話し合いが終わっても仕事はこれから。すぐにでも畑に向かわなければいけない。だというのに足取りは重い。畑へと続く一本道のそばの切り株へ、吸い込まれるように腰かけた。

 

 悩みが頭を占有している。

 妹のことを思えば任務を受けるべきだ。しかしそれでは兄である自分が死んでしまう。さりとてここで動かなければ、旅商(りょしょう)が来たときに薬を満足に買うだけの金は得られない。

 

 いったいどうするのが妹のメノウにとって一番いい選択か。

 自分の影をじっと見つめる。そこに答えは無く──

 

「ねえ、あなた」

 

 背後から声をかけられて体がびくりと跳ねる。振り向くと、目隠しをした蒼白の肌の少女、ライラに見下ろされていた。

 唇が不機嫌そうに尖っている。

 ライラは手をすっと差し出してきて。

 

「地図、貸してくれない?」

「……はい?」

「だから地図ですって。あるんでしょう?」

 

 彼女の真意が分からず、眉をひそめる。

 

「どうして君に地図を渡さないといけないんだ」

 

 つい先ほど、死の宣告を冷たく言い放たれたこともあり、自然と語気(ごき)が鋭くなってしまう。

 だがライラは気にした様子もなくけろりと言う。

 

(うつ)しでもいいわよ。それがあればあなたは要らないんだから。ね、写しはないの?」

 

 つまりは複製品のことだが。

 

「無い。羊皮紙は高いんだ」

 

 羊を飼ってはいるのだが、あいにく羊皮紙を作るための知識を持ち合わせていない。

 それに。

 

「あったとしても君には渡したいと思えないな」

「え? どういう意味よ」

 

 切り株から立ち上がりライラの正面に立つ。

 

「言葉通りの意味さ。そんな偉そうな態度をされて、どうして父さんの遺してくれた大事な地図を渡せると思うんだ?」

「はぁ? え、偉そう? あのねぇ、私は──」

 

 ライラが詰め寄ってきて。

 

「ちょお、待った待ったァ!」

 

 大きな声が割って入ってきた。野太いが、女性の声だ。

 それからにゅっと大きな手が現れて、ライラの背後から肩をがっしりと掴む。

 

「落ち着け、お嬢。アツくなりすぎてんぞー」

「っ……! ザナリ、離してよ」

 

 ライラが振り払おうとするが、まったくもってびくともしない。

 それもそのはず。

 ザナリと呼ばれた女性はかなりの長身だった。村長の屋敷で並んでいた特殊部隊の中で最も体格が良かったのは彼女だったかとその時初めて気づく。

 そして彼女の顔を見てギョッとする。

 

 褐色の肌に、白粉のようなものが顔に塗りたくられ、模様を刻んでいた。部族のならわしなのだろうか。赤茶けた髪には骨や石の装飾品がじゃらじゃらと付いている。そして、それらの飾りに負けず劣らずの主張をするはっきりとした目鼻立ち、厚く形のいい唇。

 野性的な美女だった。

 

「あなたは一体……?」

 

 ミストラやライラと同じ外套を羽織ってはいるが、騎士には見えない。身に着けている装備もおかしい。外套の下はずいぶんと軽装だし、弓を背負って、腰に鉈を括り付けている。

 騎士というよりそれはまるで。

 

「あたしはザナリ。狩人のザナリだ」

 

 気風(きっぷ)のいい笑みを浮かべて手を差し出してくる。ためらいがちに手を伸ばすと、ぐわしと掴まれ、ぶんぶん振られた。

 

「ええと……狩人?」

「へへん。あたしらのこと、騎士団だと思ってただろ」

「それは、はい」

「あたしが騎士にみえるか?」

「それは、いいえ……」

 

 正直でいいぞ、とザナリは子どものように笑う。

 

「あたしらは任務のための混成部隊なのさ。ミストラ隊長が率いる騎士が五人と、あたしとお嬢と、あともう一人を含めた『雇われ組』とのごちゃまぜってワケよ」

「そう、だったんですね」

 

 ザナリに捕まっているライラを見る。

 

「見れば分かるでしょう。私は魔法使いよ!」

 

 ふくれっ面のライラは腰から金属の杖を取り出す。

 言われてみれば彼女もはじめから騎士らしくは無かった。

 

「私の本職は魔法使いなんだから」

 

 杖を突きつけられる。先端が赤く光り、パチパチと火花の散る音がしたかと思うと、ぼうっと炎の玉が生まれた。

 

「この火球は〈発火〉の魔法よ」

 

 思わず後ずさりする。

 魔法には馴染みがないため、ただただ恐ろしかった。

 

「ふん。この程度で怯えるなら、やっぱり地図を寄こしなさいって。私たちは〈勇者の剣〉を持ち帰らなきゃいけないんだから。あんたが居なくたって私たちは──」

「どうどう、お嬢。それじゃさっきと同じだろ」

 

 ザナリがライラの頭をぽんぽんと撫でる。それから身を屈めて、目線を合わせてくる。

 

「わるいね、坊主。ライラのお嬢はこれでもあんたのことを心配してんだぜ?」

 

 いたずらっぽくザナリは笑う。

 言われた意味が分からず、ザナリとライラの顔を見比べる。

 

「は、え? し、心配? どこがです?」

「ちょっとザナリ!」

「おいおい照れんなよ、お嬢」

 

 褐色の狩人は肩をすくめて続ける。

 

「この坊ちゃんに死んでほしくないから死の予知を伝えたんだろ? 地図を寄こせって言ったのもこのまま巻き込ませたくないから。違うか?」

「そ、それは、その……」

「あぁ判ってるぜ、お嬢が心配して気遣ってるってのは。ここまで一緒に旅してきたあたしには判る。けどな、今日知り合ったばかりの坊主にはさっきの言い方じゃあ伝わらねえよ。ウチの族長も言ってたぜ、『贈り物で床が抜ける』ってな」

「贈り……どういう意味です?」

「気遣いのない親切心は暴力ですらある、ってこった」

 

 ザナリは得意気な顔をする。

 つまり親切心からあんなことを言ったと? と疑いの目でライラの方を向くと。

 

「…………なによ」

 

 ()()()()()()()()()()

 

「えっ」

「なに、文句でもあるの? 私みたいな〈魔眼〉の女が他人の心配をしたら悪いっての?」

 

 赤い顔をしたライラが杖を向けてくる。

 

「いや、そうじゃないが……」

「ワハハ! お嬢、あんた照れすぎだろ」

「っ! ザナリ! あとで憶えときなさいよ!」

 

 ライラが杖の先をザナリに向ける。

 

「へいへい。不器用だねえ、お嬢」

「るっさい!」

 

 噛みつかんばかりの勢いのライラを、ザナリは片手で制する。

 

「っつーわけで、お嬢はあんたに死んでほしくなくって、ついて来なくていいから、代わりに地図を貸してくれというわけなんだ」

「はあ……」

 

 理解できたような、信じられないようなため息をつく。ずいぶん気難しい子なんだなと。

 

「ま、あたしは反対だがね」

 ザナリがさらりと言う。

 

「「えっ」」

「なにを驚いてんだよ」

「だってザナリ、私たちは山越えをしなきゃいけないのよ? せめて地図くらいないと」

「お嬢、あんた勘違いしてるぜ」

「なによ。勘違いって」

「地図だけありゃあ自分らだけで山越えできるってのは、いかにも素人考えだ。山越えはそこまで楽じゃない」

 

 ザナリはライラの杖を握り、ゆっくりと退ける。

 

「でも、だって……これまでザナリは地図なんてなくても野山(のやま)を導いてくれたでしょ」

「そりゃあ多少は勝手を知った道だからさ。だが、こんな僻地(へきち)の山は初めてだ」

 

 ぐ、と言葉に詰まるライラ。

 

「いいかお嬢、山を()めちゃいけねえ。あたしはそれはそれは優秀な狩人だがよォ、だからこそ初めての土地の恐ろしさを知ってる。地図は便利だが完璧じゃねえ」

 

 ザナリは手で笠をつくり遠くを眺める。

 

「見たとこ、背の高い木が多い。太陽の光も入って来づらいんじゃないか?」

 

 ザナリに尋ねられ、頷く。今朝の狩りを思い出す。日が昇ってしばらく経っても、木々が朝日を遮るせいで森の中は薄暗かった。

 

「となると見通しは悪そうだ。そもそも背の高い木が多いと山頂やら尾根(おね)やらを目印に進むことができないしな。見渡す限り縦に伸びる木々が目の前を埋め尽くしてるんだから当然だよな。もし方向を見失ったら一生辿りつけないかもしれない。だろ?」

「でも……でも……」

「っつーわけで、坊ちゃん。あんたには命懸けでも来てもらいたいと思ってるぜ。あたしはお嬢と違って優しくねえからよ」

 

 露悪的(ろあくてき)に笑ってみせるザナリは一周回って潔かった。

 

「あたしらにも事情がある。任務を成功させたい理由は違えど、志はあたしもお嬢も同じ──んで、あんたはどうなんだ?」

「それは……」

「行けば死ぬと言われたろ。だってのにすぐに断らない理由はなんだ? あの世じゃカネは使えねえぜ?」

 

 ザナリが挑むように笑う。

 理由など一つだ。

 

「……妹が」

「ほぉ?」

「妹が、いるんです」

 

 (うつむ)いて自らの影に向き合いながら答える。

 

「体の弱い妹なんです。あいつに……メノウに薬を買うには金が要るんです」

「へぇ! あんた兄貴だったか。どうりで強い目をしてる。あたしの兄さんと似た色だ」

 

 ザナリは誇らしげだった。

 

「俺は……メノウを、メノウを救うためならなんでもします。でも、どうやら俺は死んじまうらしいじゃないですか、だから……」

「怖いか」

「そりゃ、そうですよ」

 悔しさに唇を噛む。

 

「ふん。命が惜しいならやめておきなさい。〈勇者の剣〉は私たちがなんとかするんだから!」

「えっ」

「おいおいお嬢、なんとかっつってもなぁ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺は……」

 

 慌てて顔を上げるとザナリが慰めるように肩を叩く。

 

「恥じるこたぁねぇよ。あんたは戦士じゃねえ。自分の命が惜しいなんてふつうの──」

「あの、そうじゃなくて」

「お?」

 

 ザナリが不思議そうに首を傾げる。ライラも眉をひそめている。

 

「俺は自分の命が惜しいんじゃないんです」

「ほぉ!」

「はぁ?」

 

 二人が驚いた顔をする。

 

「俺は……メノウを一人にしてしまうのが怖いんです。俺の母さんは妹が物心つく前に病で命を落としました。父さんは妹のために無理して雪の中で狩りをして……去年の冬に死にました」

 

 今の俺たちが食えてるのはそのおかげですが、と呟く。

 

「あいつに遺された家族はもう俺だけだ。その俺が死んでしまってはあいつをひとりぼっちにさせることになる」

 

 想像する。

 メノウが祈りを捧げる木彫りの像が三つに増えた朝を。

 もう二人で一つの粥を食べることもできなくて。

 春を迎えるころ、小屋は静けさに包まれて。

 

「──俺はそれが怖い」

 

 

 

 ライラは、忠告はしたからね、と言った。

 ザナリは、悔いのねえようにな、と言った。

 どちらも優しく、正しい。それでも結論は出せないまま二人とは別れた。いま対話するべき相手は彼女たちではない。

 日が傾くまで農作業で汗を流したあと家に帰る。

 戸を開けるとメノウが床に座っていた。

 いまの自分が話し合うべきは──

 

「おかえり、兄ちゃん」

 

 家に着くとメノウが待っていて。

 向き合うときが、来た。

 行くべきか、行かざるべきか、それをこれから選ばなくてはならない。

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