“あっ、おはようトワ!ちょっと依頼が入ったから出かけるね!”
「出かけるってどこに?」
“アビドス!”
「あ、おい……!行ってしまった」
「アビドスって、あの砂漠地帯だよな?」
「これといった荷物を持ってなさそうだったが大丈夫なんだろうか……」
先生がアビドスに行ってから数日が経過した
まぁ無事という連絡は貰っているからアビドスでの生活は問題無いのだろうが……
あの書類の山をどうしたものか……
自分で処理しても問題なさそうな書類はやっているが、大半は先生のサインが必要だったり、たかが一部員である私が処理してはいけなさそうな重要な書類だったりで、手がつけられていない書類が溜まっていき、先生の執務机に収まり切らずに私の机にまで侵食してきている
多分縦に重ねたら私の身長ぐらいはあるんだろうな
そして今はできる限りの仕事を終わらせて帰っているところだ
シャーレのあるD.U.外郭地区からトリニティの校区まで歩いて行く
途中、気になる店があったら中に入って店内を見て回り、その中で気に入った物があったら購入し
人が1人もいない広い公園を見つけたのでその中に入る
しかし、本当に広いなこの公園は
複数人でキャンプしても余りあるぐらいには敷地面積がある
まあキャンプに興味があるわけでもなければそんな余裕もないからやらないが
などとどうでもいいことを考えながらなんとなしに公園の奥へと進んでいき
背後から飛んできた弾丸を身を屈めることで躱した
その勢いのまま転がることで2射目を回避する
そして訪れる静寂
だが、ここで終わりだとは思っていない
相手の出方に注意しながらいつでも動けるように身構える
すると公園の入口から一人の生徒が悠々と歩いてきた
百鬼夜行連合学園の所属を感じさせる独特な服
その手には無骨で長大なライフルを抱え
顔を覆う狐の面が不気味さを醸し出し、見る者に恐怖を与える
そんな彼女はルンルンという擬音がつきそうなほどに楽しそうに自己紹介をした
「ウフフ、どうも初めまして。私は狐坂ワカモ。災厄の狐と言った方がわかりやすいでしょうか。」
「狐坂ワカモ……かの『七囚人』がたかが一生徒に何か用だろうか?」
「いえ、大した用ではないのですが……少し、撃ち貫かれていただけますでしょうか?」ジャキン
構える時間を最小限に放たれる弾丸
それでも正確に眉間へと飛んでくるそれを顔を傾けることで避ける。
胴体、腕、脚、体のあらゆる箇所へ間隙なく撃たれてはそれを躱し続けていき10を超えたあたりで射撃が止まった
「全ての銃弾を最低限の動きだけで躱す……銃口から弾道を予測したのでしょうか?けれどそうなると最初の不意打ちに対応できたことの説明が……」
「もうやめてくれ。私はお前と戦うつもりはない」
「……あなたになくても、私にはあるのですよ!」
説得を試みるが相手は聞く気配がない
今度は小銃に取り付けられた銃剣を外し、高速で接近するワカモ
下から首元へと振り上げられる剣を抜き放ったナイフを当てることでなんとかガードする
コンマ数秒程度の鍔迫り合いの後、次に放たれた突きは後ろに下がることで躱し
振り下ろしにはナイフの刃を添えることで受け流す
「狐坂ワカモ!お前はなぜ私に攻撃する?!私たちが戦う理由などないはずだ!」
「『災厄の狐』である私に戦う理由を問いますか!」
「それに!そういうあなたこそなぜ敵を前にして一切の反撃をしないのですか!ナイフを抜いているものの防御だけ!挙句の果てには拳銃を抜くことすらしない!そんな甘ったれた考えで先生を守れるのですか?!」
「先生の身に危険があるのであれば話は別だがっ……!これは私とお前との問題だ!それにあんたから敵意はあるが悪意は感じられない!ならば私たちは戦闘などせずともわかり合えるはずだ!」
相手の攻撃は更に激しくなっていくが
それに対する自分の動きは精錬さを欠けていく
体力の差が浮き彫りになっていく
フェイントを織り交ぜた剣戟に対応こそしているものの限界は近い
けれど諦める訳にはいかない
諦めたくない
どうあがいてもわかり合うことができない者が存在することもわかる
戦わなければわかり合えない手合が存在することもわかる
だが、狐坂ワカモはそういった人間ではないはずだ
襲撃から今までのぶつかり合いで彼女の歪な、けれど純粋な愛を感じた
あの時叫んでいた先生の名前からその愛の対象も攻撃の理由も察しがつく
だからこそ自分は一切の反撃をしない
たとえ終わりのないディフェンスだとしても
相手に自分の声を届かせるまで
「もう、よろしいでしょう。」
攻撃が止んだ
息切れひとつせず立つワカモに対して、自分はナイフを構える腕が震えており、限界なのが目に見えている
側から見れば狐坂ワカモの勝利だろう
だが、ワカモ自身にとっては
「あなたの実力はわかりました。あなたの頑固さも。」
「あなたであれば先生の前に立ち肉壁となる程度の資格はあるでしょう。」
「今回はわたしの負けを認めます。せいぜい先生の前でそのような無様な姿を見せないように励んでください。」
「待ってくれ!」
「ありがとう先生の味方でいてくれて。そして、これからも先生を守ってあげてくれ。」
こちらに背を向けて去っていくワカモを呼び止める
正直、立つのもやっとなぐらいには疲労があるのだが
これだけは伝えたかった
その闇から先生を守る必要があるが
そのためには裏社会に精通した人間でなくてはならない
だからこそ狐坂ワカモの存在は貴重であり
彼女には感謝したかったのだ
ワカモはフンッと鼻を鳴らし、何も言わずに立ち去っていく
冷たい態度だが、長い頭髪からチラリと見えた肌はほんのり赤みがかっていた
「そちらの調子はどうだ先生?」
『“結構大変だけどみんないい子たちだから大丈夫だよ”』
『“それにようやくみんなから信頼を得られてきたところだからね!”』
「最初の依頼自体はもうすでに達成しているのだろう?」
『“そうだね。けど、彼女達のいまを聞いたら見て見ぬ振りなんてできないからまだもうちょっと手伝うつもりだよ”』
「ほんとに生徒のことを大切に思っているんだな」
『“先生だからね。私は全生徒の味方でありたいと思うんだ”』
「それが例え『七囚人』と呼ばれる人物であってもか?」
『“……もしかしてワカモに会った?”』
「そうだな。入部テストを受けさせられたよ」
『“あ〜……大丈夫?怪我とかしてない?“』
「外傷は特にないから安心してくれ……まあ、明日は全身筋肉痛だろうがな」
『“アハハ……ワカモがごめんね?”』
「先生が彼女の存在を認知して、彼女の脱獄を許容しているなら問題はないさ」
『“トワはワカモのことどう思ってる?”』
「そうだな……彼女はとにかく一途だな。一途すぎて暴走してしまうところはあるが、まあ大丈夫だろう。少なくとも先生の敵になることはないはずだ。」
『“そっか、意外と好印象で安心したよ”』
『“それじゃあ明日もあるしそろそろ電話切るね”』
「もし私の力が必要だったら遠慮なく呼んでくれ。なるべく駆けつけるようにはするから」
『“そこは必ずじゃないんだ……まあその時は遠慮なく呼ばせてもらうからよろしくね”』
『“それじゃあおやすみ”』
「ああ。おやすみ」