それは戦士同士の勇猛な戦いではなかった
虐殺、狩猟、狩人が戯れに獲物を追い掛け回す死の鬼ごっこ
陽はすでに落ちている
通りの街灯はひしゃげてしまいその役目を放棄していた
薄暗い暗闇、ただ車の残骸から立ち上る炎だけが、かろうじてあたりを照らしていた
風船が弾けるような、音が響く
道路脇にある家の庭に体を滑り込ませ、かろうじて避ける
夜科ルミは優秀な獲物役に徹していた
震える脚、怯えた目、恐怖のあまり助けさえ呼べない小動物
音が響く
コンクリート製の側溝の蓋が舞い上がる
庭と通りを隔ててていた塀はミキサーに入れた野菜のように一瞬で粉々になる
右脚に激痛が走る
見ればふとももに、小指ほどの大きさの石が突き刺さっていた
助けを呼ばなくては! 声が出ない
逃げなくては! 脚は潰れた
肺が酸素を求めている
息を吸っても吸っても考えがまとまらない
吸えば吸うほど苦しくなる
こわい
こわい!
こわい!!!
絶望感が思考を妨げる
死にたくない、それだけが頭の中が埋め尽くしていく
「お嬢さん、
狩人が目の間にいた
目の前で、半笑いで立っている
衝撃
身体が宙を舞う、自分の体が自分のものではないような不思議な感覚
半笑いのまま、今しがたついた靴の汚れを庭の土で拭う男
衝撃
蹴られていると、そこでようやく気が付いた
「お嬢さん、赤星って子と知り合いだったりしないかな」
「し、シラナイ……デス」
ゆっくりと歩いてくる男がこわくて
死ぬのがこわくて
蹴られるのがこわくて
絞り出すように、やっと、それだけ答える
あかほし……リンのこと?
なんで
どうしよう、殺される
狙われてる
リンも殺されちゃう
わたしを殺した後、リンも殺される
いやだ、どうしよう、どうしたら、どうすれば
どうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすればどうすれば
「あ?」
きがつくと、わたしは手のひらを男に向けていた
この男をここで始末するために
わたしの、たったふたりの親友、わたしだけの神様を汚さないために
夜科ルミ 14歳 中学三年生
個性 心破
手のひらに現れる接続プラグ
警戒した様子で後ずさる男、大丈夫、これはわたしにしか見えない
銛のような先端が獲物を探すように鎌首をもたげる
同時に男がこぶしを握るのが見えた
"アレ"がくる
先に撃たれたら死ぬ、この距離で避けられる望みはない
後に撃たれても死ぬ、わたしの個性では"アレ"を止められない
だから、ためらいはなかった
わたしが撃ちだした次の瞬間には、銛は深々と男の胸に刺さっていて
「
「
クソみたいな男のクソみたいな人生が頭の中を流れてくる
正確には男の脳に、深層心理にあるデータを強制的に書き出させている
わたしは横で見ているだけ
網膜には、男自身が思い描いていたそうあるべきだった景色でも流しておけばいい
一瞬、ぼろ布のようになって殺される自分の姿が見えて吐き気がしたけど
気にしない、かまわない、清々する
あとは、男の
たぶん廃人になるけど、もうそんなこと言っていられない
勝った
「ボクが一番自由だ!」
そのとき男自身の声がその体内で反響した
ぼく、俺、ボク……
勝利を確信して、身の安全に安堵して、緊張から解放されて
気が緩んだ
「一人称、安定しないんですね」
声に出して、しまったと思う
現実の私の声が男の心理越しに届く
たったそれだけ、たった一言声をかけただけで、網膜の制御権が半分近く奪い返される
必死に現実のわたし周囲だけ不注意にしたけど
駄目、声のしたほうから目をそらさない
嗚呼、しかもなんてことだろう!遠くに人影が見える
男の目はすでにあの人をとらえている
心がどんどん閉ざされていく、完全に警戒された!深層からどんどん締め出されていく
殺される、わたしのせいで
わたしが油断したから
わたしもあの人も
リンや洋介だって危ない
男は姿を隠した獲物を注意深く探しながら
拳を握り締めて個性を発動する
"アレ"がくる!!!!
「よく耐えた、もう大丈夫だ」
現実のわたしの肩に手が置かれた
骨ばった大人の手
あの音が響く
わたしはもう接続を切って、元の肉体でただうずくまるしかできなかった
しかし、いつまでたっても衝撃がこない
ゆっくりと目を開く
わたしを庇うように立つその人の鼻先で
死の風は霧散していた
何が起こったのか、理解する間もなく
そのひとは駆け出し、棒立ちする敵を蹴り飛ばして、包帯のようなマフラーでぐるぐる巻きにしてしまう
あんなに恐ろしかった敵が、瞬きする間もなく制圧されていた
「助けに来るのが遅くなって本当に申し訳ない」
ゴーグルと長すぎるマフラーが特徴的な細身の、気怠げな男性、彼はわたしに振り返って
「俺はイレイザー・ヘッド」
「ヒーローだ」
そう名乗った