素っ頓狂な声を上げたのは、スーツの少女。無理もない、目的の人物が何週間も前から行方不明だと聞かされたのだから。私だって突然こんなことになったら確実に困り顔を浮かべるだろう。集まってきていた他の生徒も、思い思いの驚き顔を浮かべていた。
「結論から言うと、『サンクトゥム・タワー』の最終管理者がいなくなったため、今の連邦生徒会は行政制御権を失った状態です。認証を迂回できる方法を探していましたが……先ほどまで、そのような方法は見つかっていませんでした」
「それでは、今は方法があるということですか、主席行政官?」
セーラー服の少女からの質問に、リンは自信ある声色でうなずき返した。
「そういえば、さっき代行と一緒にエレベーターから出てきたわね。この大人は誰なのよ? まさかとは思うけど……」
「この方は
「えぇっ?!」「っ!」「この方が?」 「私が……?」
驚きよりも不信感が前面に現れているリアクションに若干心が痛んだ。私自身、それなりに驚いてしまっているのが正直辛い。突然連れてこられた見ず知らずの大人が自分たちの問題に幕引きをしてくれるから信頼しろ、というのは確かに酷だし、ともすれば自由のない理不尽なことだろう。
「な、何でここにいるのかしら……」
「キヴォトスではないところから来た方のようですが……先生だったのですね」
「はい。こちらの蘭先生は、これからキヴォトスの先生として働く方であり、連邦生徒会長が特別に指名した人物です」
「行方不明になった連邦生徒会長が直接指名? ますますこんがらがってきたじゃないの……」
「え、えーっと……みんな、これからよろしくね」
私の挨拶は少々ぎごちないものだったように思う。一人が挨拶を返そうとしてくれたが……
「こ、こんにちは、先生。私はミレニアムサイエンススクールの……」
そこまで言って首を激しく横に振ってやめてしまった。
「い、いや! 挨拶なんて今はどうでもよくて……」
「その煩い方は気にしなくていいです。続けますと……」
「誰がうるさいって!? わ、私は早瀬ユウカ! 覚えておいてください、先生!」
「うん、よろしく」
「挨拶は終わりましたか? 私からの話の続きになりますが……蘭先生は元々、連邦生徒会長が立ち上げた、ある部活の顧問としてこちらに来ることになりました。その名も、連邦捜査部『シャーレ』」
その名は、不思議と聞き覚えがあった。私には本来耳馴染みのない言葉であるはずなのだが、妙な納得感を帯びて、その単語は私の頭の中にスルリと滑り込んできた。
「シャーレとは単なる部活ではなく、一種の超法規的機関です。連邦組織のため、キヴォトスに存在するすべての学園の生徒たちを制限なく加入させることも可能で、各学園の自治区で、制約なしに戦闘活動を行うことも可能です」
「ちょっと、冷静に考えてあまりにも権力が強すぎない? 学園自治区内で制約なしに戦闘行為って……ひょっとすれば外交問題モノなのよ?」
「それは私もそう思うよ。そもそも私はキヴォトスに来たばかりだけど、かなり危ないことになるんじゃないかな」
さっき自己紹介してくれたユウカの疑問に乗っかって、私も疑問を口にしてみた。だが、リンいわくそのような心配は殆どないとのこと。そもそもシャーレを設置したのは連邦生徒会長個人の判断のようで、最側近と言っても過言ではないリンでさえ、その胸中は計り知れないという。
皆からしたら私が言うことではないだろうけど、なんというか、その連邦生徒会長という人は不思議でつかみどころがないんだろうなという感想を抱いていた。
「シャーレの部室はここからおよそ30km離れた外殻地区にあります。今はほとんど何もない建物ですが、連邦生徒会長の命令でそこの地下に「とある物」を持ち込んでいます。これから、先生をそこにお連れしなければなりません」
リンはそこまで言って端末を開き、誰かに連絡を取り始めた。
「モモカ、シャーレの部室に直行するヘリが必要なんだけど……」
なにやら返答が返ってきたらしいが、その瞬間リンの長い耳がピクッと動いた。そのまま集中した様子で電話に聞き入り、かなりすさまじい表情に次第に変化していった。電話は向こうが切ったらしい。
「……」
「えーっと、深呼吸でもする?」
プルプルと腕を震わせるリンに声をかけると、びっくりするほど怖い顔でこちらの方を向いた。
「……だ、大丈夫です。……少々問題が発生しましたが、大したことではありません」
そして、連邦生徒会長に会わせろと押しかけてきた四人に視線を向ける。どうやら何か嫌な予感を感じ取ったらしい彼女たちは、若干顔を引きつらせてリンの方を見ていた。
「ちょうどここに各学園を代表する、立派で、暇そうな方々がいるので……私はとても心強く思っています」
「え?」
「キヴォトスの正常化のために、暇を持て余した皆さんの力が今、切実に必要です。行きましょう」
ツカツカと靴音高く歩き去っていくリンの背中を追いかけて、ユウカも小走りで向かう。赴任して初日でこの騒動……先が思いやられるというか、これからの仕事の予想がなんとなくつくというか……
それでも、私のこれからの生活のことを考えれば行くしかないし、生徒たちが行くなら私もついていくしかない。先生としての責任もあるが、私個人の信条としても行かなきゃいけない。
そして、目的のシャーレ部室付近……
「何で私たちが不良たちなんかと戦わなきゃいけないの?!!」
戦場と化した一帯の状況は予想以上にひどかった。ヘリでここまで来るまでにリンが説明してくれた通り、この騒ぎの発端は、連邦生徒会長の失踪とほぼ同時期に連邦矯正局から脱走した停学中の生徒たちらしい。自分たちを牢屋にぶち込んだ連邦生徒会に恨みを抱いて、地域の不良を巻き込みあたりを焼け野原にして回っていると。
また、シャーレの部室周辺が特に大きな騒ぎになっているのも理由があるようで、どうやらリンが言っていたシャーレの地下にある「とある物」の存在をかぎつけたかららしい。
辺りの建物の壁は無数の弾痕が刻まれ、地面には跳弾の後だけでなく、明らかに何かが爆発したような焦げ跡も残っている。ヘリから見ていて分かったが、きっとロケットランチャーを持っている不良がいるのだろう。戦車も何台か見られる。
「サンクトゥム・タワーの制御権を取り戻すためには、あの部室の奪還が必要ですから……」
「それは連邦生徒会でもヘリの中でも聞いたわよ! 私これでもうちの学校では生徒会メンバーで、それなりの扱いなんだけど!? 何で私が……!」
イライラした様子で前に出るユウカだが、当然のように一斉射を食らってすぐさま別の遮蔽に身をひそめる。
「いったぁぁ……! あいつら違法JHP弾使ってるじゃない!?」
「前に出るときは気を付けてください、ユウカ。それにホーローポイント弾は違法指定されていません」
「うちの学校ではこれから違法になるの! 傷跡が残るでしょ!」
冷静に返すハスミの態度が気に食わなかったのか、ユウカはハスミに食って掛かるように言葉を返す。しかし当のハスミは気に留めず、淡々と引き金を引き、一人、また一人と不良のおでこに弾丸を命中させていく。
「今は先生が一緒なので、その点に気をつけましょう。先生を守ることが最優先、あの建物の奪還はその次です」
「ハスミさんの言う通りです。先生はキヴォトス出会ないところから来た方ですので……私たちとは違って、弾丸一つでも生命の危機にさらされる可能性があります! その点ご注意を!」
「わかってるわ。先生! 先制は戦場に出ないでください! 私たちが戦っている間は、ここから動かないようにしてくださいね!」
「わかった。代わりと言ったらなんだけど、私が戦闘の指揮を取る。みんなは私の指示に従ってほしいんだ。いいかい?」
「え、えぇっ? 戦術指揮をされるんですか? ……ま、まぁ先生だし」
「分かりました。これより先生の指示に従います」
「生徒が先生の言葉に従うのは自然なこと、ですね。よろしくお願いします」
どうやら任せてもらえるらしい。期待されているに恥じない指揮をしなければ……
「それじゃあ、よろしく頼むよ」
「えぇ、それじゃあ行ってみましょうか!」
事前に全員にインカムを渡しておいてよかった、お陰でこちらの声がすぐに皆に届く。ユウカの一声で一時的にみんな集まっていたのが、さっと散会した。反転攻勢……というわけでもないけど、今度はこちらから攻めさせてもらおう。
「皆、聞こえる? ユウカはスズミと一緒に遮蔽に隠れながら敵のマガジン入れ替えの隙を縫って前へ。スズミ、君はスモークグレネードで敵の視界を封じるんだ。事前にユウカと進行方向を示し合わせるようにして。ハスミは狙撃に適した場所を移動しつつ前に出てきたりユウカとスズミの死角からの攻撃を未然に防ぐこと。チナツは周囲の観測をして、逐一私に状況を知らせて。いいね?」
『了解!』
その次の瞬間には、銃撃音とスモークグレネードの破裂音が響き渡った。硝煙と火薬の臭いがあっという間に運ばれてきて、不思議と私の脳内に懐かしい記憶を呼び起こす。それは私を高ぶらせるようで、しかし静かに揺らめく焔のように心は落ちついてゆく。
「ユウカ、スズミ、進行方向を12時として4時方向に敵。チナツ、ハスミはユウカたちから見て9時方向にいるから君は3時方向へ移動、死角をなくして。ハスミ、反対側はチナツに任せたから自分が見える範囲と背後に注意。今来てる」
『っ!?』
ハスミとの回線から、激しい打撃音と、続けざまに発砲音。想定通りハスミの背後にヘルメット団が来ていたようだ。
『すごい……私たちもうかなり先生と離れているはずなのに、まるで戦場全体を上から見てるみたい』
『まさか私の背後にいる敵に、私より先に気付くとは……先生の指揮はもはや予知のようですね』
「感心している場合じゃないよ。まだ敵はたくさんいる、できる限り消耗しないよう最善手を踏んでいくよ」
その後、戦闘自体はあっという間に片が付いてしまった。敵が全員逃げるか、連邦生徒会の乗り物に回収されるかした後、私は四人のところへ駆け足で向かっていった。