蘭先生の業務日誌   作:Altarego

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赴任一日目(3)

「みんな、大丈夫? 怪我はしていないかい?」

 

 

「はい、全員怪我はありません。それにしても、なんだかいつもより戦闘がやりやすかったような気がします……」

 

「……やっぱりそうよね?」

 

 前衛を張っていたスズミとユウカが私にそう言った。

 

「先生の指揮のおかげで、普段よりずっと戦いやすかったです。普段の戦闘では周囲の把握がなかなかできないので、いきなり視界がクリアになったような印象でした」

 

 ハスミも私の方にきて、先ほどの戦闘のことを言っていた。どうやら彼女たちのお眼鏡にはかなったらしい。

 

「なるほど……これが先生の力……まあ、連邦生徒会長が選んだんだから当たり前か……」

 

「そう言ってもらえて、私もみんなの役に立てたみたいでうれしいよ。それじゃあシャーレの部室まで急ごうか」

 

 それ以降は特段なにもイベントはなく、襲撃を受けることもなく進むことができた。途中でリンからの通信もあり、今回の騒動の首謀者が判明したと伝えられた。

 

『彼女の名前はワカモ。百鬼夜行連合学院で退学になった後、矯正局を脱獄した生徒です。似たような前科がいくつもある危険な人物なので、十分注意してください』

 

 

 一方、同時刻。シャーレの部室周辺。

 

「……あらら。連邦生徒会は来ていないみたいですね」

 

 そこにいたのは、狐の面に黒い和装風のセーラー服を身に着けた少女。その手に持つ古風なライフル銃の先端には銃剣が取り付けられている。

 

「フフッ、まあ構いません。あの建物に何があるかは存じ上げませんが、連邦生徒会が大事にしてる物と聞いてしまうと……壊さないと気がすみませんね」

 

 上品な言葉遣いや仕草とは裏腹に、直接的な暴力を感じさせる気配。少女は目の前にあるシャーレの部室が入って建物を見上げながら恍惚とした声色を漏らす。

 

「ああ……久しぶりの楽しみになりそうです、ウフフフ♡」

 

 

「着いた!」

 

「ええ、意外に早く到着しましたね」

 

『「シャーレ」部室の奪還完了。私ももうすぐ到着予定です。建物の地下で会いましょう』

 

 リンからの通信が切れて、みんなは一先ず私の元での初任務の成功に歓喜している。そんな中、私は一足先に部室の中に入ってみることにした。

 

「へえ、中は結構広いんだねぇ。まあ建物自体があんなに大きいんだし、それは当然か」

 

 内装をぐるっと見渡した感想は、『おしゃれなオフィス』だ。窓は大きく取ってあって日の光を効率よく取り入れられるようにしてある。とても働きやすそうな場所だ。

 それにしても、だ。さっきから気になる点が一つ。部室の中に誰かが侵入しているという情報は受け取っていないが、妙に人の気配を感じる。本来あるべき場所にあるはずのインテリアの位置が、僅かにずれているように感じる。引っ越し直後の新居特有の人気のない殺風景さが、ほんのわずかに薄らいでいるような気がするのだ。

 自分の勘に従って人の気配の向かう先を探ってみれば、その先には地下室へ続いているのであろう扉があった。それを開け、通路の天井に配置された申し訳程度の燈に足元を照らされながら、その先へと向かう。

 

「………」

 

 通路の終わりに近づくと、中から誰かの声が聞こえてきた。体が反射的に壁に身を隠す。自然と呼吸が落ち着いて、脊髄が勝手に気配を押し殺す。そこにいたのは、黒い振袖の様なデザインのセーラーを着た、狐面の少女だった。なにやら、目の前の機械についていろいろと考えを巡らせているらしい。

 

「うーん、これが一体何なのか、まったく分かりませんね……これでは壊そうにも……」

 

 どうやらかなり集中しているらしい。慎重に階段を下りて少女の方へと近づいてみる。

 

「……あら?」

 

 流石に足音でバレてしまったらしい。もうここは開き直ろう。

 

「えーっと、初めまして」

 

「あら、あららら……」

 

 少女は私の顔を念入りにのぞき込むような視線を送ってくる。もう少し違った反応を返してくるものだと思っていたが……

 

「私は蘭 櫟というんだ、この「シャーレ」の先生として赴任してきたんだけど……聞いてる?」

 

「……」

 

 だめだ、何の反応もない。すっかり私の顔を見るのに熱心になってしまっている。沈黙が気まずい。

 

「し、……」

 

「……?」

 

「しっ、失礼いたしましたー!!」

 

 少女は何やら慌てた様子で私の横を通り抜け、階段を駆け上がり、どこかへ行ってしまった。

 

「……何だったんだ?」

 

 そんなことがあってからしばらくして、リンが地下室にやってきた。

 

「お待たせしました……何か、ありましたか?」

 

「いいや、何も起きていないよ、大丈夫」

 

 私がそういうと、リンは周囲を見渡し、話を切り出した。

 

「ここに、連邦生徒会長が残したものが保管されています。そこの大きな機械のように既に見たものもあるでしょうが、ほかにもいくつか……」

 

 リンはいくつか置いてある箱の中の一つを開け、そこからある物を取り出して、検分し始めた。

 

「……幸い、傷一つなく無事ですね」

 

 彼女が私に差し出してきたのは、タブレット型の端末だった。

 

「この……タブレット端末が?」

 

「はい、これは連邦生徒会長が先生に残した物。「シッテムの箱」と、呼ばれる物です」

 

 またもや、不思議と聞き覚えのある名前だった。聞き覚えのあるその感覚とはまた違うが、シッテムと言えば旧約聖書にて預言者モーゼの死地とされる場所のことを指すらしい。意味深げな名前だが、それ以上のことを考えるには、私には少しばかり知識と時間が足りなかった。

 

「どこにでもあるタブレット端末のように見えますが、その実態は「オーパーツ」と言っても差し支えない代物です。製造会社も、OSも、システム構造さえも……動くすべての仕組みが謎」

 

「そんなものが、なんでこんなところにあるんだい?」

 

「さぁ、私には何とも。ただ確かに言えることは、連邦生徒会長はこのようなオカルトじみた存在やオーパーツが非常にお好きだったことと、その連邦生徒会長が、この「シッテムの箱」は先生のもので、先生がこれでタワーの制御権を回復させられるだろうと言っていたことです」

 

 リンは私に向けて、「シッテムの箱」、タブレット端末をさらに近づける。私はそれを受け取り、不思議と手になじむ重さと手触りに安心を覚えていた。

 

「……では、私はここまでです。ここから先はすべて先生にかかっています。邪魔にならないよう離れていますね」

 

 そう言って、リンは地下室の隅の方へと行ってしまった。

 ……さて、どうしようか。このタブレット端末を持った瞬間から、私の手は「長い間この手に持っていたはずの物」を持っているかのように自然な緊張をはらんでいる。見たところ何の変哲もないただのタブレット端末、携帯の代理店ならどこでも店頭に置いていそうな、オーソドックスな見た目。電源を入れてみる。

 

『… Connecting to the Crate of Shittim. . . 』

『システム接続パスワードをご入力ください』

 

 パスワード…… 

『……我々は望む、七つの嘆きを。 我々は覚えている、ジェリコの古則を』

 気づいたら口にしていたその文章は、私の音声に合わせてタブレットにも表示される。

 

『…… 接続パスワード承認。現在の接続者情報は蘭 櫟、確認できました。「シッテムの箱」へようこそ、蘭先生』

 

 無事に起動できたみたいだ。

 

『生体認証および確認書生成のため、メインオペレートシステムA.R.O.N.Aに変換します』

 

 画面が一瞬ホワイトアウトし、そのまぶしさに思わず目を瞑る。瞼の裏にまで突き刺さるような強い光が収まり、ようやく目を開けられるようになると、そこはあの薄暗い地下室ではなかった。

どこにでもありそうな教室……ではない。窓がある方の壁は半分以上崩れ落ち、その先に広がる海と空が一つになる水平線まで見通せるような、綺麗に晴れた景色が広がっている。崩れた壁のすぐそばには前衛芸術作品のように、大量の机が積み重ねられていた。教室内に並んでいる机はまばらで、床には薄く水が張っている。

 私は、そんな教室の引き戸を背にして立っていた。

 

「くううぅぅ……Zzzz」

 

 教室には、少女が一人、机に突っ伏して居眠りをしている。あまりにも美しい海と空が青く映え、教室の白い壁も僅かに染まって見えるのと対照的に、少女はうっすら赤に染まっていた。赤いセーラー服に、うっすらピンク色に染まった短い髪。机の傍らには、傘のような形をした銃が立てかけてあった。

 

「くううぅぅ……Zzzz  むにゃ、カステラにはぁ……イチゴミルクより……バナナミルクの方がぁ……」

 

 フルーツ牛乳への造詣が無駄に深いな、この子。夢に見るほど好きなのか。私はフルーツ牛乳がそれほど得意ではないのだけれど……。

 

「えへっ……まだたくさんありますよぉ……」

 

 夢の中で、誰かとカステラを食べているのだろうか、それこそイチゴミルクやバナナミルクを片手に。そう考えるととても微笑ましいが、ちょっと起きてもらわねばなるまい。肩をゆすってみるか? いや、少しかわいそうだな……そうだ。

 思いついたままに少女の頬を指先でついてみる。ふにっとした柔らかい感触がする。

 

「うにゃ……まだですよぉ……しっかり嚙まないと……」

 

 まだ寝ぼけているのか……

 

「ほら、そろそろ起きなきゃ。もうお外は明るいよ」

 

 ツンツン

 

「あぅん、でもぉ……」

 

 ツンツンツン

 

「……うぅぅぅんっ」

 

 ひとしきりうなってから、少女は目を覚ました。機嫌の悪そうな目つきでこちらを見つめるのは、澄んだ深い赤の瞳。相当ぐっすり眠っていたのか、口の端から涎が垂れている。

 

「んむぁ……うぅ……」

 

 私を明らかに視界に収めてからも、少女の動きは緩慢だった。なんかちょっと態度が悪いような……

 

「んんっ、ふああぁぁぁ……あぁ……? そこにいるのは……」

 

 おや、何かが変だ。寝言を言っていた時と比べて明らかに声が低い。

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