それはそうとして、蘭先生アビドスに着任です。無事に見つかってくださいね
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〚おはよう先生〛
「うん、おはようアロナ。コーヒー淹れてくれる?」
〚こっちに見向きもせず自分で淹れに行ってるじゃない……〛
最近の朝のルーティーンのような会話だ。
私がシャーレの先生としてキヴォトスにやってきてから数日。私は順調に仕事をこなし、生徒たちの悩みや相談に積極的に応じたりしている。そのかいあってか、生徒たちからの助けを求める手紙が私のもとに頻繁に来るようになった。このような変化は、段々この場所に受け入れられているという実感が持てるし、私が頼れる大人として皆から認識してもらえているという証拠でもあるのだ。アロナも「これからあたしたちの物語が始まるんだよ!!」と息巻いている。
〚ねえ先生、そういえば先生が寝ている間にメールフォルダを整理してたら、ちょっと不穏なメッセージがあったよ。一度読んでもらった方がいいんじゃないかなと思うんだけど〛
「そう? わかった」
アロナが提示してくれたメッセージファイルを開き、目を通す。
『連邦捜査部の先生へ
こんにちは。私はアビドス高等学校の奥空アヤネと申します。
今回はどうしても先生にお願いしたいことがありまして、こうしてメールを書きました。
単刀直入に言いますと、今、私たちの学校は追い詰められています。それも、地域の暴力組織によってです。
こうなってしまった経緯はかなり複雑ですが……どうやら、私たちの学校の校舎が狙われているようです。
今はどうにか食い止めていますが、そろそろ弾薬などの補給が底をついてしまいます。このままでは、暴力組織に学校を乗っ取られてしまいそうな状況ですそれで、今回先生にお願いできればと思いました。返信お待ちしております』
メールを読み終わって抱いた感想は、「ひどいな」の一言だった。
〚アビドス高等学校かぁ……〛
「アロナ、なにか知ってるの?」
〚もちろん。アビドスといえば昔はキヴォトス三大学園にも迫る生徒数と、キヴォトス内でも有数の広大な自治区を持つ学園として有名だったんだ。それがここ数年で発生した局所的な異常気象のせいでかなりひどいことになってるんだって〛
「へぇ、そうなんだ。どれくらい広いの?」
〚うわさで聞いた話だと、街のど真ん中で道に迷って遭難する人がいるくらい広いみたい〛
「……」
危うくコーヒーをこぼすところだった。そんな馬鹿な。いくらなんでも広すぎるだろう。さすがに何かの冗談に違いない。アロナも苦笑いしながら言っていたわけだし。
それはさておき、学校が暴力組織に襲われているという状況……何か因縁をつけられているのかもしれないとは考えてみるものの、学校として機能しているのならばあわや乗っ取られ寸前の窮地に追い込まれることなどそうそうあるまい。
〚いくら何でも何かおかしいよ先生。どうする?〛
「決まってる。アビドスに出張するよ」
いつか来ると思っていた。このシャーレのオフィスを長期間離れての仕事。長旅に必要な事前準備は済ませてある。浮かれていると言われれば若干図星だが、新しい学校に関われるのは素直に楽しみだし、何より私宛の個人的なメールを送ってまで頼ろうとしてくれているからには力を貸すほかない。
〚すぐに行くの!? さすが大人の行動力! 行こう今行こうすぐ行こう!!〛
まとめてあった荷物を背負い、シャーレのドアに「先生出張中」の掛札を掛ける。
「それじゃあ、行きますか」
そうして意気揚々とアビドスへ出立したものの。
「うぐぐ……暑い……」
学校が見つからず既に数日。
「アロナぁ……アビドス高校の場所は……あれ、充電ないなったの?」
迷いに迷った結果。
アロナが言ったとおり、街のど真ん中で道に迷って遭難してしまった。
「噓でしょぉ……?」
そうして住宅街で夜を越すことになった。
砂漠は昼夜の寒暖差が激しい。夕方のうちに段ボールか何かを見つけることができたので、せめてこれらにくるまって過ごすことにした。せいぜい段ボールでしかないから断熱性はたかが知れて言るが、心の安定のためにもくるまっておくことにする。そのまま夜を迎えたが、案の定寒い。というか予想以上の寒さだ。
「うぅ……さすがに寒い。夜の砂漠は最低で-20℃にもなると言うけど、そうか。こんなに寒いんだな……ふふふ……なめていたよ」
なんて言っている場合ではない。死んでしまうぞこれ、最悪死ぬ。そして重大なことを忘れていた。手元に食べ物が何一つない。人は食べ物がないと1週間で死ぬ。そしてそれはあくまで「生存」できる期間に過ぎない。実際は3日と経たずに動けなくなってしまうだろう。実質的タイムリミットは3日……
学校を早く見つけなくては。
そして三日後……
見つかりませんでした。
ダメだ、あまりの空腹に足元がおぼつかない。持ってきていた2L ペットボトルの水も昨日の昼に飲み干してしまった。
「う、うぁ……」
ついに足がもつれ、前のめりに倒れ込んでしまった。頬と手を軽く擦りむいたが、そんなことを気にしていられるほどの体力もない。ここで終わるのか、私のキヴォトスライフ……
意識がもうろうとしてきた。どうしよう、本格的に終わ……
キキーッ
うん? ブレーキ音か、今のは。
「……あの……」
明らかに自分に声をかけているのがわかり、残りの力を振り絞って顔を上げる。 わたしに声をかけてきたのは、犬耳のある灰色の髪の少女だった。マウンテンバイクというのだろうか? かなり本格的な自転車を両手で押している。
「……大丈夫?」
唇と喉がカラカラに乾いてうまく声が出ないので、うなずいて答える。
「あ、生きてた。道のど真ん中に倒れてるから、死んでるのかと」
「た……食べ物、なくって……」
「あ、そうなの? もしかしてホームレス?」
あわてて首を横に振って否定する。現状に至るまでのいきさつを簡単に説明すると、少女はすぐに納得してくれたようだ。
「……なるほど、用事があって数日前この街に来たけど、お店が一軒もなくて脱水と空腹で力尽きた、と」
「そうなんだ……どこか食べ物売ってるお店知らない?」
そういうと少女は困ったような表情を浮かべ、首を傾げた。
「うーん、私が知ってる限りはここら一帯にはないはず。そういう場所なの。ここじゃなくてもっと郊外の方に行けば市街地があるけど」
「でも私、土地勘がないんだ……ここら辺に来るの初めてだから」
ついでに言うと頼みの綱のアロナも充電切れで助けてくれないからね。
「そうなんだ。ちょっと待って……」
少女はカバンの中を探ると、スポーツドリンクのボトルを私の方に差し出した。
「はいこれ、エナジードリンク。ライディング用なんだけど……今はそれくらいしか持ってなくて。でも、お腹の足しにはなると思う」
「いいの? 本当にありがとう……たすかるよ」
あまりに喉が渇いていたので、たまらずそのまま口をつけてドリンクを飲む。ほぼ24時間ぶりの飲み物……若干むせそうになるが、それよりも乾いた喉に水分が染み渡る。エナドリ特有の人工的な甘みが今は非情に心地いい。
「えっと、コップ……あ」
少し飲みすぎてしまったかな。少女の方を見ると何やら狼狽しているようだったから、少し気になる。
「ごめん、君のなのに飲みすぎたかな」
「……ううん、何でもない。……気にしないで」
それにしても、少し飲んだだけで体力が戻ってきた気がする。最近のエナジードリンクってすごいんだなぁ。こころなしか気力が湧いてきたし、いつまでも座り込んだままでもいられないので、立つことにする。背筋を伸ばすと、ポキポキっと小気味よい音が鳴る。
「本当にありがとう。君が来てくれなきゃ本当にここで野垂れ死んでいたよ」
「うん、うっかり見逃さなくてよかった。見た感じ、連邦生徒会から来た大人の人みたいだけど……お疲れさま。学校に用事があってきたの? この近くだとうちの学校しかないけど」
少女はそこまで自分で言って、はっと何かに気付いたように耳をピンと立てた。
「もしかして、『アビドス』に行くの?」
「うん。そこに用事があるんだけど、もしかして君、アビドス高校の生徒?」
そういうと、少女は嬉しそうに口元を緩めて頷いた。
「そうだよ、私たちにとっても久しぶりのお客様。これから私も登校するところだし、案内してあげる。すぐそこだから」
「ごめん、もう三日も何も食べてなくて……あまり歩くのは辛いかも」
「そうだった。うーん、でも……どうしよう」
「よければ、君の自転車に乗せてくれないかな。」
「えっと、これ一人乗りだから……」
「なら……ごめん、背負ってくれない? ほかに方法が思い浮かばないや」
しばし逡巡したのち、少女は私を背負って運ぶことにしたようだった。
「それじゃ……あっ、ちょっと待って」
「なに? 気になることでもあった?」
「えっと……さっきまでロードバイクに乗ってたから……そこまで汗だくってわけじゃないけど、その……」
ん? ああ、そういうこと。
「普段は学校のシャワー室を使うの。予備の服もそこにあるし……」
「大丈夫だよ、気にしないで。何ならちょっといい香りがするくらいだし」
「……うーん。ちょ、ちょっとよくわからないけど……気にならないなら、まあいいか」
いよいよ少女に背負ってもらうことになった。今更だけど、この子と私の身長差結構すごいな……多分30センチくらいはあるだろう。
「それじゃあ……よい、しょ」
「大丈夫? 重くないかな」
「ん、大丈夫。逆にちょっと心配になるくらい軽い」
「適正体重よりは軽いかも、でも気にしないで。こっちこそ、砂ぼこりまみれで背負ってもらうのは申し訳ないよ」
「大丈夫、普段にしたって学校着いたら着替えるし。じゃあ行くよ、しっかり掴まってて」
そう言って少女は私を背負ったまま、アビドスへと足を進めた。
「ただいま」
少女が教室の戸を開けて、普段通りの挨拶をする。私はそれを少女の背中におぶさって聞いている。言葉だけ聞くと非常に奇妙な絵面だが、仕方がないじゃない。場所分かんなかったし、もうちょっとで死ぬところだったんだし。
「おかえり、シロコせんぱ……い? うわっ!? 何っ!? そのおんぶしてるの誰!?」
「わあ、シロコちゃんが大人を拉致してきました!」
「拉致!? もしかして死体!? シロコ先輩がついに犯罪に手を……!!」
え、ちょっと待ってよ。
「みんな落ち着いて、速やかに死体を隠す場所を探すわよ! 体育倉庫にシャベルとツルハシがあるから、それを……」
「……」
「うぇあ、」
結構穏やかに落とされた。そこまで痛くはなかったけれど、鼻を打ったかもしれない。顔の真ん中あたりがジンジンする。
「いや、普通に生きてる大人だから。うちの学校に用があるんだって」
「えっ? 死体じゃなかったんですか?」
「拉致したんじゃなくて、お客さん?」
「そうみたい……」
「えっと……はじめまして、みんな」
死体扱いされた事実に僅かばかりの悲しみを覚えながらも、できる限り明るく挨拶をする。
「わあ、びっくりしました。お客様がいるなんて、とっても久しぶりですね」
「そ、それもそうですね……でも来客の予定ってありましたっけ」
「そうだ、言い忘れてた……私、アヤネさんからメールを貰ってきたんだけど、アヤネさんってあなたかな?」
眼鏡をかけた少女に声をかけると、若干緊張したような声で「は、はい。私が奥空アヤネです」と返ってくる。
「初めまして、私は蘭 櫟。いちおう連邦捜査部『シャーレ』で顧問の先生をやってます。よろしくね」
そうしてようやく身分を明かすと、私を背負って運んでくれた少女以外の三人は非常に嬉しそうに、瞳を輝かせて私の方を見た。猫耳の少女にいたっては元気よく耳を立ててピコピコ動かしている。
「あ、あなた連邦捜査部『シャーレ』の先生だったの!?」
「わあ☆ 支援要請が受理されたのですね! よかったですね、アヤネちゃん!」
「はい! これで……弾薬や補給品の援助が受けられます。早くホシノ先輩にも知らせてあげないと……」
「委員長なら隣の部屋で寝てるよ。すぐ起こしてくる!」
猫耳の少女が猛ダッシュで教室を出て言った直後、教室外……いや、校舎外から銃声が聞こえてきた。何事かと思って校庭が見える窓へと駆け寄ってみると、ヘルメットをかぶった生徒たちが校舎に向けて自動小銃を乱射しているのが見える。