中央暦1639年7月1日
最初のパーパルディア皇国との会談から一カ月が経った頃、彼の国から「出頭せよ」という命令書が届いた。外交で命令書とは穏やかじゃない。海斗と未来はそれに訝しみながらも担当が変わったからだと納得した。2人はその命令に従ってパーパルディアの外務局窓口に出頭した。
窓口で案内人と合流した2人はその人の案内に従って第3外務局とは別の建物に入っていった。廊下を進むと、ところどころに見るからに高級そうな彫刻やら絵画やら飾ってあった。この景色を見た2人の第一印象は「昔のヨーロッパか?」であった。特に海斗は外交官の仕事として様々な世界遺産や歴史的遺産をめぐったことがあるため余計にそう感じていた。
しばらく進むと黒色の重厚な扉が2人を出迎えた。案内人は先に中に入って確認する。
「どうぞ、お入りください」
黒色の重厚な扉の向こうから中を確認した案内人の声が聞こえる。2人は互いに顔を見合わせて海斗を先頭に扉を開けた。
「よく来たな。私はパーパルディア皇国第一外務局局長レミール。貴様らの外交担当だと思っていい」
そう話すのはレミール。パーパルディア皇国第一外務局局長にして王女だ。銀髪で二つの大きな果実が実っている、健全な男性が見たら間違いなく惚れるだろう絶世の美女である。しかし、海斗は外交官としての経験から彼女は危険だと本能が訴えていた。何が危険かまではわからないが、これまで感じていたあの嫌な予感と関係があるのではないかと彼は推測した。あの嫌な予感はパーパルディアとの初会談から日に日に強くなってきており、今はまだ我慢できるがそれでも内心では落ち着かなかった。
「日本皇国特別外交官船橋海斗です。こちらは補佐の小野未来です。急な要件との事でしたが、どのような要件でしょうか?」
「フッ、貴様らに良い物を見せようかと思ってな。なに、面白い物だ。ちなみに皇帝の意志でもある」
不適な笑みを浮かべて話すレミールに海斗は悪寒を感じた。そして出された、テレビに似た物………魔導通信具に視線がいくと、不意に鳥肌が立ちそうになるほどの強い嫌な予感に襲われた。まるでこれを起動させるなと言わんばかりだ。
「これを起動させる前にお前たちにチャンスをやろう」
(チャンス?)
海斗は首を傾げながらもある紙を受け取る。その紙は海斗にとって一目で質が悪い紙とわかる物だった。その紙にはある内容が書かれていた。その内容は以下の通り。
・日本皇国の王はパーパルディア皇国人とし、皇国から派遣された者を置く。
・パーパルディア皇国は日本皇国内の法を監査し、皇国が必要に応じて改正できるようにする。
・日本皇国軍は皇国の求めに応じ、必要数を必要箇所に投入できるようにすること。
・日本皇国は皇国に毎年指定数以上の奴隷を差し出す。
・日本皇国はこの書面以降、皇国以外の国名を名乗ることを禁ずる。
・日本皇国は今後、皇国の許可なしに他国と国交を結ぶことを禁ずる。
・日本皇国は現在知り得ている魔法技術を全て皇国に開示する。
・日本皇国は把握している自国の資源を全て皇国に開示し、皇国の求めに応じてその資源を差し出すこと。
・パーパルディア皇国臣民は皇帝陛下の名において、日本皇国国民の生殺与奪の権力を有する。
・日本皇国は…………
他にもいくつかの条文が書かれてあるが、上のところを読んだだけで読む気が失せる海斗。未来も嫌そうな顔をする。明らかに植民地になれと言わんばかりの要求を了承できるわけがない。
「これは………どういうことですか?このような要求、受け入れられるはずがない」
「皇国を知らぬ愚かな抗議だな。お前たちは皇国の事を知らなさ過ぎる。普通なら、皇都を見れば態度も条件も緩和するのだが、お前たちはあろう事か列強のような条件を提示してきた。お前たちは皇国の国力を理解できていない。もしくは理解する力がない」
レミールは足を組んで淡々と言う。その側で海斗「はっ?」という表情をし、未来はあからさまに顔を顰めているのに彼女は気づいていなかった。
「お前たちは監察軍を押し返したようだが、それは率いていた者が精神を病んでいただけのこと。つまり、こちらの人的被害は0に等しいのだ。お前たちは勝利したと謳っているようだが、これは我々の部内的な問題だ」
レミールは口角を上げながら言う。要は精神を病んでいる無能を片付けてくれてありがとうみたいなものだろう。ここで2人は確信した。本来、戦況は向こうから伝わっているはずなのだ。そうならば、少なくとも日本は監察軍を退けられる国力があると認識していなければいけない。それなのに今の発言。つまり、戦況を与太話や作り話として全く信じず、監察軍を率いていた者を精神を病んでいると見做していたのだ。また、文明圏外の国に監察軍を押し返せる力はないという認識は変わらないため、物量で押し返したのだと思い込んでいた。このことを確信した2人は「ブーメランだろ」という意見で一致した。
海斗は外交官としてやりづらさを感じていた。この国の至るところで地雷となり得る要素があるからだ。先程の要求書もそのうちの一つだろう。
「では問おう、日本の外交担当者よ。従属か滅びか」
「………私は外交官であり、国交を開くために来たのです。こういった内容を決める権限はありません。*1上が飲むと思いませんが本国に報告いたします」
「別に従わなくていいんじゃない?それにこちらとしてはこんな弱小国から早く帰りたいんだけど」
未来のその発言をした瞬間、場の雰囲気が凍った。そしてレミールが机をバンと思いっきり叩いて未来に睨みつけるように視線を向ける。そんな彼女の額に青筋がくっきりと浮かび上がっていた。
「貴様……今なんていった」
「?わからないの?
海斗は未来がキレているのがわかった。こんな未来は久しぶりだった。未来は基本穏やかな性格をしていて、滅多に怒ることはない。怒ったことがあるのは、海斗が知る中で七年戦争の時と第五次世界大戦の時のみだ。
「フッハッハッハッハッハッ!!!これは、これは、確かに皇帝陛下の仰ったとおりだ!!」
突如、レミールは大声で笑い出す。2人は戸惑いを隠せない。
「どうやら教育が必要なようだな。皇帝陛下は寛大なお方だ。貴様らのような蛮族でも教育の余地を与えてくださった。まぁ、更生の余地があるかどうかは知らんが」
その言葉に2人の嫌な予感はピークに達した。
「これを見るがいい!!!」
そうして魔導通信具に映し出された質の悪い映像を見て2人は絶句した。
その頃の日本皇国………
「はぁ、はぁ、はぁ……」
レミリアは顔を真っ青になって息切れを起こしながら人目を気にせず全速力で飛んでいた。彼女が向かう方向はただ一つ、元首相官邸現ネクロマンス本部の執務室だ。そこに目的の彼がいる。自身の
「マスター!!」
扉を勢いよく開ける。そのせいで扉が壊れたがそんなの今のレミリアにとっては知った事ではなかった。
ゆかはいきなり扉を開いたレミリアを見て驚いていた。今の彼女は顔は真っ青で息切れを起こしていて、表情は切羽詰まった様子でこちらを見ていた。
「レミリア!?どうしたんだ?」
「急いで私の
ゆかはレミリアの焦った声と切羽詰まった表情に何かあると踏んだ。ゆかは彼女の言葉通りに急いで能力【
(な、嘘だろ!?)
ゆかが見た光景。それは渡航禁止令が出ているはずのフェン王国になぜかいる日本人が虐殺されている光景だった。
『ぎゃあぁぁァァァァァァァァァ!!!!』
『やめ、やめてぇーーー!!!!!!』
『おかあさぁぁぁあん!!いやぁ!!!!やめてぇ!!!』
『や、やめろーーー!!!死にたくない!死にたくない!』
『目がー!!目がー!!目に血が入ったー!!!ぐぁっ!!』
『いやっ、いやっ、い、』
「「……………」」
映像から聞こえてくる200人ほどと思われる日本人の悲鳴。それらは全て、先程のレミールの指示によって行われたことだった。
少し前、映像には捕えられた日本人が映っていた。それを見て絶句した2人だったが海斗は即座に釈放を要求した。なぜ日本人がフェン王国にいるかわからない。それでも日本人である以上、このような行為は無視できなかった。
だが、レミールは釈放を要求されたことに怒りを覚えた。彼女にとって蛮族が皇国に要求することは立場を弁えていないということであり、その蛮族というポジションに日本が入っていた。それにレミールは日本を皇国より下と見ており教育することは確定事項だった。そうしてレミールは処刑の命令を下した。
「おい!お前たち今すぐやめさせろ!!何をやっているのかわかっているのか!!」
「お前たちだと?蛮族風情が皇国に向かってお前たちだと!?」
海斗は怒鳴るように処刑をやめるように言うがレミールは聞く耳を持たない。これを見た彼は彼女は止める気などさらさらないことを察した。海斗も未来も怒りで震えている。だが、必死に堪えて映像を目に焼き付けていた。それでも怒りをこらえようと握りしめた手は爪が食い込んで血が出るほど握っていた。
「………ほう、貴様らは蛮族みたいに喚かないのだな」
「いや、喚きたいさ。だが、今はこの映像を目に焼き付けておく。それに遺族を差し置いて先に喚くなんてことはしない」
海斗は、未来は歯を食いしばる。その表情は窺い知れない。だが、2人は最強能力者の一角であるのに何もできない無力感に苛まれていた。
しばらく経つと、捕えられた日本人の中で生き残っている者は少なくなってきていた。やがて最後の1人になった時、その日本人が口を開いた。
『俺が殺される前にこの様子を見ている日本の外交官に伝えたいことがある』
その言葉は映像を見ている2人の耳に、そしてレミールの耳にしっかりと届いていた。レミールはそれに興味を持ったのか遺言を言わせるように命じた。
『俺は予備役軍人だが、守るべきものを守れなかったことを許して欲しい。約300人いた日本人を約100人しか逃せなかったことを許して欲しい。全て守りきれなかった俺でも、もし許されるなら最期の我儘を聞いて欲しい。我々日本人の仇を取ってくれ。必ずパーパルディアなんて野蛮な国を消してくれ。それが最期の願いだ』
その言葉を最後にその日本人の頭部を銃弾で撃ち抜かれた。日本人約200人が処刑された瞬間であった。
海斗と未来は席を立つ。2人は怒りの表情を隠さずにレミールに視線を向ける。
「私は日本の全権大使ではないがこれだけは言わせてもらおう。
彼らはただ観光に来ていた無実の人だ。それなのにあなた方の行為でほとんど戻らぬ人となってしまった。この事実を本国に持ち帰れば間違いなく約5億7500万人の日本人全てが猛烈に怒ることになるだろう。
今回の行為は、5度の世界大戦を経験し、2度の核戦争を生き残り、世界を制圧した国相手に一歩も引かず戦い続けて勝利した*2、戦闘民族の血を解き放つことになるだろう。覚悟しておけ」
海斗はそう言い放ち、未来にチラッと視線を向けた。未来は頷くと自身の能力を発動させた。瞬間、その場から2人が消えた。この光景にレミールは驚愕して数分の間固まることになる。
「くそっ!やられた!」
未来が能力で転移した場所の空母『龍驤』で海斗がそう口を溢す。
海斗は日本を下に見て無茶苦茶な要求してくることは読んでいた。だが、見せしめとして観光客を処刑することは読めていなかった。いくら地球にいた時と常識が違くても、上のような行為はやらないだろうと判断していた。否、そういう考えは出てきていなかった。このことから彼らはこの世界は異世界なのだと改めて認識していた。
「………撮れてるよね?」
「えぇ、撮れてます。これは証拠映像として使えますね」
海斗は会談前に小型カメラを起動させていた。本来なら記録映像とするために撮っているのだが、今回はこの悲劇の信憑性を上げるために使われるだろう。それでも海斗は喜んでメディアに公開するつもりだった。少なくとも彼らは報復を望んでいた。そのために世論を動かすつもりなのだ。
「恐らくですが、第零主力艦隊を動かすことになりそうです。今回の悲劇は国民の怒りを全面的に買うことになりますから、最新鋭の装備が優先配備されている第零主力艦隊を動かすことを望むでしょうね」
「確かにね〜。でも、ゆかのことだからもしかしたら第一主力艦隊も動かすんじゃない?それかゆか本人が出るか。どちらにしろ徹底的にやるだろうね」
2人はこう言っているが、実は彼らも戦線に出たがっていた。恐らく日本人の中で一番出たがっているのではなかろうか。仮に彼らが出れば、彼らの目の前で殺されているために戦いは一種の弔い合戦の様相になるだろう。
2人は最後に殺された人の遺言に従う腹づもりだった。パーパルディア皇国を解体する、彼の国の名を歴史に載っているだけにする。そうするのは確定事項だった。
2人が所属しているネクロマンスは元々軍事クーデター組織だ。結成された当時はまだ政府の方針による弱肉強食の風潮が燻っていた。街の至る所で強い能力者が台頭し、弱い能力者や無能力者が淘汰される。それは入学に関してもそうだった。強い能力者が優遇されていたのだ。それも贔屓と見てもおかしくないほどに。当時の日本はそういう実力主義社会、能力者重視社会だった。民主主義と謳われながら弱い能力者や無能力者に人権など有りはせず、ただただ淘汰されるだけだった。それを変えたのがネクロマンスによるクーデターで、ネクロマンスvs政府の構図の内戦を七年戦争と言う。そして、その内戦に勝利して政権を握り改革をしまくって今の形にもっていったのがネクロマンス首脳部のメンバーだ。
上に書いてある通り、元々ネクロマンスは軍事クーデター組織であり、上に対する不満を武力で爆発させた組織とも言えた。鬱憤が溜まっていた民衆はネクロマンス側に付き圧倒的な数で強い能力者や最新鋭兵器が集まる政府相手に渡り合い、最終的には質でも上回った。このことからネクロマンスは復讐、もとい報復には過剰になるとわかる。勿論例外はいるが、さすがに世論には逆らえない。この時はだいたい世論をネクロマンス首脳部が抑えるのだが、今回はそんな事はしない。少なくとも2人は逆に促すつもりだった。
「報復と言ってもまずはフェン王国です。彼の国にいるパーパルディア皇国軍を早急に始末しなければ残っている日本人が危険に晒されます」
「なら、フェンには私が行くよ。日本人は能力で無理矢理本国に送ればいいし、敵も能力で殲滅すればいい。何より、フェンにいるパーパルディア軍を殲滅するだけでも復讐になる。それに私よりも責任を感じているんでしょう?海斗」
「そうですね………私は外交官なのに国民を処刑されてしまいました。いくら常識が通用しないといってもここまでとは思いませんでした………」
「だからあの遺言に従うことこそが弔いになると?」
「はい。彼は恐らく私たちに託したのでしょう。日本人を守るために。そして二度と彼の国にこのような蛮行を起こさせないようにするために」
海斗のその言葉は曇り空の中、冷たい風に乗って消えていった。
「やられた……」
日本皇国内でも苦痛の顔を浮かべている人物がいた。彼の名は大和ゆか。レミリアが知らせてくれた最悪の未来を見て、今に至っている。
「ねぇ、なぜ日本人がフェンにいたの?確か渡航禁止令が出てたはずよね?」
「ああ、出てた。だが、恐らくロデニウス連邦などの第三国を経由して向かったんだろう。渡航禁止令はあくまで
「そんな………」
「今更対応しても遅いだろうな。既に決定されて運命であり、すぐに訪れる運命だ。今からは間に合わない。今できることといえば、報復の準備をすることだ」
「………そうね。日本は私の第二の故郷だもの。そんな国の人間が虐殺された。なら黙って見てるわけにはいかないわ」
レミリアは報復攻撃に参加することを決め、準備をしに紅魔館に戻っていった。
ゆかは誰もいなくなった執務室である出来事を思い出していた。それは日本人を虐殺されていく様子を見て思い出した記憶。それは前世界で起きた過去の記憶。そして……………ゆかの過去の記憶。
その記憶はゆかが「大和ゆか」となる前の出来事であった。
対パーパルディア皇国戦にて参加するネクロマンス首脳部は?(大和ゆかは参加確定)
-
黒岩煉
-
小野未来
-
船橋海斗
-
冬花雪