中央暦1639年7月5日 パーパルディア皇国 ムー大使館
パーパルディア皇国の皇都エストシラントには様々な国の大使館が存在する。その中でも雰囲気が違う大使館があった。
ムー大使館。列強第二位の大使館である。そこに第一外務局の職員であるニソールが訪ねていた。理由はムー国の真意を問うためである。
パーパルディア皇国は現在、フェン王国と日本皇国、二つの国と戦争をしている。周りから見れば列強と文明圏外国が戦争をしているように見えるだろう。そしてその勝敗は列強であるパーパルディア皇国が勝つと予想するのは当然であった。しかし、ムーはあろうことか負けると予想されているという方に観戦武官を派遣したのだ。
ムーは永世中立国であるが、情報を収集する癖がある国でもある。今回の戦争もその癖が発動したのか観戦武官を派遣していた。彼の国は勝つと予想する方に観戦武官を派遣する。それは他の国も一緒で観戦武官を派遣する時は勝つ方に派遣する。だが、パーパルディア皇国によって負け、滅びると予想されている2カ国連合、主に日本皇国だが、派遣したのは大問題であった。先程に書いてある通り、観戦武官とは勝つと予想される方に派遣するのが通例であり、ムーもそれは一緒である。なのに日本皇国に派遣したとなれば、ムーがこの戦争は日本側が勝つと予想していると同義になる。
彼は気になっていた。ムーだけが勝つと予想しているのなら、ムーのみが知り得ている情報があり、それがパーパルディアと2カ国連合の勝敗に関係していると彼は推測していた。しかし、パーパルディア皇国は列強であり、2カ国連合は文明圏外の国である。その2カ国がパーパルディアより強いというのは信じられなかった。故に、ムーがなぜ日本に観戦武官を派遣したのか気になっていた。
「それで、急な会談とは一体どうされました?」
ニソールの目の前にはムー大使であるムーゲがいた。彼は急な会談に訝しんだいる様子だった。
「現在、我が国はフェン王国と日本皇国の2カ国と戦争をしています。それはご存知ですね?」
「はい、存じております。皇国は日本国民の観光客約200名を国家の意思で殺したと聞き及んでいます。今回の戦争は我が国、ムーも非常に関心を持っています」
「その件で、今回貴国が日本側に観戦武官を派遣したと伺い、その真意を確認しに参りました」
ムーゲは「あぁ」と納得した表情で頷いた。観戦武官の派遣は各国の自由だが、ムーは列強第二位である。そんな国が列強ではない国に観戦武官を派遣したとなれば、パーパルディア側が負けると予想していることとなる。パーパルディア皇国が真意を聞きに来るのも納得であった。
「我が国が日本に観戦武官を派遣したことは間違いありません」
「………理由をお伺いしたい。貴国は今まで勝つ側にしか派遣して来なかった。つまり、我が国が今戦いで負けると分析しているということでしょうか?」
「本国から守秘命が出ているため話すことはできません。しかし、我々ムーはパーパルディア皇国と敵対するつもりはないということはご理解いただきたい」
「分かりました」
ムーゲはここで話を切る。相手方は納得していないようだが、本国から守秘命が出ているため話すことはできない。
ムーゲは考える。何故、パーパルディア皇国がいつものような暴挙に出たのかと。日本はムーより進んだ技術を持つ科学文明国である。向こうは最近は魔法やらを取り入れていると言うが、元は科学であることに変わりはない。調べれば簡単にそのことはわかる筈である。
ちなみに観戦武官として派遣されたマイラスたちが日本と技術輸出についての交渉を行なっていることは彼にまだ伝わっていない。
この話からわかる通り
ここまで彼は思考してある一つの可能性に行き着く。だが、それは列強として、戦争をするにあたり国としてありえないことだった。
(まさか、パーパルディア皇国は日本の情報を知らないのか?いや、それはあり得ないだろう。パーパルディアはいくらなんでも列強だ。調べることぐらいはしているはずだ)
パーパルディア皇国の現状をムーゲは知っていた。都合が悪いことはすぐに隠蔽する。それにより上に日本のことが伝えられていなかったのだとしたら、彼の国がこのような暴挙に出た理由がはっきりする。調べても隠蔽されるのだから、結局調べていないのと同じである。
「後、これは大使としてではなく私の個人的な発言として申し上げたいことがあるのですがよろしいですか?」
「はい」
「パーパルディア皇国は日本という国を分析して勝てるという結論に至ったからこそ、このような日本人観光客を殺すという日本の逆鱗を叩き割る行為に出たと我が国は考えています。しかし、我が国が分析した結果、ムーはとても同じことはできません。ムーは日本に対抗できる国力は持ち合わせておりません」
「なっ!?」
ムーゲは告げる。ムーは日本に対抗できる国力は持ち合わせていないと。その言葉はムーより日本の方が強いと言っているのと同じである。ムーにもパーパルディアと同じで列強というプライドがある筈であるが、それを抑えて上のことを言う。それだけでムーゲが言ったことの信憑性が上がる。
ムーゲはパーパルディア皇国に敬意を持っていた。ムーは日本に対抗できないとしているのにパーパルディアは本気で対抗しようとしているからだ。
「何度も申し上げるようにこれはムーの正式意思ではなく、私の個人的な感想なのですが、私は貴国の勇気に敬意を払いたいと思います」
ムーゲのこの言葉にニソールは冷や汗が止まらなくなる。それは無意識に手が震えるほどだった。
「い、急いでこの事を伝えなければ!!」
この後、彼は「緊急調査報告書」の作成に取り掛かった。
中央暦1639年7月6日 日本皇国
フェン王国を救援し終わった翌日、首相官邸を改造したネクロマンス本部に旧アルタラス王国王女であるルミエスが訪れていた。彼女はパーパルディア皇国に祖国を滅ぼされてから、日本に亡命していた。現在は、ロデニウス連邦からの留学生という名目で滞在している。
そんな彼女だが、突然、日本政府から呼び出された。日本政府はネクロマンス本部でもある。つまり、彼女はネクロマンス首脳部に呼び出されたのだ。
ルミエスは護衛のリルセイドとともに緊張しながらネクロマンス首脳部のもとに向かっていく。
1時間ほどすると、彼女らは目的地についた。2人はネクロマンス本部の中に入っていく。やがて応接室に辿り着くと、そこにはネクロマンス首脳部が勢揃いしていた。5人がルミエスを見つめる。ルミエスは張り詰めた空気感の中、用意された椅子に座る。
「ルミエスさん、実はあなたにお願いしたいことがあります。留学生のルミエスしてではなく、王女のルミエスとしてのあなたに」
「え?」
ルミエスは戸惑った。戸惑ったが、すぐに持ち直し、詳しい話を聞こうと耳を傾ける。
「まず、我が国がパーパルディア皇国に観光客を虐殺されたことはご存知でしょうか?」
「はい。聞き及んでいます。日本の民の方々のご冥福をお祈りいたします」
ルミエスは左手を右胸にあて、目を瞑る。アルタラス王国流の弔い方なのだろうか。様になっていた。
「その件で我が国が報復としてフェン王国に救援部隊を出したことは?」
「はい。今朝のニュースで知りました。日本の損害はゼロとのことでしたが……」
ルミエスは言葉を詰まらせる。戦果が圧倒的過ぎて本当がどうか疑わしいのだろう。それを察したネクロマンス首脳部は当事者の1人である未来に説明を目で促した。
「本当のことですよ〜。その時私は指揮官として前線にいましたからはっきり言えますよ〜」
のほほんとした口調で話す未来。それに頷いたゆかはルミエスに問いかける。
「そこであなたに我々日本皇国から提案があるのですが、あなたを王としてアルタラス王国の正統政府を名乗っていただきたいのです。もちろん様々な支援を確約致しますし、国家承認も周辺諸国に働きかけます」
「!?そ、それは願ってもないことですが、本当によろしいのですか?これまでの戦いで日本が強いということは分かったのですが、今度は監察軍ではなく正規軍が出てきます。それにあなた方のその行為が列強の座を揺るがしかねない存在だとして殲滅戦を仕掛けてきます。私としては、既に滅んでしまった国に構わずに自国を優先して欲しい、そう思います」
ルミエスはそう言うが、実をいうと日本はアルタラス王国を復活させるのは確定事項だった。現地にいる諜報員からの情報によると、未だに抵抗している人たちがいるということだ。日本はそれを利用してアルタラス王国を解放して再独立させることで、アルタラス王国をパーパルディア解放のモデルケースとする。ルミエスに対する提案は、あくまで彼女の承認があれば解放を口実とすることでアルタラス王国からパーパルディア兵を追い出すことができるから提案しただけである。それがなければ、パーパルディア本国への足掛かりとして現パーパルディア属領のアルタラス王国に侵攻する予定だ。
「あなたは優しいですね。大丈夫です。フェン王国の戦いからわかる通り、パーパルディアは我が国に敵いません。なので、我が国は本格的にパーパルディアに侵攻するつもりです。その一環として、アルタラス王国を解放するのです。それが成功すれば、アルタラス王国はパーパルディアからの植民地解放のモデルケースとなり、皇国解体の第一歩となるでしょう」
その言葉にルミエスは驚きを隠せなかった。横にいるリルセイドもそうだ。文明圏外国による列強の解体は彼女らは想像すらしたことがなかった。それもそうである。列強と文明圏外国は圧倒的な技術格差があるため、列強には敵わないのだ。転移国家である日本が例外なだけである。しかし、例外故に、文明圏外国の希望となるのも日本であった。
「分かりました。どうかアルタラス王国をお救い下さい!!」
ネクロマンス首脳部はルミエスの願いに了承した。
「……以上がフェン王国の戦いの詳細です。フェン王国に派遣していた皇軍はニシノミヤコ守備隊を除き全て全滅しました。残ったニシノミヤコ守備隊も日本に降伏し、我が国はフェン王国侵攻に失敗しました」
第一外務局に入ってきた若手幹部が先ほど届いたばかりの情報を言う。その情報はフェン王国において、パーパルディア皇国軍が全滅したという情報だった。
その場にいる全員が動揺する。一部の者は誤報ではないかと疑うほどだ。
パーパルディア本国に伝えられた戦闘詳報の最初はニシノミヤコ陥落の知らせだった。その後、フェン王国首都アマノキに進軍するため、進軍する途中で休息をとってから再度侵攻する。そのような知らせが後に届いた。
ここまでが日本が参戦していない時期の戦闘詳報である。
日本が参戦すると、勝利ばかりであった戦闘詳報が瞬く間に敗北の2文字で埋め尽くされた。まず戦列艦324隻が全滅したとの報告があがると、次にアマノキ侵攻を任されていた陸戦隊と連絡がつかなくなった。それらの情報を精査していると、ニシノミヤコ守備隊の降伏が報告された。その全ての報告が事実だとすると、フェン王国侵攻計画は失敗したことになる。そして、それが正しいということが証明された。
「な、何かの間違いではないのか…?」
アルデも動揺している者の1人だった。彼はパーパルディア皇国軍の最高指揮官である。彼にとって、フェン王国侵攻は万全の準備をした筈であった。竜母艦隊を含む自国の主力の約三分の一の海上戦力を投入し、陸の方でも地竜や精鋭のワイバーンロード部隊も大量に投入していた。それがたった1日、いや、1日もかかっていないかもしれない。ほんの少しの時間で連絡がつかなくなった。通信機器の故障かと思って様々な方法で連絡を試みるように命令したが、そのどれもが繋がらない。ここまで来ると、あの報告は真実だと認めざるを得なくなった。
(それにしても何故文明圏外の国がここまで?)
そうしてアルデはある一つの情報に目がいく。それはムーが日本に観戦武官を派遣したことだ。文明圏外国には元々パーパルディア皇国との技術格差が存在する。それはこの戦争はパーパルディア側が勝つと誰もが予想しているほどだ。それなのにムーは日本側に観戦武官を派遣した。理由として考えられるのはムーが今までしてこなかった技術輸出をしたというものだった。仮にそうだった場合、いきなり文明圏外国が強くなっているのも、パーパルディア相手に対抗しようとするのも、その技術輸出がもたらしてくれているものだった。だが、実際はそれらの考察は全て外れていた。
そんな時、誰かの何かが切れる音がした。ブチブチとわかりやすい音が聞こえた。ブチ切れているとわかるこの音は、狂犬という二つ名で呼ばれているレミールから聞こえてきた。彼女は額に青筋を浮かべて、手に持っていたグラスを床に叩き落とした。
「アルデェ!!!貴様ァ!!驕ったなぁ!!!」
レミールは鬼の形相で怒鳴り散らす。
「我が皇国は局地戦でも負けるわけにはいかんのだ!!それなのにこの結果はどう説明する!!」
「も、申し訳ございません!!すぐに軍を再編成し、万全を期した状態で再度フェン王国に侵攻いたします。もう皇国が負けることはございません!!では、すぐに準備に取り掛かります」
「失礼します!!」グエッ
アルデはこの場から逃げるように扉へと近づいた瞬間、突然扉が勢いよく開いた。扉の近くに寄っていたアルデは顔面に扉が激突し鼻血を出す。
入ってきたのは顔面蒼白にしているアルデの部下であった。彼の手には一つの魔信があった。その魔信はマーズ王国経由の魔信を傍受したもので、その内容が彼が顔面蒼白になるほどの内容であったと推測できた。
『みなさん、私はアルタラス王国王女ルミエスです』
冒頭にその言葉から始まった。
『我が国は先日、パーパルディア皇国からある要求がありました。それは領内にあった魔石鉱山と私を奴隷として引き渡すことでした。当然ですが、我が国はこれを拒否しました。すると、彼の国は我が国を侵攻してきたのです。もちろん抵抗しましたが、我が国アルタラス王国は占領されました。その際、私の家族含む王族全てを処刑したのです。間一髪逃れた私は日本に身を寄せ、そこでアルタラス王国臨時政府を樹立致しました。
この時を持って、アルタラス王国臨時政府は私ルミエスを長としてアルタラス王国正統政府を宣言致します!!!また、それと同時に日本と安全保障条約を締結したことを宣言致します!!!
アルタラス王国の民のみなさん!!パーパルディア皇国に苦しめられている民のみなさん!!私の声が聞こえているなら耳を傾けてください!!
パーパルディア皇国は決して無敵ではありません!!彼の国は確かに強い!!しかし!!決して無敵ではないのです!!実際に日本・フェン連合軍に大敗しています!!
みなさん!!希望を持ってください!!時期がくればみなさんの力が必要になる時が来るでしょう!!その時まで準備をしていただきたい!!』
その魔信はパーパルディアの恐怖支配の崩壊の予兆に等しいものだった。本来、恐怖支配というものは、宗主国が強くないとできない。属国は宗主国が強いと抵抗できないし、反乱も起こさない。何故なら、反乱してもすぐに鎮圧されるのは目に見えているからだ。
だが、その宗主国が大敗したらどうだろう。それだけで大量の戦力を失うし、宗主国は最強ではないことの証明にもなる。また、宗主国が大敗した相手を支援するような動きもあるだろう。これからわかる通り、恐怖支配は脆いのだ。それをレミールはしっかりと理解していた。
「お、おのれぇ!!!蛮族めぇ!!我が皇国をコケにしやがってぇ!!
殲滅だ!!今すぐ陛下に殲滅戦の許可を貰いに行ってくる!!!」
レミールはルディアスのもとに走っていった。
急いでルディアスのもとに向かったレミールは、現在そのルディアスの目の前にいた。手には日本宛ての殲滅戦の布告が書かれており、陛下であるルディアスの許可が降りて彼の直筆のサインがそれに書かれるとそれが正式に許可されたことになる。
「報告書は既に読まれたかと思いますが、フェン王国の攻略は失敗しました。また、日本国内よりアルタラス王国王女ルミエスが臨時政府の樹立を宣言しました。これはパーパルディア皇国の建国史上初のことであり、他の属領が一斉に反乱を起こす可能性も出てきました。
よって、日本皇国に対する正式な殲滅戦の許可をいただきに参りました」
レミールはルディアスに言う。彼女らは文明圏外の国は自国に敵わないと未だに信じており、それを疑う者は誰もいなかった。皇帝であるルディアスもその1人で、文明圏外国を蛮族と思っている節があった。
「そうか、アルデは驕ったか……。奴の処遇は後で考えるとして、それにしても我が皇国がたかが文明圏外国にここまで舐められるとは…。確か君の言う通りだったな、レミール。いいだろう。パーパルディア皇国皇帝ルディアスの名において殲滅戦を許可する!!」
こうしてパーパルディア皇国は日本に対し殲滅戦を決定した。それが地獄すら生温い、悪夢の幕開けとは知らずに………。
中央暦1639年7月6日 パーパルディア皇国 ムー大使館
「こ、これは本当によろしいのですか?」
ムーゲは突然やってきたレミールから渡された一つの文書を見て驚いていた。その内容を要約すると以下の通り。
『パーパルディア皇国は皇帝ルディアスの名において日本の全国民を抹殺することをここに宣言する。』
事実上の民族浄化の宣言である。パーパルディア皇国は一度だけ過去にそのような宣言を行ったことがあり、ムーゲにとっては驚きはしてもそれほどでもないのだが、今回は違かった。彼は日本とパーパルディアの両方の国力を知っているからだ。それ故に聞き返してしまった。
「何故でしょう?我が国は蛮族に負ける筈がありませんよ」
「………分かりました。恐らく長くても二週間ほどで届くでしょう。しかし、本当によろしいのですか?」
「何度も言っているであろう。我が国が蛮族に負ける筈がないと」
ムーゲが再び聞き返すが返答は同じだった。レミールの言葉にムーゲは戸惑いながらも了承すると、レミールはムー大使館から去っていった。
レミールが去っていったムー大使館にてムーゲは未だに戸惑っていた。理由は言わずもがな日本に対する殲滅戦の布告である。彼は日本がムーより強大な国なのは知っていた。それをムーより近いパーパルディア皇国が知らない筈がないのだ。それなのにこのような決定をした。普通なら有り得ないことだ。
「………まさか!?」
ムーゲが気づいたのはある一つの可能性だった。それはつい先日「あり得ない」としてパーパルディア皇国が日本を怒らせる行為をする理由から遠ざけたものだった。しかし、その「あり得ない」が「あり得る」のだとしたら、彼の国の今までの行動は全て繋がってしまう。
それは戦いで最も必須だと言っても過言ではないと言われるもの。それが欠けた状態でパーパルディア皇国は日本と事を構えた。
ムーゲは本気で大使館引き上げ要請を本国にしたくなった。