日記:初日
著者:藩良
身分:仙舟羅浮の学士、長楽天第二の古国電子遊戯の指し手(自称)
古今東西、多くの人は日記なるものを好んで記してきた。その由は人それぞれであるが、私の場合、これまた古今東西の多くの若者の頭を悩ませてきた諸問題を解決する糸口を探す為、という浅ましくも逼迫した訳がある。すなわち、
意外にも思われるかもしれないが、というか私自身がこの問題に直面するまで全く想像だにしていなかったのだが、羅浮内における就職活動では、ほとんどの場合で世襲的、または徒弟制度的な組織構造による出世栄達を意識しなければならない。すなわち、舟の中ではおのずと道が限られている。これは仙舟同盟という一つの宇宙文明の根幹に由来するものであり、記したからにはこれを語らねばならない。船乗りが自らの船の竜骨の素材と由来を話さないのは、仙舟人としての尊厳も損なうというもの。
というわけで、語るに及ばぬ歴史にして伝説だが、ここで敢えて仙舟の辿ってきた歴史概略を記すことにより、思考の整理をし、私の認識を整理し、更には私が日記を記すことになったきっかけを語ってみようと思う。
始原、遭遇、一瞥
出航。すなわち今より八千年前…あるいは八千年と数百年前。正確な年数は分からないが、ともかく宇宙空間を航行可能な大艘九艘は、古国の皇帝による大命を受け、長生不滅を求めて宇宙へと飛び立った。これが
万里を超えて兆里、あるいは京里回遊の旅は、すぐに目標を達成することはできなかった。当然のことである。宇宙は広く、星雲は暗礁を隠す。まして彼らは宇宙に出てすぐに、この世界には人智が決して及ばない存在があることに気がついた。様々な《運命》。その道を歩む行人。そして《
仙舟では、旅立ちの日を『星暦』元年と数える。故に以降の記載は、この暦を時間軸として語っていく。ちなみに今年は、星暦8099年である。
星暦元年から星暦1000年頃に至るまで、仙舟は放浪の時代であった。しかし惜しきかな。これらの年月に関する細かな資料は数少なく、残った資料は歴史的に重要かつ機密の関わるものばかり。私のごとき一介の学士の身分では手の届かない場所にそれらがある。故に、ここで語ることも限られる。
この千年間において、私見だが、総括すると三つの事実が分かってくる。
一つ、各仙舟の基本的な役割、文化、風習は、この時代に築かれたものが支柱となっている。長生を得たことを転機として仙舟内では革新的な技術革命の大華が咲いたが、その土壌となった人々の生活態様は、出港以来の大昔から継承してきたものだ。増えすぎて墓地に収容できなくなった亡骸は、致し方なく敬虔かつ厳粛な儀式を経たのち、一定周期で宇宙空間に遺棄した。これは後の狐族の葬儀の風習へと継承される。仙舟曜青は、放浪中は大艘団の最前線を張る役割が多かったことから、必然的に舟内には軍事的慣習を大事とする風土が醸造されていった。故に曜青は、その強靭な兵軍から、後の豊穣の民との戦争で前線を張る役割を任ぜられた。これら事実と歴史には、必ず繋がりがある。
二つ、仙舟は宇宙人との接触を繰り返した。より具体的に記すなら、特定の運命の影響を強く受けた宇宙派閥から、多くの情報を獲得することを怠らなかった。そうでなければ、後に語る重大な出来事があまりに突飛すぎる。我らの祖先は、事前の情報収集なくして、どうやって星神の所業を目撃できるだろうか。出航以前より、古国には豊穣の民からの接触があったことは著名な詩吟である『帝弓足跡歌』より明らかだが、己の天運のみで奇跡を垣間見続けるほど、この宇宙は安易でもなく、優しくもないのだ。数少ない航海記録から分かることといえば、当時の仙舟は、存護、豊穣、そして愉悦の派閥とも、接触を行っていたらしい。
三つ、仙舟は己の運命の在り方を模索していた。長生を求める派閥自体、この宇宙には限りがない。問題は、いかなる手段、いかなる思想でその道を探索し、道を極めるか。
この千年間の放浪こそ、仙舟の始原。宇宙に名を馳せる文明の仲間入りを果たす、最初の苦難であった。
星暦1000年前後、そして星暦1200年頃。仙舟は宇宙年代的に短いスパンで、紛うことなき運命の壁に直面することになる。
前者の星暦において、仙舟は星神の力の行使を目撃する。世界と果てしない虚空を隔てる壁、エキドナ
後者の星暦において、仙舟は存亡の危機を迎える。我らの運命の仇敵である豊穣の民と遭遇した。そして今度は、交戦したのだ。我らの先祖は、古国の時代から彼らの噂は耳にしていたであろう。宇宙生物との戦い自体も、星暦500年の
豊穣の民との初の死闘を乗り越えて、仙舟は辛くも生き続けた。それでもこの戦争から得られた無数の教訓は、彼らの認識を改めざるを得なかっただろう。事実、彼らの心に数千年も続く強烈なトラウマを残したのだ。すなわち、豊穣の民に対する激しい
この二つの出来事こそ、仙舟の遭遇。後に続く重大なる布石。人の歩むべき運命、避けては通れぬ戦いの運命を、人々は少しずつ知っていった。それがこの宇宙に生きる人間、この宇宙に派閥を作る人々の宿命であるからだ。
その後、仙舟は千年以上にも渡る更なる旅路を続けた。出航から数えると、およそ2600年にも及ぶ。一体どれだけの世代が生まれ、死に、後世に使命を託したのだろうか。どれだけ多くの人々がこの2600年もの歳月の合間に、運命の軌跡を宇宙に刻んだのだろうか。それを知る術がないというのは、無常で、悲哀で、されど我々の尊厳に対する熱意を駆り立てるものがあった。彼らが文なき事績を刻み続けたからこそ、今の我々があるのだ。
事実、仙舟も多くの出来事を経て、より同盟の強靭さを高めている。星歴1700年頃には、仙舟曜青から当代最強の義賊である《帝弓》が誕生し、その後に起こる奪舎の禍、すなわちエネルギー生命体である歳陽との全面戦争において帝弓は大いに活躍した。彼がどのような人物であるかは仙舟人の常識であり、彼にまつわるどんな逸話と伝説があるかは耳にタコができるほど聞かされたため、ここでは語らない。されど一つだけその高名の由来を挙げるとするなら、歳陽の本拠地である恒星に仙舟曜青のサブエンジンを素材とした武器を突っ込ませて、恒星を崩壊させ、巨大なブラックホールにしてやったというのが、彼最大の戦果であろう。
また星歴2202年には、決定的な交流が生まれる。クリフォト神の忠実なる信徒にして、この時点において既に宇宙有数の貿易グループとして成長していた、スターピース・カンパニーと貿易協定を締結したのだ。すなわち、宇宙を代表する巨大組織との同盟である。未だ運命の定まっていない仙舟にとって、大いなる契機の一つに違いなかった。ともすれば、そのまま仙舟が《存護》に道を乗り換える世界線もあったのだ。長生不滅をひたすらに追及するのではなく、限りある人間の生を謳歌し、一琥珀期にも満たない己の代の繁栄を次世代に継承していく、短命種の文明。それもまた仙舟に在り得た、異なる世界での姿だったのかもしれない。しかし2000年以上も同じ道を進み続けた彼らは、引っ込みのつかないところまで道を切り拓いていた。これは運命の岐路であった。
そして、彼らは遂に相見える。
星歴2610年。運命の年。一瞥の時。
この4年前、航路上の難所であるコナント=ファレル星系に仙舟は突入しており、それからおよそ1年にも渡る難路航行により、仙舟は大いに疲弊していた。特に仙舟虚陵では、洞天の維持システムに異常をきたして舟内に異常災害が多発して、数千万人もの死者を出す大惨事となってしまう。
それでも彼らは、八艘の大艘の航路を変えず、其の道を進んでいた。あるいは彼らには、一縷の確信があったのだろうか。当時の数年間の状況から推察するに、先の戦争にも迫るような悲劇的な出来事を乗り越えることで輝かしい明日を見たい…そのような罅だらけの希望に縋っていた面も否めない。しかし、常に人の想像と計画を超越するのが運命である。ともすれば、何かが影響していたのか。何か得体の知れない存在が、その時の船内に、彼らの心に巣食っていたのか。それらが誘惑し、唆し、舵を奪い、進むべき道を定めていたのか。今の時代に生きる私から見れば、今すぐ止めろ、それは間違った道だ、と叫びたくなる状況であった。しかし歴史は、彼らが航路を変えなかったことを物語っている。
そして、其の時。
名もなき群星の麓。流星の真下。星雲の陰。
黄金は実り、息吹は傷口を癒し、運命は定まる。
仙舟は、豊穣の一瞥を受け、仙舟羅浮には其の祝福たる大いなる樹木が誕生し、船底から天井まで続く幹が屹立した。その名を、建木という。
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「いつまでやってんだ! 藩良! もうすぐ講義の時間だぞ!」
「…えっ、嘘」
バック・トゥ・リアル。お目覚めなさい、自分。おはようございます、自分。過去へと思いを馳せる時は終わり、遠く彼方の星穹への夢想から意識が引き戻される。
顔を上げた目の前には、勝ち気でやや吊り目がちの狐族の少女がいた。柑橘のような橙色のショートボブ。両の目端を紅の線で彩り、真っ直ぐ立った狐耳の片方には、金色の円環の耳飾りが通されている。ちなみに私があげたものだ。
その少女の言うとおり、壁にかかったカンパニー製の鳩時計を見ると、仮面を被った鳩が口から『九』の文字を吐き出し、痙攣するかのように柳のような足を震わせていた。すなわち、午前9時である。
出来の悪い歳上の兄弟を見るような目つきをしている少女は続ける。
「嘘じゃない! 時計を見ろ、時計!」
「見たよ」
「何時だと思う?」
「鳩がゲロを吐く時間?」
「君が! 何十回も! 遅刻をしている講義の時間だ!!
これ以上、遅刻を重ねてみろ!! 本当に留年するぞ!!」
「知ってる。だって
「なにを威張ってるか、この
声高らかに威風堂々たる態度を示す彼女に対して、私は遍知天君の敬虔な学者のように落ち着きを示す。
「なあ、今日は気持ちが乗らない。サボろうよ」
「ふざけんなよ、仙舟一の電盤中毒者が。今度サボったらどんな仕置きが待ってるか、忘れたとは言わせないぞ」
「君が
「放逐団が勝手に逃した指定危険生物の群れに放り込む、だ!
「なぁんだ。所詮、豚でしょ? へっちゃら、へっちゃら…」
「
「ごめん、やっぱ出るわ」
私は電盤の裏側に手を伸ばし、ポチりと、超大昔の電算盤にありがちな押し込み型のスイッチを押す。電盤の空中投影が消えて、電源スイッチが柔らかく僅かに膨らんだ。
今時、こんな旧琥珀世代の機械を使っているのは私くらいだ。しかもただの旧なんてモノじゃない。この電盤の外装自体、古国時代から放浪期の仙舟内で流行していたという電磁遊戯筐体をモチーフにしており、当時随一の人気を誇った遊戯であるパックンチョ男の絵柄を電盤にシーリングした超本格仕様……という設定だ。実際はすべて私の妄想を基に、プライベートな弱みを握った公造司の職人の尻を蹴り上げて製作させた完全個人用の筐体である。数万種類の電子遊戯をインストール可能な超大容量のドライバ付。洞天にも使用されている空間パッケージ技術を搭載し、星槎2艘分のスケールを収容可能なサブバッグまで付属。機能はこれだけではない。講義に役立つ音声・映像自動記録自立知能や、毎日の体重計測機能、床に置けばランニング用の空間コンベアも敷いて、人に投げれば筐体の周囲に刃渡り20センチの30枚の隠し刃を展開する。他にも色んな機能がたくさん、たくさん、たくさん…。そんな夢のような多機能性で、女子供でも持ち運び可能な軽量サイズの筐体がなんと、お得な、驚きの、たったの5779000信用ポイント。だいたい羅浮の独身用の一軒家と同等の値段だ。これは買いである。ちなみに私は一銭も払ってない。私に弱みを見せた、あのクソデブ職人が甘い。
閑話休題。
私は小ぶりの手提げ鞄サイズにまで変形したマイフェイバリット筐体を持つ上げつつ、悪行を嗜めるように見やる悪友を宥めるように、澄み渡った青空のように笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ。これで今期の遅刻は50回目だ。去年から数えたら200回は越えてる。もう向こうも慣れたもんだよ」
「ああ。君の成績に赤点をつけるのも慣れてるだろうな」
「まあまあ。そう悲観的になるなって。狐生300年。私の場合は1000年。遅刻の1000回や5000回重ねたところで、待っているのは留年くらいだ。死にはしない。気楽になろうよ」
「
「平気、平気。だって遅刻で死ぬわけない。雲騎軍から出向してきた兵術の先生から死ぬほど辛い鍛錬に付き合わされるだけでしょ? しかも無料で。こっちはただ死ぬほど疲れるだけで、勝手に技と経験と胆力が磨かれる。私の人生の本番はまだまだ先。今はただのボーナスステージ。生きてりゃ何もかもボロ儲けよ」
「……ほんと。尊敬するよ。そのポジティブぶりには」
諦めたような悪友の苦笑を横目に、私はひょいと筐体を肩に背負い、蒼天に伸びる雲のような青みがかった白髪を揺らし、いつも通りに気楽に頬を緩めるのであった。
残念だが、今日の日記はここまでだ。この後、私はこの世で最も怖い雲騎軍の将校殿に死ぬほどしごかれて、立っていられなくなるほど疲弊してしまう定めにあるからだ。自業自得? いいや、これは自分で選んだトレードだ。自分のやりたい事をひたすら追求して生きていく代わりに、平和な環境のもと、肉体と精神を限界までしごかれる。もはや
さて。これから先、どんな鍛錬が待っているか未知数だが、ひとまず結論だけ書いて今日の日記を終わろうと思う。
私は今年、日記を書き始めた。なぜか? 就職活動の自己分析、自己評価論文を仕上げるための練習台として、日記を綴るという経験をしたかったからだ。故に、内容なんてどうでもいい。ただ自分が生きてきて最も書きやすいテーマを選んだだけである。過去の歴史の記録。人々の歩んできた運命。星神と人々の交わる宇宙の事績。私はそれに、この宇宙で最大かつ最高の魅力が充溢していると、確信しているのだ。
また今さらだが、私が就職先として切望している場所を示そう。それは
浮世は遊興。自由放逸。これもすべては豊穣の忌み物と戦い、敵を討伐し、仙舟に平和をもたらした英雄たちのお陰。彼らの奮戦の歴史のおかげで、私は自由気ままに人生を送ることができる。
サンキュー、雲騎軍。サンキュー、帝弓。サンキュー、三無将軍。あなたの食事中のプロマイド電影は、とっても可愛くて、とっても幸せそうで、私の生活に元気を与えてくれるよ。
私の名前は、
仙舟羅浮では奇特なる、レトロゲームの好事家だ。
藩良:女性。仙舟人。齢120年の若輩。星槎界にある鳴火商会出資の学問施設、起鳳荘の学士。専攻は文献学、つまり書士の卵。人を見て学ぶより、書籍やアーカイブを見て学ぶのを得意とする。「生きてりゃボロ儲け」は、彼女の人生哲学。自分が巡狩の運命を辿るとは思えないと自覚しており、普通の仙舟人と違う人生を模索しているため、周囲から「変な人」扱いされて距離を置かれがち。
視肉:古代中国では天文学、土着信仰で登場する用語。前者は木星の鏡となる仮想天球。後者は祟り神、太歳ともよばれる。詳しくは他サイトの解説を参考。土着信仰上でも土中を動く肉の塊と表現されるらしい。そう思うと、原作内の食事:視肉の糖球炒めは、あながちリアリティのある姿なのかも。『峠のTaisaiが【リフレシュ】を落とす』。