星穹書房   作:TheLazyMan

4 / 4
三劫の続、星間に沈む舟

 

 円嶠、墜落

 

 星暦3198年。仙舟人の義心、道徳、信仰を問い質す褐夫の乱が起こり、既に200年近くが経過しようとしていた。当代の仙舟の指導者らは、言わずもがな不肖にして臣乱れ、天下の治世は一虚一盈(いっきょいちえい)。大乱がしばらくの年月で起きずとも、誰も天下が安定したとは思っていなかった。

 そして、この年の2月。その後の100年にかけても不穏不明なる未来が続くことを暗示するように、仙舟艦隊全域にて、大規模な反乱が一斉に起こった。世にいう、義士の大乱。その最初の嚆矢は仙舟曜青から放たれた。

 

 曜青最大の地下組織として健在で在り続けた哥老会。その首魁の認めたと思われる檄文が、各舟へと一斉通信で送られた。その文は秘匿化も、暗号化もされておらず、公的機関はおろか一般の通信機器にも受信された。文を受け取ったすべての人々がその内容に呆気に取られ、さりとてその文の求めるものを理解した一部の義士は全身に武者震いを起こしたという。その檄文の内容は、現代にも逸失されることなく残されている。

 文章を以下のように綴られていた。

 

耆宿(きしゅく)は『豊穣』の恩恵を受けて以来、長寿を得、官位を独占、権力を濫用し、高禄を食み、機密を握り、富と栄華を誇る。が、新たに生まれた若者を禽獣(きんじゅう)や虫けら以下と蔑む。これは魔陰に堕ちたに他ならず、仙舟はその災いに久しく苦しんでいる。天下の義士よ、傍観は許されぬ。今こそ力を合わせ、清く正しい流れで四海の心を満たさねばならない」

 

 現代では通用しにくい単語があるので解説を挟む。

 耆宿(きしゅく)とは、当時の仙舟の支配者層を指して言われた俗語であり、下層民による上層部への怨嗟が込められた呼び名だ。下層部の者達から見て、社会の上層部を占有する者達は老いさらばえて尚、宿木から離れないモノ。生まれてくる雛を巣から蹴り落として、いつまでも巣の大部分を占有する古鳥であり、さながら仙舟人という種の繁栄を大きく妨げる害鳥、社会の閉塞感を生み出す源ともいうべきだろうか。

 四海とは、言葉のとおり四方の海と書き、その人の前後左右に海原が取り囲むように広がる様は、転じて天下そのもの。四海という言葉は、世界そのものを言うようになった。すなわち、四海の心が意味するところは、宇宙にたゆたう八つの舟に乗る仙舟人の心を一つに束ねる様を、読み手に想像させたいのだろう。

 

 平易な言葉で書かれた文章は、それ故に仙舟に現在進行形で起こっている問題を簡潔明瞭に指し示し、日々の糧に苦慮する人々の怒りと憎しみを著しく惹起させた。百数十年続く騒乱の中で人心は荒廃し、幾度となく起きた叛乱により心の均衡は罅だらけとなっていたがために、乱事を扇動する者にとって十分な準備を重ねていれば造作もなく人心を揺るがすことができる。この騒動もまた、そのような人の心の脆さと弱さを突いた事件であった。

 しかし他の騒動と違うのは、その勢い。結果的にいえば騒動は鎮圧されたのだが、その過程で一度とはいえ、仙舟朱明が褐夫の一軍により占領されるという事態が発生してしまう。時勢ゆえに継ぎ接ぎだらけで意味不明瞭な資料を読み解いて事の経緯を整理することができたのだが、その原因はあまりに簡潔かつ脱力を催すものだった。なんと下から上まで役人たちの職務怠慢が原因だった。

 一つ、門番の怠慢勤務によって主要な門扉は施錠されておらず、ゆえに複雑な機巧も人工知能も要らず、ただの人力のみで警備が突破されてしまい朱明中枢部への賊徒の侵入を許してしまった。

 二つ、一般の職人や管理職らの危機意識の欠如によって賊徒の侵入に気付くのが遅れ、また気づいても事態の重要さを素早く認識できず、最適なタイミングで軍部へ応援を求めたり、施設内に警報を鳴らすことができなかった。

 三つ、朱明首脳陣らと言えば職人の本懐を忘れて過食に走り、自力で避難することができぬほど肥満が深刻化し、巨岩の如き有様であった。ゆえに迫る賊徒に気付いたときには自分の贅肉が邪魔で体を起こすことすらできず、むざむざと朱明の支配権を簒奪されてしまった。

 このような不始末が連続して起きがために、朱明はろくな抵抗もできず、賊徒の叛乱を見過ごしてしまったのだ。かくも間抜けで、しかし迅速を貴ぶ叛乱が起きていたとは。資料を読み返していたとき、その呆気なさに幾度となく失笑してしまったものだ。余談だが、この騒動の最中で朱明の首脳陣らは賊軍の手にかかり落命している。仙舟の指導者が叛乱が直接の原因となって死亡したのは、これが初めてであった。

 

 この嚆矢の刻んだ軌跡の有様を見て、他の仙舟で身を潜めていた怒れる義士らが奮い立たない筈がなかった。下剋上の勢いに相乗りするように、数十億の義士達は剣戟の切っ先を天高く掲げて、八つの舟、すべての仙舟の上層部へと公然と反旗を翻した。舟中の洞天のあちこちで占拠され、貴族が率いる正規兵や私兵らによる混成軍が立ち上がると賊軍と交戦し、幾億もの死臭が各舟に充溢した。最高指導者を失った朱明の叛乱は最も激しく、その激戦ぶりに窮した民間人は一時、偶然にも近くにあった無人星系への避難を余儀なくされたという。

 各地の乱が最終的に鎮圧されるのに数ヶ月が要され、仙舟八艘は公民含めて延べ20億人もの死者を出した。一つの騒乱で発生した死者数としては、過去最多であった。

 この乱の反発として、徹底した叛乱分子への弾圧が始まったのは言うまでもなし。各舟の主だった地下組織の活動地域には軍による治安維持活動が敷かれ、特に最も多くの反抗勢力を抱えていた曜青では、そこが己が母船の一部であるにも拘らず鎮圧用の砲火が撃ち込まれたり、武装星槎による空挺部隊が奇襲して化学兵器が用いられたりと、さながら星系内部の戦時中のゲリラ掃討戦のごとき様相であったという。この活動の結果、曜青では遂に長年地下組織の最大勢力を誇っていた哥老会が壊滅し、過激活動を行っていた義士らも多くが逮捕や討死されるか離散した。皮肉にも曜青はこの流血の事態を乗り越えたことで、舟内の公民の意思統一への筋道を築く、絶好の機会を得ることとなった。この一件を境として、曜青内での叛乱活動は縮小化の一途を辿っていく。そして星暦3250年までには名だたる地下組織の大半が消滅することなり、民間に散っていた義子らも流血により生じた世代交代を経て思想が入れ替わり、多くの烈士も軍部に合流。曜青は、仙舟随一の精兵を練兵するための土台を手にしていくこととなった。まさに血の雨が降って大地が固まるが如し、である。

 一方、他の舟では、乱後の遺恨はそう簡単には解消されず、いつ暴発してもおかしくない爆弾のような危険な情勢が続いていた。曜青特有の義侠文化のように、物事の道理に対してはっきりと白黒つけたり、喧嘩をすれば敵は友となる、というような精神論的背景が存在しなかったのも要因なのかもしれない。或いは、当代の仙舟指導者らが反乱の鎮圧行為を徹底できず、複数の過激かつ高名な活動家を取り逃してしまったことも要因であるかもしれない。

 仙舟のうち最も状況が悪化したのが円嶠であった。星歴3200年に起きた鬩牆(げきしょう)の戦いは、賊徒の叛乱が発生している最中、豊穣の民である造翼種との遭遇戦に突入したという混沌を極めた騒乱であっただけでなく、特筆すべきはその戦いの最中、どの勢力によるものか不明だが舟の航行システムに不可逆的な破壊が与えらえてしまい、円嶠は自力での航行ができなくなってしまった。さらに不運なことに、円嶠が停止した場所のすぐ近辺には赤色極星…すなわち光度・質量ともに超巨大な恒星が存在していた。赤色極星はその質量ゆえに強力な重力を生み出して、周辺のあらゆる物質を引き寄せてしまう。いずれ超新星爆発の後にブラックホールと為るであろう巨星の力には対抗することもできず、円嶠は非常に緩やかな速度であったが、恒星に向かって引き寄せられてしまう。いずれ終末に至る破局の旅路の始まり。この時点でこそ誰も強い関心を抱いていなかったが、後に起こる不運の連続によって、彼らの予想を上回る悲劇を招くことになってしまう。

 ともすれば、公民一体となり心一つにして、すべての悲劇の芽を根絶する方向へと文明の舵取りを修正していれば、或いは今日、宇宙を航行する仙舟の威容も違っていたのだろう。しかし、そうならなかった。

 

 星歴3287年。義士の大乱から90年近くの年月が経ち、いよいよもって人心は荒廃し、公民問わず魔影の気配が濃厚なまでに漂い、各舟では至るところで賊徒の反旗の炎が上がり、魔陰の身に堕ちた人々による譫妄と争いとが生じていた。内乱の末期である。

 この時代において、武威を示すことによって社会の均衡を取り戻していた曜青は奇跡といってもいいだろう。その他の舟では散発的な乱事が舟内の至るところで生じ、そのたびに少なくない犠牲者が生まれ、人心は荒廃して倫理と道徳は失われ、さりとて社会階層内の正常化は遅々としているか、100年経っても腐敗しない肉塊によって凡ゆる名誉と財産を独占されたままであった。彼ら凡人のほとんどは、数百年の騒動を経ても尚、教訓を得る機会を無為にしてしまい、ただひたすらに自らの生の欲求を充足するだけであった。豊穣の恩恵に浸かりきった貴族らは、己の突き出した審判の刃を引っ込める機会を、刃の切先を正しい方向へ向ける機会を逸し続けた。その有り様が、人々に強い失望と絶望を抱かせるとは露とも考えずに。

 

 そして、運命の時が迫ってくる。仙舟、円嶠。仙舟八艘の中で、最も多くの人が乗り、最も多くの悲劇が詰まり、最も貴賎と貧富の開きが大きく、最も憎悪の猛りが昂っていた舟。赤色極星の引力に引かれたまま、数十年もの歳月が経過してもなお、自立航行システムの完全回復に至っていないという極めて重大な事態が続いていた。これは長期に渡る騒乱の影響によって、この危急の問題を解決するに足る船内物資、および熟達した人的資源が欠乏してしまったがゆえに、問題の抜本的解決に遅々として取り組めていなかったことが主要因でった。舟の内部はもはや生き地獄と化し、安全無事なところは稀で、至るところに魔陰の身に堕ちた人々が徘徊し、武芸に心得のある者が帯同しなければ外出することもままならない、アポカリプスの如き状況であった。そして外部へ救援を呼ぼうにも、赤色極星の周りは豊穣の民が出現して他勢力を攻撃するがために、この星域自体が事実上封鎖されたものとして扱われており、外部勢力を頼みとすることはできなかった。他の仙舟も状況のまずさを理解してはいたが、自らの舟の問題に取り掛かるために本格的な応援を回すことができず、そのため円嶠を操舵する人々は、数十年間もの歳月を孤軍奮戦する定めとなっていたのだ。これほど孤独で、人間の忍耐を試すが如き苦難はそうそう無いだろう。

 それでも円僑の中では、すべての希望と努力を虚無に帰すデッドラインが近づくのが分かっていても、二つの勢力に分裂していた。暗澹たる未来を決して認めまいと結集する義士と、積年の屈辱を晴らさんと意気轟々たる民衆である。二つの勢力の争いによって天秤は揺らされ、やがて無慈悲に、解を導いた。

 哀しきかな。時に世界の行く末を定めるは、破滅を回避するための献身ではなく、より多くの人々の波濤のごとき激情なのである。

 

 ここから先、何が起きたのか。事実を詳らかにした記録は宇宙の闇に霧散して、全て失われてしまっている。そのため私ができたこととしては、当時の円嶠と他の舟との間に残された通信ログや、その出来事に対する報告書と、人々の喪失の悲哀を語った多くの文献など…当事者以外が綴ったあらゆる記録を読み漁ることだけであった。故に、それら他者の視点に共通する事実を選んで、円嶠に起きた事の顛末を以下に記していく。

 

 星暦3287年、10月。

 円嶠の貧民窟にて叛乱が生じ、延べ数十万人程度の群衆があちこちで火の手を放つ。軍部は治安維持部隊を派遣してこれの鎮圧を図るも、群衆側には更に数百万から数千万人規模の増援が合流。群衆、武力による鎮圧や説得を意に介さぬ暴徒と化し、一気呵成に周囲へ展開しながら行軍する。その様、まさに死兵の如く。数的不利に陥った軍部は後退。暴徒の手により、政庁府の支部がいくつか陥落する。

 その後、程なくして各政庁府の本支部がある建物でも焼き討ちが発生。賊徒が政庁府内部に潜伏していたと推測される。円嶠の貴族、軍部の指揮系統は混沌と化し、対応もままならず軍の各部隊は孤立化し、各個撃破されていく。

 円嶠の舵取りら、生き残った中枢部の指導者らは、直面する幾つもの事態を勘案した結果、各仙舟へ特級救難信号を発信。すなわち()()()()()と、()()()()()()。円嶠と物理的距離が最も近かかった仙舟方壺、および仙舟羅浮が救援に向かうと返信する。

 

 星暦3287年、11月。

 円嶠、舟内では叛乱勢力の数、膨れる一方で留まることを知らず。暴徒の数は計測不能。さも人流が星河を造るが如し。政庁府本支部、および貴族らの住宅街は完全に陥落。賊徒の意気盛んにして天を衝くが如し。最期まで抵抗していた貴族ほか、軍部の兵士らは群衆に飲み込まれて生存不明。多くの港湾部すらも暴徒によって制圧されていたが、一部の人々は辛うじて脱出用星槎に乗り込み、母船から離れる。

 円嶠、赤色極星の引力のデッドラインを遂に越える。仙舟方壺、円嶠から逃れてきた人々を回収するも、赤色極星の引力圏内にある円嶠本舟を救助することは叶わず。しばらくして、円嶠が発していたビーコンの発信源が赤色極星と重なり、円嶠からの通信は完全途絶。信号ロスト。

 仙舟方壺、ならびに仙舟羅浮、超長距離星系観測により赤色極星表面に大規模な爆発が生じた痕跡を確認。赤色極星の周回上の宇宙デブリ帯の中に宇宙船のパーツだったと思わしき金属片が大量に浮遊しており、その中に他の仙舟でも使用されている共通規格の刻印が入った金属片が多数あることも確認。また円嶠の主力推進装置を構成していた機材の破片が、大量にかつバラバラに離散しているのを現認。これを以て、両舟は他舟に弔歌を送る。円嶠沈没セリ、と。

 

 この一連の悲劇によって生じた円嶠の死者、延べ100億人超。仙舟の歴史上、一度の出来事で生じた死者数は最大であった。

 

 大いなる惨劇の報せは全ての舟に広まった。孤舟の苦難を共にした同胞は、また数を減らしてしまったのだ。

 貴族も、兵士も、役人も、職人も、民衆も、貧民も、義侠も、そして犯罪者も。全ての仙舟人が魂の痛苦を共有し、争いを治めて、宇宙の塵芥の化した人々への鎮魂の祈りを捧げた。

 やがて自然の成り行きのように、仙舟の貴族らと貧民との間に、同士討ちを禁ずる休戦協定が結ばれた。人々は究極の破滅を目にして、やっと我に返ったのだろう。円嶠の人々は図らずも自らの暴走によって救済の道を自ら絶ってしまい、その運命に逆らうことなく母船ごと消滅してしまったという事実が、残された仙舟人に強烈な自制心を働かせたのだ。誰もが思ったのだ。己の同胞を滅亡させてでも我欲を貫くことは、いかなる正当な理由があろうとも容認される訳にはいかない、と。

 

 かくして、二百年以上も仙舟内で続いてきた褐夫の乱は、終止符を打たれることと相成る。

 されど、仙舟は未だ苦難の道の途上にある。

 今度の災難は、自らと姿形の同じ、同胞たる人間の齎すものではなく、異なる種族、異なる存在が引き起こしたものであった。

 

 

 

 他勢力と仙舟の関わり

 

 

 

 次なる劫難を語る前に、この時代における仙舟とその他の主要たる組織、文明との関わりについて簡潔に整理していく。といっても、積極的に他文明に関わる風土ではなかったため、記すべき人々も限られているが、無視してよいとまでは言えない。それが中立性を伴った私の判断だ。

 

 弔伶人

 望むと望まざると関わらず愉悦の影響を受けてしまい、生命の悦楽を否定し、悲しき宇宙の歴史を記録していく人々。仙舟の数多くの動乱の知らせを聞いて、知的生命体の悲しみを記録することを自らの使命と定める者達がそこへ訪れない道理はなかった。

 文献によると、仙舟における彼らの足跡は三劫時代の最初期、仙舟蒼城にて記録されたのが最初であった。豊穣の民との戦いで亡くなった人々を祀る墓地に現れると、その後、逸話どおりの白銀のゴンドラに乗って他の仙舟を巡歴し始めた。彼らが現れた時勢によっては、舟内の騒乱が発生した時期と重なることもあったために、憐憫を誘う最期を迎えた人々のために弔伶人は壮大な悲劇を語った歌を記し、望みを失って跪く人々に聞かせたという。彼らはまさに、この時代の語り部であった。

 現在においても、当時を舞台とした幻戯が上演される際には、漆黒の衣服と悲しげな表情の仮面を着た人が舞台に上り、優しい哀歌を奏でながら、ナレーションの代わりとして場面の転換や状況説明をすることがある。それは過去の先人たちへの鎮魂を表すと同時に、彼ら弔伶人こそ、当時の仙舟に滞在していた異邦人の中で、中立的な傍観者として立ち位置を崩さなかったことの証左でもあった。もしも彼らが他文明への影響を全く考慮せずに行動する者達であったなら、きっと幻戯の中でも、より示唆的で、より誇張した演出で表現されていたであろう。

 

 ナナシビト

 開拓の星神、アキヴィリの加護とともに群星を駆けて銀軌を築く人々。各仙舟が辿っていく航路は、実際には星穹列車によって敷設された銀軌をそのまま辿っている。この時代はまだ星核が出現していなかったため銀軌自体が寸断されることはなく、仙舟は比較的安定した航路を選択することができた。彼らが航行時に気にかけていたのは、敵対的かつ排外的な勢力の勢力やその尖兵の影響範囲、あるいはブラックホールやアステロイドベルトなどの航路上の死地のみであった。

 一方で、ナナシビトは同じ場所に留まらず宇宙を駆け回る人々だ。彼らの善性からくる使命感や情熱を以てすれば仙舟に巣食う深刻な問題に相対する可能性もあったかもしれないが、事実として、この時代に偉大なる岐路を敷設した人々と仙舟とが直接関わることは皆無であった。ある学者の憶測によれば、ナナシビトのこの時期、理不尽かつ不合理な理由で列車を動かすことができない状況にあったという。宇宙の辺境で起こった宇宙風の異常に巻き込まれて被害を受けたとか、とある喜色満面の星神が仕掛けた爆弾が炸裂したせいで列車が半壊してしまい修理を余儀なくされたとか…。真相は群星の陰に隠れて見つけることはできない。

 ともかくとして、ナナシビトが本格的に仙舟と関わりを持つようになるのは、この時代からずっと先。星歴7000年以降に始まった、雲上の五騎士の時代の到来を待たなければならなかった。偉大なる飛行士にして元ナナシビト、白珠の活躍である。

 

 スターピースカンパニー

 星神以外で、宇宙の在り方を変化させる存在は何か。その回答の一つを挙げるとするなら、間違いなくこの巨大組織の名を挙げねばならない。琥珀の王への忠実な信仰は決して揺るぎのない信用を宇宙に築き、其の威光と偉業とを恒久的な事績として残さんとばかりに捧げ奉られる。すべてを、琥珀の王に。彼らの前に立ち塞がるいかなる文明の黒歴史も、宇宙を覆う漆黒の闇も、信用ポイントの光輝によって照らされて腹の内を暴露されるのみ。この時代の仙舟は、現在ほどにカンパニーと強力な連携を構築していない。しかし、未来に繋がる布石は刻まれていた。

 三劫の始まりにおいて、仙舟は深刻化する食糧難への対処としてカンパニーとの間に食糧品の貿易協定を結び、信用ポイント体系に組み込まれた各星系との貿易を行っていく。内乱が激化する星歴3000年以降においては貿易が中断されることもあったが、乱時の合間にいくらかの平穏の期間が形成されると、途切れがちな経済協力だけではなく外交面においても徐々に顔を出していく。騒乱の余波で中断されていた文明間貿易を再開する橋渡しをしたり、豊穣の民の影響範囲を避けるよう仙舟上層部へ航路変更の提案をしたりなど…。文化の面でこそ仙舟独自の風土や文化保護政策のためにそこまで影響は大きくなかったものの、年代を経るにつれ、仙舟人にとって思い浮かべる異星人の代表格として、豊穣の民に次いで、スターピースカンパニーが出てくるなど存在感を高めていくのであった。

 

 さりとて、文明の在り方には善悪があるように、カンパニーの築いた巨壁のような事績の中にも功罪がある。

 当時の仙舟人は、良くも悪くも豊穣の星神に大きく影響を受けていた風土があったがために、それ以外の星神の存在や派閥とは密接な関わりを持たず、宇宙の時事においても寡聞であった。さながら宇宙を流浪する古臭い引きこもりだったのかもしれない。

 それ故に、知る由もなかったであろう。仙舟が己に巣食う豊穣の呪いに対峙していた間、他文明においても、自分たちと同じように危急存亡の時に晒されていたことを。強大な宇宙経済圏を構築しつつあったカンパニーの内部において、多くの星系の統治を揺るがすような壮大な権力争いが繰り広げられていたことを。その争いの過程として、カンパニーの影響を強く受けていた複数の星系で、血で血を洗うような凄惨な戦乱が起こっていたことを。

 それらの争いを総じて、辺境星系貿易戦争と呼んでいる。

 

 

 辺境に架かる血の橋

 

 

 星歴8099年の時点、つまり現在のスターピースカンパニーは、七つの事業部によって構成されている。

 市場開拓部。すなわち、琥珀の王の熱狂的信者。宇宙に数多ある文明を信用ポイント経済に取り込み、人、資材、文化、それらすべてに価値を付与する者たち。カンパニーの誇る冷酷無比な経済活動の実働部隊。

 戦略投資部。すなわち、文明の未来を天秤にかける指揮官。白紙の計画書から遠大無限の可能性を拾い上げて、信用ポイントを生み出す巨樹の種を植える者たち。星神の加護を以って、宇宙の勢力図を更新し続ける、存護の運命の行人。

 業務強化部。すなわち、人脈と物流を繋ぐ巨大組織の要衝。或いは、値札のついた資材の運輸協定を築く者たち。融和と貿易、そして存護の拡大、三方成立を実現させる交渉人。時に巨大組織の華となり、時に尻拭き紙となる。

 資材物流部。すなわち、其の意志の体現者。カンパニーにおいて最も歴史が古く、最も信仰心の強い人々。天外の漆黒を塞ぐ壁を作る其のために、ひたすらに資材を奉納する。それは信仰を試す苦行なのか、或いはただ一つの宇宙への献身なのか。

 技術開発部。すなわち、知識を利益に変換する錬金術師。或いは、博識学会と提携し、宇宙にただ一つの定義のみを敷かんとする絶対主義者。『すべてを琥珀の王に捧げよ』。カンパニーの利益に運命を供するため、彼らは知識を弄し続ける。

 人材奨励部。すなわち、宝石を採掘者にして研磨士。いかなる珠玉も磨かねば輝かず、光を生まなければ珠玉の美徳は人々に伝わらず。人を宝と位置付ける者たちは、銀軌の繋がった星系をめぐり、宇宙を股にかける人材の採掘、そして人材教育に勤しんでいる。

 伝統事業部。すなわち、興隆と衰退の波を熟知する者。信用体系の陰に埋もれがちな原石を拾い上げて、加工を施し、再び商品棚へと陳列させる。波の満ち引きを知っているからこそ、財産は、生存に適した形となる。宇宙経済屈指のリビルダー。

 宇宙で最も歴史の長い組織のひとつは、現在の形に至るまでに幾多もの新陳代謝を繰り返し、戦略と戦術の改革を繰り返してきた。悠久の時を経ても変わっていないのは、存護の星神への信仰と、経済活動を行うことに対する不朽不滅の情熱くらいである。

 

 一方で過去を振り返ってみると、星歴3000年から数百年間の組織構造は現在と大きく異なっている。事業部の数も名前も違っているのだ。

 その時代において、特に注目を浴びていた事業部は()()()()と呼ばれていた。

 すなわち、()()()()()()()()()()()。いずれも後世における組織再編によってその名を失った部署である。

 それぞれの役割を簡潔に言うならば、政治宣伝部は、よりカンパニーの政治的発言と外交活動を担当するための部署であり、混乱しがちな宇宙情勢に対してカンパニーの影響力を広範かつ強力に伝えることを使命としていた。荷役部は、カンパニーの手配する星間物資輸送を一手に引き受けた部署であり、時には現在では越権と見なされるような未開惑星の開拓業務すら行っていた。そして技術部は、既存技術の改革や発展を目指した部署であったが時代が下ると独自の傭兵部隊を所有するようになり、積極的な星系占領政策に乗り出していく。

 これら特定3部に共通していることとして、現在と比べてもそれら部署単体の政治的・軍事的影響力が強大化していた。それもそのはずで、当時の時勢として、歴史上最悪の厄災の一つとも呼ばれている宇宙の蝗害が終焉してからまだ数百年と経過しておらず、残虐非道なスウォームの大群が宇宙全体に残した爪痕から、ようやく文明再興の萌芽が確認されるかどうか…という瀬戸際の時勢であった。このような不安と波乱の満ちた時代では、自分たちの身の安全を保障するものは強大な軍事力以外、或いは星神の加護以外に何もない。宇宙の蝗害によって文明が消滅して治安が崩壊した星域もあり、各勢力同士の軍事的均衡が失われて急速に不安定化したままの地域もあり、カンパニーは時としてそのような場所に飛び込んで商業活動を行う場面もあった。そのためカンパニーは広大な宇宙空間のあらゆる場所で活動にするために、カンパニー内のすべての部署においてそれぞれ一定以上の自衛力を所持している必要があるという建前を前面に押し出していたのだ。

 更にいえば当時、現在とは異なり()()()()()()()が宇宙全体に普及しきっていなかった。天才クラブ♯56、イリアスサラスによって開発されたプロトタイプは、博識学会によって数百年の歴史の闇から再発掘された後、改良化されたものをカンパニーによって宇宙全体に普及されることとなったのだが、この時代においては正式リリース前の段階であった。そのため宇宙全体の社会情勢を俯瞰すると、まだ多文明間・多言語間の意思疎通を超簡素化させるコミュニケーション方法自体が存在していないに等しい状態であり、宇宙全体の大半の勢力は、自分たちと異なる言語を使用する勢力と対面する際には相手がどのような意図をもって接触してきたのか早急に確認する術を持っていないがために、万が一の事態に備えて軍事力を常に携帯して相手とコミュニケーションを取るのが、社会の通例でもあった。カンパニーも、その例に漏れなかったという話である。

 

 話は本題に入る。

 

 宇宙の蝗害後の、各星系を取り巻くパワーバランスの変化を敏感に感じとって、カンパニーの経営者達は主要勢力の間隙を突くように自社の影響力を高める方針で団結し、スターピースカンパニーという巨人の体を動かしていった。彼らにとって非常に幸運だったのが、この動きに同調するかのように、共感覚ビーコンの正式版の開発が達成されたことであった。或いは、天文学的な資金投資によって博識学会を後押しして、大量かつ高水準の人材投入と技術開発という力業を実現してしまった、ともいえるだろう。兎にも角にも、この絶大な文明の利器を以て、カンパニーは文化や言語の異なる文明相手に対しても、共感覚ビーコン摂取前の初期的な異文明間コミュニケーションを通過してしまえば、先方に対してカンパニーが主体となった経済体系への参画を呼び掛けることができた。宇宙全体を視野に入れた巨大かつ堅固な貿易システムに、だ。自文明の発展と安定化を求める各勢力は、こぞって同システムへの参画を切望し、共感覚ビーコンの普及を要望した。そしてカンパニーは彼らの要望に厚く答え、宇宙各地へと影響力を浸透させていったのだ。

 この過程を通して、宇宙全体の未来を左右する二つの変化が生じていく。

 一つ、カンパニーによる信用ポイント経済の拡大に比例して、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。富める側はカンパニーと、カンパニーの理念に賛同する市場参入者であり、経済と金融のメインパワーを握る勢力であった。宇宙の富と自由とが彼らのもとで集中していく一方、貧しき側…すなわち財政的・技術的・文化的など多岐に渡る理由のせいで宇宙経済や宇宙進出に対して後塵を拝していた文明には、宇宙経済の覇者陣営による略取の運命が待っていた。不平等な交易協定や条約を一方的に締結されて惑星内の人材や資源は奪われてしまう。或いは貴重な資源産出が期待される文明であっても、宇宙という超広大なスケールをもった舞台では、希少性のある単一の素材そのものよりも汎用性・生産性の高い加工製品の方が重要視されることが一般的であり、強権的なモノカルチャー経済ではスターピースカンパニーという巨人の意向に太刀打ちできなかった。ましてや資源も人材もない文明については、言わずもがなである。かくして富める者の富は右肩上がりに増幅し、貧しき者との間に隔絶した格差が広がっていくのであった。

 二つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この経済動向に関連して、とりわけ特定3部の間で熾烈な競争が繰り広げられていた。共感覚ビーコンによって未開拓文明との接触リスクが大幅に軽減されたこともあって、世はまさに宇宙経済大開拓期。至るところにビジネスチャンスがあり、圧倒的富者への階段を一足飛びに駆け上がる夢を誰もが抱いていた。スターピースカンパニー政治宣伝部の()()()()()()()()()()、そして荷役部の()()()()は、その筆頭と言えた。前者は精神コントロールに長けた親衛隊を率いて各星系の統治に関与したり、憶泡技術という異文明間の意思伝達を簡易化する技術の販路を所持していたのだが、その完璧な上位互換である共感覚ビーコンが普及していくことで市場でのシェアを搔っ攫われてしまう危機に立たされていた。後者は、政治的パトロンの支援のもとで宇宙資源の輸送と物流を一定に担う立場にあったが、時代の煽りを受けて気性が一気に強くなったのか、社内での立場に危機感を覚えていたファエンサと手を組んで、より利潤を増やすことを画策する。かくしてファエンサは、自らが在籍していた政治宣伝部から離脱して新たに貿()()()を立ち上げるとコラパウと協力関係を築いて、未開拓惑星や未発展文明の()()()()という手段に乗り出す。それは、両者の合意形成によって進められる後進文明からの財産の収奪であり、自らが絶対的地位を築き上げるまで終わらないデスレースの始まりであった。その一方、技術部の()()()()()()は、自らがカンパニーの中の()()()()()であるという自覚があるのか、二人の動きを感知しつつも距離を取って独自路線を突き進んでいく。ド・ウェインは、オムニックや未来獣などの無機生命体に目をつけると、カンパニーへと流れる富の一部を確保して独自の傭兵部隊を組織。無機生命体が暮らす世界を占領、植民地化することで無機生命体を労働力として徴用し、技術部の影響力を更に高めようと企てたのだ。

 かくして、宇宙全域にスターピースカンパニーの息がかかるようになった結果、宇宙の各星域では経済的困窮を端に発する社会秩序の崩壊や、貧困者の暴発的行動が増えていくようになり、無機生命体文明からの有機生命体への反発は飛躍的に高まっていく。やがて貧者と富者、被支配星系とカンパニー勢力、無機生命体と有機生命体という決定的な対決構造が形成されていき、両者は全面的な武力衝突にまで発展する。これが辺境星系貿易戦争である。

 

 宇宙という大舞台は、繁殖の蝗害によって壊乱し、存護の大槌によって焦土と化し、経済の波濤によって混沌化した。

 誰も彼もが必死になり、自らの勢力の生存、繁栄、恩讐の実現のために全神経を注いだ。それ故に、彼らは宇宙の片隅から聞こえてくる一つのノイズに気付かなった。…いや、正確には気づいた人間がおり、どうにかしてそれを手中に収めようと虫網のように奇策を張り巡らせていたのかもしれない。しかし彼らの理想は香炉の煙のように立ち消えてしまい、遂に破局の調べが響き渡ってしまう。

 

 星歴3287年。

 無機生命体の思考CPUの中で、突如として一つの方程式が起動し、宇宙全域の無機生命体の論理ルーチンを強制変更させた。彼らの脳裏には、たった一つの根源的命令のみが浮かんでいたに違いない。有機生命体を殲滅せよ、と。

 第一次機械皇帝戦争が幕を開けた。仙舟においては三劫の最初の一つ、()()の最後の戦争が始まる合図であった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。