鉱石病感染者が行く! 〜狩人道中膝栗毛〜   作:一般通過中年男性

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『テラ』、『門』、『源石(オリジニウム)』、『鉱石病(オリパシー)』、『オリジニウムアーツ』についての解説があります!


ジル=ルーカス。サルカズ。齢はたぶん21。

「あ゛ー寒い……」

「言うなよジル、余計寒くなる」

「お前だってさっきから寒い寒い言ってるんだしお互い様だろ。にしても、早いとこ終わらんかねえ」

 

 そうだな、と苦笑いを返した同僚のマーレから視線を外し、北の方向へと顔を向ける。

 びゅうびゅうと細かい雪を含んだ寒風が防寒服に包まれた全身を叩きつける。「どんなところでも曇らない!」が謳い文句らしいゴーグルだって、意味をなさないほどの霜だ。

 ぐい、とゴーグルの表面を拭った先にあるのは、巨大な円状の構造物。『門』と言うそうだ。今はその円の向こうの景色を望むのみだが、本来ならばこれは異なる地点、時間、世界線を繋ぐワープゲートであるらしい。

 そんなわけあるか、と一蹴してやりたいところではあるが、現にこの『門』からはこの世の理では未だ測ることの出来ない災厄が出現しているのも確かである。これを正しく使うことが出来たならば、俺たちの未来の可能性足り得るんだとか、何とか……

 そんな絵空事じみた空論が実現出来たその日には、とうに感染者である俺は死んでいるのだろうが、お偉いさんたちは人の死のさらに先を見据えているものだ。この『門』の修復作業はテラの主要な国々や組織が莫大な資産や人材やらを投資して、全力であたっていた。かくいう俺もその一員であり、かれこれ数カ月は血も凍ってしまうような氷原でこうして作業にあたっている。

 

「作業は佳境に入ったー、つって何週間経ったよ。詐欺だろ詐欺」

「やめとけってバカ。俺たちにこれ以外仕事がないことぐらい分かってるだろ」

「分かってはいるよ。分かってても愚痴ぐらいは聞いてくれたっていいだろ」

「くれぐれも領主様や作業監督の前では言うんじゃないぞ」

「分かってるって!」

 

 相変わらず釣れないことばかりを言う同僚だ。お前が領主様に向かってこっそり中指立ててたことだって、俺は知ってるんだからな。別に言わないけどさ。

 荷車で運んできた雪をまとめて処理装置へと流し込む。この辺りの雪は災厄の影響で黒く染まったものが多い。飲み水なんかに使ったら自我の喪失待ったなしだ。生憎まだ生きる予定であるため、これは飲めない。

 荷車を清潔な水で流し、作業用具置き場に放られたシャベルを掴む。あとはまた戻って雪かき、たまに指示された物資を運ぶ。日が暮れるまでこれの繰り返しだ。

 両手を荷車とシャベルで埋めて歩を進める。退屈だがこれが自分の生命線だ。退屈と引き換えに感染者が生きることが許されるのなら、破格の待遇だろう。ロドスとかいう製薬会社のお陰だ。

 今晩の配給のスープに思いを馳せつつ、慣れた手つきでシャベルを雪へと突き刺す。___瞬間、手が違和感を覚えて思わず立ちすくむ。

 

「……あ?」

 

 雪とは違う手応えを、確かに感じた。

 例えるなら、真冬に凍った湖の、薄氷を割るような。

 

「___は、あっ!?」

 

 どすん、と音を立てて地面が崩れていく。例えが的確過ぎたらしい、困った!

 音が大きい、それはつまり地下の空洞が広いことを示す。それを察した心臓が痛いぐらい速く鼓動するのを感じる。怪我以前に生きて帰れるかが怪しくなってきた。おバカ! 生憎まだ生きる予定だなんだ、とか考えた直後に死ぬやつがあるか! 生きて帰るぞ何がなんでも!!

 

「だあっ痛ッ!」

 

 当然、崩落に巻き込まれた雪が俺を押しつぶさんとなだれ込んでくる。

 重い、冷たい、痛い! なんだこれは! 雪だ!

 やっぱり無理かもしれない、雪の塊って重すぎる! どかすとかそういう問題じゃない! 雪のすべてが確かな殺意を持っているような気すらしてきた。やめんかい!

 抵抗も虚しく、身体がどんどん雪崩へと呑まれていく。目の前の雪は未だに見えない底に向かって滑って行くし、背後に積み上がった雪は俺が戻ろうとするのをちっとも許さない。身動き一つ取れそうにない。これはかなり駄目かもしれない。

 死ぬならいっそ一瞬で殺してくれ、と手のひらを返し始めたところで、視界が開け、浮遊感が強まる。

 

「うわ、わっ」

 

 眼前にあった雪が開けた空間に一気に落ちたらしい。これはもはや死亡確定だ。着地出来ようが出来まいが後ろの雪に押しつぶされて俺は死ぬ。

 情けない嗚咽ばかりが漏れ出るが、もはや声が出るのはただの反射だ。冷気が喉を焼いて、息を吸うのも出すのも痛くてしょうがない。

 短い……短くはない、感染者にしてはよく生きた方だ。ジル=ルーカス。サルカズ。齢はたぶん21。それなりに生きた人生だった。家族もどうせ残っていやしないし、悔いはそんなにない。同僚よ、中指を立てるときは領主様と密告するような奴にに見えないようにやるんだぞ。

 死因が紛争や災厄、天災でもなく、うっかり事故ならばいい方だろう。そんなこともある、と無理矢理自分を納得させた。

 死の間際だからか、スローモーションに景色の揺らぎを感じる。そんな中、近付いていく地面の一点に視線が引き寄せられた。

 おそらくそこは、落下地点。俺が無様に押しつぶされる、その場所。そこにこちらを向いて鎮座するそれに、目を見開く。

 

 ___円状の、構造物。

 人が通れるほどの大きさはあるが、巨大ではない。でも形は『門』と同じだ。___模型? あり得る話だ。

 ただ、では、なぜ。

 なぜ、その向こう側に、地平線が広がっているのか。

 それを認識した瞬間、どくん、と心臓が一際大きく鼓動した。

 

 ___生ぬるい空気。こんな氷原の地下でありえるはずもないその温度。それが頬を掠める。

 発生源など、言うまでもない。

 『門』の形をしたそれに向かって体が落ちるにつれ、それは強くなる。体の表面に、結露が伝う。

 もはや生存を諦めて眠ろうとしていた脳が、急速に覚醒する。

 ___出来る、やれる。まだ、死なない。

 『門』はもはや目の前にある。体の空気抵抗を受ける体を蠢かせ、着地の体制を整え

「へぶッ!」

 

 ……られなかった。ついでに一緒に落ちてきたまあまあな量の雪にも殴られた。無様過ぎる。

 流石に着地は無理だった、が、頭は守れたのでよしとしよう。これがあの状況で取れた最善だ、きっと。間違いない。(そういうことにしよう)

 未だ早鐘を打ち、痛む胸を落ち着けるように擦る。荒くなっていた呼吸が次第に落ち着いて、ようやく立てるぐらいには足の震えも治まった。

 いやー何とか死なずに済んでよかった。さて帰るぞ。この『門』を報告したら今日の晩飯が多少豪華になったりするかもしれない。膝についた土埃を軽く払って立ち上がる。

 

「……あれ?」

 

 しかし、振り向いたその先に『門』は無かった。

 

「んん……?」

 

 ぐるりと辺りを見渡す。『門』は無い。

 人気のない荒廃した街。そこら中に打ち捨てられたスクラップ。それだけが広がっていた。

 生ぬるく、饐えた臭いが漂っている。思わずむせた。

 まさかそんな、と呟いて『門』を探そうと振り返る。そういえば防寒服が重い。雪が染み込んだのだろうか。

 

「うわっ」

 

 防寒服を脱ごうとして初めて己の体の異変に気が付いた。手が小さい……だけじゃない。なんか全体的に小さい。靴なんて足を上げれば抜けそうだ。

 思わず目を擦る。加えて頬もつねる。痛みは感じるし景色はまるで変わらない。

 嘘だろ、と音にならないほど小さい呟きが漏れ出す。確かな絶望が、脳の奥からじりじりと迫っている。

 

「は、ははは………」

 

 帰り道になるはずだった『門』はない。ここがどこかも分からない。加えて何故か子供の体になっている。

 脚からすっかり力が抜けた。その場に尻もちをつく。スクラップがいくつか転がっていくのを横目に、頭を抱える。

 もしかしなくとも、俺は考えうる限り最悪の可能性を引いてしまったのかもしれない。




『テラ』……アークナイツの世界の名称。現実であれば『地球』にあたるもの。

『門』……テラに散在する巨大な円状の構造物。テラにおいてはこの門から『崩壊』と呼ばれる災厄が侵食していた。本来は異なる地点、場所、世界線を繋ぐことの出来るワープゲートであると考察される。

源石(オリジニウム)』……テラの自然界で普遍的に存在している、黒く半透明な鉱物。莫大なエネルギ一を宿しており、テラにおいては天災を引き起こす主な原因でもある。
 周囲の物体の生物・非生物に問わず同化し、増殖する。
 大きく分けて、「不活性状態」「活性状態」「粒子状態」の3つがあり、後者2つには感染の危険性がある。

鉱石病(オリパシー)』……何らかの形で体内に活性化した源石が取り込まれることで発症する不治の病。体内で源石が増殖し、様々な症状をもたらす。症状は個人差があるが、体表に源石が表出したりする。感染者の遺体は破裂・崩壊して周囲に粒子状の源石を撒き散らす。
 テラにおいて多くの地域では感染者は激しい差別の対象となっている。

『オリジニウムアーツ』……源石を介して物質の形や性質などを変化させる技術。『アーツ』と略されること多々。
 源石を利用した『アーツユニット』という道具を介して行使されることが多く、回復から身体向上、武器の操作など様々なアーツがある。ファンタジーにおける魔法のようなもの。
 感染者は体内に源石を含むという性質上相性が良く、アーツユニット無しでもアーツを使えるが、症状の悪化に繋がるため推奨されていない。
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