鉱石病感染者が行く! 〜狩人道中膝栗毛〜   作:一般通過中年男性

2 / 5
これに比べるとテラはカスや。

 雨が降った日の朝は早い。事前に外に放置した容器に雨水がたっぷりと溜まっているのを確認して、室内へと運ぶ。今は家主のいないボロ家をお借りしている。

 運んだ雨水を底の抜けていない鉄バケツに移し替えて、金属製の台の上に乗せる。スクラップを継ぎ接ぎした不格好な見た目だが、今のところ機能に問題はない。

 ストックしてあった源石を割って台の下に一つ置き、アーツによく似たアーツではないであろう技術で火を灯す。これの原理は不明だ。

 

「よ、ほっ、あちちち」

 

 源石は効率の良い燃料源になるため、あとは適当に紙くずだとかを放り込んでいけば、いい感じの火の強さになる。あとは沸騰を待つのみだ。

 いわゆる、煮沸である。

 

 

 結局俺はあの後たっぷり絶望に暮れて泣き、日が昇る前には動けるぐらい落ち着きを取り戻した。その後歩き回ってこのボロ家を発見し、今はここを拠点としている。

 不便ではあるが、子供の体にも少しずつ慣れてきた。まだ受け止めきれない事実も多いが、なんとかなっている。現にこうして生きていることが証明だ。

 そしてこの体のまま数日を生きた結果、分かったことがいくつかある。

 第一に、俺は何故か子供の体になっているが、変わらず鉱石病罹患者であること。そして俺の血液は体外に排出されると源石へと形を変えることだ。ストックしてあった源石の出処はこれである。

 前者はともかく、後者は聞いたこともない。どんなに末期の鉱石病罹患者であっても、血液が即座に源石へと変わるなんてことはありえないはずだ。己の血中源石密度が怖くなった。同僚たちにまた会いたい気持ちはあるが、こんな体でテラに戻れる訳がない。誰が進んでこんなにたちの悪い災厄スプリンクラーになると言うのだ。

 

 第二に、恐らくここはテラではない。近辺で数日生きただけでも分かった。地名も生態系も、なにもかもがテラとは違う。星の並びもまるで見たことがない。なにより空に双月が浮かんでいない。まさかとは思っていたが、『門』は別の世界線へと繋がれたらしい。

 そしてなによりも信じがたいのは、この世界に源石が存在しないと思われることだ。

 テラにおいて、源石は切っても切れない存在だ。鉱石にも関わらず、生物・非生物を問わず周囲のものと同化、増殖するそれは、世界の主要なエネルギー源でもあったし、それがもたらす致死性の不治の病は差別と暴力を呼ぶ。

 鉱石病を患った自分からしたら、たとえそれがテラのライフラインであろうとも、忌むべき存在であることには変わりない。ところが、この世界にそれはどうにも存在しないようだ。

 つまるところ、この世界は源石をエネルギー源とせず、天災の残す源石の爪痕に怯えることもなく、鉱石病という不治の病の脅威に晒されることがないのだ。

 そしてこの事実に付随して分かったことが、この世界での源石は同化も増殖も行わないことだ。

 この世界に来てから、鉱石病の悪化をまるで感じない。体表にまで表出した源石は未だに胸のあたりだけだし、臓器をちりちりと焦がすような痛みもない。

 そして、鉱石病罹患者の体表に表出した源石が感染性を持たないことは研究で明らかにされていたものの、血液は別のはずだ。ましてやそれが固まって出来た源石など感染性がないとおかしいし、同化も増殖もしないのはどう考えたって変だ。

 無理矢理仮説を立てるならば、源石の同化と増殖にはそのための受容体が必要であり、テラ由来のものにしかその受容体はしない、といったところだろうか。ならば症状が進行しない俺は何なんだ、という話だ。症状の進行にはまた別にトリガーがあるのかもしれない。要検討だが今はおいておこう。

 実際のところどうなのかは知らないが、少なくとも己が災厄スプリンクラーになるのではないか、という懸念は杞憂に終わったらしい。よかった。

 

 

 そろそろ水が沸いてきた。というかわりと前から沸いていた。たまに跳ねる水があっつい。

 鉄バケツを台から下ろし、中の水をコップで軽く掬って源石にかける。ジュワ、と音を立てて火が消えると、最初の三分の一ほどの大きさになった源石だけが残った。後一回ぐらいは使えそうだ。

 水は生きるために必須である。ならば煮沸して少しでも安全に飲みたい。

 

「熱ッ」

 

 舌を引っ込める。流石にまだ熱かった。子供の舌に沸騰してそんなに時間の経っていないお湯は過酷だった。

 熱くてそんなに分からなかったが、煮沸した甲斐あってか変な味はそんなにしなかった。強いて言うならちょっと鉄っぽいかな、ぐらいだ。これはたぶんバケツのせいだろう。欲を言えばコーヒーが飲みたいが、そんなものは無い。喫茶店経営でも目指そうか。

 食事のときも、とりあえず全部火を通す。中心温度がなんちゃらかんちゃらで一分以上とかなんとか。あまり覚えてはいないが、とりあえず焼いておけば雑菌は大体死ぬはずなので、カラスだとかをひっ捕まえて解体し、源石を燃料にした火でとにかく焼く。味はお察しだが、食べないよりは食べる方が断然いいだろう。

 

 そういえば、この世界にて俺はたぶんアーツじゃないけどアーツによく似た技術が使えるようになった。最初に源石に火を灯したときにも使った技術だ。

 そもそも、アーツは源石のエネルギーを利用した技術だ。適正と知識があればいろいろ出来る。人によって発想と知識とは異なるので、いろいろとしか言いようがない。万能ではないが、小回りの利く技術だ。

 それを使うためのエネルギーというものは基本的に不可視である。アーツの使用者や源石からオーラのようなものが漂うなんてことはない……筈だ。少なくとも俺は見たことがない。

 

 しかしどうした事だろう。ここに来てからというもの、怪我を治すためにアーツを使おうとしたとき、間違いなく俺の目にはオーラのようなものが映るのである。しかもアーツを使っても鉱石病が進行する気配がない。故に、これはアーツではない別の技術であるはすだ。

 そんな……そんなことがあっていいのか!? と思わずのけぞった。源石の活性化を誘発しない擬似的なアーツ技術。テラのすべての人々が喉から手が出るほど望むものだ。上手いこと使えば、もっと超能力じみたことも可能かもしれない。要特訓だ。

 

 

 

 さて、テラとは異なるらしいこの世界について目を向けよう。

 『門』によって転送されたらしいこの場所は流星街と言うらしい。随分とお綺麗な名前だが、その実情を一言で表してしまえば、スラム昇進2Lv.90潜在MAX信頼度200%スキル全特化といったところだ。

 曰く、この世の何を捨てても許される場所らしい。その謳い文句通り、人も物も、様々なものがそこら中に棄てられている。

 ただしただのゴミ捨て場というわけではないようで、どうやらお偉いさんによって統治されているそうだ。それはつまり統治出来るだけの力があるということである。そういうことはテラでごまんと見てきたので十中八九そうだろうが、外部の組織と横の繋がりがあるのだろう。それもこう……堅気じゃない部類の組織との。ははあこれはやっかいなところだぞ、と思わず眉間にシワを寄せた。

 衛生環境は当然だが悪く、より悪いところには毒ガスのようなものが漂っているらしい。全身を防護服で包んだ人の姿があった。お世辞にもあまり良いとは言えない場所であるかもしれない。ただし鉱石病および源石の心配はまるでない。

 

 これに比べるとテラはカスや。

 鉱石病。感染者、非感染者の争い。国家間同士の諍い。歴史に深い根を張った種族間の争い。弱者への搾取が続く封建社会。貧困。天災。海だとか氷原だとかからの人知を超えた怪物による大地の侵食。

 これかテラの実情である。こればかりが実情というわけでもないが、大半はこれである。別の世界から人が来たならば、「この世界はクソだ」ぐらいは言われるんじゃないだろうか。おっしゃるとおりです。

 ただ、それをなんとかしようと奔走する組織だってある。しかし、なんとかなるのがいつなのかは、まるで目処が立たない。テラはそんな場所だ。

 流星街の外には、かなりハードだが身分はなくとも就ける仕事もいくつかはあるらしい。つまり力とお金があればここの外に出て、より良い環境で生きれるかもしれない。いっそワクワクしてきた。

 鉱石病は己の体を蝕んでいることには変わりないが、これが原因で誰かが感染したり、天災の媒介になったりすることはないのだ。ビバ・源石が脅威じゃない世界である。

 なにより先程の煮沸の通り、源石のエネルギー源としての性質は失われていない。つまり燃料になるのだ。これで冬でも凍え知らずでいられるし、ある程度安全に水や食べ物を摂取出来る。対価として自分の血が必要だが。

 

 

 ___少し横道に逸れて、一番の厄ネタに向き合おう。

 己の鉱石病が今の影響力に留まるならば、最早さしたる問題ではない。この流星街という場所で生き抜くことは過酷であるというのも、大きな問題ではない。

 一番の問題はまったくもって別のところにある。……否、この手の上にある。

 手のひらに乗る円状の構造物。かざせば輪のフレームをつけて向こうの景色を望むそれは、間違いなく『門』の形をしていた。

 

 ___どうすんだよコレ………。

 

 始めてここに落ちてきたその日から、これを無意識に握っていたらしい。物を拾おうとした時にようやく手が塞がっていることに気付き、その正体を確認した瞬間ひっくり返った。

 あの雪崩の中、知らない内に一緒に落ちてきて、知らないうちにこれを握りしめていたとでも言うのだろうか。そんな記憶はまるでないし、経緯も定かではないが、こうして証明が手のひらの上に鎮座している。

 『門』は未だに起動の兆しを見せることは無いが、油断出来ない。想像したくもないが、もしこれが厄災を伴って起動したとき、俺にそれを抑える手段はもちろん、自衛の手段すら無いのである。故に、無責任に捨てることも出来ない。

 ………いや、一度だけ逃げたことはあるのだが。『門』の存在に気付いた時は驚きのあまりそれを投げ捨てて逃げ出した。それにも関わらず、知らない内に自分は再び『門』を握りしめていたのだ。たちの悪い悪夢かと思った。悪夢であって欲しかった。

 ただの模造品であることを祈るのみだが、物事は常に最悪の方向へと向かう、なんていう言葉があるぐらいだ。そんな優しい結果が待っているとは思えない。警戒して損は無いだろう。警戒してどうにかなる話でもないかもしれないが。

 

 

 ___閑話休題(この話はもうやめよう)

 いいニュースもある。おそらく同年代ぐらいであろう友人が出来た。ごめんウソかなり盛った。たぶん俺より2つくらい歳上の人と挨拶をしただけだ。そこら辺に落ちてた雑誌を適当に読んでたら遭遇した。

 生憎俺は初対面の相手とも会話が続けられるようなコミュニケーション力を持ち合わせていないため、適当な挨拶だけして雑誌を置いてそそくさと引き返した。見事なまでの敗走である。何に負けたのかは分からない。

 

 この流星街において横の繋がりを持つ。それは即ち間接的に裏に立っているであろう組織とも繋がりを持つということだ。それはろくな結果を招かない、ということを俺は既にテラで学んでいる。

 というわけで、ここの住人の皆様方とはあまり関わるつもりはない。どうにかして早いところこの街から抜けるのが目下の課題だ。

 

「どうするかな、金……」

 

 龍門弊……ではなかった、ジェニー。ここの通貨の単位はジェニーというらしい。流星街を抜けた後のことを考えるならばとにかく金は不可欠だ。かといってここで仕事を探し、お偉いさんと間接的でも関係を持つことは避けたい。

 かなり無茶なことを言っている自覚はある。だがなんとかしなければならない。折角テラよりも生きやすい環境なんだ、どうにかならないだろうか。

 正直源石をエネルギー源として売ればそれなりに金にはなるだろう。かといって出処が別世界で、人間の血から出来た石を売り物にする気はない。万が一この世界で感染性を持ってしまったときのことを考えると目もあてられない惨状になるだろうし。

 

 

 ようやく程よい温度になった白湯を啜る。水面に写る己の顔はどこか所在なさげに揺れていた。

 そういえば、今の俺には種族的特徴、と言えるものが特にない。かつては角が生えていたそこを擦っても、ただ髪が揺れるだけだ。ひと目見て分かる差別の対象を示すそれが無くなったというのに、何故だか少し物寂しさを感じた。

 

 ボロ家の壁の隙間から覗く外へと目を向けた。昨夜に降った雨はとうに止んでいる。地面は多少ぬかるんでいるだろうが、今日もガラクタ漁りでもしてこよう。今は何も思いつかないが、漁っている内にいいアイデアでも見つかるかもしれない。

 

 

 

 

「何読んでるの?」

 

 目の前には黒髪の子供。年相応の大きな瞳が素敵な少年だ。暫定俺より歳上だけど。

 言い訳をしよう。少年の姿を確認してやあどうも偶然だねははは、とその場を後にしようとしたわけだ。先日雑誌を読んでる最中に遭遇した件の人物、というのが彼だったので。

 実際白々しい挨拶を述べた所まではよかった。問題は立ち去ろうとして彼に掴まれた左手である。そして続けざまに投げられたのが、先程の言葉だ。

 右手で開いたままの本を一瞥する。日々を生き抜く知恵にもならない、筆者の思想を婉曲化しただけの小難しいことがつらつらと書き述べられていた。

 

「………哲学書?」

「面白い?」

「いやあ……そんなに」

 

 気まずい沈黙がその場に流れる。未だ左手は握られたまま、帰らせてもらえる気配はない。

 

「………これ読む?」

「いいの?」

「どうぞ」

 

 苦笑いを浮かべながら、本を差し出す。ようやく左手が開放された。いや怖かった〜…… なんとかなったしセーフセーフ。

 かくいう少年は若干嬉しそうな顔をしているので、本が好きなのかもしれない。それにしても中々強引なコミュニケーションだとは思うが。

 本の表紙を見つめる少年を横目に、ようやく開放された左手を擦りつつ、踵を返す。

 

「じゃあ、俺はこれで……」

「読めるんだ、文字」

 

 冷水を被せられたような心地がした。まずい、決定的に何かを間違えた気がする。間違えた気がする、ではない。これは間違いなくやらかしている。ぺらり、と頁を捲る音がやけに大きく聞こえた。

 そりゃそうだ。見ない顔の子供がいきなり現れて、しかもそれなりに文字が読めるときたら、怪しみもするだろう。俺なら大人の差し金かなって思う。

 別の場所に行こうとした俺の体が引っ張られて立ち止まる。今度は右手を掴まれていた。オイ! なんとかなってないぞ! 全然セーフじゃない! アウトアウト!

 恐る恐る振り返ると、肩越しにこちらを凝視する少年と目があった。怖いって!

 

「あんまり見ない……というか、昨日始めて見た顔だね。いつからここに居るの?」

「ヒ、ヒミツ……」

「どの辺りで暮らしてるの? 大人と一緒?」

「それもヒミツ……」

 

 黒い瞳がしっかりとこちらを捉えて離さない。その奥から滲む感情が警戒なのか興味なのか、それともまた別の感情なのかは測りかねる。

 少年が一度俺から受け取った本をちらりと見て、再度こちらに向き直る。心做しか、さっきよりも雰囲気が怖くない気がする。そのまま右手も離して貰えないだろうか。ちょっと引っ張ってみたけど全然ダメそうだった。ジーザス。

 

「本、好きなの?」

「……そこそこ」

「オレも好きなんだ」

「さ、さよか……」

「面白い本見つけたら教えてよ、また来るから。……あっ、引き止めちゃってごめん」

 

 ぱっと右手が離された。あー怖かった、たぶん寿命が3年ぐらい縮んだ。

 というか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がする。また来るとか言ってたぞこの人。本当に? 困った。しばらくはいつも以上に注意したガラクタ漁りになるかもしれない。

 俺はコミュニケーションが得意な訳では無いし、会うたびに寿命を3年削られるのは勘弁被る。帰ったら対策を講じよう。

 おかしいな。これからお金を稼ぐアイデアを探そうとガラクタ漁りに来たのに、何故かまったく関係ない方向から悩み事が飛び込んできた。どうなっているんだ。

 

「またね、えっと…………名前ある?」

「え? あ、うん。あるけど」

「教えてよ。また会うときにも名前が分からなかったらヘンだろ?」

「それも、そう……か? ……えー……ジョン=ドゥ」

「本当に?」

「ホントホント」

「ふーん、身元不明遺体なんだ」

 

 ギクーッ! という擬音がつきそうな顔をしていたと思う。なんでその歳でそんな事を知っているんだこの少年は。テラに居た分合わせたら自分が歳上だろう、という調子に乗った考えはあまり出さない方がいいらしい、痛感した。

 かといって本名を晒す気にもならないので、このまま身元不明遺体とさせてもらおう。ジル=ルーカスを名乗るのはここから出た後だ。

 

「大体同じようなものだろ。それで、君は?」

「オレはクロロ。クロロ=ルシルフル。またね、ジョン」

 

 ははは、と乾いた笑いを浮かべながら黒い髪と瞳の少年……クロロに軽く手を振り、やや速歩きでその場を後にする。

 一体誰だ、ここの人達とはあまり関わらないようにするとか言ったやつは。俺だ。俺のはずなんだけどなあ……




『昇進2Lv.90潜在MAX信頼度200%スキル全特化』……ソシャゲにおける完全体
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。