鉱石病感染者が行く! 〜狩人道中膝栗毛〜   作:一般通過中年男性

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当然のように肩パンされた。

 晴れの日の朝は早い。朝日が差すあたりで起きて、静かに壁の隙間から外を覗く。生ゴミにたむろするカラスを見て小さくガッツポーズを決めた。

 この前食料にしたカラスの骨を持って外に出ると、カラスは逃げるどころか突進してきた。どうやらここのカラスは人を舐めているようで、子供や食料になりそうなものを持っている相手に対してかなり攻撃的だ。

 

「ふんっ!」

 

 そこをすかさず右手で殴って怯ませ、左手で鷲掴みにする。子供相手だからって向かって来るからだ。テラでは調子に乗ったやつから死ぬ。ここはテラではないが。

 ギャアギャアと喚くカラスの嘴を右手で掴み、室内へ戻る。足で手繰り寄せたボロ縄でカラスの体をきつく縛り、身動きを取れなくしたところで、まな板代わりにしている木の板の上に抑えつける。もう片方の手に握るは拾い物の手斧。

 

「ナムアミダブツ!」

 

 いわゆる、ご飯の仕込みである。

 

 

 

 さて、まずはアーツによく似ているがおそらくアーツではない技術について話をしよう。呼び名が分からないので、俺はこれを便宜的に擬似アーツと呼ぶことにした。正式名称があるのかもしれないが、俺はそれを知らない。正式名称があると分かるまでは擬似アーツでいいだろう。

 この擬似アーツだが、いろいろしている内に、かなり応用が効くらしいことが判明した。

 擬似アーツを使おうとすると出るオーラのようなもの、これを水や血に向けてフンッと強めに出してみると、驚くべきことに増えるのだ、水や血が。流石に声が出た。今の俺はサルゴンの砂漠に行けば救世主である。感染者だけど。

 そしてこの擬似アーツは俺の血液の源石化を阻害・促進することが出来る。超便利! 助かる! これで人前で怪我をしてもバレる可能性は減った。素晴らしいことだ。

 ただし、増幅した分の血液が源石化したことによって出来た源石は、力を抜くとたちまちただの灰となってしまう。源石塵でもなんでもない、ただの灰だ。源石を無闇に増殖させないストッパーとしてかなり優秀だ。素晴らしい。

 

 無限の可能性を秘めてしまったな、この体に……。と調子に乗ったはいいものの、当然使いすぎるとすぐバテる。体力をつけなければいけない。よって最近は筋トレと擬似アーツの練習をしている。効果があるのかは分からない。

 ちなみにこの擬似アーツのオーラを極限まで抑えると影が薄くなる。いや物理的な話ではなく。存在感が薄くなるとでも言えばいいのだろうか、とにかく人に気付かれにくくなる。この効果を知ることになった原因はクロロだ。

 先日の一件から後、クロロが本当にまた来た。というか半分くらい通っている。友達居ないのかコイツ……。と一瞬思ったが、どうやら結構いるらしい。なんなんだコイツ……。

 通う理由として、いくらかは俺に対する警戒が占めているのだろう。だからってそんな頻繁に来なくてもよくない? 警戒してるから頻繁に来てるのか? あ、さいですか……。

 流石に若干慣れてきてしまったものの、出来るだけ関わりを持たないようにしよう、と決めていることには変わりない。それ故に避けようとして対抗策を練っていた最中に見つけたのが、人に気付かれにくくなるこの擬似アーツだ。

 外に出るときは基本的にこれを使い、こっそり行ってひっそり帰る。そういう日々を過ごしている。

 そして先日一番の厄ネタとして俺の頭を抱えさせた『門』は、未だに起動の兆しをまるで見せない。今日も今日とて即席で作った内ポケットの中で、ただの荷物となっている。何しに来たんだお前。

 

「よい、しょと……」

 

 物言わなくなったカラスを吊るし、下に入れ物を置いておく。血抜きだ。血抜きをした方が美味しい。栄養価的には血も飲んでおいた方がいいのかもしれないが、今は血抜きした肉で足りているのでこいつは僻地で燃やしている。源石は血すらも燃やす。凄い。

 血抜きには時間がかかる。筋トレと擬似アーツの練習は昼ぐらいからやる予定だ。なので朝のうちはスクラップを漁りにいく。ちなみに金を稼ぐ算段はまだついていない。

 

 

 

 

「見つけた」

「見つけた、じゃねーよ! 見つけるな!」

 

 バッチリ俺と目が合った黒髪の子供。それが誰であるかはもはや言うまでもない。

 言い訳をしよう。ちょっと本を読むのに没頭してたら、気配を消す擬似アーツが解けていたらしい。要特訓だ。

 

「最近はあまり居ないな」

「そりゃ見つからないようにしてるし」

「避けてるのか?」

「まあ……」

 

 クロロは歳上ではあるものの、俺との年齢は大して変わらないはずだ。しかしかなり頭が切れる。正直子どもとは思えない。いや俺は、そりゃまあ……中身は成人男性だし……。

 口調も含め、随分と大人びた態度をする。たぶん意図的にそうしているんだろう。寿命を3年縮まされたときの口調はそうでも無かったし、その態度が剥がれるときもあるようだが。

 俺が見つけて積んでいた本を当然のように何冊か手にしたクロロは、スクラップの上に座ると興味深そうに頁をめくっている。何しに来たんだお前。

 

「というかクロロには何人か友達居るんだろ。そっち行けよそっち」

「歳下を一人にするわけにはいかないだろ」

「お気持ちは大変ありがたいのですが、お越しいただかなくて構いません」

「ははは」

 

 わざとらしい笑い声だ。ちっとも可愛げがない。まるで人の話を聞く気が無いらしい。

 

「オレを避ける理由は? 何かやましいことでも?」

「ねーよ。ただ人と話すのは苦手なだけだ」

「今オレと普通に話してるのにか?」

「君は初対面が怖かったからなあ、それ以降は慣れたのかもしれん」

「怖かったのか」

「寿命3年削れた」

 

 おいそこ、肩を震わせるんじゃない。笑い事じゃないぞ。

 なんだかメチャクチャ舐められてる気がしてきた。こうして俺に接触してくるのも、俺が何かしても絶対に勝てる、という自信から来ているんじゃなかろうか。そんな気がしてきた。というかそれしか無いのでは? こ、この……舐めやがって……。

 

「人と話すのが苦手だから避けてるのか?」

「それもある」

「それ以外は?」

「……ここのお偉いさんと少しでも関係を持つのを避けたい。厄介だから」

 

 妙な無言が続いたのを不審に思い顔を上げると、目を丸くしたクロロと視線がかち合った。コイツも驚くことがあるんだなあ、と思わずこちらも少し目を丸くした。

 しかしクロロはそれをすぐに引っ込めると、何事もなかったかのようにまた本へと視線を戻していた。イジってもしらばっくれる顔をしていたので、仕方なく俺も本へと視線を戻す。

 

「まあそもそも、ここに長居するつもりはないし」

「なんで?」

「なんで……? あんまり考えたこと無かったな。じゃ自分の店を持ちたいから、ってことにしとく」

 

 コーヒーが飲みたいのが一番の理由だが、テラでは感染者が店を持つなんてことはそうそうない。持てたところで、次の日には燃やされてるのが関の山だ。どうせならば、かつては出来なかったことをやってみるのもいいだろう。

 ちなみにテラに帰りたいとは今のところあまり思っていない。同僚に会いたい気持ちよりも、あんな滅びが秒読みの世界に戻りたくない気持ちが勝る。よほどのことがない限りはこのままだろう。

 

「金の工面がついたら、すぐにでもここを出るつもりでいるよ」

「へえ」

 

 納得したのかしてないのか、というかそもそも聞いていたのか。クロロは曖昧な返事をして本を読み耽っていた。いや帰れよ。

 

 

 

 

 大体夕方。季節はたぶん秋。それなりに涼しい風が吹いている。饐えた臭いがするけども。

 三日前の失態を俺は忘れない。読書中にウッカリ見つかるなんてことはもうしない。ここ三日間、気配を消す擬似アーツを切らさず……というか、無意識のときはその状態になるまでにはこれを身につけた。そのかいあってか、クロロどころかカラスにすら気付かれなくなった。素晴らしい成長だ。そう、俺は失敗から学べる男。

 今日は擬似アーツの練習をしてきた。とはいっても血を増やして源石にして、を繰り返すだけではあるが。厚み3cmの鉄板くらいなら簡単に貫けるぐらいにはなった。最初は薄い板相手にまるで歯が立たなかったのを考えると、著しい成長を感じる。 

 今日は練習にかなり熱が入った。とっくにカラスの血抜きも終わっているだろう。疲れたし、今日は焼きカラスを食べて水浴びてさっさと寝よう。

 軋んだ音を響かせるボロ家のドアを押し開ける。中ではクロロが座って本を読んでいた。ドアを閉めた。

 

「……は?」

 

 思わず3歩ほど引いて確認する。ここは俺が家にしてるボロ家だ、そうだよな? 見た目の変化は特に無し、周囲の様子もいつもと同じ。間違えてない筈だ。

 でもさっきなんか居たな。見間違いかな、見間違いだよな。もしくは幻覚だ、そうであってくれ。

 

「いや、いやいやいや……まさか、な……」

 

 目を擦る。ついでに頬もつねる。意を決して再びドアを押した。ごめんなんか全然居るわ。何?

 

「あ、おかえり」

「……はあ!? おまッ、お前、お前さあ! 何!? おかえりじゃなくてさあ!」

「……こんばんは? いや、まだこんにちはか?」

「ちっげーよバカ! いやおま、お前……何で居るんだよ……」

「出歩いてるときは中々見つからないからな。拠点を探した方が確実だろう」

「………合理的なこって……。いや逆に脳筋か……?」

 

 頭を抱える俺を見たクロロは随分と楽しそうな顔をしている。このクソガキめ……。

 どうやって見つけたんだ。まさかここ三日間にこの辺りのボロ家を一軒一軒漁ったとでもいうのか? まさかとは思ったが、なんとなく、クロロはそのまさかをやりかねない、と感じた。

 当のやりかねない人は、ちょうど読み終わったらしい本を閉じ、部屋の隅に吊るしてあるカラスを指さす。

 

「随分と趣味が悪い飾りだな」

「血抜きしてるカラスだよバカ。分かってて言ってるだろ君。……それバラすからそこどいて」

 

 素直にどいたクロロを横目に吊るしてあったカラスを降ろす。手斧で切れ目を入れて皮を剥がしてから腹を割き、食べれなさそうなところは血が溜まったバケツに全部放り込む。あとは肉を適当に切り分けて終了だ。そんなに大きくないから簡単で助かる。

 とはいっても最初はこれに1時間くらいかかったわけだが。今は10分もあれば終わるぐらいには成長した。見た目も最初より全然いいし。

 

「手際がいいな」

「そりゃどーも。……今からこれ焼くけど、君も食べる? 美味くはないけど栄養はあるぞ」

「いいのか? 不法侵入者相手に」

「自分で言うのかよ。いらないならそれでいいけど」

「いや、貰えるなら貰っておこう」

 

 確かに不法侵入者相手に何言ってるんだ俺は、と一瞬思ったが、食料を人に分けるのはテラで染み付いた癖だ。同僚同士でよくそうしていた。今回の相手は不法侵入者だが、まあいいだろう。同じ人だし大体一緒だ。

 肉に鉄串代わりの長い釘を刺して、持ち手に布を巻く。煮沸するときに使う台に適当に並べ、クロロに見えないよう背中で隠しながら、こっそり隠し持っていた小さな源石に擬似アーツで火をつけた。目敏いクロロが覗き込んでくる前に木くずを被せる。

 

「……今、火はどうやって起こしたんだ?」

「火打ち石」

 

 大嘘だ。普通に源石をエネルギーにして、擬似アーツで火をつけた。クロロがこちらを睨みつけているのが振り向かずとも分かる。しかし深追いしてくる様子もないので、背後に感じる視線を無視して肉を焼いた。

 

「もういいかな、はい。たぶん中まで火は通ってる筈だけど、味と安全は保証しない」

「どうも」

「………どう? なんとも言えない味だろ」

「生よりはずっといい」

「違いない」

 

 不味いと言っても上手いと言っても笑ってやるつもりだったが、同意する他ない意見が出てしまったので素直に頷く。生で食べると腹下すからな。食中毒だって怖い。

 残った骨は血抜きに使った容器に放り込む。明日には灰になっているだろう。

 食べ終わったクロロも骨を同じように容器に放り、指を布で拭っている。また本を読む気だこいつは。串をこちらに返したクロロが、ふと思い出したように口を開いた。

 

「……一人でやってるのか」

「ヒミツ」

「隠しようが無いだろ、もう」

「それもそうだ。じゃあ聞くなよ」

「ただの確認だ」

 

 流石に血なまぐさいので、あまり窓の体をなしていないガラス戸を開ける。ついでに外に出て血だとか骨だとかが溜まった容器を風下側に置いておいた。明日にでも灰にしよう。

 

「あとどれぐらい隠してる?」

「……何を? というか本人に聞くようなヤツじゃないだろ、それ」

 

 クロロは十中八九勘付いているのだろう、色々。具体的には擬似アーツのこととか。

 テラでは感染者の被災孤児が無理矢理アーツを使って細々と生きている……否、緩やかに死んでいる光景はあまり珍しくもないが、ここではそうそうないのだろう。

 疑いを宿した鋭い視線がこちらに向けられる。顔が整っていることも相まってかなり怖い。歳下相手にする顔じゃないぞ、それは。

 

「君は俺をなんだと思ってるんだ」

「いきなり現れて一人でこっそり何かを企んでる、怪しい身元不明遺体」

「わっ、警戒を隠す気がまるでない」

「まあ、ここでは似たようなのはごまんと居るけどな。……だが、子供がここで一人で生きているのは異質だ」

「そういうもんか」

「しかも文字の読み書きが出来る」

「頑張ったからな」

 

 ただしテラの世界で、だが。こちらの世界の共通語とテラでの共通語は違いがほとんどない。文法が少し違うくらいだろうか。ありがたい話だ。お陰でこうして本も読めるし人との対話も滞りない。

 疑いを隠しもしない眼差しが突き刺さる。こいつは俺に対して随分と遠慮が無くなった。元からそんなに遠慮してなかったけども。

 

「いろいろあったんだよ」

「そのいろいろを聞きたいな」

「雪かきしてたら落っこちた」

「いつの話だ?」

「わりと最近」

 

 嘘ではないどころか、恐ろしいぐらい真実だ。雪かきして落っこちたら別世界に来たらしい。今まで読んできた娯楽小説の中でも、こんなに雑な導入は見たことがない。事実は小説より奇なり、というのはこういうことを指すのだろうか。

 俺の回答にクロロはため息を吐き出す。失礼な反応だな、紛れもない事実だぞ。

 

「君さ、よく来るけど友達になんか言われないのか」

「そんな怪しいやつと関わって大丈夫なのか? とは聞かれる」

「ほらやっぱり! で、実際のところどうなんだ。君がやたらと絡んでくるのは、俺が怪しいから?」

「それもある」

「それじゃない部分もあるんだ」

「本の趣味は悪くない」

「そりゃ光栄。落ちてるのを拾ってるんだけどね。……おい、本読み始めるなって、帰れよ。おい」

 

 

 

 

「もう外暗いんですけどー。帰らないんですかクロロさーん、おーい。帰れって」

「これを読み終わったら帰る」

「やっとか」

 

 先程の禅問答じみたやり取りから大体二時間が経った。日はほぼ完全に落ち切っている。三十分おきに帰れ帰れと言ってようやくだ。読み終わったらさっさと帰ってくれ、もう来なくていいからな。いやマジで。

 クロロが俺の拾った天文学の本を元あった場所へと戻す。この世界には天文学なんてものがあるのか、と驚いた記憶が懐かしい。テラの空に浮かぶ星にはまるで規則性がないため、毎晩規則を持った星の並びを望めるこの世界は不思議だ。

 さあさっさと帰れ、と圧をかけながらクロロの背を追う。

 

「なんだ、送ってくれるのか?」

「変なことしないか見張りがてら、途中までな」

 

 流石に夜はかなり涼しい。というか肌寒い。氷原に比べたら全然暖かいが。

 帰路は特に会話は無かった。正しく言えば、俺としては聞きたいことがあったが、それを聞かなかったので無言だった。クロロの友人のことを聞こうかと思っていたのだが、怪しい子供認定している他人相手に話しはしないだろう、と結論が出たので諦めた。

 

「ここら辺まででいいか。じゃあな、もう来るなよ」

「まだ読んでない本があるからまた来る」

「ッタア〜〜〜………コイツ…………」

 

 拳が出るかと思った。俺は引っ越しを検討しなければいけないかもしれない。

 今世紀最大のため息を吐き出し、軽く手を振って踵を返す。___矢先に、少し遠くから大きめの物音が聞こえた。

 ……さて、俺があのボロ家を家としてから数日が経つわけだが。この辺りは人が少ない。試しに流星街の中心部までひっそり散歩したときに、ここの閑散具合に少し驚いたほどだ。そんな中、夜に聞こえる大きめの物音。警戒しない訳がなく。

 

「……ちょっと見てくる」

「オレも行こう」

「ええ君も? まあそりゃそうか……」

 

 クロロもこの辺りの人の少なさは知っているのだから、そりゃ確認したくもなるだろう。なにせ会って二回目の子供にこの辺りでは見ない顔だ、とか言うぐらいだ。

 さっきよりもより静かに、しかし速歩きで音の出所を辿る。やがてそれは物音ではなく人の声に変わり、どうやら言い争いをしているように聞こえる。人影が見えた辺りで、近くにあった粗大ごみの裏に隠れる。見える人影は二つ。声の太さからしてどちらも男だろう。

 粗大ごみの裏に隠れて様子を伺う。片方は登山服のようなものを着た男と、もう片方は商人のような格好をした男。さっきまでは小競り合いかと思っていたが、どうやら登山服の方が一方的に商人の方に怒っているようだ。

 

「……あの二人、知ってるか?」

 

 クロロが首を横に振る。どちらも知らないらしい。確かにこんなご立派な格好をした人なんてこの街にそうそう居ない。

 またしばらく様子を伺う。何かを話しているようだが、その会話の内容は少ししか聞き取れない。道案内がなんちゃらかんちゃら、うんぬんかんぬん………。ははあ、これは遭難して道案内を頼んだらここまで連れてこられたと見た。ならば片方は間違いなく外の街からやってきた人物だろう。ご立派な格好も頷ける。

 ではもう片方は? 流星街に住んでいるようには見えない。そもそもクロロも知らないそうだし。こうしてここに連れ込むことで何かを狙っているのだろうが、その何かが読めない。人をここに呼ぶ利点なんてそうそう無いだろうに。

 

 覗いているうちに、登山服の方が痺れを切らしたのか、背を向けて去っていってしまった。それを見守る商人の方。いいのかアイツ帰っちゃうぞ、と不思議に思ったところで異常は発生した。

 こちらに向けられた商人の男の背中が、不自然に震えている。……痙攣している? そして揺れが大きくなるにつれ、その見た目にも変化が起きた。

 

「……あれ、裂けてる?」

 

 漏れ出た呟きに、クロロが静かに頷く。にわかには信じがたいが、そうとしか表現出来なかった。脳がその事実を受け入れるにつれ、緊張がその場を支配していく。

 体の表面と服が裂けるようにして、その内側からより大きな体がせり出す。二足歩行だが、決して人には見えないいびつなシルエットに変貌する。人としての原型を、あっという間に失っていく。わずか一分足らずで、その体は完全な異形と化した。

 頭の奥が警鐘を鳴らす。あれは死に直結するものだ、と本能で理解した。

 

 異形が、その場に落ちていた鉄パイプのようなものを拾う。まずい、と思ったが止められる訳もない。

 異形はそのまま、登山服の男が去った方向を見据えて、大きく振りかぶり___

 

___あ"、あ"あ"あ"っ"!!い"たい、いたい"、いたいいたい"ぃ"……!!___

 

「ヒョオ〜……」 

 

 耳をつんざくような悲鳴が轟いた。カラスがギャアギャアと喚きながら四方八方へと散っていく。冷や汗が背筋を伝う嫌な感覚がした。

 顔をしかめながら、そっと粗大ごみの裏に体全体を引っ込める。バレたらただじゃ済まないのが目に見えているからだ。

 

「……あれが、魔獣」

 

 知らず知らずの内に、そう呟いていた。

 人の言葉を理解し、喋ることの出来る獣。そういうものをこの世界では魔獣と呼ぶのだと、本で読んだ。しかし魔獣というものは人に擬態もできるのか。

 

「ああいうの、よく出るのか?」

「まさか」

 

 咄嗟にクロロに問いかけてみたが、曰く出ないらしい。確かに、仮によく出てるならこの街はもっと殺伐としているだろう。つまり、この街の魔獣に対する防衛機構に期待は出来ない。

 あ〜あ! 見に来なきゃよかった! と叫びだしたくなった。絶対バレるからやらないけど。見に来なかったら見に来なかったで寝てる内に殺されてたかもしれないが、それはそれとして。

 

「……ここは、流星街の中でも端の方だ」

「救援の望み薄なわけだ」

 

 苦い顔をしてクロロが頷く。クロロもとんだ不運の持ち主だ。怪しいガキにちょっかいかけてたら、うっかりこんな場面に出くわすんだから。

 絶えずあちらこちらに散らかりそうになる思考を抑え、一瞬だけ見たその姿を脳裏に思い起こす。目と思われる部分が肥大化していた。遠くまで去った男を正確に貫いていたようだし、たぶん視力はいいのだろう。反して耳と思われる部分は特に見当たらなかった。退化しているのかもしれない。ならば魔獣にしては聴力は悪い方……だと嬉しい。証拠も根拠もまるでない、ただの願望だ。

 一つ深呼吸をしてみる。ここで逃げたとして、あの魔獣の視界に映れば五体満足で帰るのは困難だろう。仮に人の助けが得られるところまで逃げたとして、そこで俺はこの街と濃い関係を持ってしまうことになる。

 震える手を握って感覚を確かめる。張り付いたように一点しか見つめない瞳を無理矢理閉じ、ぎゅうと力を込める。

 大丈夫だ、動かせる。今は恐怖に体を預けている場合ではない。

 

「……やってみよう」

「ジョン?」

「クロロ、ナイフとかある? あったら借りたい」

「あるけど、まさかそれであれと戦うつもりか?」

「2割くらい正解。ナイフ借してくれ」

 

 ナイフを手渡しつつも、不安げな顔をしていた。こっちの顔が素に近いんだろうなあ、などとぼんやり考える。何が原因かは知らないが、普段の歳不相応な態度はやはり後付けなんだろう。

 

「毒とか塗ってる?」

「塗ってない。……あるけど、塗る?」

「いや、むしろ塗ってなくて助かった」

 

 刃を手のひらの上で引き、もう片方の手も同じようにする。こうするしかないのは確かだが、痛いもんは痛い。ちょっと涙出た。隣で見てたクロロもうわって顔してる。ナイフに付いた血を拭って、気まずそうな顔をしているクロロに押し付けた。どうもありがとう。

 擬似アーツを手のひらに集中させ、血液の源石化を防ぐ。ついでにボロいサンダルも脱ぐ。これにて仕込み完了だ。

 

「ふう、じゃ行ってくる。駄目そうだったら逃げてくれ」

 

 返事を待たずに粗大ごみを乗り越え、駆け出した。整備のされていないデコボコした地面はかなり痛いが、足音を少しでも小さくするためには、今のところ素足で走るのが最適だ。

 

 相手は推定耳が悪い魔獣。故に視界に入る前に静かに近づき、勝負を決める。ちなみに根拠はそんなにない。ズバリ当たって砕けろというわけだ。

 魔獣がストライクを決め、男の悲鳴を轟かせた方向を追うように走る。次第に強くなる生臭い香りに、思わず眉間にシワを寄せた。やがて魔獣の影を視界が捉える。

 走れば走るほど、自分の鼓動が警鐘のように体内で大きく響く。それに反して、足の裏の両手の傷の痛みはどこか遠くなる。頭が熱いようで冷たい。何に怯えているのかも分からないが、血の気が引いたような感覚が全身を覆っていた。

 次第に魔獣のシルエットが大きくなっていく。目測残り12m、7m、と近付いて、おおよそ3mでようやく魔獣が屍肉を貪るのをやめて振り向く。しかしもう遅い。こちとら触れればたぶん勝ちだ。

 

「ああ!? ガキ……ッ!?」

「当、たれぇッ!」

 

 どこか場違いに、本当に人の言葉話すんだ、と脳の片隅で驚いた。

 躊躇いなく鋭い爪を振り上げる魔獣を見上げながら、ほぼ倒れ込むように両手を伸ばす。当たって砕けろ、出来れば砕けるのは相手のみで……!!

 

「何を、ッ!」

「ッし、捕まえた……ッ! 動くんじゃないぞ……!!」

 

 ___血液の増幅、源石化阻害を解除して、源石化を促進。

 平穏な世界に暮らす魔獣に、テラ流の歓待(擬似的な鉱石病)というやつをたっぷりと味わわせてやる。

 

「やめ゛、ア、ア゛ア゛ッ!!!」

「あイタッ、こんの、暴れるな、っての……!」

 

 魔獣の体が跳ねて暴れる。振り上げられていた鋭い爪を持つ手は、とっくに源石が貫いて固定していた。ついでにその口も源石で塞いでおく。血を吐かれたら避けようがないので。

 両手の傷口から、メキメキと勢いよく源石が成長する。暴れる体にしがみつきながら源石の杭を刺し、魔獣の表皮を貫き、体内で樹木のように増殖を続ける。肉を破り、臓器を傷つけ、神経系を引きちぎる。ダメ押しとばかりに両手をより強く押し付けた。もはや傷口の痛みは感じない。

 暴れ回る体とくぐもった悲鳴が、次第に勢いを失っていく。同時に俺の体力も凄まじい勢いで削れていく。ここまで来たら魔獣が死ぬか俺の体力が尽きるかの根比べだ。さっさと力尽きてくれ、頼む!

 

「さ、っさと……倒れ……!! うおっ危ね!」

 

 直後、魔獣の巨体がこちらへと倒れ込んできたので、咄嗟にその場から飛び退いた。当然、血液の増幅と源石化に回していた集中が切れ、ただの灰になった源石が降り注ぐ。思わずむせた。

 

「げほっ、灰ヤバッ、え゛ふっ、いや多いって……!」

 

 魔獣を中心として足元に広がっていたおびただしい量の血液が、灰に覆われていく。そこでようやく、自分が想像していたよりも遥かに多量の源石を出していたらしいことを認知した。

 源石が灰となって抜け落ちた魔獣の腹には、ぽっかりと大きな穴が空いている。体表には根が這ったような灰の筋。

 どこからどう見ても、事切れている。

 

「は、ははは……死、ぬかと思ったわ……はは……」

 

 安心したのか、無意識に乾いた笑いが込み上げてきた。

 ちょうどよく背後に積まれてあった瓦礫の上に、ほぼ尻もちをつくように腰掛ける。なんならそのまま後ろに倒れた。安心して体から力が抜けてしまった。ちょっともう起きたくない。このまま寝たい。駄目かな、駄目だな。灰で喉が痛くてまるで寝られない。

 絵面的には俺が一方的に攻撃していたが、安堵によって剥がれた虚勢の裏には、ただただ恐怖だけがあった。つまるところ怖いもんは怖かったのである。結構真面目に死ぬかと思った。俺が格好つけてなかったら、たぶん「死にたくなーい!!」と叫びながら攻撃していた。ダッサ! 想像しただけでちょっと嫌だ。

 

「ジョン!」

「何とかなったわー……あー……礼はいいよ、ナイフありがとな……」

 

 駆け寄ってきたクロロの顔が見える。下から見ても整った顔をしている。ふざけやがって……。

 駆け寄ってきたクロロは、なんだか色々なものが混ざったような顔をしていた。言いたいことが山程ある顔とも言う。流石に倒れたまま話すのは俺だけが格好つかないため、重い体を持ち上げる。

 

「よいしょ、と……怪我は大丈夫、そんなに深くないからすぐ治る。それより……」

「そうじゃない! さっきの石と、この灰は……!」

「あー…………ヒミツ。どあっ待てどつくな! どつかないで! 俺怪我人なんだけど!? 言う言う! 言うから!」

 

 当然のように肩パンされた。怪我人相手に容赦がない。このクソガキめ、将来有望だな。

 また適当なことを言うと即座に殴る、と言わんばかりの拳を諌めて、クロロの前に手のひらを突き出した。

 

「ほらこれ、血が石になってるだろ。俺の体石で出来てるんだよ」

 

 今はまだ全身の1%ないぐらいの事実だ。ここがテラならば、やがてこれは全身すべてが事実と化す。

 どういうことだ、と言いたげなクロロの視線が突き刺さる。弱ったな、彼がテラの住民じゃない以上、本当にこうとしか言いようがない。

 

「体質だよ。俺の故郷はそういうところだから。……としか、言えない。……うーん、納得してなさそうだな」

「する訳がないだろう」

「でも事実だからな。現に物的証拠だってあるし。まあ納得するしないは君の自由だ」

 

 不満そうな顔をしたままのクロロの肩を借りて立ち上がる。手のひらの傷の表面は源石で塞いでいるというのに、その内側がビリビリしてしょうがない。流石に傷跡残るかな、これは……。

 

「怖くなかったのか?」

「そりゃ怖かったよ。死ぬかと思った……けど、あれを野放しにするのも気分悪いし、君が詰めて来たときの方が怖かった。アイツ相手じゃ寿命は縮まなかったよ」

「……なんだ、オレの方が怖いって?」

「そうそうよく分かってイタッ! なんだあ!? 容赦ないな!?」

 

 当然のように肩パンされた。本日2度目である。流石に魔獣と比べるのは駄目だったか、反省反省。

 次の拳は飛んでこなかったので、平謝りしながら痛む肩を擦った。まだ子供でこの威力とは、未来が恐ろしい。大人になったクロロの肩パンは骨を砕くのではなかろうか。

 

「はあ………いや、何はともあれ助かった。ありがとう。……なんだその顔は」

「……いやごめん、ちょっとびっくりした」

 

 まったくもって予想外だった素直な感謝に、思わず面食らって硬直する。あっこらやめろ、照れ隠しに肩パンしようとするんじゃない。これ以上は真面目に俺の鎖骨にヒビが入りかねない。

 

「礼はいいって言ったのに、ヘンな所で律儀だな」

 

 照れ隠しに飛ばそうとしてくる肩パンを抑えながらそう呟く。こちらを睨んできたので、地雷を踏んだかと焦りつつ構えていたが、拳を下ろしてくれたので正解だったらしい。よかった。

 感謝されるのは悪い気分ではない。むしろかなりいい気分だ。

 怪しいと思っている相手にあれだけ傍若無人な態度をとっているのに、素直に礼が言える。そこから考えるに、やはりクロロの根っこは善良な子供なんだろう。

 俺の知らない何かが、この善良な子供をそのままにさせなかったのかもしれない。クロロが歳不相応な態度をとるその理由を俺は知らないし、聞くつもりもない。ただ、どうにもままならないなと思った。

 

「……さて、と。この人は埋めとくか、一応」

 

 自分の足元に転がる魔獣よりも奥の方に目をやると、登山服の男……であったはずの塊がそこにある。魔獣に貪られていただけあって、元の三分の一もないほどの大きさになってしまっているが。近くに転がった彼のリュックサックが唯一の判断材料だ。

 これだけ小さくなっていれば、穴を掘るのもすぐ終わるだろう。源石埋めて爆発させたら穴なんてすぐ作れるし。

 魔獣の方は……いいや。ちょっとそこで自然分解されててくれ。お前が変形するときに置いてった荷物は俺が有効活用してやるからな。

 適当な場所に源石を一欠片埋めて離れ、擬似アーツで熱と圧力としてのエネルギーに変換することで、小さな爆発を起こす。ここがテラだったらとんだテロリストだ。俺もクロロも感染者、ついでに土壌も汚染される。

 

「……その石、爆発するのか。便利だな」

「どうかなあ、時と場合による。じゃあちょっと失礼して、と……」

 

 無惨なことになっている死体を引きずって爆発跡の穴に降ろし、散らばった土を上から被せる。埋めてしまえばただの土山にしか見えないが、野ざらしよりはいいだろう、きっと。

 

 一度ボロ家に戻るためにも引き返し、ついでに魔獣が変形したときにその場で裂けてしまっていた荷物を漁る。被害者の方の荷物を漁るのは躊躇われるが、加害者ならば話は別だ。ただその理論でいくと、俺も死後は荷物を漁られることになる。

 刃物、水、木の実、よくわからない薬、よくわからない薬2、縄、その他サバイバルグッズ、エトセトラ。なんだか思ったよりもかなりマトモな荷物だ。こいつらも有効活用してやるつもりではあるが、目当てはこれではない。

 

「お、あった。どれどれ……っと。……お! 結構入ってるな」

 

 一番の目当ては金である。商人の格好をしていたのだから、それなりにお金はあるだろうと見込んだものの、小さな麻袋に詰まったそれは想像以上だった。具体的には街に出ても1週間は生きれるぐらいには入っている。これは……頂いておこう。

 こいつも人に擬態してるときはマトモに商人をしていたのかもしれない。魔獣はかくも人間社会に溶け込む生き物なのか、と少し身震いした。

 

「クロロさ、金とか道具とか、いる?」

「……金の工面がどうとか言ってなかったか?」

「言ったけど。必要なら分けるよ」

「………いい。ジョンが貰ってくれ」

「いいのか? じゃあ貰うけど」

 

 いらないらしい。謙虚な奴め。世の中ではこういうのをデキる男と言うのではないか? と脳裏でもう一人の俺が囁く。だまらっしゃい、それだと俺ががめついみたいになるだろうが。

 麻袋の口を縛り、残った荷物からも役に立ちそうなものをいくつかピックアップする。

 予想よりも早く、そして唐突に金の工面がついた。道具だってそれなりに揃った。体の方も、大小の傷はあれども、別にどこかの骨が折れてるとか、そういうわけじゃない。擬似アーツで多少は治せるし。

 

「……よし、朝一にでも出るかな。金の工面ついちゃったし。なんだっけ、善は急げ?」

「行くのか? そんなに灰と血だらけで?」

「流石に水で流すよ。服も火で温めてたら朝までには乾くし」

 

 改めて自分の姿を見るとかなり酷い有様だったが、服は洗えばいいし、最悪換えもある。ここに来たときにテラから持ってきたぶかぶかの防寒服だってある。この季節に着るには少々暑すぎるが。

 滞在期間、二週間ないぐらい。ボロ家にも愛着が湧いてきた頃だったが、用意ができてしまったからにはしょうがない。

 

「というかクロロはそろそろ本当に帰れよ。友達も心配してるぞ、たぶん」

「それは……そうだな」

「ん、もう来なくていい……もなにも、もう会わんか。残った本はお好きにどうぞ」

 

 拾った本はだいたい全部読んだ。持っていって荷物にするわけにもいかないし、あとはクロロにすべて任せてしまっていいだろう。

 

「ジョン」

 

 それじゃあな、と手を振って別れようとしたところで、クロロに呼び止められる。何だ不満でもあるのか、もう肩パンは懲り懲りだぞ、と振り向くも、別に不満などがある様子ではない。これは……去り際の土産話、といったところだろうか。

 

「オレもいずれ仲間とこの街から出る」

「そりゃいいな。頑張れよ」

「そうしたらまた会いに行こう。ジョンの本の趣味は悪くないからな」

「……ええ? なんだよ、いきなり友達みたいなこと言うなあ」

「なにか問題が?」

 

 地面が揺れたような気がした。予想の上も上、一周と半分回って背中から豪速球のストライクが直撃した。見開いた目の向こうで、クロロがしてやったりという顔をしている。

 こいつめ、と呆れ半分にため息を吐き出して向き直った。残りの半分にはきっと、困惑と喜びがある。絶対に言ってやるつもりはないが。

 

「……いや、ない」

「それはよかった」

 

 その返答にクロロがやけに満足そうに笑うので、こちらも笑うしかなかった。

 互いに相手の素性も過去もろくに知らない。投げた言葉のどこまでが真実なのかも、まるで分からない。その印象の中のほとんどを、憶測が占めている相手。あまりにも秘密の多い関係。

 ___だが、それを友と呼ぶならば、それもいいだろう。

 

「次会ったときには名前も教えてくれ。いつまでも身元不明遺体のままでは困る」

「次会ったらな。待ってるよ」

 

 じゃあまた、と互いに手を振って、今度こそ別れる。

 夜も更けてとっぷりと暗がりに染まった道。ボロ家までを辿る自分の足は、どこか軽かった。

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