鉱石病感染者が行く! 〜狩人道中膝栗毛〜   作:一般通過中年男性

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目指せ、ムキムキのイケメン好青年

 出発してから1日とちょっと。適当にダラダラ歩いたり寝たりしていた訳だが、スクラップが徐々に少なくなってきた。今ではもう辺鄙な荒野に粗大ゴミがいくつか転がる程度だ。

 恐らくここまでは開拓地。そして薄っすらと遠くに見える森とか山とかを抜ければ、また街……とまでは言わずとも、集落か一軒家か何かはあるだろう。お金はある。もし街があったならば、まずは風呂かなにかに入って服の調達だ。ついでに包帯とかもほしい。両方の手のひらのビジュアルが、それなりに酷いので。

 さて、そうと決まればさっさと行こう。擬似アーツのおかげで野鳥を捕まえるのには苦労しないが、街につくまではしばらく人に会わないと思うとちょっと寂しくなってくる。ほぼ毎日クロロに絡まれていた弊害だ。

 

 

 

 

「街じゃん!」

 

 この世界にも流星街以外の街が実在したらしい。そりゃそうじゃないと困るが、かれこれ3日くらい森と仲良くしていたので、街の実在を疑い始めてきた頃だった。あってよかった〜……。

 水浴びをして体と服の汗と汚れはある程度流している。今はちょっと薄汚れた子供程度だ。

 手持ちで一番マシな服は件の防寒着なので、仕方なくそれを着用する。凄く暑い。あとは街に入って服を買い、宿か何かでちゃんと風呂に入る。

 作戦開始、目指すは文化人だ。

 

 

 

 

「文化人!」

 

 公衆浴場の更衣室にて、一人拳を突き上げる。新品の服が肌触り良く擦れた。脳内では勝利を告げるゴングが鳴り響いている。

 街に入った後、無事新しい服とついでにリュックサック、両手に巻くための包帯を購入し、宿を取ろうかという前に公衆浴場を見つけた。無論爆速で飛び込み、全身をくまなく洗った。今となっては服からも体からもいい匂いがする。ちょっと前まで酷いスラムに居たとは思えない! これは作戦を完璧に遂行したと言って差し支えないだろう。

 所持金はそれなりに減ったが、よほどぼったくられない限り、あと5日間ぐらいなら宿は取れる。それまでに職を見つけなければいけない。

 

 さっぱりした体に吹く風が心地良い。最高だ。とてつもなくいい気分だ。善行とかしたい。重い荷物を抱えてるおばあちゃんの荷物を持って、代わりに運んであげたりしたい。

 ここはどうやらマシルドという街らしい。立て看板だったりにそう書いてあった。近代都市として発達している部類に入るものの、大商業都市のような目まぐるしいところでもなく、綺麗に整った街並みには穏やかな空気が流れている。ああ、饐えた臭いのしない空気とはこんなにも爽やかなものなのか。

 上り坂すらまるで苦にならない。いくらでも走り込みが出来そうだ。また汗だくになるだろうからやらないけど。

 気分がいいからだろうか、いつもよりずっと世界が鮮やかな気がする。空ってこんなに青かったんだな。灰色に舗装された道にすら一種の趣を感じる。ほら、転がってくるオレンジとのコントラストが素敵……オレンジ?

 

「あー!! 紙袋破けてる!!」

「な、なんてベタな……!!」

 

 咄嗟に駆け出した。絶対に汗だくになるのは見えているが、善行とかしたい、などと言い出したのは俺なので。

 

 

 

「本ッ当にありがとう! 助かったよ!」

「いえ」

 

 転がるオレンジを急いで拾う過程で多少の汗はかいたものの、涼しい季節なのも相まって想像したような汗だくになることはなかった。一安心だ。

 目の前の青年が、いそいそと布袋にオレンジを移し替えるのを見守る。彼はなにか武術でもやっているのだろうか、かなり筋肉がついている。オマケにイケメンだ。しかしこんなイケメンであっても、オレンジを坂に転がす、とかいうおばあちゃんみたいなミスをやらかすときはあるらしい。

 破けた紙袋から下り坂へと転がり落ちるオレンジとか、娯楽映像の中にしか存在しない出来事だと思っていた。実際にあるようだ。今や両腕の中に拾った大量のオレンジを抱えている。とても爽やかな香りが鼻を撲つ。極東にこんな感じの文学作品があった気がする。あれは違う果実だったか。

 あれやこれやと考えている内に、両腕にかかる重みがとうとう無くなり、青年はぎっしりと中身の詰まった布袋を一つ抱えていた。本当に重そうだな。なんだ、パシリか?

 

「本当に助かったよ。時間はある? お礼に一緒にお茶でも……はちょっと俺が不審者になってしまうね。何か欲しいものはあるかな?」

「欲しいもの……うーん、職ですかね」

 

 隠すほどのことでもないので、素直にそう言ってみる。より本質を突くならば『お金が欲しい』になるのだが、オレンジを拾った対価がそれではあまりにもあんまりなので、やはり職にした。どっちもどっちな気はするが、それは置いといて。

 俺の発言を受けた青年が胡乱げな顔をして首を傾げる。たぶん返答としてはお菓子とかを期待していたんだろう。すまないが俺は職が欲しい。職をくれ。

 

「しょ、職? 君、今はいくつ? 親御さんは?」

「たぶん10歳、ぐらい? です。親は居ません、流星街から来たので」

 

 胡乱げな顔が一面の困惑に切り替わる。申し訳ないことを聞いたかも、という感情が混じっているのがよく分かる。ころころ表情が変わる人だな、クロロとは大違いだ。俺としてはこっちの方が分かりやすいのでいい。

 青年は「あー」とか「うーん」とか唸って、何か言おうとして引っ込めてを繰り返している。随分と慎重に言葉を選んでいるらしい。子供相手にご苦労なことだ。

 

「……徒歩で?」

「徒歩で」

「ガッツあるねえ……」

 

 悩んだ末に聞かれたのは移動方法だった。聞くのそこかい、とずっこけそうになりながらも答えると感心された。いやまあ確かに遠かったけど。流星街に居た頃の筋トレが成果として付いてきているのだろうか。脱ヒョロガリのガキ、目指せ、ムキムキのイケメン好青年。……目の前に居るな、ムキムキのイケメン好青年。

 当のムキムキのイケメン好青年は感心したように笑っていたが、ふと俺の頭から爪先までを見つめてから、納得したように一つ頷いた。

 

「でも念能力者なら出来るか。君、ずっと絶してるもんね」

「…………ゼツ?」

「え? っと……知らない?」

「知らないです」

 

 奇妙な沈黙がその場に走る。青年が苦笑いの顔のまま硬直してしまった。

 ネン能力者、ゼツ。どちらも知らない単語だ。本はそれなりに読んだはずだが、どの本にも乗っていなかった気がする。

 青年がフリーズして数秒、ちょっとつついてみようかと考えたところでようやく再起動したらしく、再度小さく唸り始めた。このままでは頭を抱えそうな勢いだ。

 

「じゃあ……その気配を消すのはどうやって使えるようになったのかな?」

「なんか、こう……頑張ったら出来たっていうか……」

「ええ〜………??」

 

 頭を抱えてしまった。俺のせいか? 俺のせいかもしれない。とりあえず謝っておいた。しかしあまり聞こえていなさそうだ。頭を抱えたまま唸っている。

 たぶん、彼が言っているのは気配を消す擬似アーツのことだろう。クロロに見つかりたくない、という一心で頑張ったらなんか出来た代物だ。野鳥にもバレないのでかなりお世話になった。この言い分なら、彼もまたこの技術が使える人物なのだろうか。

 ひとしきり唸ったり困惑したりしたあと、ようやく平静を取り戻してきたらしい青年がこちらに向き直る。未だに微妙な表情をしているものの、少なからず会話は出来そうだ。

 

「何も知らないのかあ……才能ってやつかい? やるねえ」

「すみません。俺、分からないことだらけで」

「ああいやいや! そんな、謝らないでよ。にしてもそうかあ、修行も無しに念を……」

「……薄々感じてはいたんですが、これってあまり一般的ではない技術なんですか?」

「そうだね。一般的には秘匿されてるものの一つだ。これを身につけるには、基本的に然るべき手順が必要、なんだけど……」

 

 「はは……」という乾いた笑いと共に視線が向けられる。もはやこちらも苦笑いをするしかなかった。なるほど、秘匿されてるはずの技術を、独自で身につけた子供が目の前に現れたんだ。そりゃあ頭を抱えることだってあるだろう。

 そして俺が今まで呼んでいた擬似アーツには念という正式名称があるらしい。そして気配を消す擬似アーツにも絶という名前があるようだ。

 「不思議なこともあるもんだね」と青年が眉を下げて笑った。俺もそう思う。

 そうか、この世界はアーツのようなものは一般的に無いのか。流星街で拾った本を読んでいたときにも、そのような技術がある記述は見かけなかった。一瞬不便なのではないかとも思ったが、存在が秘匿されているということは、誰かが衝動に任せてテロを起こすことだって稀有だということでもある。治安や力関係の維持、という点から見るならば、こういう技術は秘匿するべきなのだろう。稀に、俺のような例外もあるようだが。……大丈夫かな、これって俺存在を抹消されたりしないか?

 

「……殺されますか?」

「ええ!? まさか! 無い無い! 滅多に聞かない事態ではあるけど……君は別に、その力を使って世界を揺るがしてどうこう、という訳でもないんだろう?」

「ないです」

「うん。そういう意思がなくて、無闇矢鱈と人に念を教えないなら、それで大丈夫」

「よかった〜……」

 

 安堵に胸を撫で下ろすも、最後の方の言葉を聞いて咄嗟にクロロの顔が頭の裏を通過した。源石は体質だからノーカンかな……。

 俺の心配をよそに、青年はまた考え込んでいるようだ。先程まで深刻ではなさそうだが、俺の方を見て首を傾げている。なんだ、ちょっと怖いぞ。念を教えることにはもしや源石もカウントされるのか?

 

「うーん、よしっ。君の職だけど、どうにかなるかもしれない」

「えっ」

 

 ひらめいた、とばかりに放たれた想像してもいなかった言葉に、思わず声が裏返る。いや職が欲しいと言ったのは確かに俺だけど。

 困惑する俺を置いて、青年は明るく続ける。

 

「ちょっと荒っぽ……力仕事だけど、それでいいなら」

「やりまっ……! ……っぶね、勤務形態と給与について、詳しくお伺いしてもいいですか?」

「おお、用心深い! いい事だね。それじゃちょっと長話になるし、座って話そうか」

 

 身体が職を求めるあまり、反射で了承しかけた。あまりにも危ない。こんなのテラでは命取りだぞ!

 青年が向こうにあるベンチを指さした。咄嗟に契約を止めたものの、体は期待でウズウズしている。今から俺は職に就けるのかもしれない。心なしか、青年から後光が差しているような気がした。

 

 

 

「まず、仕事の内容は大まかに言えば警備。あそこに見える大きいビル、あるだろ?」

「あのビルの警備ですか」

「そう! 見た目通り富裕層向けのお家でね、まあセレブってのは恨みを買う人達だからさ。こう……ね?」

「なるほど」

 

 財に富む者というのはどの世界においてもそういう生き物らしい。テラでもそうだった。かつてテラにてヴィクトリア出身の同僚から聞いた愚痴が、代わる代わる頭の中で反響し始めた。この同僚は貴族に対する嫌悪のあまり、ワイングラスを見ると片っ端から割りたがる悪癖がある。やめなさい、気持ちは分かるけど。

 青年も困ったように笑っている。少なからずそういう心当たりがあるんだろう。分かるぞ、責任を弁えない金持ちというのは厄介極まりない。俺にもいくつか苦い記憶がある。金に物を言わせようとしてくるのだ、彼ら彼女らは。実際それでなんとか表面を取り繕うのだからたちが悪い。その金の裏では、弱者の搾取が絶えず行われている。嫌な話だ。

 露骨に嫌な顔をしていたのか、青年から「まあそんなに悪い人たちは居ないからさ!」と声が入った。いかん、これから職に就けるかもしれないというのに、こんなことを考えている場合ではない。

 

「まあ、色々あるよね。それで、基本的には朝晩の時間交代制で、連続勤務は4時間まで。1時間休憩を2回挟んで一日合計12時間働いてもらうことになる。調整は結構融通効くと思うよ。」

「凄い、休憩が二回も」

「交通費は1日につき500ジェニーまで支給できる。あと完全週休二日制。有給は年15日で、お給料は時給4000ジェニー。魔獣とか強盗とかと、たま〜……に戦うこともあるんだけど……。どうかな? うわっすごい顔してる」

 

 ドン引きした、あまりにもホワイトすぎて。全然いいです、セレブのお家の警備万歳。さっきはナマ言ってすみませんでした。

 テラにおいて感染者に人権はほぼないものとされる。休まず16時間働いた日の給料が400龍門幣……なんて、ザラにあることだ。というか職があるだけいい方だ。大半は感染者だからという理由で一蹴されるし、そもそも職を求める以前の問題だ。

 それに比べて、なんだこの好待遇は。

 そっと天を仰ぐ。嗚呼、空はこんなにも美しい青色をしていたのか。

 

「やります、やらせてください」

「えっホント? ホントに大丈夫? 戦闘のときの命の保証とか、完全には出来ないよ?」

「些事です」

「些事かあ」

 

 ビバ・源石が脅威じゃない世界。

 ごめん、テラには行けません。いま、源石が脅威じゃない世界にいます。以下省略。同僚よ、さっさと『門』をくぐるんだ。この世界は優しいぞ。

 実際戦闘があるのは問題ない。生き残れなかったならばそれまででしかない。戦闘に対する精神的な負担も、俺にとってはそこまで大きくない。腐ってもサルカズと言うべきか、テラでは10代なかばまでは傭兵をやっていたので。カズデルにもサルカズの傭兵業にももう先が無いと思ったので、戦争のいざこざに紛れて逃げ出した訳だが。

 

「それなら今日から俺は先輩だ。俺の名前はシモン=アルベルト。よろしくね」

「ジョン………じゃなかった、ジル=ルーカスです。よろしくお願いします、アルベルトさん」

「シモンでいいよ、というかシモンで! アルベルトさん呼びはちょっとムズムズしちゃうかな……」

「分かりました。よろしくお願いします、シモンさん」

 

 熱い握手を交わした。いや本当に熱いなこの人。子供より体温が高いぞ。

 なにはともあれ職を手に入れた。信じがたいが、なんとかなってしまった。あまりにも都合がいいので、まさか夢かと焦り頬をつねったが痛かった。痛いならばここはきっと現実だ。

 

「そうだ、ジルくん。家はある?」

「無いですね、宿を取ろうかと……」

「なるほどね。でもここの護衛は結構長期間請け負ってるから、それじゃ面倒が多いだろう」

 

 ふと思い出したように問いかけてきたシモンさんが、なんだか自信ありげな顔でそう話す。

 これは、まさか……と期待する俺に応えるように、シモンさんは優しげな笑みのまま言葉を続ける。

 

「俺達は護衛を引き受ける際、一時的に近隣の住居に部屋を借りるんだ。当然この街にも借りてるアパートがあるんだけど、そこに住むのはどうかな?」

「や、家賃は……?」

「家賃と光熱費は給料から引かれるよ、家賃は月20000ジェニー! どうかな?」

「住みまァす!」




二次創作だから原作にない街だとかを出す暴挙だって許されます。許されたい。許してください。
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