鉱石病感染者が行く! 〜狩人道中膝栗毛〜   作:一般通過中年男性

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『溟痕』、『崩壊』についての説明があります!


これには俺もひっくり返らざるを得ない。

「紹介するね、彼はアカツキ=フラノ」

「その子は誰ですか隊長。隠し子ですか」

「違う!! 新人!!」

「新人のジル=ルーカスです、よろしくお願いします」

 

 一礼してから、先程まで寝ていたらしい眠たげな顔をした青年の様子を伺う。名を体言したような朱色の髪が目を引くイケメンだ。名前から察するに極東出身だろうか。その割には顔の彫りも深い。シモンさんがムキムキイケメン好青年なら、アカツキさんはほっそりイケメン美青年だ。

 うつらうつらとしたままではあるが、若干驚いたのか言葉を詰まらせている。俺とシモンさんとを交互に見てから、最後にはこちらをじっと見つめながら首を傾げた。そりゃ驚くよ、新人だって言っていきなりガキが連れてこられたら、誰だってそんな反応になる。

 

「新人? こんな子供がですか?」

「念が使えるみたいだし、きっと鍛えれば伸びるよ」

「へえ、よろしくお願いしますねジルさん。アカツキでもフラノでも、お好きな方で呼んでください。じゃあ僕は戻って寝るので」

 

 いやなんか全然あっさりしてたな。適応力の塊なのかもしれない。ただ眠かっただけかもしれないが。

 若干重そうな足取りで部屋があると思われる方へ去っていくのを、シモンさんは困り顔で見つめつつ、「彼はね、睡眠を取るために生きてるみたいな節があるから」と言うだけで、止める様子はなかった。どうやら和気藹々とした職場のようだ。いいことである。

 

「よし! それじゃあジルくんの部屋なんだけど……」

「待て待て待て」

「ん?」

「いやあの、他の方はいらっしゃらないんですか?」

「今は居ないね、サイとベクターの二人ともまだ午前業務だから」

「……二人? いやそもそも、だって来る前には全員集めたって……」

 

 ここに来る前にシモンさんは下の方に今居るのは全員集めとくよ、と言っていたはずだ。ものは言いよう、とはよく言うものの、まさか一人なんてことはないだろう。ないよな?

 シモンさんが温和な笑みを浮かべたまま親指をぐっと上げる。その態度が言外にちゃんと間違ってないよ、と物語っている。

 ……本当に? 本当に言っているのか?

 今ここに居るシモンさんとアカツキさんで、二人。そして今ビルの警備にあたっているらしいサイさんとやらとベクターさんとやらで、二人。なんだか恐ろしい事実が浮かび上がってきたが、まさか真実ではないだろう。冗談に決まっている。

 

「……まさか、あのビルを朝晩合計四名で警備してたとか?」

「ふふ……個人の能力が高いからね」

「とんだ人手不足じゃないですか!」

「わー! 言わないでよ!」

 

 びっくり仰天、そのまさか。これには俺もひっくり返らざるを得ない。心の中で盛大にひっくり返っておいた。

 そしてその指摘はシモンさんとしても痛いところだったらしく、わっと顔を覆ってしまった。そりゃそうだ。あんなに大きいビルの警備4人、しかも同時に居るのは二人だなんて聞いたことが無い。そういうのってもっとこう、強面の黒スーツが各フロアに居るものじゃないのか? どうやらそうでもないらしい。

 バツの悪そうな顔をするシモンさんを無言で覗き込む。明後日の方向を向かれた。

 

「俺達は少数精鋭がウリだから、さ……」

 

 とのことである。とはいえこれは少数が過ぎるのではなかろうか。

 「ほら! 部屋案内するから! ね!」と背中を押されたので、それ以上は追求せずに従った。まあ、こういうこともあるか……。

 

「ジルくんの部屋はここ! はいこれ鍵ね。無くしたらちゃんと教えてね」

「角部屋、分かりやすくていいですね」

 

 どうやらシモンさんたちはこのアパートの三階の部屋をすべて借りているらしく、二部屋余っているうちの片方を住居として貸してもらえた。職も住処も揃ってしまった。本当にありがたい話である。

 「とりあえず荷物置いてきなよ」と鍵を渡されたので、素直にリュックを玄関近くへと置いてくる。ちなみに部屋はバルコニーのついた1Kだった。素晴らしい。感動のあまり涙が出るかと思ったね。

 

「部屋、ありがとうございます。本当に助かります。それで……今更ですけど、いいんですか?」

「おお? 何が?」

「いえ、雇用して頂くとはいったものの、契約の代表者の方に届出とか出さなくていいのかな、と。俺はほら、正式な身分もないので……」

「ああなんだ、それに関しては大丈夫! 俺達は個別にあのビルの警備として雇われてるわけじゃなくて、民間警備のASとして雇われてる。そのASのトップは俺! で、君はASが雇用した形になる。なので諸々は問題ナーシ!」

「トップなんだ……」

「一応ね。そうだなあ、やることと言えば、君が実際に仕事にあたってもらうときには、住民の皆様にお知らせを出すくらいだね」

 

 つくづく話が上手くいっている。とんだ幸運に恵まれたものだ。身分がない、とか厄介なあたりはシモンさんがなんとかしてくれるんだろう。

 この年齢で働くことは法に抵触してしまうかも、と思ったが、案外そうでもないのか。この世界もこの世界で黒いところはあるらしい。むしろ自由を尊重する白いところと言うべきか。

 

「ちなみにASというのは?」

「会社名……というより、この規模なら集団名かな。Alpha Squad(アルファ スクワッド)の略だよ」

「なるほど。ASは全員で四名なんですか?」

「ジルくんが増えるからこれから五名になるけど、まあそうだね」

「よほど信頼があるんですね……」

 

 へえ、と感嘆の息を漏らす。よほどの信頼が無ければ、先鋭と言えども四名で結成される警備企業に依頼はそうそうしないだろう。人手不足と言えどもこうして仕事がある現状が、彼らに信頼があり、そして確かな実力があるという証明だ。

 凄いもんだなあ、と感心する俺とは裏腹に、シモンさんはどこか曇った顔をしていた。おっとこれは、ちょっと深入りし過ぎたかもしれない。

 さっきの発言無かったことに出来ないかな、と焦り始めた辺りで、シモンさんがゆっくりと口を開く。

 

「……元々俺達は全員孤児で、独立した傭兵として活動してたんだけどね」

 

 思い出話でも話すような穏やかな口調から、やけに耳馴染みのある言葉が飛び出てきて目を軽く見開いた。

 傭兵。この世界にもそういうものがあるとは知っていたが、まさか目の前の彼がそうとは考えていなかった。俺の記憶の隅に残っている傭兵というものは、どれもがサルカズだったからだ。こんなに明るい好青年が傭兵だったとは、テラ出身の者ならば誰一人として思うまい。

 シモンさんの表情が一瞬だけ歪んだ。過去のことを思い出しているのだろうか。それはもしかしたら、目の前で誰かが死んだ記憶かもしれないし、明日を生きるために死地へ赴く憂鬱かもしれない。それならば俺にもよく分かるものだ。なにせ俺もかつてはその一人だった。

 この場にあるはずもない硝煙と血の匂いを、一瞬だけ感じた気がした。

 

「やっぱり誰かと殺し合うのって気分悪いから、さ。元手を稼いで民間警備として転身したんだ。傭兵だった頃の戦績は上々。お偉いさんの依頼もよく受けてたからさ、その影響が大きいんだ」

「……なるほど」

 

 傭兵とは効率のいい戦争の道具だ。この世界においてもそうなのかは定かではないが、少なくとも彼らはそれをよしとはしなかった。

 彼らが少数精鋭である理由が、少しだけ分かった気がする。

 

「今も必要になれば戦う。死なないために、死なせないために誰かを殺すこともある。……でも、目的が『殺すこと』じゃなくて、『守ること』なだけで、それだけで、俺たちにとっては大きな違いなんだ」

 

 そういうものか、と頷いた。

 もしかしたら、戦うことに意味を見出すこと事態が無粋なのかもしれない。だが、戦いに身を置いたことのある人間の大多数にとって、そこに意味を見出すことは生きることと同義だ。人を殺すことを本能でよしとする人間でもない限り、そこにどうにかして意味をこじつけて、それを大義としなければ心が壊れてしまう。そうしないと、人を殺すことを割り切れないから。戦場では、そういう人間から死んでいく。かつてテラで繰り返し見た光景、それが瞬きの瞬間にフラッシュバックした。

 この人もそうだったのだろうか、とろくに知りもしない目の前の青年の過去を思案する。

 思えば、殺すためや、自分が死なないために戦うことはあれど、誰かを守るために戦うことになるのは初めてかもしれない。『守ること』を大義とする戦いというものは、『殺すこと』より、いいものなのかもしれない。手順より動機、というやつだ。

 

「まあ湿っぽい話は楽しくないし、これで終わり! 早速だけど聞きたいことがあるんだ」

 

 ぱん、と手を叩いてシモンさんが表情と声色を切り替え、先程まで立ち込めていた重い空気を振り払う。俺としても重苦しい雰囲気は得意ではないので助かった。傭兵だった頃のことを思い出してもいい事なんてそんなにないし。

 

「ジルくん、念の系統って分かる?」

「いや、分からないです。というかこれ、系統とかあるんですね」

「あるある! それによって出来ることも大幅に変わるし、知っておきたいなあって。うん、じゃあやろうか、水見式」

「水見式」

「系統を見分ける方法の一つ。詳しい話はあとあと! ちょっと待っててねー!」

 

 そう言って素早く去っていった。上司になる人にこう言うのもどうかとは思うが、かなり元気な人だと思う。元気というより嵐かもしれない。しかしこんなに元気よく去っていったというのに足音が全くしないのが一番怖い。なんで? 元傭兵だから?

 しばらくするとこれまた足音を立てずに駆けて戻ってきた。片手には葉が浮かんだ水入りのグラスを持っている。なんか水全然揺れてないな。なんで? 元傭兵だから? それとも忍者か? 忍者なのか?

 

「ただいま、じゃあやろうか! そのコップの横に手をかざして……そうそう、そんな感じ。で、練〜………って言っても、伝わらないかな。こう、オーラを、フンッ、て感じで出すんだけど」

「あ、出来ます出来ます」

「よかった! じゃあやってみようか!」

 

 体に染み付いた動作だ。かつて流星街で何度それをやったことか。水も血も増やせる万能技。

 結果は分かりきっているようなものだが、手をかざして体からオーラを大きく放出する。

 ……あれ? なんか増えないな……。しかも無色透明であるはずの水がなんだか更に色褪せたような、そんな気がする。

 ふと背筋がぶるりと震えた。恐れるようなものは無いのに、なぜ? 嫌な予感が汗となって首を伝う。

 

「ん〜……? これは……具現化系、かな? いや……」

 

 しばらく手をかざしたまま、数秒。水の中に何かが作られていくのが分かる。青く、黒く、色褪せた海藻のような何か。コップにへばりつくようにして伸びるその姿を、俺は知っている。

 見間違いようがない。かつて見たイベリアの海で、化け物と共に陸を侵したそれ。

 ____溟痕。

 

「ワ゛ーーーーー!!!!!!!!!!」

「ウワッ声デカッ!!! えっ燃えてる!? 何事!?!?」

「すみません!! 燃やしました!!」

 

 それを認識した瞬間、反射で血が源石となり火を吹いた。右手の包帯が焦げてところどころ千切れている。そのままグラスを叩き割らんばかりの勢いだったが、脳裏に浮かんだワイングラスを片っ端から割ろうとする同僚の顔がそれを阻止した。ありがとう同僚。

 勢いよく体力を消費した訳でもないのに、肩を揺らして荒い息をする。無論困惑と恐怖のせいだ。冷や汗が止まらない。頭の中を大量の疑問符が埋め尽くしている。

 ___なぜ? 前はただ水が増えるだけだったのに、なぜ溟痕が?

 テラにて、イベリアの海から這い出てきた災厄。海の怪物。それが伴う、海の延長線上のような領域を作る、それ。海の怪物の活動を激化し、人に神経毒をばら撒く恐ろしいもの。俺はそれに直接触れたことはないが、見たこともあるし、海と相見えたことのある人から、それについて聞いたこともある。源石ほどの被害を出しているとは言わないが、テラにおいて、間違いなく災厄たり得るものの一つだ。

 再び見たグラスの中に、先程のような変化はない。ただ少し焦げた葉が水の上で漂っているだけだ。安堵のため息を一つ吐き出したところで、隣で見ていたシモンさんの怪訝そうな顔にようやく気付く。

 

「え〜〜……今のは……故郷で……見つけたらすぐに除去しろと言われてた草に、よく似ていて………」

「なる、ほど……??」

 

 苦しい言い訳だが、半分くらい事実だ。溟痕は恐ろしく増殖能力が高い。見つけたら根こそぎ除去しなければいけないのだ、と言っていた。

 咄嗟にした行動に後悔はないが、もう少し上手いこと誤魔化せなかったものか。いやいきなり出てくる溟痕が悪いだろ。なんで出てきたんだよ、本当に。

 

「でも系統はイマイチ分からなかったな……もう一回だけいい? 次は草が出てもしばらく経ってから燃やしてね」

「えっ……わ、わかりました。頑張ります」

 

 まさかの第二回戦を要求された。しかも溟痕を咄嗟に燃やさないという条件付きで。体が疲れる疲れないで言えば、今のところ疲れることはないのだが、心労が凄い。まさかグラスの中に、テラで恐れられていたものが唐突に出てくるとは思わない。

 冷や汗を拭いつつ、覚悟を決めて、もう一度手をグラスにかざして錬とやらをする。落ち着け俺、次に溟痕が出てきたら、待ってる間に増殖しても全て燃やしきるんだ。溟痕も源石のように無害になっているとは限らない。

 

「……なんか、涼しいね?」

「ですね……あれ? なんか黒いモヤが……」

 

 またしても水が増えないどころか、今度は濁りのような黒色が水の中に滲む。溟痕ではないようだが、こうも違う反応が出てこられると困る。

 そのままオーラを出し続けていると、ふと体が震える。涼しいどころではない、ちょっと寒い。グラスも少し曇っている。これも念の影響だろうか、と考えた所で悪寒が走った。

 ……なんだか身に覚えがあるぞ。未だに下がり続ける気温に、かつての氷原を幻視する。ならば、この水の中に広がり続ける黒色は、まさか____

 

「ドワ゛……ッ゛!!!!!!」

 

 恐ろしい推測に、叫び出しそうになるのを喉を締め付けて抑える。

 テラにて北の果てを襲った災厄。世の理で測ることの出来ない何か。人の認識と恐怖を糧に、大地も生き物の全ても黒く染める、悪魔。

 俺の推測が正しいのならば、その災厄の残滓が、このグラスの中にある。

 

「……すみませんシモンさん。何も聞かず、目を瞑って、俺のことを一瞬で気絶させてください。俺の、錬? が収まったら目を開けてくださっていいので。今すぐお願いします」

「ま、任せろ!」

「う゛っ」

 

 

 

 

「おはようジルくん。君は特質系ってことにしておこうか」

 

 目が覚めた直後、目の前に見えたのは困ったような顔をしたイケメンだった。無論シモンさんである。何事もないらしい様子に安堵しつつ、少し痺れる首元をほぐしながら起き上がった。どうやら、気絶させてもらってから数分しか経っていないらしい。これもシモンさんの技術力の高さだろうか。ムキムキのイケメン好青年にしか成せない技なのだ、きっと。

 

「何か、とは聞かないけど……なんだかよくないものが出たんだね?」

「そう、ですね……あっ! グラスとか黒くなってないですか!?」

「黒く? なってないけど……」

「よ、よかった……」

 

 焦りのあまり勢いよく振り返ったが、安堵に力が抜ける。あの災厄のもたらす崩壊が及んでたら、俺にはもはやどうしようもなかった。何事もなくて本当によかった。

 あの黒色の引き起こす現象を、テラでは崩壊と呼ぶ。程度にもよるが、崩壊に冒された物や人は、人格や物理法則、この世の理といえるものを失っていく。崩壊現象は、存在してはいけないパラドクスをいとも簡単に現実にしてしまう、どうしようもない何かだ。

 ___何故それが、グラスの中に?

 

「……さっきのような事は初めてで。いつもは水が増えるだけなんです」

「……ええ?」

 

 シモンさんが困惑気味にグラスを見下ろす。俺も何がなんだか把握など出来てはいない。……いない、が。問いの答えたり得るかもしれないものが、部屋に置いてきた荷物の中にある。

 視線は自然と部屋の扉へと向く。疑問に逆らうことなく、すっと立ち上がって鍵を開いた。

 咄嗟に玄関のすぐ近くに置いたリュックサックの中身を漁る。ほどなくして指先が捉えた円状のそれを、少しの苛立ちと共に引っ張り出す。

 見た目に変化は無い。___ただ、冷たい。それこそ先程まで氷原にでも置いていかれてたように。

 

 ……お、お、お前かーーッッ!!!!!!

 湧き出す怒りを抑え込み、叫びながら『門』を投げ捨てようとするのを堪える。投げた所でどうにもならない。床がへこむだけだ。

 さっきまでの現象の原因は、間違いなく『門』だ。『門』以外ない。何を今更起動しているんだお前は、しかもこんなタイミングで。あんなものを引き連れて。

 

「ちょっ……と待ってくださいね。これを……」

「それは?」

「え!? ……っと、故郷からの、餞別……?」

 

 不思議そうに訪ねてくるシモンさんの目は、間違いなく『門』を見つめていた。咄嗟に返した言葉は間違いでもない……いや、やはり間違いかもしれない。

 どちらかと言えば呪いの装備だ。捨てても戻って来るし、さっきのもこれが原因かもしれないし。

 少し恨みがましく思いながら、『門』を部屋の奥に移動させる。これが原因ならば、遠ざければ正常な結果が戻って来るかもしれない。というかそれ抜きでも今はこいつを少しでも遠くに置いておきたい。

 

「水見式、もう一回だけいいですか? 次はたぶん大丈夫だと思います。あ、いや、確実ではないんですけど……」

「あ、さっきの結果にはそれが影響してたのかな? いいよいいよ、もう一回やろうか」

 

 今度こそ、と意気込みながら両手をかざす。これで駄目ならもうお手上げだ。頼むから増えてくれ。これから先、水を増やすたびに崩壊と溟痕のどちらかに怯えるなんてごめんだ。なんとかなってくれ、という祈りで手を震わせながら錬をする。

 

「……増えた!よかったあ……」

「強化系かな、これは。さっきの結果も気になるところではあるけど……」

「強化系」

「名前のまんまだね、身体を強化したり、モノを強化したりが得意って感じかな。俺も強化系だよ」

 

 なるほど、と頷く。他の系統もろくに知らないわけだが、シモンさんがその強化系というのは妙に納得がいく。対して俺も同じ強化系なのは妙に納得がいかないが、そういうこともあるのだろう。そういうことにしておこう。

 しかし、さっきの結果は俺としても気になるところだ。十中八九『門』が原因ではあるが、『門』から崩壊現象が侵蝕してくることはあれど、海の化け物に類する溟痕が出てくるのは、聞いたこともない。あの『門』は俺の念に反応しているのか? これは早い内に検証しなければいけない。

 俺も先程のことをあまり把握出来ていないことを感じ取ったのか、シモンさんも困った顔はするものの、多くは聞かなかった。助かる。

 『門』については分からないので、一旦保留にしよう。(考えないこととする)今は念について知りたい。俺は念についてほぼ何も知らないので。

 

「他の系統はどういうことが出来るんですか?」

「そうだなあ……例えば変化系だと、自分のオーラに何かしらの性質を付けたものに変化させたりとかだね。オーラに熱気を与えたり?」

 

 熱気、という言葉を聴いて、ふと頭の中に氷原での夜が浮かび上がった。極寒の夜に震える俺達の味方はウォッカだけだ、と騒いだ日々。アーツで何とか出来ないものか、と俺含めた同僚達の間で、数少ない時間のなか、知識集めに奔走した日々。

 アーツには知識と源石と適性が必要。裏を返せば、知識と源石、あとはアーツを使う適性さえあれば、アーツで大体なんとかしてしまえる、という事でもある。

 

「……なるほど?」

「何か気になるところでもあった?」

「いや、うーん。時と場合……と知識量によっては、出来るかもしれないなあ、と」

「出来るって、さっき言ったオーラに熱気を与えるのを? いやいや、だって強化系だよ?」

「気体力学はからっきしなので今は出来ないと思うんですけど、気体力学が分かったらワンチャンあります」

 

 そう呟いて両手へと視線を向ける。

 シモンさんの視線を受けながら、ところどころ焦げてしまった包帯を外した。どうせ後に巻き直そうと思っていたし、いずれ話さなければならない機会が来ていただろうから、今がいい機会だ。

 

「えっと、この石……」

「ワ゛ーッ傷口に石が! 衛生的に危ないよ!!」

「待って待って! 毟らないでください!! 体質! 体質なんです!!」

「えっ!? た、体質?」

「はい、血が固まるとこの石になるんです。ほら」

 

 ぐ、と傷口近くを圧迫して血を押し出す。粒となった血は垂れることなく、みるみる内に黒く半透明の石へと姿を変えていった。もはや慣れてしまったが、何度見ても原理はわかりそうにない。

 

「ほ、ホントだあ……念も使ってないみたいだし、本当に体質なんだね。これ、痛くないの?」

「ほとんど痛くないです」

 

 鉱石病としての症状が出ていたら別だったが、今はさして痛くない。不便なことといえば、たまに傷口に源石があることを忘れて服に引っかかるぐらいだ。鉱石病や天災の媒介としての性質を持たない源石など、可愛いものである。

 傷口に張り付いた源石を大きめに折って摘み、シモンさんにも見える様に掲げる。

 

「この石なんですけど、これ、あらゆるエネルギーに変換出来て……」

「………ええ?」

「例えば、これに擬似アー……じゃない、念を込めると……熱っ、こんな感じで、熱エネルギーとして変換されて火が点きます。アチチっ」

「メチャクチャだ!!」

「メチャクチャです」

 

 火を吹き消してから力強く頷いた。

 そうだ、源石はメチャクチャな存在だ。ありとあらゆるエネルギーに変換可能、しかも勝手に増殖する。鉱石病というリスクを抱えてもなおテラの主要なエネルギー源であり続ける。特大のデメリットがあってなお有り余るメリット。何が起源でどう出来たのか、などは俺の預かり知る所ではないが、改めてとんでもないものだ。テラの誰に聞いても同じような答えが返ってくるだろう。

 

「……あ、じゃあさっきは確認出来なかったけど、もしかして草を燃やしてたのも、これで?」

「そうですね」

「へえ、瞬発力もあるんだね」

 

 シモンさんがしげしげと源石を見つめている。確かにさっきは咄嗟に燃やした。感情のブレを削り、実力をしっかりと磨けば、エネルギーとして変換し出力する一連の動作をほぼタイムラグ無く出来るだろう。テラだと大掛かりなアーツは詠唱が必要だったりしたが、それはそれとして。咄嗟に着火するぐらいなら、練習したらきっとすぐ出来る。

 

「俺はそこまで上手な訳では無いですけどね。故郷ではずっと上手いことこれを使う人なんて、わんさか居ましたから」

「念を……? ジ、ジルくんの故郷はなんなんだい? そんな民族も場所もまるで聞いたことがないんだが、俺の勉強不足かなあ……」

「あーいや、何と言いますか、今は無いっていうか………」

「ごめん!!!」

「いや大丈夫です、そういうことだってありますから。……俺の故郷では、この石……源石をエネルギーとして変換し、活用する技術を使っていました。ただ、そのエネルギーを活用するためには、活用する分野の知識も必要なんです」

「ああ……だから気体力学か、なるほど。君が元から念を使えたのも、その技術が一般的だったから?」

「そういうことです」

「なるほどねえ……」

 

 ようやく納得したのか、今度は俺が指先で摘んだままの源石を色々な方向から眺めている。おおよそ上司になる人に言うものではないが、なんだか犬みたいだ。大型犬? 足音がしない大型犬ってなんだよ……。やっぱりシモンさんは忍者かもしれない。俺の中ではその説が一番有力だ。

 

「俺も触ってみていいかな」

「どうぞ。源石のエネルギー変換、シモンさんも出来たりしますかね」

「コツとかある?」

「こう、オーラを源石に込める感じで……」

「……うーん、駄目だなあ、ただの石だ。すっごい集中して凝をしたら、中のオーラが見えなくもない……ような気はするんだけど……」

「凝」

「オーラを一箇所にギュッと集中させた状態のことだね。色々出来るけど、目に集中させると隠されたオーラが見えるよ」

「あ、出来ます」

「わあ! 素質の塊!」

 

 言われた通りに目にだけオーラを集めてみる。少し前に魔獣を倒したとき、両手に集めたのと同じ要領だ。これが出来るというだけで褒められるのも悪い気はしない。ちょっと格好つけた。実際には凄く嬉しい。

 オーラを集めた状態で目を凝らし、源石を見つめてみる。確かに中にオーラが見える……ような、気がしない、でもない。微かに揺らいでいる気がする。あっいや切断面には普通にオーラがある。源石という器にギュッとオーラが詰め込まれている、そんな印象だ。

 

「切断面はよく見えます、ほら」

「お、本当だ! 凄いねえ、何だっけ……オリジ、ニウム?」

「まあ、うーん……俺の故郷はこれを主要なエネルギー源にしてはいたんですが、実のところこれに苦しめられてたんですけどね」

「ほほう?」

 

 興味深そうにシモンさんが耳を傾けてくる。折角ならば話してみるのもいいかもしれない。どこから話したものか、という懸念はあるが。

 人体への被害とか、環境汚染とか、紛争とか……と色々な事を頭の中で巡らせる。とりあえず、一番身近な話をしよう。

 

「エネルギー源として活性化している源石が体内に入り込むと、鉱石病と呼ばれる病にかかります」

「えっ」

「さっきのは大丈夫……というか、今は大丈夫ですよ。俺の故郷の生き物以外は感染しないみたいなので」

「あ、そう? それならよかった。それで、その鉱石病はどんな病気?」

「体の中で源石が増殖して、最終的に体がすべて源石になって爆発します」

「うわっ」

「感染者は当然差別の対象にもなりますし、差別は暴力を呼びます。そもそも社会制度だって酷いところが多かったし……すみません、話が逸れました。まあ、俺の故郷ではこの源石は百害あって千利もあり、みたいな」

 

 掻い摘んで説明したが、大体こんなところだろう。実際にある差別がどうだとか、詳しいことは別に言わなくたっていい。言ったところでどうにかなるものでもない。感染者の恨みつらみなんてものは、人にぶつけるものではない。そもそも今はそんな恨みつらみとかは無いし。

 

「俺も感染者ですけど、今は症状も安定してて体内で源石の増殖も起こってません。源石は俺の故郷の生物やものにしか侵蝕しないみたいなので、シモンさんが感染することは無いはずですよ」

「は〜……なるほどね。ますます気になるけどなあ、ジルくんの故郷……。文献探したら載ってたりしないかな」

「あるといいですね」

 

 たぶん無いと思いますよ、とは言わないでおいた。故郷は推定別世界です、などとは到底言えない。

 症状が安定してる理由も不明ですけどね、とも言わないでおいた。抑制剤無しでなぜここまで安定しているのかは本当に分からないが、少なくとも今のところは気にしなくてもいいだろう。問題が起きたらその時に考えよう。その時が来たらそれはもう手遅れかもしれないが、そのときはそのときで密かに死ぬしかない。今は健康で元気に生きているという事実があれば、俺はそれでいいのだ。

 

「まあ、とにかくだ。ジルくん自身はたぶん……強化系。で、君には無限の可能性を秘めた源石があるわけだ」

「そういうことになります」

「うーん、よし! 源石をエネルギーに変換した念、禁止!」

「ええ!?」

「ええ!? じゃないよ! 世界を揺るがすよその力は! 世間に君のことがバレてモルモットにされてもいいのかい!?」

「よくないです!!!!」

「よし! 使うの禁止! 分かったね?」

「はい!!!!」

 

 勢いよく頷いた。いくらなんでもモルモットはごめんだ。というか源石ってそんなに可能性を秘めているのか。テラに居た頃はあって当然のものだったから、なんだか感覚が麻痺している。頼むぞクロロ、誰かに俺のことを源石の情報付きで言うんじゃないぞ。いや頼んだぞ本当に。これに関してはもはや信頼するしかない。友人(関わった期間は2週間足らず)との絆が試される。

 シモンさんが困ったように手のひらの上の源石を見つめている。しばらくしてから俺にそれを手渡すと、「うーん」と考え込むような声を上げた。

 

「まあでも、実際便利ではあるよね」

「そう、ですね」

「んん……人前で使うのは基本的に禁止だけど、人目につかないように練習……は、いいかな」

「いいんですか? やった、ありがとうございます」

「君が知識をつけたがる理由も、これが関係してるんだろう?」

 

 こくり、と一つ頷く。テラに居た頃も似たようなことをしていた。アーツの使用や応用には知識が必要である、と知ったときから、手に届く本は片っ端から読んでいた。『門』の修復の監督をしているロドスという製薬会社、そのお偉いさんであろう黒いフードを被った人が現場に来た時には、その人の話をしつこく聞いていた。

 経験、イメージ、知識のすべてはアーツをより発展させる一助になる。しかし、結局のところ俺は日々を生きるだけのささやかなアーツだけで満足してしまったわけだが。

 

「でも俺から禁止するのは、今のところ源石のエネルギーを使った念だけ。そうだなあ……源石を先に作っておいて、それを武器にするとか、そういうのはアリなんじゃないかな。あ! もちろんその体質は隠して、だけどね」

「なるほど。それならいざという時に向けてのブラフにもなりますね」

「いざという時が来ないのが一番だけどね! どうしようも無くなったときは、源石のエネルギーも使うといい。第一に生存! だからね」

 

 かつてテラに居た頃は手を伸ばさなかった道。日々を生きるためだけではなく、戦闘を見据えてアーツ……否、念を発展させる道。せめて己を守るための力として、それは必要だろう。時間はたっぷりある。なにせ鉱石病という枷が今の己には無いのだから。

 己か、もしくは他の誰かを守るためにこの源石が役に立つのかもしれない。何かを奪うためでもなく、殺すためでもない力。そう思うと、この黒い石にぶつけてきた憎みも少しは軽くなったような気がした。

 

 

 

「まあ、なにはともあれ基礎の体力作りだね。明日からは仕事と並行して筋トレと組手! ついでに念の練習も! 頑張ろうね!」

「お、お手柔らかに……」

 

 ___その道のスタートラインに立つのは、まだ先の話にはなりそうだが。




『溟痕』……テラの海から侵攻してくる怪物たちに類するもの。青く色褪せたどろどろの海藻のような見た目をしている。神経を麻痺させてきたりする。

『崩壊』……テラの北の果てにある『門』から湧き出していたものによって引き起こされる現象。生物、非生物を問わず黒く染まり、常識の曲解や物理法則の崩壊などをはじめとした、様々な悪影響を引き起こす。
 テラにおいては、崩壊の影響を受けた生物は『崩壊体』と呼ばれる。


 危機契約にヒイヒイする日々。とても楽しいです。きみもアークナイツをやろう!
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