巨神聖戦記2024 108と108 作:Genbu108
翌日一ノ瀬と藤崎が参拝した補陀洛山寺は世界文化遺産に指定されており、寺院の南面に広がる那智の浜から多くの人が補陀洛山、即ち観音浄土への往生を目指し片道の船旅に出た「補陀洛渡海」が有名だ。本尊の千 手観音像の公開は1月27日、5月17日そして7月10日と1年を通して3日のみとはいえ、一 ノ瀬は固く閉ざされた厨子の扉の中の本尊を入念に拝む。
「ひょっとして、昨日生きたまま核の炎で焼かれた人達の冥福を祈ってるのかな?」
藤崎の問いに対し一ノ瀬は無言のまま頷く。
「やっぱりね。由衣はいつでも純真。仏教では泥土の中から生え清浄な花を咲かせる蓮を世間の汚れに染まらない清浄な花として尊ぶみたいだけど、由衣は蓮の花の化身かも。流石私の愛しの後輩。」
藤崎の好意に満ちた言葉が一ノ瀬の白い両頬を薄紅色に染め上げる。
「赤くなっちゃった、可愛い。じゃあ私も由衣に倣って。」
2人は厨子の扉に向かって合掌しながら両目を閉じ、堂内を静寂が覆う。
約3分後に一ノ瀬と藤崎は両目を開き、そして驚いた。先程まで補陀洛山寺の本堂内にいた筈なのに、今2人がいるのは何処かの収蔵庫の中らしく周囲に軍人精神注入棒、38式歩兵銃、慰問袋、そして旧日本陸軍のものと思しきカーキ色の軍服等が並ぶ。
今自分達が何処にいるのかさっぱりわからない一ノ瀬並びに藤崎が困惑していると、頭の中に優しい声が響く。
「一ノ瀬由衣さん、藤崎志保さん、漸く来てくれましたね。今私は貴方達の目の前にいます。貴方達のような方が現れるのをずっと待っていました。」
2人の目の前には幅25cm、高さ20cm、奥行12cmの石造物が置かれ、これといって人の姿は無い。
「これひょっとして香炉じゃないのかな?沖縄の久高島で長年祭祀に使われてきた石造りの香炉が無くなったと何年か前ニュースにな ったんだ。そのニュースで無くなる前の香炉が映されていて、これにそっくりだったのを
今思い出したよ。」
一ノ瀬が藤崎にそう言うと、また2人の頭の中に先程と同じ声が響いた。
「流石です、一ノ瀬さん。貴方の仰る通り、私は久高島の香炉。長年地元の人達が祭祀に使い、こうして魂が宿った次第です。」
頭の中に響く優しい声の主が目の前の石香炉であることに気付き、一ノ瀬も藤崎も言葉が出てこない。
「驚かせてしまい申し訳ありません。私は 地球防衛軍兵士共の手で久高島から盗み出され、ここ東京の椿山荘内の貴重品収蔵庫に入れられました。」
要するに一ノ瀬と藤崎が今いるのは椿山荘内の貴重品収蔵庫である。
「この椿山荘の主、楠木武は下品な笑い声を上げながら「沖縄のものは日本のもの、日本のものは日本のもの」などと言い、よりにもよって琉球言葉を話す者を処刑、集団自決を強要等戦時中私の地元を滅茶苦茶にした日本軍の装備だらけのところに私を置いたのです。それだけでも苦痛なのに、皇居に秘蔵されし三種の神器が放つ邪念が私を苛み続けました。」
実のところ三種の神器には皇位に固執する歴代天皇の邪念が宿り、王政復古を経て統治権の総攬者となって以降の天皇の邪念が特に色濃い。皇族共は勿論天皇を崇敬する臣民根性逞しき輩は三種の神器に宿る邪念を感じさえしない一方、所謂琉球処分後皇室が沖縄を内心見下すようになったのも相まってその邪念は久高島から盗まれ東京に運ばれた石香炉を苛み続けたという。
「しかしながら最近になって突然私を苛む邪念が消えました。霊力を使い調べたところ、三種の神器が皇居から遠く離れた場所に移され、そのまま消滅したとのことです。何故消滅したかまではわかりませんが。」
ここで藤崎が口を開き、猛毒光線により新轟天号の艦体が丸ごと消し飛び、艦内の三種の神器も新轟天号と運命を共にした旨を石香炉に解説した。
「私が今こうして貴方達とお話出来るのもそのティアマトという巨神のお陰なのですね。 補陀洛山寺本堂に足を運び楠木武の核攻撃により命奪われた大勢の方々の冥福を心から祈る貴方達の真摯な思い、私にもしっかり届い ています。そしてその祈りが補陀洛山寺と椿山荘という貴方達と私の間にある途方も無い 隔たりを取り払ったのです。補陀洛山寺の御 本尊が貴方達をここに導いたのかもしれませ ん。」
補陀洛山寺の本尊は身命を賭して船旅に出た多くの人達を観音浄土へと導いた千手観音だけに、一ノ瀬並びに藤崎を椿山荘内の収蔵庫内に導き石香炉と邂逅させるぐらい朝飯前だろう。
この時収蔵庫内の防犯カメラを指差しながら自分達の侵入を楠木が知るのを懸念する一ノ瀬ではあるものの、今は霊力により収蔵庫内の防犯カメラを停止させているから大丈夫と石香炉に言われ安堵した。
「とはいえ私の霊力で防犯カメラを停止出来るのはあと10分ぐらいです。早くここから出ないと。」
どうやら石香炉は三種の神器の邪念に晒され続け、霊力が弱っている模様。
「この広い椿山荘内から10分以内に脱出、イーサン・ハントでもそれは無理そう。」
そう言いながら藤崎はシグザウエルP226 自動拳銃を握り、既に銃撃戦を覚悟している。
不意に収蔵庫の扉が開き、何者かが入ってきた。藤崎は一ノ瀬にここにいるよう言い、音を立てずにその何者かのところへと素早く向かう。
程なくして一ノ瀬のところに戻ってきた藤崎、右隣にいるのはマンデラだ。
「私は収蔵庫の中の物を掃除しに来ました。 お二人のことは誰にも言いません。」
楠木が収集した旧日本軍の装備の掃除もマンデラをはじめ使用人達の仕事。石香炉曰く沖縄の物など埃だらけでいいから旧日本軍の装備品だけ綺麗にしろと楠木が厳命する中、 マンデラだけは毎回自分に付いた埃を綺麗に払うという。
突然一ノ瀬と藤崎が補陀洛山寺の本堂内に戻った。一ノ瀬は両脇をしっかり締め、彼女の両掌は石香炉を落とさないようしっかりと挟む。
「由衣、私達無事戻れたみたいだね。その香炉は私が持つよ。普段から重い武器とか持ってて慣れているし。」
「志保先輩、この香炉久高島に返しに行きたいけど、今は止めておいた方が良いよね。」
「うん、今は止めておこう。今久高島に返せばまた盗まれてあの収蔵庫に逆戻りなのは自明だし。」
アメリカ本国の没落に伴い在沖アメリカ軍基地は全て地球防衛軍の基地となり、沖縄の軍事主導権は事実上アメリカ政府から日本政府に移ったと言っていい。久高島から石香炉を盗んだだけあって、窃盗、轢き逃げ、性暴力等地球防衛軍兵士共はかつて在沖アメリカ軍兵士共が沖縄の民間人に対してやっていたのと全く同じことをやっている。沖縄のほぼ全域がこの状況では石香炉を久高島に返したくても返せない。
補陀洛山寺を後にした2人が那智の浜に並び立つ。
「あ、来た。」
そう言って藤崎が指差したのはかつて海自が救難用に導入し現在は地海軍所用のUS-2飛行艇である。
程なくしてUS-2は一ノ瀬らの目の前の海岸線に沿い着水し、中から西欧系の初老の男が降りてきた。
「一ノ瀬由衣さんだね。同志の藤崎から話は聞いているよ。私はアラン・ジョナ、反政府活動家として国際手配されている身だ。おっ とこの飛行艇は地海軍から頂いたものだよ。」
ジョナは汚職、暗殺、人体実験、大量兵器開発等政治そして軍事の裏側を長年見続けた末イギリス陸軍大佐の肩書もMI6エージェントの職も捨て、現在は世界各地に赴き反政府活動を行う。藤崎が武力行使による巨神殲滅への拘りを捨てたのも地陸軍から脱走した自分を保護してくれたジョナの影響に依るところが大きい。
「お名前は存じております。ナイジェリアの兵器工場の人達に反乱を促したんですよね。 世間ではあの暴動等により貴方を悪く言う人が多いですけど、私はあの兵器工場で虐げられていた人達が反乱起こして自由を手にした のはとても良いことだと前々から思っていました。ひょっとして、Mr.Aの名で私が書いた論文を褒めるメールをくれたのも貴方ですか?」
己の目を真っ直ぐ見て話す一ノ瀬の真摯さを目の当たりにして、ジョナは思わず微笑んだ。
「ご名答。ゴジラ細胞の形成体をつぶさに観察し、並外れた自己再生能力を持つばかりか細胞自体の培養も不可能であることまで導き出した貴方の探求心に心打たれてね。その若さで巨神打倒という世論に惑わされず巨神こそ地球の生態系を守っている真理にたどり着いた貴方を見ていると、50過ぎるまで為政者の手足となり暗殺等の悪事に手を染め続けてきた自分が如何に愚かだったか痛感せずにはいられない。」
自分は間違ったことが出来ないなどと抜かす何処ぞの楠木は一度ジョナの爪の垢を煎じて飲んでは如何だろうか。
「さて、立ち話はこの辺にしてそろそろ出発しよう。楠木武が大阪に核を撃ち込み今現在近畿圏が大混乱の坩堝とはいえ、いつまでもその混乱を隠れ蓑には出来んからな。」
「志保先輩が今朝出る時もうここには帰らないからと言ったのは、この飛行艇に乗って何処かに行くからだったんだね。」
「そういうこと。あの高機動車はもう乗り捨てるよ。」
一ノ瀬達が搭乗するや否やUS-2は水飛沫を上げ飛び立つ。
「なるほど、その石香炉にそんな力があったのか。」
「他の人に話せば非科学的だ、夢にも見ていたのとか言われそうですけど、隊長は信じてくれるんですね。」
「藤崎さんが生まれる前あれだけいないと言われていたゴジラも結局いたし、X星人と名乗る胡散臭い異星人も現れた。今更超常現象を非科学的だと退ける方が間違っている。そもそも何もかも科学で解明出来るほど世の中単純では無い。全てを科学で解明など結局科学の力で万物を支配したいという文明人の傲慢さに過ぎんのだよ。」
「ジョナさんの仰る通りです。生物学を学ぶと雑魚、虫けらなどと呼ばれ文明人から軽視されがちな生物が環境に応じて性を変更したり、紫外線が見えたりと文明人が逆立ちしても真似出来ないことを日常的にやっていることがわかります。そしてそんな生物学でも巨神がどのような存在かを定義付けたりは出来ないことも。」
「不思議だ、貴方とは今日初めて顔を合わせた筈なのに、まるで以前からの知り合いのように話が合う。一ノ瀬さん、あの石香炉はいつか必ず久高島に返そう。それまで大切に我々が保管する。実を言うと我々は日本政府が過去の侵略を隠蔽するため撤去に躍起になっている碑等も事前に回収し秘密裏に保管しているんだ。楠木武が牛耳るようになってから日本政府は以前にも増して歴史改ざんに力を入れるようになったからな。群馬の森朝鮮人追悼碑だったか、日本軍による強制連行を記した銅板も回収済みだ。」
「それは心強いです。私自身群馬の森に行って追悼碑撤去反対集会に参加しました。結局追悼碑が無理矢理取り壊され悔し涙を流したものですが、あの時現場に来た作業員の中に 貴方の協力者がいて銅板を回収したんです ね。」
ジョナ達は機内中央部に置かれた石香炉を囲み、超常現象談義、そして反政府談義に花が咲く。
大阪に核攻撃という暴挙に出た楠木に対する非難の声は驚くほど少なく、「核攻撃を敢行しゴジラを仕留めた英雄」などと楠木を讃える声が日本列島を、そして世界各国を覆う。アメリカが広島長崎への原爆投下を「戦争を早期終結させるため必要だった」と正当化したように、楠木は大阪への核攻撃を「ゴジラ殲滅のため必要だった」と言い張り、楠木を讃える連中は皆その暴論を全面的に支持したのだから始末に負えない。
楠木の核攻撃の犠牲になった地球防衛軍兵士達は皆靖国神社に合祀され、「日本を守るため果敢にゴジラに立ち向かいその命を散らした英霊」と称えられた。非道な作戦により犠牲になった日本側の兵士達を英霊と持ち上げその非道な作戦を推進した軍上層部を免罪、この靖国神社の欺瞞は大阪への核攻撃という暴挙の正当化に躍起な楠木にとって実に都合が良く、楠木自身そのことをよく理解しているだけに合祀推進に熱が入る。
今回合祀された人達の中に矢口の名前は無い。地陸軍による虐殺、紫色熱線、そして楠木が強行した核攻撃の犠牲になった夥しい数の民間人も同様である。軍人軍属だけえこひいきし非軍人の犠牲者は徹底して排除という合祀の差別性は21世紀になっても健在だ。
正真正銘の軍人にも拘らず海江田が合祀されていないのは清仁を騙し犠牲にした大罪人扱いされているのが大きく、靖国神社は太平洋戦争時に日本軍と戦った国の兵士達をはじめ「天皇に弓引いた逆賊」とされる人達は意地 でも合祀しない。
官邸前に停車した高機動車から全裸姿の楠木が出てくると、報道記者達が集まってきた。楠木は全裸姿なのに真っ黒なサングラスをかけているのが異様な珍妙感を醸し出す。
「楠木元帥閣下、中央テレビです。矢口閣下、いえ矢口蘭堂ばかりか海江田一派の悪事まで暴かれたその秘訣をお教え下さい。」
言うまでもなく矢口の悪事は泉殺害隠蔽を指し、海江田一派の悪事は総額数千万円にのぼる潜水手当不正受給、そしてつい先日強制捜査により発覚した神港重工からの総額数億円にのぼる裏金受け取りを指す。
神港重工は潜水艦製造を担う等自衛隊時代から日本政府との結びつきが強く、地球防衛軍の体面を保つため海江田ら地海軍軍人の不正受給も裏金も長年黙認し続けてきた楠木ではあるものの、ヤマト皇国瓦解を見計らい元老の肩書にもの言わせ検察庁を動かしたのである。
今まで元老矢口に及び腰だった検察庁も報道陣も泉殺害が明るみに出た途端に態度を翻し、三丸重工の脱税隠蔽を手伝う代わりに選挙資金を肩代わり、血液凝固剤量産時の廃棄物不法投棄が原因の海洋汚染を隠蔽、野党議員に恫喝されたと嘘の告発、選挙用ポスターを製作した印刷会社への代金支払いを踏み倒す等楠木も知らなかった矢口の悪事が次々暴かれた。
「矢口蘭堂の件に関しては、危険を承知でこの楠木に証拠映像を送った地陸軍兵士の働きに依るところが大きいです。それは即ちこの楠木がどんな小さな不正も見逃すなと日頃から兵士達に言ってきた成果と言えます。海江田一派の件に関しては長年刑事コロンボを観てきてこの楠木に刑事の勘が備わったのが大きいでしょうな。さぁ諸君、この楠木のイチモツを撮れ!大きく鮮明に撮れ! モザイクなど不要!ゴジラをも退散させる聖なる力が宿るこのイチモツをモザイク加工などバチ当たりだからな。グハハハハ!」
下品な笑い声を流しつつ楠木の股間のものを無修正で映す、これ以上下品なTV番組はまず無いだろう。もっとも楠木の信奉者達は楠木の股間のものが大映しになるこのニュース番組を観ながらある者は歓喜し、ある者は感涙し、ある者はTV画面に向かってひれ伏す有様だが。
己の悪事を20年間隠蔽し続けながら「どんな小さな不正も見逃すなと日頃から兵士達に言ってきた」と宣う、楠木は一体何様のつ もりか。前々から知っていた海江田一派の不正受給や裏金をさも己が暴いたかのように振る舞うのもインチキが過ぎる。