「ハァイ、ジョォゥジ。元気にしてるぅ?」
アビドスの中でも砂の影響が少ない地区の公園の中、地域柄夕日でもかなりの強さを誇る陽射しから隠れるように木陰のベンチで気だるそうに空を睨みつけているおチビの背後からネットリと気持ちの悪い声色を作って背もたれから這い上がるように声をかける。それを聞いておチビは面倒くさそうに舌打ちをして人を突き刺しそうなほど鋭い視線を向けてくる。
「キモい。こっちに来るな」
「つれないなぁ。せっかくお勤めで疲れてるおチビに挨拶してたのにそれはないと思うぞ?」
冷やしていた紙パックのジュースをおチビに渡して隣に座り、自分の分のジュースにストローを突き刺して吸う。ハァ、と諦めのついたため息をこれ見よがしに吐き出したおチビは渡されたジュースにストローを突き刺して飲み始める。もうおチビ呼ばわれは慣れたようだ。もしくは諦めたか。多分後者だな。
最初のころは渡そうとしても警戒して受け取ってもくれなかったから大体は梔子先輩の脂肪と化していたジュースだったが、ひと月近く経った今では受け取ってもらえる程度には警戒を解いてもらった状態にはなった。警戒を解いただけだけど、少なくともここに来るまでには一月以上はかかると思ってたけど予想以上に早かったな。
9割俺が悪いとはいえ、こんな人に懐いていない凶暴な猫みたいな性格しているんだからいじられても仕方ないわけで。俺みたいな奇特な人間以外だと近づこうともしないんじゃなかろうか。いや梔子先輩だったらひっかかれようが噛み付かれようが撫でようとするか。あの人天然だし。なんなら1週間で懐かれてるみたいだし。ツンデレだからそうじゃないように見せているけど。
「こんな様子じゃ、来年から入学してくる後輩がかわいそうになるな。何も知らないかわよい女の子に威圧的に接する。そういうの世の中パワハラって言うんだぞ?」
「あんたのそれはセクハラモラハラパーハラって言うんじゃないの?」
「それはそう」
「認めるんだ」
「否定できる材料ないし」
そもそもこんな言動で女子生徒に付きまとっている(客観視)野郎とか逮捕されてもおかしくないわけだが。仲良くもない初対面の時点で身体的特徴をいじっているのにいじめだと言われないだけ温情マシマシではあるのだ。その分おチビから拳や足が飛んでくるからお相子にしてほしい気持ちはあるが。
「まぁ事実ハラスメントは置いておくとして」
「置いておくのどうなの」
「実際、賞金首を狩ってお金稼いでくれてるの助かってるぞ。借金10億円弱で且つ暴利も甚だしい利子を返すの、誰かが危険なことしてでもお金稼ぐのやってくれないとやってらんないぐらいだしな」
真面目にアビドスの抱えてる借金なめてた。なに10億円弱って。利子も自動車買えそうなレベルでついてるのシャレになってないって。正攻法で稼いで返還とか完済諦めてるとしか言えないぐらいには絶望的な状況だ。そんな中で利子を払えて借金も少しとはいえ減らせているぐらいに賞金首を狩って稼いでくれているおチビには土下座して感謝するレベルだ。
「……あんたもやってるんじゃないの?」
「俺が?まさか。ヘイローもないのに銃弾の雨の中で生きられると思ってんの?」
俺にはヘイローはない。確定したこととまで言えるレベルで研究したわけじゃ無いが、ヘイローは神秘を人の体に取り込ませて【聖人】の体にしている重要な部位だ。このヘイロー、この世界では女性にしか存在しない部位であり、男性には存在しえない部位だ。だからこの世界の男性は大抵15歳になると体を機械化させている。銃弾が飛び交うこの世界で生身の体はあまりにも脆いからだ。
それは俺も例外ではない。ヘイローなく生まれ、神秘をヘイローを持っている女性と違って暴利以上のレベルで非効率的に体に取り込んでいる。体を鍛えてる成人男性ぐらいの身体能力しかないため、銃弾は当たり所が悪ければ致命傷なんてレベルじゃない。即死だ。梔子先輩からどうして機械化してないの?と聞かれるぐらいにはレアケースだったりする。
だから適当にバイトをして稼いでいると2人には伝えていて、実際入学してからは放課後はお金稼ぎで夜は魔術研究の毎日を繰り返している。身の入りがいいバイト先を探さないとなぁ。
「あんたの使ってる魔術使えばできるんじゃないの?」
おチビのその言葉に面食らってしまい言葉を失う。確かに度々、魔術でどうにかなりますよ~、とか、そんなの魔術で出来るわけないじゃないですか~、とか適当を言ってキャラ付けしているつもりだったんだけど、まさか信じられるとは思っていなかった。
「俺の戯言を真面目に受け取るとか、マジで疲れてんの?今日と明日は休んで寝てこいって。不安になるわ」
別に教えてもいいと思うけど、なんとなく教えるのもマズいのかなぁとも思っているから今は黙っておくことにする。ヘイロー持ってるおチビとか梔子先輩が魔術を使った時の影響力がやばそうだし。多分魔術関連を教えるとしたら霊装とか作って上限値作ったほうがいいのかもしれない。
「あんな程度に疲れるわけない」
「今日だけで2グループ壊滅してたわけなんだけど。それも結構な規模の。普通あれぐらいのグループって日にちかけて壊滅させていくわけなんだけど、そこんところどうなの?」
「弱いのが悪い」
「弱肉強食がすぎる。なに?サバンナで生活してきてたのおたく?」
マジでどうなってんのこの子。確かに見た感じ少し煤ついてるぐらいにしか見えないし、疲労困憊って様子もない。もしかしてヘイローから供給される神秘の量めちゃくちゃ多いから?純度の高い【聖人】ってことになる?ヤバッ。こわっ。余計に魔術教えるわけにはいかなくなってきたぞ。
「とにかく、明日はちゃんと休んで来い。梔子先輩には俺から言っておくから」
「えぇ……」
「えぇ、じゃないって。今は大丈夫でも明日どこかしらにガタ来ててもおかしくないんだぞ。いいから休んでおけって」
そう言いながら梔子先輩に『おチビ結構疲労困憊する仕事してたので明日休ませましょう』とモモトークで連絡を送る。1分も待たずにOKの返事が届いたのを確認しておチビにそれを見せるとめんどくさそうな表情で俺を睨んでくる。ハハッ。これで明日働いたら梔子先輩に怒られるぞ~。ざまぁみろ。
「……ねぇ。どうしてユメ先輩のこと梔子先輩って呼んでるの?」
紙パックのジュースに差したストローから中身が無くなった音が鳴る。無くなっちゃったかぁ、と割とお気に入りのジュースだからほんのわずかに虚しさを覚えながら紙パックを掴んでみていると、唐突におチビからそんなことを聞かれた。休みになったことについては諦めたんだろうか。諦めたんだろうな。梔子先輩あれで結構面倒くさい人だし。
あと自分のことを聞いてこない辺り諦めてるんだろうなと言うことは理解できた。実際そうなんだけど。
「なんでって、そりゃお前……」
思い浮かぶのはポワポワした笑顔を浮かべておチビと話をしている梔子先輩。結構激しめのスキンシップをおチビにとっておチビはめんどくさそうにイラつきながら離そうとして、それを間の抜けた悲鳴を上げながら離される梔子先輩を思い出し、心の底から思っていることを告げる。
「かわいい女の子に名前呼びするとか恥ずかしいし」
「ガキか」
うっせ。こちとら長年童貞なんだぞ。目を見て話せてるだけまともだと言え。言ってくれマジで。おら。ジュース飲み終わったんなら寄こせ。捨てておくから。
「んじゃ、さっさと帰ってホットミルクでも飲んで早く寝ろよ~」
最後まで人のことを小学生扱いをやめようとせずに私から空の紙パックを持ってどこかに行く上内。よからぬことを企んでるんじゃないかと思ったが、あのバカはそういうことはしないかと身構えるのをやめる。人のことを小バカにするような奴だが本当に人が傷つくようなことはしようとはしないし、もししたら二度としない程度の良識は残ってることは把握している。
「それでも気に食わないやつだけど」
しかしことあるごとに人を小学生みたいに扱ってくるバカを思い出し、イライラが湧き上がってくる。次会った時あのうざったるい顔に1発入れてやることを心に決めて、いつものように傍に置かれていた
あのバカはいつもそうだ。何を考えているのかわからない胡散臭い表情、笑みだけを浮かべているとかならまだいいものの、あのバカの出す表情全てが胡散臭すぎて警戒するしかないと思っていた。しかも私の神経を逆なでするようなことばっかり言ってくるものだから関わるのも嫌すぎた。だからあいつのことは無視してたし、謝罪のつもりか一通り人をバカにした後でジュースやらお菓子やらを渡してくるものも全部受け取ってこなかった。
最初の内はあんなのからもらうものなんてないし手も付けたくないと思って全部突っぱね返していたのだが、1週間してからあのバカが意味ありげに笑いながらなんで連れてこられたのかわかってないユメ先輩をつれてきたことがあった。
『ふっふっふ。このまま断り続けててもいいのかなぁ?このままだと後悔することになるぞぉ?』
そういって体で隠していた何かを背中から取り出そうとして、ユメ先輩を人質に言うことを聞かせようとしてきてるのかと思って殴りかかろうと構えると、あのバカはそれを地面に置いた。
『いいのか!このままお前が受け取らずにい続けたら梔子先輩の体重がとんでもないことになるぞ!2人分のお菓子を食べ続けてる梔子先輩の体重がどうなってもいいのか!』
地面に置かれていたのは体重計だった。しかも体脂肪率とか体組成計とかを厳密に計れる無駄に高性能なものだった。ユメ先輩はバカが何を言っていたのか理解できなかったのかポカンとしていたけど、すぐに顔を赤くしてバカの頭を全力で叩いてバカの頭で体重計を破壊した時は思わず真顔になったものだ。
そして、同時にわかった。こいつは本当の意味でバカなんだって。デリカシーのない別ベクトルのコミュ障なんだってわかった時は、怒りよりもまず呆れが湧き出てきたのを今でも思い出す。
それからだ。あのバカから渡されるものは受け取るようにしたし、こっちのことをバカにしてきても手を出すことはあっても以前みたいに怒りのまま拳を突き出しているわけではなくなった。こっちが殴らなくなると今度は人のことを小バカにしてくるようなことは減っていき、2週間目にはおチビと呼んでくること以外はふざけている時以外はほとんど小バカにするようなことをしなくなった。
なんだかんだ人のことを気にするような精神が残っているようだったが、反応がいいユメ先輩は今でもからかい続けているのはよく見かけている。ユメ先輩も怒ってはいるけどそうまんざらでもない様子だから特に気にする必要はないだろう。
ただ、反応しなくなったからだろうけどこっちにはあまり突っかかってこないのは、なんかムカつく。次からチビとか呼んで来たら遠慮なく殴っていこう。そう心に誓い、ジュースを一気に吸って飲み込む。