「出ないのか?」
「あぁ」
ヘクトールの驚く声が響く。
それは二人が交わしていた雑談の流れであった。
開発が始まったニケの設計図をひいていたソーンを見てヘクトールはもちろん、自分とソーンの二人でアークを脱出しようと思っていた。
だがソーンは一言「そのつもりはない」であった。
「なぜ?」
「それだと契約違反だろう?」
「あんな不平等条約みたいな契約がか?」
「そうだ。俺はアイツらの生存と引き換えに契約を交わした。それでアイツらの安全が確保したからと言って約束を破るのは違うだろう?」
ヘクトールは彼女の言葉を聞いて黙り込む。
「もちろん、相手がやってきた場合の措置は考えてある。心配するな。とにかくお前のボディは完成させる。アークのニケとして戦うのも良いし、地上に逃れても構わない。好きにしろ」
「好きにしろと言われても…」
「自由だぞ?」
ヘクトールの人生において選択肢は無いに等しかった。
そんな末に自由にしろと言われても正直分からない、だからこそソーンにそばに居て欲しかったのだがそれすら彼女は見透かしていたのだろう。
「俺は俺がしたことへの責任をとらなけりゃならん。なに、すぐに会えるさ」
ーー
M.M.R.の研究室では工房の起動試験に立ち会っていた研究員がソーンについて改めて調べていた。
彼女は取り憑かれたように彼女を調べ続け、様々な開発品を自身の立場をフル活用して調べ続けた。
そして彼女が訪れたのはナイチンゲールが保管されている格納庫、その壁には強力なビームにより融解している部分も見られた。
研究員は恐れることなくゆったりと歩を進めナイチンゲールに触れる。ナイチンゲールは暴れることなく沈黙を貫いていた。
「やはり…」
彼女はそのまま背後に周り、リアスカートに小さなボタンがあるのに気づき、それを押すと装甲が小さく開き、そこには冷蔵された飲料や食料が置かれていた。
戦闘用装備としての側面を持ちつつ、おそらく前線で奮闘している仲間たちの好物が集められた冷蔵庫。これだけ見てもソーンの人柄が良く分かる気がする。
それに動かないナイチンゲールを見て研究班がどれだけ乱雑にこれを扱おうとしていたかも。
それからさらに数ヶ月。
アーク内にある大きな公園、緑豊かな市民の癒しの場所、その中心には大きな池があり、子供たちが親とボートのラジコンを使って遊ぶのが見える穏やかな場所。
その池が見えるベンチに腰かけてゆったりとしていたのはウルと呼ばれていたプロダクト12、休みなのかいつもの装備を全て外し、簡素な作業着でドーナツを頬張る彼女は一見して人間と見分けがつかない。
「どうぞ、私の奢りです」
「お、気が利くな」
ウルの顔の横から延びてきた手には珈琲が握られており、それを素直に受け取り飲む。
「で、M.M.R.の研究員が何の用だ?」
「おやおや、気付かれていましたか。それでは貴方は独立した端末ではなく、本体と繋がっているのですね」
「面白い奴だな。ドーナツ食べる?」
「いただきましょう」
二人はドーナツを食べながら周囲を見渡す。
散歩をする老人、楽しそうに遊ぶ子供たちと遠くから見守る親、ここが本当に地下なのかと疑問に思うぐらいだ。
「このドーナツは絶品だろう?」
「えぇ、大変美味です」
「店主はアークに避難してる最中にラプチャーに襲われて孫と離れ離れになってな。その後、片腕を失ったニケに抱っこされて再会したらしい。だからニケには安値で売ってくれる」
その後、そのニケはアークガーディアン作戦で戦死したらしい。
その後も警備任務で知った情報を淡々と話すウルの言葉を研究員は静かに聞いていた。
「護ったのですね貴女方は…」
「あぁ、ほとんど救えなかった。だがまだ日常は紡がれている。これを護るために俺は眠ってるのさ…答えになったかい?」
「…驚きですね。なにも聞いていないのに」
「顔見りゃ分かる」
「初めて言われましたよ。逆は良く言われますが」
研究員は確認するように顔に手のひらを当てながらウルを見る。
「名前は?」
「ナユタと申します」
「フェアリーテイルモデルだと思ったが違うのか。それで、わざわざ探しだして来た理由は?」
正直な話、驚いた。
彼女が自分を認知したのはおそらく工房の起動実験の時のはず、それから調べ上げてウルの存在まで辿り着くとは、かなり優秀な人物なのだろう。
「お聞きしたいことがたくさんあります。個人的な興味で申し訳ないですが」
「まぁ、そっちの方が良いかな。じゃあ、こっちこいよ」
「なにを」
ウルがナユタの頭を掴むと彼女の意識はどこかへ飛ばされるのだった。
ーー
ナユタが目を開けるとそこは空母の甲板の上に立っていた。周囲を見渡すとすぐ近くには甲板に直置きされたテレビでアニメを見ているソーン(ヘクトール)がいた。
「あの…」
「あぁ、あっちは俺じゃないんだよ」
後ろから声がして振り向くとそこにもソーンがいた。
「暇だって言うから。頭の中探してたらガンダムの映像記録あったから見せてるんだ。今、ソロモンぐらいだから近いうちにΖのデータ出しとかないとな」
案内された机に座ると肘をつき、顎を手に乗せたソーンはこちらを見つめてくる。
「何が知りたい?」
「対価はお求めにならないので?」
「まぁ、気分しだいかな?」
予想外なことに聞かれたのは過去の事だった。つまりはゴッデス時代の何にもない出来事を話し続けてそれで終わった。
最初は情報交換を円滑にするための雑談なのだろうと思っていたが後日も、そのまた後日もそれで終わり、満足そうな顔で帰っていく。
「変な奴だな」
Ζガンダムを視聴中のヘクトールの言葉にソーンは笑う。
「まぁ、良いんじゃないか楽しそうだし」
まぁ、そのうちヘクトールは居なくなるので話し相手が欲しかったソーンとしてもナユタは中々に良い話し相手だった。
ーー
当の本人であるナユタも困惑していた。
最初は相手の気を緩めるための雑談でしかなったが彼女の語り口調は魅力的であり、ついつい続きを聞いてしまっていた。
現状、己の所属している組織とソリが会わなくなって来た彼女にとって心を安らげる時間となりつつあった。
「このGガンダムは一番好きかもしれませんねぇ」
こうしてアニメを見ながら話すのは楽しかった。
だからこそこの時間を壊したくなくて最初に聞こうと思ったことを聞けなくなりつつあった。
「ナユタはGか、ヘクトールはWが好きだって言ってたぞ」
「それにしてものんびりされていますが良いのですか?」
こうした交流が続いてしばらくした頃、ナユタの疑問にソーンは笑う。
「幸いなことにここには俺が招待した奴しか入れないのでね。催促も聞こえないのさ」
ナユタの知的好奇心が燻られる。
「設計図を見せてもらっても?」
「いいよ」
快諾、その言葉を聞いて少しだけ興奮する。知を求めてこの身になった彼女にとってソーンと言う知脈の泉たる彼女の開発品にはかなりの興味があった。
ヘクトール用、試作中のニケの設計図をナユタが見た時に彼女は震える。
斬新かつ大胆な設計だが開発の趣旨は良く分かる。しかし、疑問が残る。様々な機能を内包したニケには思考転換のリスクがあることを。
「俺が思うに…みんなニケと人間を離して考えすぎなんだよ」
「え?」
「顔が違う、腕がない、足がない、動き辛い、動かない、ない。人間には様々な状況で変化が訪れる。一飛びで10m飛んだって、腕がレーザーガンだって大丈夫だと思ってる」
「何度も実験を重ねて行われた結果ですが…」
当然、実験は何度も行われたが目覚めたニケたちは自分の体を見て例外なく思考転換を起こしてしまっていた。
「まぁ、人を選ぶのは間違いない。でもラプンツェルは髪の毛にジャマー機能がある、リリスなんて腕振ったら衝撃波出せるのを知ってても思考転換しなかった。まぁ、こういうものだって思えば何ともないんだ」
「それは…」
確かに人間の《こういうものだ》という考え方には納得してしまう。理由も原因も分からないけど出来るからやってると言う理論に置き換われば例え空を飛ぼうが腕からビームが出ようが気にならないのではないか。
探求の最前線に立っているという自負があったナユタにとって頭を殴られたような衝撃を受けた。
「いきなり目が覚めてあれやこれやつけられてたら。そら、パニックになるさ。俺はヘクトールと話し合ってこうしよう。ああしようって言ってるから思考転換のリスクはないと思ってる」
まだ試したことはない。ヘクトールが第1号だから思考転換する可能性もあるがソーンとしてなにも心配していない。
「整形と同じだよ。今回ヘクトールなんて、ややこしいから顔も変えてくれって、顔選びにどれだけかかったか」
ヒーロー願望があるヘクトールだからこんな陰気臭い顔は嫌だって言って格好いい顔が良いとか言って。
その陰気臭い顔持ってる自分の前でよくそんなこと言えたなっと思いながら設計したものだ。
「ヘクトールはアークに協力するでしょうか?」
「アイツもアークに日常があることを知ってる。たまに外に出掛けてるらしいからな」
「なんと言うか…本当に自由ですね」
「俺は自由とロマンを愛する女だからな」
楽しそうに笑うソーンを眩しそうに見つめるナユタ。
「何で悩んでいるか知らないけど…世の中、なるようになるものだよ。少なくとも俺は君の味方だ」
「ソーン…」
ソーンに肩を叩かれた瞬間、ナユタの意識は強制的に戻される。そこはなぜか最初に居た場所ではなくどこかの図書館であった。
「どうやって移動を…」
ナユタは立ち上がるといつの間にか膝の上に置かれていた分厚いファイルを落としてしまう。
「これは…ニケとラプチャーのコアに関する解析と独自考察……ゴッドフィンガーの設計図??」
設計図の横にメモで《ロマンだよ》と書いてあり、思わず笑うのだった。
ニケのアプリで《ガノタニケ》というユニオンを1人でやっています。未所属の方はぜひお越しください。